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ラインハルトを守ります!チート共には負けません!!

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第百八話 ローエングラム陣営は自由惑星同盟侵攻の準備を整えます。

ゼーアドラーには諸提督が久方ぶりに顔をそろえ、ささやかな酒宴を楽しんでいた。
「帝国の内戦が終了し、反勢力もおおむね片付いたとなった今、残す敵は自由惑星同盟だな。」
だいたい酒が一同に回り始めると、ビッテンフェルトが口火を切った。
「敵、と一言で片づけるには、あまりにも強大だがな。情報によれば、敵は30個艦隊、移動要塞を数基所有しているという。我が軍の全戦力と同等若しくはそれ以上と考えてもいいだろう。」
ミッターマイヤーが応じる。
「もっとも、フロイレインの言葉を借りれば、さらに『とんでもない奴』が自由惑星同盟にいるという事だが。」
答える代わりに、ティアナは息を吐きだし、フィオ―ナは少し表情を曇らせ、バーバラは困った顔をして二人を見た。そんな3人をエレインは面白そうにみつめ、アレットやロワールは複雑な顔をして黙り込んでいる。
「卿等は自由惑星同盟を恐れること、子羊が狼を恐れるがごとしだな。そのような顔で我が艦隊の横に並ばれてしまった日には、わが軍の士気にかかわる。ローエングラム公の親征の覇気を削ぐつもりか?」
「ビッテンフェルト。」
ワーレンがたしなめた。
「艦隊戦でケリがつけるのであれば、私たちだって躊躇しないわよ。」
ティアナが硬い声で言った。
「問題は、自由惑星同盟を牛耳る人間がルドルフみたいな神通力を有している人間だってこと。この点はもう何度も話してきたし、信じてもらえないならそれで結構だけれど。でもね、もう自由惑星同盟の悉くが支配下に入ってしまっているわ。さすがに100億人を超える規模で挑まれたら、私たちだって太刀打ちできない。私たちの旗艦には、洗い流す暇もないほどの血が流れることになるわ。」
「殺しつくす、か。人類が、いや、銀河始まって以来の大殺戮を俺たちはやらねばならない、という事かな。」
ロイエンタールがティアナの隣で顔をゆがめる。
「冗談を言っている場合か?」
「冗談を言わねばやり過ごせない心情、というものがある。卿はそうは思わんか?」
「・・・・・・。」
僚友の言葉にミッターマイヤーは黙り込んだ。
「しかし、そうはいってもまずは艦隊の運用がカギを握るのではないか?いかに自由惑星同盟と言えども万里を越えて帝都に襲来することなどあり得ぬだろう。」
と、ルッツが言う。
「私もそれを願いたいところね。」
ティアナは応とも否とも言わなかった。その要因を他の転生者たちはよく承知している。
「ビッテンフェルトの言葉を肯定するわけではないが、どうもフロイレイン方は自由惑星同盟を、いや、正確にはある人物を恐れている、と言ってもよいかな?先ほどからの反応を見ていると、どうもそう見えるが。」
ワーレンが尋ねた。自分たちよりも年齢が上の諸提督たちに対し、転生者たちは平素はともかく、こうした場においては階級とは無縁な態度を取ってほしいと依頼していたから、諸提督たちも遠慮しないのである。
「はい。そうです。」
ずっと黙ってきたフィオ―ナが初めて答えた。
「ですが、今ここでそれを話してもなかなか信じてはもらえないでしょう。言ってみれば『魔法やおとぎ話を信じますか?』というレベルの話だからです。」
「確かにそれはいささか難しいですな。大人になってみればそう言ったものとは無縁な経験を重ねることとなり、いつの間にかそうしたものは存在しないという固定観念にとらわれてしまう。」
メックリンガーが言う。
「メックリンガーの言葉はもっともだ。それを我々が聞いたところで、到底信じはしないというフロイレイン・フィオーナの言葉には俺も賛成する。何か戦略、あるいは戦術上プラスになるのというのであれば、話は別だが?」
ケンプの言葉に転生者たちは顔を見合わせた。
「私たちの恐怖症が伝染するだけね。」
ティアナの言葉に一同は大いに笑った。
「では遠慮しておこう。我々も武人だ。戦うからには相応の覚悟を持っている。たとえ総倍の敵に囲まれたとしても最後まで奮闘するつもりでいる。そこに余計な要素は入り込ませたくはない。」
レンネンカンプの言葉に転生者たちはうなずき合った。
「アタシは知らないですよ。そんな『ぶっ飛んだ奴』なんか。何があるか知ったことじゃないけれど、アタシはアタシにできることやるだけです。」
ルグニカ・ウェーゼルがきっぱり言ってのけた。ローエングラム本隊の前衛を預かる身として常に勇戦してきた彼女の行うべきことは一つであったし、今後もそれは変わらないだろう。
 そしてそれは諸提督たちにとっても同じ事なのだと、どんな強大な敵に当たったとしても彼らのスタンスはいささかも変わらないだろうと、フィオーナたち転生者は改めて思ったのだった。


