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魔弾の王と戦姫~獅子と黒竜の輪廻曲~

作者:gomachan
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第23話『銀閃と鬼剣のクロスコネクト~再戦のドナルベイン!』

『競争本能』



誰よりも強くありたい。『夢・メチタ』に並ぶその欲求は、ヒトが生まれながらに刷り込まれた真理の一つだ。



保存。進化。闘争。それらは微生物が、細菌が、動物が自らを生かすための刷り込まれた入力言語(プログラム)



相対する存在があればこそ、誰しも『優越感』という形で自身の在り方を求めていく。



火を用い始めた紀元前の時代――。調理によりタンパク質や炭水化物の摂取を可能となったヒトは、プログラム
に従って自らの強さを高めるための栄養素を求め始めた。



もっと強く……もっと強く……誰よりも強く。すべては生き抜くために。



本能に一度点火した欲求こそ、ヒトの性なのだろうか。



こうして生まれていった『傭兵』や『騎士』といった存在は、紛争堪えぬ時代環境において、最適化人種(ベターマン)であった。



誰しもが更なる高みを目指した中で――



だが、傭兵の中でも、自分たちが決して達し得ない高みにいるものを妬み、憎む者もいた。



ドナルベイン――数多の戦争を生き抜いた彼もその一人だった。



そもそも彼には預かり知らぬことだが、アルサスで自身を打ち負かした、エヴォリュダーへと転生した獅子王凱の肉体に到底及ぶことはない。



どれだけ努力しても、あるいは肉体に改造を施したとしても、人為的に獲得した特質だけでは、決して超越体(アンリミテッド)には届かない。



持たざる者は持てるものを憎み、恨み、焦燥と渇きさえも抱く。やがて彼の『強くなりたい』という欲求はゆがんだ形で一人の『魔女』を呼び寄せて、一人の元傭兵と焦点を結び付けた。



――復讐するつもりがあるのなら、力を与えてやろう――と。



魔女――バーバ=ヤガーの告白はこれで終わらない。彼女は凱の秘密をドナルベインに与えたのである。



――今こそ明かそう。あやつはヒトであり、キカイでもある――



――……キカイ……だと?――



無精髭のならず者――ドナルベインは思案する。



確かキカイという言葉は『弩――アーバレスト』の指向性動作構造(ラチェット)で垣間見える、ヒトの力学では成しえない機構用語。それは確かキカイと呼んでいたことがある。



キカイ……それは、人力では決してなしえない『動力』から得られる、極めて大きな益をもたらすもの。



自分の剛剣を叩き折ったのも、そのキカイってやつがそうなのか?



キカイ……それは、移動に対して優れた本質を持つ『機動』へと成り代わる、極めて多くの利をもたらすもの。



自分を翻弄したあの『カミカゼ』も、そのキカイってやつがそうなのか?



――シシオウガイ……古の時代の言葉を借りるなら、やつも転生者なのだ――



ホウキの魔女たるバーバ=ヤガーはさらに言い募る。規格外の力を宿すその秘密を。



高度な文明が栄えていたあの時代。荷積車(トラック)と接触して別世界に輪廻転生する物語の雛型(テンプレ)を。



同じ軌跡をたどっているというのだ。勇者と王の間でいまだ揺れ動くその青年は。



宇宙飛行士を目指していた普通の青年は、地球外知生体EI-01に接触し瀕死の重傷を負った。



数奇な運命をたどった凱の肉体は数々の機転を強いられた。



ヒト――サイボーグ――エヴォリュダー――アンリミテッド。



馬車よりも速い走力。



巨岩さえも砕く拳。



あらゆる病原体に屈しない免疫能力。



地球上誰よりも多くの叡智(ヴェーダ)、大きな力を持ちうる肉体、『人を超越した存在』だったのだ。



だからドナルベインは求めた。ヒトを超える剛力と神速を。



そして彼は手に入れた。暗闇の空間から、ゆらめくように突如現れた魔女に祈りをささげて――



かの獅子王に引けを取らぬこの力を、彼は何の経過を得ずして手に入れたのだ。



――この力……この力が欲しかったのだ!――



思い返すたびによみがえる屈辱と憤怒。



本当のヤツなら、俺たちを皆殺しにすることもできたはずだ。



何が奴を偽らせている?



能ある鷹は爪を隠すと古い言葉が示す通り、いや、全然違う。



結局ヤツは反則者『チート』だったのだ。



――待っていろ!この力で貴様を血祭に挙げてくれるわ!――



アルサスでの再戦。



獅子に成り損ねた男の挑戦が幕を開ける。



――ひひひ……頼んだぞ。愚かな手動式人形(マリオネット)――



こうして、バーバ=ヤガーの悪意に満ちた力の授与に気付かないまま、ドナルベインは再戦を果たしに行ったのだ。













【深夜・アルサス・ヴォルン屋敷前の中央広場】










テナルディエ軍によって、アルサスは王政府の監視の目が届かない『陸の孤島』へと変えられた。



魔王の監視から孤島を開放するための戦い。絶対に負けられない。



奴隷と化した民たちは、アルサスの開放される瞬間を、ずっと待ち望んでいた。



静かに見守る各々。



再戦のドナルベイン。奪われたアルサスを、取り戻す!



「ぐふふ!この時を幾時も待ちかねたぞ!シシオウ=ガイ!」



深き夜の大気を乱暴に打ち破り、凱の元へ空中降下を果たした獰猛類は、既に臨戦態勢を整えていた。



「お前は……ドナルベイン!あの女の子の母親を殺めた張本人か!?」



凱の表情に二つの憤怒の色が濃く浮き出る。



勇者は無意識に歯を食いしばる。その主な理由――。



一つは、ドナルベインという魔盗賊の悪魔的所業の存在。



二つは、ドナルベインを生かしてしまった結果、間接的に母親の命を奪ってしまった――自分自身への――怒りだった。



アリファールを握りしめるグリップにも、無意識に力がこもる。



「あの女は愚かにも『燃える水』を盗もうとした!その責めを負わせるために、オレ様自らが処刑したのだ!」



実際には手傷を負わせただけにすぎず、手負いと化した母親は少女を抱いて深い森へ逃走を図った。そこをドナルベインの部下に追われていた。



アルサス領内のユナヴィール村にまで武装集団が追跡してきたのは、娘を守って命を落とした母親とその少女にとっては最大の不幸であった。



だが、同時に凱やシーグフリード、フィグネリアという超戦力がユナヴィ-ルへ辿り着いたのは最大の幸運でもあったのだ。



「――そんなことの為に……手をかけたというのか!?」



「当然だ!そしてそこにいる『娘』も後を追わせてやるぞ!」



ふいに、ドナルベインと『少女』の視線が合わさる。



獲物と認識された少女は恐怖に顔をゆがめる。



記憶の掘り起こされる感覚。目の前で斬られた光景。



少女に焼き付いた記憶は、無垢な心を構わず炙る。



生々しく甦る、お母さんの最期。



「いや――――」



恐怖。悲しみ。何よりお母さんの命を奪ったこの男が憎い。



だが、幼い少女の手ではナイフを突き出したところで、かすり傷一つ負わせることすら叶うまい。



そんな少女をティッタは力強く抱き寄せる。



心配しないで。ガイさんがきっと助けてくれると、侍女(ティッタ)は言葉ではなく行動で告げて。



アルサスを取り戻してくれるって!



「二人とも、私から絶対に離れるな」



そんな少女とティッタにフィーネは庇うような動作で寄り添う。あたかも外敵から雛鳥を守らんとする『隼-オヤドリ』のように。幾多の戦乱を潜りぬけてきた愛刃が二つと並び、それは翼を広げて威嚇する猛禽類を思わせた。
魔王と相対する勇者にこの依頼を託されたのだ。ここでかすり傷一つ負ってしまうようなら、職業傭兵(プロフェッショナル)ありえない。



成人女性の腰回りもあるような。二つ振りの大剣。



程よいほどに血と肉と油は程よく刀身に染み込んでいて赤茶けている。



はたしてどれだけの人間の命を奪ってきたのだろうか。



食い殺してきたことで腐食した刃こぼれは、まるで『剣の齲蝕』——人間で言うなれば『虫歯』以外に適切な表現が浮かばない。



刃立ちの粗悪なドナルベインの魔剣のような大剣と、彼自身を野ざらしにしておけば、罪のない人々は次々と殺されてしまう。



それだけは、何としても阻止しなければならない。



たとえ、『不殺』という、誓いの檻を破ろうとも。










―――絶対に許さん!!ドナルベイン!!―――









爆発する感情に、凱の怒りが大気を怯ませる!



猛る獅子の気迫が波濤(はとう)となって、アルサス観客者に放たれる!



フェリックスの御身を保護する近衛兵が、一瞬にして硬直する!



恐らく、怒りに打ち震える凱の姿が、かの『百獣の王』の逆髪を思わせたのだろう!



それが凱達を取り囲むテナルディエ兵に、二の足を踏ませている!



あと一歩足を運び邪魔だてするならば、銀閃の牙が容赦なく食い殺してくれる!



銀閃の柄に埋め込まれし紅玉の光と風がそう告げている!