* * * * *
ランディール邸――。

軍務尚書イルーナ・フォン・ヴァンクラフトはアレーナ・フォン・ランディール邸にやってきていた。表向きは久方ぶりの休暇であり、親友を尋ねたことになっているが、その実は極秘の会談を設けるための口実に過ぎなかった。
「自由惑星同盟に潜入させたあなたの情報網からの連絡はその後あるの?」
開口一番の彼女の問いに、アレーナは首を振った。
「ないわよ。あれっきり音沙汰なし。殺されたのか、洗脳されたのか、まぁ、不思議なのはシャロンがこちらをかく乱するために利用しないっていうところだけれど。」
「シャロンはある意味で正々堂々としているわ。」
イルーナは分厚い桜材のテーブルの上に置かれた紅茶のカップに唇を付けた。そして、束の間のどを潤してから、
「シャロンがこちらの動きを読んでいないはずはない。それを敢えて放置しているのは、利用かく乱することが彼女のポリシーにそぐわないから。恐怖とプロバガンダ、この二つがあの子の持ち味と言ってもいいわ。」
最後は吐息交じりだった。
「なるほど・・・・。で、私たちはその恐怖の渦の中に敢えて飛び込もうっていうわけなのね。」
「私たち?」
「私も行くわよ、当然でしょう?あんたたちに美味しいところを全部持っていかれる筋合いはこれっぽっちもないのよ。私だってラインハルトの『姉』なのよ。ここまでラインハルトを育てたんだもの。それなりの責任はあるし。・・・どうしたのよ?」
最後不審そうな口ぶりになったのは、イルーナが笑い出したからだ。
「あなたの口から、そんな言葉が出てくるとは思わなかったわ。つかみどころがないあなたなのに。」
そうは言っていても、彼女は驚きと暖かい感動を胸にわかせていた。ここまでラインハルトを育てたのは、何も自分一人だけの力ではない。フィオーナ、ティアナ、レイン・フェリル、アリシア、バーバラ、エレインたち・・・・そして死んだジェニファー。転生者たちは死力を尽くしてラインハルトを守り抜いてきた。
その陰の功労者として最も表彰されていいのは、アレーナなのに、彼女は何一つ得ようとはしない。それどころか、死地に自ら飛び込もうとしてくれている。飄々としている彼女からは想像できなかった回答だっただけに、とても嬉しかったのだ。
「失礼ね~。」
アレーナは茶請けのクッキーを口に放り込むと、バリバリと噛んだ。慎み深い仮面を二人きりだからこそ、脱ぎ捨てている。
「あったりまえでしょ。あくせくして働いているのは、ヴァルハラで超リッチなバカンスを、シャンペンタワーを、エステを、満喫するためなんだからね。」
「はいはい。」
そう言う事にしておきましょうか、と言外に言っている元前世主席聖将の顔をアレーナはにらんだが、真顔に戻った。
「それで、自由惑星同盟侵攻計画はどのようにするつもり?」
「最終的にはラインハルトの賛同を得られれば、だけれど、私の中ではほぼ思案は決めているわ。」
イルーナは周りを見まわした。
「大丈夫よ、この部屋、防音壁だし、盗聴装置もないわ。それに念のため、今私たちの周りには私がオーラを解放してシャットアウトしているから。」
うなずいたイルーナは、
「自由惑星同盟侵攻計画は次のとおりよ。」
と、話し出した。