対してフェリックス本人は全く動じない。魔王の肝は勇者の攻撃的な気配に対しても安定している。



魔王フェリックスが勇者ガイに差し向けた目的は、ドナルベインを餌にして獅子王凱の本性を引き出すこと。



以前のドナルベインならいざ知らず、現在の実力は『銀の逆星軍―シルヴリーティオ』の中級付近には位置する。



不殺(ころさず)』として竜具アリファールを振るう凱に、殺戮剣の使い手であるドナルベインをぶつければ、凱の心に吹き込まれた憎悪(トリプルゼロ)の火種が殺意に咲き変えるという、望む反応が返ってくると考えていたのだ。



「まさかそんな奴にまで情けをかけるとは思わないが――」



いくらお人よしの究極型たる凱とて、ドナルベインを生かすことはしないはずだ。



ただ静かにシーグフリードはただ戦いの行く末を見つめている。この男が勇者に『立ち止まった』ままなのか、王に『立ち戻るか』を見届けるために。



一方――そんな凱の姿を見つめている少女たちは……



「……ガイさん?」



意識せず口にした、栗色の髪の青年の名前。



同じ栗色の髪の少女の前へ、青年は無言のまま躍り出る。



ティッタの胸に不安の一矢がよぎる。安心感をもたらしてくれた大きな背中ではなく、すべてを置き去りにしてしまう小さな背中に見えたから。



なぜが――



ガイさんが――



このまま遠くへ――



夜と闇をむやみに突き進み――



独りぼっちになってしまうんじゃないか――



そんなティッタの想いを振り切っていることを自覚せずまま、自身と同じく栗色の髪を持つ青年の凱はドナルベインの目前に立つ。



「このオレ様を前にして逃げなかったことだけは褒めてやる!そして!この瞬間を!どれほど待っていたか!アルサスで一番の獲物は――――貴様だ!」



対してドナルベインは凱の価値をそう定めると、殺人道具たる大剣で攻撃の前触れたるドラミングを打ち鳴らす。



待ちかねた獲物。ドナルベインに潜む闘争心と復讐心は『瘴気』として立ち上がり、ここセレスタを凶牙の渦で取り囲んでいく!



響き渡るは、武骨なる効果音。









ガチ!ガチ!ガチ!ガチ!ガチ!ガチ!ガチ!









久しぶりの肉にありつけたかのような獣じみた『癖』。



魔盗賊の両頬の口元が卑しく吊り上がる。



理性を乏した証拠として唾液がこぼれる。



ぽたり。



ぽたり。



汚いよだれだ。



不愉快極まりないドナルベインの口から、魔王テナルディエがアルサスを掌握して以来の宣戦布告が放たれる。



「以前は貴様の規格外能力(チート)に後れを取ったが――今度はそうはいかないぜ!喰らえぇぇぇ!!」



問答無用の先制攻撃――



偉丈夫の元傭兵は、凱がアリファールを身構える前に襲い掛かってきた!



至近距離から繰り出されるドナルベインの『唐竹割り』が凱を襲う!



いまだアリファールは鞘に収まったままだ。凄まじい怒涛の攻撃を仕掛けることで、凱に長剣(アリファール)の抜刀さえもさせないつもりなのか。



すかさず飛天。一足飛びで離陸を果たしてこれを回避、空振りに終わったドナルベインの一撃が大地を砕く!



飛散する上硬質な煉瓦の破片が舞い散り、岩盤ごと抉るほどの凶悪な威力を物語る!



数間を要して大地に降り立った凱は、無言でただ静かにドナルベインの眼を見据えている!



「どうした!?オレ様の力に恐れをなしたのか?言い返さないあたり、図星といったところか?」



そんなわけないだろう。馬鹿が。



観葉大木に背もたれして、傍観者に徹しているシーグフリードは、胸中でドナルベインを侮蔑する。



もし相手が凱を倒すほどの実力者ならば、やむを得ず自分で片付けようと考えていた。
しかし、先ほどの凱とドナルベインの競り合いで確信した。



誰に与えられたか知らないが、力を増したことで調子に乗りすぎて体さばきがバラバラだ。



あそこまで単細胞(バカ)な奴なら、なおさら自分の太刀筋――煌竜閃(バハムート)を披露したくない。



その理由は、得体のしれないテナルディエの視線——『魔王の瞳』を察知した為であった。



魔王の右目が、ずっと凱とドナルベインの戦いを観察している。



魔王の左目が、ずっとシーグフリード達の動向を監視している。



身の振る舞い方。動悸。投光照明が促す瞳孔反応。立ち位置。筋肉の縮退と触覚挙動。



まるで、凱やシーグフリードたちを実験動物(モルモット)とみなし、アルサスそのものを単なる研究室として扱っている。



目前で戦闘中の凱と同長身の銀髪鬼には、この既視感を判定していた。



初代ハウスマンの研究室。シーグフリ-ドが異常交配の産物として生を受けた実験場。



ここで不用意に技を披露するならば、目を通過して必ずや魔王の『経験値(かて)』となり研究資料になる。



(確か獅子の毛皮はいかなる武器をも跳ね返すというが……おそらくテナルディエは凱の銀閃アリファールの太刀筋を見定めるためにドナルベインを仕掛けたのだろうな)※『ネメアの獅子の毛皮』を参照



『銀の逆星軍』総大将――魔王が生業のフェリックス=アーロン=テナルディエ。



またの名を『百獣の魔王』レグヌスと呼ばれる。



だが、彼の異名は何も獅子のごとき(たてがみ)をあしらったフルセットの髭のような外見だけにとどまらない。



あらゆる武具を力のみで打ち砕く、40年絶えず鍛え上げた肉体を持ち――



あらゆる獲物を眼力のみでとらえる、40年蓄えた知恵の弾薬庫がある——



双方融合させた『理論武装』。こちらの手の内を明かしてこれ以上身を固められたら元の子もない。



(――――――フェリックス!)



既に凱の視線はドナルベインではなく、テナルディエ本人に向けている。



神速対神速の領域の刹那、相対速度的にドナルベインの斬撃を潜り抜けながら、シーグフリードと視線を合わせる。



それは、単なる意思疎通と確認にすぎなかったが、二人にはそれだけで膨大な情報を受理するには十分だった。



(やはり、ガイ自身も知っているか)



急激な圧迫感。獣が獲物を捕らえる時、眼力にて体の自由を奪い牙で仕留めるという。



戦場の片隅で感じ取った違和感は、他ならない魔王テナルディエのものだった。



恐らく、独活(ウド)の大木たる巨漢のドナルベインを餌にして、凱の力を露呈させるのがテナルディエの狙いだろう。
アルサスを放棄する代わりに、凱の基礎能力の一端だけでも拾い出そうとして。
当然、魔王の思惑は勇者に見抜かれている。
無論、勇者も魔王の目論見に気付いている。



謀略思考と戦闘情勢の目まぐるしい交錯が続く。



疾風怒涛のような連続攻撃を止めたドナルベインは、己が優位性を誇示して半ば満足したのか、次のように豪々と述べた。



「慈悲深いオレ様が!一度だけ機会をくれてやるぞ!命が欲しければ泣いて這いつくばり、許しを乞え!」



醜い誘惑。魔王(テナルディエ)ならもっと絶妙な瞬間を狙って勇者の心を射抜く。



命乞い――癇に障るような余計な気遣いが、凱の決意を硬貨させてしまった。命乞いするのは貴様のほうだと、青年の獅子の如き瞳がそう訴える。



「――――断る」



凱の返答は勇者らしく、簡潔を極めた。



「ならば!新生したオレ様の力を思い知りながら――くたばりやがれ!!!」



先ほどの荒々しい嵐とは異なる一陣の風が激しく吹きつける。



アルサスの大地を這うように舞う瘴気。巨木のようなドナルベインが動けば、周囲を薙ぎ払う『雨嵐—コーラルレイン』となる。



まさに自然災害の嵐と化したドナルベインは、今度こそ確実に凱を仕留めようと、『竜巻』へ昇格して猛襲する!



(――速い!)



はらり。



紙一重より切迫した――『髪』一重の一撃。



一枝斬られた毛を舞いながらも凱は、ドナルベインの再発する瘴気質量の推測を開始した。



初手の加速度なら、もしかしたら鬼剣のノアと見劣りしないかもしれない。



瞬間最高加速度は物理表に換算してマッハ2。



ヒトは獲物を捕捉するために音の行動をとらえることはできても、身体は音より速く動けるようにできてはいない。


知覚――認識――行動に移すまで、ほんの数フレームのズレが生じるはずだ。



だが、技のキレがなくとも、ドナルベインの猛襲が脅威であることに何ら変わりはない。



「遅い!遅すぎる!銀閃の勇者シルヴレイブ恐れるに足らんわ!」
「――――ちぃ!」



あらゆる悪態が凱の舌を撃たせる。



手こずる故に……ではない。そんなおもちゃのような力でここまで無邪気に喜べるものなのか?ドナルベインの神経を疑った為にだった。



獅子の飛脚が90度反転――。



一足切り返した時、ドナルベインの加速斬撃が凱をとらえる!