 概要は至ってシンプルだ。軍を二手に分ける。

一方はイゼルローン方面から、そしてもう一方はフェザーン方面から大軍を送り込む。このうち、別働部隊はフェザーン方面軍である。両方の回廊が使用可能である以上、何もフェザーン回廊から侵攻することのみがシャロンに奇襲を与えることにはならない。であればこそ、知悉している宙域から攻め込んだ方が多少はアドヴァンテージはある。
 イルーナはそう判断したからこそ、あえてフェザーン方面からの侵攻軍は別働部隊としたのだった。もっとも、その別働部隊も大軍である。
 フェザーン方面軍の総司令官はフィオーナ・フォン・エリーセル元帥。その下に付くのは以下の将官である。この時彼女はまだ上級大将であったが、近日中に元帥杖を手にすることとなっていた。
 ティアナ・フォン・ローメルド上級大将【別働部隊副司令長官】
 コルネリアス・ルッツ上級大将
 アウグスト・ザムエル・ワーレン上級大将
 バイエルン候エーバルト大将

 そして、転生者であり、イルーナの盟友であるエレイン・アストレイア大将。亡きジェニファーに変わって、フィオーナとティアナを補佐することとなる。
 
 その下に、女性士官学校卒業の新進気鋭の若手提督や、ディッケル、オルラウ、ブクステフーデ以下の中将提督が付属し、総兵力は15万余隻。

 そして、イゼルローン方面からの主力侵攻軍はラインハルト・フォン・ローエングラムが率いる。これに付属する将官は以下のとおりである。
 イルーナ・フォン・ヴァンクラフト元帥【主力侵攻軍参謀総長】
 ヴォルグガング・ミッターマイヤー元帥【主力侵攻軍宇宙艦隊右翼司令長官】
 オスカー・フォン・ロイエンタール元帥【主力侵攻軍宇宙艦隊左翼司令長官】
 ジークフリード・キルヒアイス上級大将【主力侵攻軍参謀本部副長兼艦隊運用部長】
 フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト上級大将
 ナイトハルト・ミュラー上級大将
 バーバラ・フォン・パディントン上級大将
 エルンスト・フォン・アイゼナッハ上級大将
 エルネスト・メックリンガー上級大将
 カール・グスタフ・ケンプ上級大将
 ルグニカ・ウェーゼル大将【ローエングラム前衛艦隊司令官】
 レイン・フェリル大将【参謀総長補佐】
 パウル・フォン・オーベルシュタイン中将【ヴァンクラフト主席補佐官】
 
 そして、カール・エドワルド・バイエルライン中将以下新進気鋭の若手提督が付属し、総兵力は35万余隻。さらにここにアレーナ・フォン・ランディールの私設艦隊が付属することとなる。
 また、イルーナはこれとは別に、ロワール・ルークレティア中将とアレット・ディーティリア中将に1万隻ずつの艦隊を付与して、特務を課した。万が一の事態になった場合、死兵となって、なんとしてもラインハルトを死守することである。シャロンの攻勢の前にはルグニカ・ウェーゼルの前衛と言えども無力化されることはイルーナが良く知っていたからだ。
「フィオーナを別働部隊の総司令にするの?」
アレーナの眉が跳ね上がった。その反応はイルーナにとって意外だったらしく、彼女は一瞬計画書の上のペンを持つ手を止めた。
「駄目かしら?」
「駄目ってことはないけれど・・・どうもあなたはなんだかんだ言ってあの子に過度な期待をかけすぎていない?」
アレーナは盟友の顔を眺めた。
「以前あなたもラインハルトに言ってなかった?あの子は№1には向いていないわ。№2として補佐役に徹するのが向いているって。」
「今回についてもあくまで別働部隊を指揮するだけだわ。主攻はあくまでフェザーン方面になる。」
盟友の言葉を、アレーナは「違う違う」と言うように、左手をイルーナの前で振った。
「規模が全然違うわよ、規模が。あのねぇ、15万余隻なんて原作のラグナロックのラインハルトの軍にほぼ匹敵する数よ。そんな大軍をあの子の肩に背負わせてみなさいよ。心労で倒れるに決まっているって。」
それはイルーナ自身もわかっていた事だ。だが、代役を誰に立てる?キルヒアイスか、それともロイエンタールか。それとも・・・自分か。色々考えているが、この任務を他者に任せることはできないと思っていた。
「かといって、キルヒアイスをラインハルトから切り離すのは得策ではないわ。」
イルーナは候補の一人だけを口の端にのぼせた。
「ねぇ、イルーナ。私たちはどれだけラインハルトの側にいられるか、考えたことはある?」
「えっ?」
思いもかけない言葉にイルーナは身じろぎした。端正な顔立ちが波紋を受けたかのように一瞬揺れ動く。
「こう言ってしまっては何だけれど、私たちは少しラインハルトたちに対して過保護すぎるきらいがあるんじゃない?」
「・・・それは!・・・・いえ、シャロンの事を考えれば、用心しすぎるという事はないはずよ。」
いつにないうろたえぶりが出ていた。アレーナは内心イルーナをまじまじと見つめずにはいられなかった。公私ともに厳しく、常に自分を律し続けていると思っていた盟友に、思いもかけない点が隠れていたのを見て取ったのである。
「それはそうよ。けれど、この戦いが終わった後のことを、考える必要も出てくるんじゃない?なんせここの世界の主人公は、私たちじゃなくてラインハルトなんだから。」
「それは・・・わかっているけれど・・・いえ、わかっていたつもり、だったのかしらね。」
イルーナは苦笑いした。
「どうしても気になってしまうのよ。ただの転生者が相手であれば私もここまで考えることはなかったのだけれど。」
「ただの転生者ねぇ。」
アレーナが向かい合って座っているテーブルからカップを取り上げ、ポットを取り上げ、二人分のお茶を注いだ。
「あなたの口からそんな言葉が出てくるとは思わなかったな。今自由惑星同盟に亡命しているカロリーネ皇女様やバウムガルデンの坊やは、ヴァルハラの爺様の言葉を信用すれば、この世界の時間軸上は一度ラインハルトを殺して宇宙を統一した転生者なのよ。」
「シャロンと比較すれば、という意味よ。悪いけれど、シャロンにかかれば転生者など一撃で葬り去られるわ。たとえ宇宙を統一したといっても、シャロンの前では蟷螂之斧に等しい存在なのだから。」
「それはそうとも言えるけれど。ま、とにかくシャロン相手に用心することは賛成だけれど、ん~~まぁ、そうか。シャロンをそもそも倒せるかどうかが微妙なところだものね。」
「・・・・・・・・・。」
イルーナは黙ってカップに指を絡めた。その通りなのだ。いくら将来の話をしたところで、シャロンを斃せなければまったく意味をなさなくなるのだから。あまりにも重すぎる命題だ。
「それはそうと後方の守りはどうするの?」
アレーナが話を変えてくれたので、救われたようにイルーナはその人事を話した。

 レンネンカンプ、ヴァリエ、そしてケスラーは帝都の留守を預かることとなる。

 もちろん、艦隊の総数は可能な限り増強するつもりでいるし、現に猛訓練を受けた精鋭部隊が主力侵攻軍あるいはフェザーン方面別働部隊に続々と加わりつつある。敵は文字通り自由惑星同盟130億人そのものだとイルーナは思っているからだ。はっきり言ってこれでも足りない。