「ガイ!?」



「ガイさん!?」



フィグネリアとティッタ、二人が青年の名を叫ぶ。



「グフフ!!シシオウ=ガイを討ち取った!口ほどにもなかったわ!」「あの少女との約束だ」



勝利の余韻は極一瞬で散らされた。



なぜなら、獣の大剣を勇者が既にアリファールで寸前で受け止めていたからだ。



――――銀閃の長剣に食い込む、ドナルベインの大剣。



心金を痛めたのは元傭兵の大剣。無傷のアリファールはその強き輝きを誇示したまま、ドナルベインの大剣を『食い込ませている』。



刃立ち90度旋回。針のような刃の輝きは、敵対者への宣告を秘めていた。刀身に映る者はすべて斬り払う――と。



「テナルディエ公の前に貴様を倒す!……報いは必ずくれてやる!」



「報い……だと?」



「そうだ!」



「笑わせるわ!くれてやるどころか、このオレ様に追いつくことすらできぬ貴様に何が出来るか!?」



「……追いかけっこがまともに出来るようになったただけが、そんなに嬉しいか」



「オレ様を侮辱するか!?」



ドナルベインが青筋立てて激昂する瞬間――凱のアリファールは、食い込んだままの大剣を『ねじり』挙げて、『てこの原理』の応用で根元からへし折った!



驚愕するドナルベインを他所に、凱は問いを一つ投げ放った。



「その大した『神速』は誰から与えられたんだ?」



刹那――ドナルベインの脈拍が極端に跳ね上がる。



僅かな静寂の時間。それだけで図星だと見て取れる。



風の流動を利用した、アリファールの竜の『耳』がそれを聞き逃さない。



竜具は主を偽らない。ゆえに銀閃は凱へ通達する。



「……貴様への復讐心を糧に、修行して得た成果だ!」



くぐもったドナルベインの答弁。復讐心を抱いて力を望んだのは本当の事だとしても、凱の神速に迫る脚力は、一年どころか半年足らずで身に付く能力ではない。



豊富な戦闘経験を持つ凱の目にはまるで、神が悪戯で与えた力を無邪気に喜んでいる咎人を目の当たりにしているような光景だった。




「言いにくいなら俺が言い当ててやる。——復讐心を糧に――というくだりを聞いてピンときたぜ。貴様から漂う不遜な邪気……バーバ=ヤガーから授かった『特典』だ!」



以前シーグフリードと死闘を演じた、童話との歴史ある神殿と同じ気配がした。



バーバ=ヤガー。御伽噺(ジュブナイル)によれば、祈りをささげた者に願いを叶える箒の魔女。



『魔』との交戦歴あるアリファールが凱に訴える。それと同様の邪気が漂っていると。



(凍り付いたドナルベインの表情を見ると、まさに図星のようだな)



凱の放つ洞察の(やじり)は、確実にドナルベインの心中を射抜いた。対してドナルベインは硬直して口すら開けない。



シーグフリードが推測した内容は、おおよそ凱と同じ内容だった。



斬撃ひとつひとつとっても、いざというときの筋肉の張りと『相手を倒そうとする』気迫がない。



瞬足機動を維持するための体制保持もバラバラだ。凱の放つ銀閃の太刀を捌く技術力も感じない。



加えて、概には単純に能力だけ上げたことを見透かされた。



決定的な劣勢感を振り払うようにドナルベインは吠える!



「……だが!オレ様が貴様を上回っていることは事実だろうが!」



焦りを誤魔化すために、『現状』を叫ぶドナルベイン。しかし、凱の発言は正鵠を射ていることには変わりない。



「おい、ドナルベインとか言ったな」



銀髪鬼シーグフリードは嘲弄する。はたから見ればみっともない口喧嘩だ。



「勝ち誇りたいなら、目の前のそいつに勝ってからにするんだな」



勝利以外にチートなしの『潔白』を証明する手立てはない。その言葉を口火にして、両者は再び『神速』の領域に飛び込んでいった。



やがてドナルベインは気づくことになる。



規格外能力(チート)がもたらした恩恵とその代償(ペナルティ)を―――――



―――――◇―――――◆―――――◇―――――



「シーグフリードさん、ガイさんがなんだか危ないですよ?助けてあげないんですか?」



劣勢と思われる凱の様子を見て、金髪の青年ノアは何の感情もなく隣のシーグフリードに尋ねる。



「馬鹿を言うな。ノアこそよく『観察」してみろ」



顎でくいっと景色を指すシーグフリード。そしてフィグネリアもティッタも揃って視線を向ける。



「うん?紙一重の差でよけ続けていますけど、あれじゃやがてドナルベインさんにつかまっちゃいますよ?」



「どあほう。あの紙一重を既に何回避けているかわかるか?100太刀中すべてかわしている。とてもまぐれで言い切れる数字じゃない。ガイのやつ、やはりテナルディエの視線が気になって竜技(ヴェーダ)竜舞(ヴェーラ)も繰り出せずにいやがる。控えている――ノアやテナルディエとの戦いに備えてな」



「シーグフリードさん、そうだったんですか?僕はてっきり押されてるばかりだと」



言われてみれば、あれから凱は回避行動に徹しているものの、追い詰められた状況には見えない。



一方、フィグネリアもドナルベインの豹変ぶりには驚かされたが、不可解な点も同時に感じていた。



傭兵稼業という職業柄、ドナルベインとかいう野盗下がりの元傭兵は、いくつもの戦場で見かけたことがあった。



同業者として力比べを試したことがあったが、とりわけ秀でた点があるわけでもなかった。



要するに、ヒトのいない不自然な戦場を埋めてくれる『背景(モブキャラ)』の一人というのが、フィグネリアのドナルベインに対する見解だった。



しかし、今のドナルベインはまるっきり違う。



背景(モブキャラ)』どころか、『原作(セカイ)』背景を崩す『一線級人物(オリジナルキャラ)』じゃないのかと思えてしまう。



そんなフィーネの考え事を他所に、相変わらず凱とドナルベインの、寄せては返す波打ち際のような攻防は続いている。



いたちごっこの光景に空いたのか、余計一切無言なシーグフリードにしては珍しく饒舌になって語り始めた。



「お前たち、チートという言葉を聞いたことはあるか?」



「……ちーと……ですか?」



「それが今の状況と何の関係が?」



聞きなれぬ言葉にティッタはカタコトでつぶやき、フィーネはそれとの関連性を求めて返事した。



「ある業界用語で『不正』や『騙す』といった意味合いで使われる俺たち東大陸の言葉だ。かつて格式ばった代理契約戦争(システム)に飽いていた研究者(ハウスマン)が、気分転換娯楽性(エンターテイメント)を持たせようとして、意図的に組ませた技術らしい。その中で研究者が好んで使っていたチートは『能力改造(アクションリプレイ)』だった。より多くの戦争参加者を募る為にな」



「戦争に娯楽性……まるで『王』や『神』が考えそうなことね」



半分正解だ――とシーグフリードは胸中でフィーネを評価する。



代理契約戦争(システム)という管制端末(マスターデバイス)たるヴァルバニルは、まさに『王』・『神』・『獣』・『魔王』・『機械機構』・『実験台』・『竜』と、複数の固定身分名称(アカウント)を持っていた。フィーネの言い示す王や神は、まさしくその通りの存在だった。



黒き邪竜たるヴァルバニルには、人間を異形の悪魔へ変える『死言—プログラム』を網羅していた。故に『神』は口元が狂い『事故』という形で人を死なせる。お詫びと言わんばかりに悪魔契約を唱え『悪魔』へ転生させ、



阿鼻叫喚の戦場という死後の異世界に放り込む。好き勝手に暴れて来いと。



その過程で研究者(ハウスマン)は一つ手を加えた。



あらかじめ死言が刻まれている心臓に細工を仕掛け、悪魔転生時に操作介入できないかと。



対ヴァルバニル戦の聖剣の予備として、特殊性な死言を刻まれたキャンベル家――セシリー=キャンベルには、『強制的に魔剣となる術式』が遺伝情報という形で刻まれていた。それは、チート操作で遺伝情報(コード)を書き換えられた故に生まれた副産物にすぎなかったのだ。



そういう意味では、シーグフリードもセシリーも同じ境遇をたどっているのかもしれない。



だが、チート操作で生まれた『聖剣の納鞘』というセシリーの解呪を可能にするものが存在した。



それこそ、真なる聖剣『聖剣の刀身』だった。



チートの概念はバグという『欠如』を、ホールという『弱点』を生み出す。



ルーク=エインズワースが鍛えし聖剣は、言うなればそれら『穴』を正しく修正する剣、文字通り『正剣』なのだ。



だが、無知にして愚かなる人間は、神の意志をはかり知ることはできない。



元々代理契約戦争に使われた悪魔契約は、『殺しあう』という自滅システムとして人間社会に組み込まれたものだから。



「もう少し見ていようぜ。面白い光景を拝めるかもしれないからな」



口元の端に冷笑を浮かべながら、銀髪鬼は鬼ごっこを眺め続けている。
人差し指をひょいと、凱とドナルベインが繰り広げる戦場へ向ける。



あれからずっとドナルベインの嵐のような連続攻撃が続いているものの、凱だけは息一つ乱していない。



しばらくして――
平静な装いと『観察眼』を見せる凱と、『血眼』になって剣を振り回しているドナルベインとでは、どちらが優勢かは明らかだった。



「……まさか」



フィグネリアが驚きの声を上げる。それは、思考が回答へ辿り着いた故のつぶやきだった。



ドナルベインの結末が、いかに惨めなものなのかを。



その予兆は、両肩で呼吸を整えている形で表面化しはじめていた。



「…ぜぇ!ぜぇ!……おのれぇぇぇ!ちょこまかと!うっとうしいわ!ならば!」



突如、ドナルベインの全身に再び黒き瘴気が吹き荒れる!