「へぇ~ヴァリエにね。」
アレーナは面白そうに指でカップをはじいた。
「ヴァリエにはこのことは言っているの?」
と、アレーナが尋ねた時、ドアがノックされる音がした。アレーナはオーラを消し、二人は振り返った。
「入っていいわよ。」
声に応じて入ってきた執事は、長年ランディール家に仕えている人間であり、既に破天荒な対応には慣れている様子だった。
「お客様でございます。エルマーシュ侯爵閣下のご令嬢様で――。」
「あぁ、噂をすれば何とやら、ね。イルーナ。」
アレーナの言外の無言の問いかけに、イルーナはうなずいた。
「通していいわよ。」
ランディール令嬢の言葉に執事は一礼して下がった。ほどなくして、水色の髪に冷徹そうな青い瞳をきらつかせたヴァリエが入ってきた。ヴァリエ・ル・シャリエ・フォン・エルマーシュは現在大将兼憲兵隊副総監として各部署を取り仕切っている。レンネンカンプが上級大将に昇進し、彼女もまたそれに伴って昇進したのである。
「お邪魔したら、ここだと伺ったものですから――。」
「こっちに来て座りなさいよ。なんだか言いたいことがある気配を出してるもの。」
「ええ!!!」
ヴァリエはつかつかと部屋に入ると、椅子を放り出すように引き出すと、勢いよく座った。ダン!!という震動が部屋を襲った。
(普段あんなにティアナといがみ合っているのに、こういうところは二人ともそっくりなのよね。)
と、アレーナは面白そうに思っていた。
「何故私が残留なのですか!?」
開口一番ヴァリエがイルーナをにらんだ。
「転生者としてここにきている以上、理由はどうあれラインハルトを守る覚悟はあるつもりです。フィオーナも・・・いえ、ティアナでさえも出征しているのに、何故私一人が残留になっているのか、その理由をお聞かせください。」
「あなたには別の人を守ってほしいからよ。」
間髪入れずに帰ってきた答えにヴァリエは気を削がれた顔をした。
「別の人・・・・?」
「アンネローゼ・フォン・グリューネワルト伯爵夫人よ。」
これはもっとも考えたくはない事だけれど、と前置きしてイルーナは説明を始めた。
「私たちが勝って凱旋した場合、シャロンは最後の一手を放つことになる。それは直接的には私たちを殺すことはできないけれど、私たちを追い詰めることはできる手段よ。」
「それが、ラインハルトの御姉様を殺すことだというのですか・・・・・・!!」
ヴァリエははっとしたように眼を見開いた。
「そう。・・・・私たちはラインハルトと敵対はできない。仮にアンネローゼを殺されてしまったとしたら、私たちはどうあってもラインハルトに顔向けできない。何故なら私たちがラインハルトを戦争に引きずり込んだのだから。ラインハルトの討伐対象にされてしまっても文句は言えないということはわかるでしょう?」
「・・・・はい。」
「であればこそ、後方の守りも万全にしておきたいのよ。フィオーナ、ティアナに匹敵する人間で、表舞台にでていない人間をそばに置きたいの。」
ヴァリエはと息を吐いた。
「それが・・・私なのですね。」
ヴァリエはテーブルに視線を落とした。その横顔はどこか寂しそうな複雑な表情だった。
「万が一のことがあれば、あなたはアンネローゼを伴って逃げる算段もしなくてはならない。今回の戦いは、むしろ後方に立つあなたに重責を課すことになっているわ。」
「・・・・・・・・。」
ヴァリエはしばらくテーブルの桜材をじっと見入っていた。
「ま、あなた一人いれば一個師団をアンネローゼの周りにつけるよりもずっと安全だっていうことよ。」
アレーナが言った。
「主席聖将、いえ、軍務尚書閣下や宰相代理閣下はそれでいいかもしれません。」
ヴァリエはぽつりと言った。
「ですが、万が一のことがあった場合、私一人で戦えと・・・そうおっしゃるのですか?」
冷徹な彼女にしてはあまりにも声と感情が震えすぎた発言だった。彼女自身それを恥じたのか、急に頬を紅潮させて、睫毛を伏せた。
「申し訳・・・・ありません。」
イルーナはヴァリエをじっと見ていたが、やがて「ほっ」という吐息を漏らした。そこにはどこか悲哀の色が混じっていた。
「あなたがどうしてもいやだというのであれば、人選を考え直さなくてはならないわ。感情に左右されれば、取り返しのつかない失敗になる。それをあなたが心から理解した時に私の依頼を受けて頂戴。」
「はい・・・。」
もう結構だから、という言外の言葉を受け取ったのか、ヴァリエは立ち上がって一礼した。
「失礼します。」
ヴァリエは退出しようとしたが、戸口で足を止めた。
「ですが、これだけは言わせてください。」
とヴァリエは戸口で振り返った。水色の流れる様な綺麗な髪が一瞬舞ったのが二人の眼に映った。
「万が一などという言葉、私は聞きたくもありません。」
ドアが閉まった後、アレーナは肩をすくめた。
「あんな冷徹な子でも、ああいう言葉を言うときがあるのね~。」
「無理もないわ。あの子が一番心配しているのは、私たちだけではなくて、あの子たちのことだから。」
イルーナはそう言って、紅茶のカップに唇を付けた。

それを見ながら、アレーナは思った。あなたもまた、感情に左右されつつあるのではないの?と。
それを敢えて口に出さなかったのは、何かが彼女をそうさせたからだった。

 
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