敵の爆縮発達する筋肉に、瘴気ではち切れる大気にフィグネリアは戦慄を覚えた。



腰を深く落とすドナルベイン。瞬間、眼下の石張り(タイル)を削らんとする脚力を以て爆進する!



――――10アルシン!



――――5アルシン!



――――0アルシン!



一陣の風から一条の閃光へ。



音よりも速く凱へ接近を果たしたドナルベインの『力任せ』の一撃。



しかし、疲れ始めている偉丈夫の大剣は、大方予想通り凱の体にかすりもしなかった。



ひらり――ひらりと、まるで木の葉1枚を相手にしているような気に浸り、やがてドナルベインは精密無き斬撃を放つばかりだ。



視認で捕捉した袈裟斬り。しかしこれも虚しく空振りに終わる。



再び攻めるドナルベイン。頭上の大気を唸らせる脳天唐竹割。だがこれも失敗に終わる。素振りと虚空のあくなき膠着状態が続く。



――なぜ、当たらない?



苛立ちと不安が次第に募っていく。



やがて失敗を重ねていくうちに、苛立ちの色を濃く映したドナルベインの表情は、まさに憤怒を極めんとしていた。



「くそおおおお!!いい加減に……」



もう一桁———魔女の怨呪が施されている『両足』に対して『能力底上』の指令を下そうとした瞬間だった。




















ぱきりと、不気味な怪音が戦場に反響した。













「ぐがあああああああ!!!!!あ!!足がぁぁぁ!!」



ドナルベインの全身が硬直する!



今まで風のように軽やかだった体の感覚が、なぜか鉛のように重たい。



それどころか、まったく足を動かせる気配がない。



足元を見ると、奇妙なねじれ方をしているドナルベインの両足が存在していた。



だが、既に戦闘不能のドナルベインの苦難はこれだけで終わらなかった。



「があああ!!う!腕が!腕がぁぁぁ!!今度は頭がぁぁ!!」



まるで、見えざる空気の縄がドナルベインを締め付け、大地に引きずり降ろそうとしているかのようだ。



「何故だ!俺の身体が動かない!動かないぃぃ!!」



「何度も何度も能力を強化(ブースト)しすぎたせいで、貴様の身体が桁溢れ(オーバーフロー)を引き起こしたんだ!」



「まさか……オレ様の能力が身体から『漏れている』?だと!……バ……馬鹿な!?オレは常に貴様の速度についていった!もう少しで圧倒できるはずだった!オレより筋肉のない貴様が先にくたばるはずだ!」



「お前の意志とは関係なく、体のほうが不正操作(チートプレイ)に対して強制停止(フリーズ)をかけたんだ!」



意志と反する身体の指令は、なんてことない。たった一言の『休ませてくれ』だった。



チートによる戦闘能力向上結果の算出過溢(オーバーフロー)



そのチートの種類でもドナルベインが好んで使ったものは、それこそシーグフリードに指摘されていたアクションリプレイに他ならなかった。



能力操作(アクションリプレイ)は、自らの肉体への不正改造。



しかし、父と母から授かった血の通ったヒトの肉体は、決して怠惰な不正を許しはしない。



原種大戦、超越聖戦、代理契約戦争をはじめとした数多の戦いから、凱は確実に経験値と熟練度を得て、今の強さを得ている。ヒトを超えたその先の強さを。



産声を上げた時から共にあった身体は、既に疲弊と疲労をぶちまけていたのだ。



強制終了。運動神経の強制停止(フリーズ)



疲労による脊髄反射――ともいうべき反応。



歴戦の傭兵時代からいきなり、生後間もなく歩くこと叶わない赤子の如き存在へ成り下がった。



「シーグフリード、教えて。ガイのさっき言っていた『おーばーふろー』って何のことだ?」



「何てことない言葉だ。身近で分かりやすい例がディナントの戦いとなった『村のいさかい』を思い出してみろ」



「川の氾濫……ですか?」



フィグネリアではなくティッタが先に答えた。それは、凱とドナルベインの再戦はティッタにとっても因縁深い関係だったからだ。数十年ぶりに事を構えるブリューヌとジスタートの外交戦争に、アルサスの領主であるティグルは、王政府から要請を受けて『ディナントの戦い』に参戦した。「後方に配置される」から大丈夫と告げられたティッタは、主の帰還を信じて1カ月と数日待ち続けた。戦死ではなくまだ捕虜との知らせを聞いた時は、まだ不幸中の幸いともいえた。ティグルを取り戻すために身代金を集めまわっているときに、ドナルベインから金貨を強奪されたのは、この侍女にとって大きな不幸だった。同時に、後に助けてくれる凱も現れたのは、今の現状を鑑みれば、天の采配ともいえよう。



「そう、それと同じ現象がドナルベインの体内で起きている。考えてみろ。高めに高めた血液が増量して、やがて逆流して血管という水路を破り、身体という堤防が崩壊するんだぜ」



今シーグフリードの語っている内容は算術オーバーフロー。



じりじりとドナルベインへ距離を詰める凱。



無意識に蹴飛ばした小石が、地べたに這いつくばる愚者の(まなこ)を小突く。



靴と大地のこすれる音が、ドナルベインにはまるで死神が着実に歩み寄っているように聞こえた。



うつぶせのままのドナルベインは顔を見上げると、憤怒に打ち震える凱の表情がそこにあった。



まるで――我が子を奪われた獅子が怒り狂うかのように。



「覚悟はいいか!?ドナルベイン!!」



「ま!ま!ま!待ってくれ!お願いだ!命だけは!」



「そうやって命乞いする人達を何人殺め、この世からさらってきた!?」



ふざけた言い訳だ。



アリファールを握る柄に、殺意あまりある力がこもる。



凱の瞳に闇が募る。



「『(オレ)』が殺すと言った以上、この宣言は絶対だ!!」



神の次に絶対なる王の処刑宣言。それは人の世の絶対不変なる摂理。



銀閃の長剣――月の光を跳ね返す『斬輝(アリファール)』の切っ先が天を見上げる。



不正(チート)を実行した咎人は、殺さなければならない。



憎しみを込めた静かな声で、『(ガイ)』は古傭兵(ドナルベイン)の名をつぶやいた。



「――――――死ね。ドナルベイン」



民は一同にして、ドナルベインの裁きの時を待った。



寸間の煌めき。ガイの振り上げているアリファールの美しい刀身の輝きが、ドナルベインの全身へ光が突き刺さる!



その公開処刑の光景に震える者がいた。ティッタだった。傍らにいる少女の目を両手で塞ぎ、視界での心的障害を生ませまいと懸命になる。



「だめ……」



「ダメです!ガイさん!誰か……誰かガイさんを止めて!」



どことない既視感がフィーネを包む。



――それ以上戦うのはやめろ!アリファールが泣いているのがわからないのか!?――


「……フィグ……ネリアさん?」



無言のままで寄り添っていたティッタのそばを離れた者——フィグネリアことフィーネ。



雛鳥のごとき力無き存在、ティッタと少女はそんな親鳥のようなフィーネの背中を見守るだけ。



かつてバーバ=ヤガーの神殿で、必死に凱を呼び止めようとしたが、耳にも心にも届かずして霧散したあの言葉。



このままでは、凱は文字通り『数多の躯で彩られた玉座』に君臨する王。



闇の深い夜に数多の(むくろ)の上で、勇者は死を超越して王となろうとしている。



誰しもドナルベインの斬殺を絶対だと確信した瞬間――――



悲痛なまでのティッタの叫びに呼応して、一人、黒い衣装をまとった女性が凱の隣に並び立った。



ドナルベイン断罪の時。獅子王が奇声の如き、死ねという『号令』が放たれる。



「――死ねぇぇぇぇ!!」「おい」



テナルディエ、シーグフリードが興味深そうに『王』へ耳を傾けている。



腹から響く低い声と共に、突如フィグネリアが憎しみに歪む凱の顔を殴打した。



「―――――がっ!!」



呻き声の主は、獅子王凱。



『王』を力づくで止めた『勇者』の正体は、フィグネリア。



その行為に、皆が唖然とした。



テナルディエは、その行為を疑った。



シーグフリードは、その行いを訝しんだ。



ティッタは、その場面に驚愕した。



少女は、その光景に凍り付いた。



「フィ……フィーネ?」



おぼつかない、隼の名を呼ぶ獅子。



憎しみ故に瘴気に染まり、正気へと戻る。



手から力なく地面へ堕ちるアリファール。金属特有の周波をセレスタ全体へ発して横たわる。



血の匂いがあふれていたにも関わらず、たった一振りの拳で四散していく血風。



「ひどく酔っぱらっていたよ。あんた」



「俺は……」



殴打した拳をゆるりと解き、(アザ)と化した凱の頬に手を添える。



勇者の表情を逃すまいと、元傭兵はしっかりと瞳と瞳をむける。



「復讐心を持つな――とは言わない。だけど、それに酔うな。憎しみだけを武器にするな」



復讐に酔いしれれば、恨みの咎を積み重ねて永久に迷宮でさまよい続けるだろう。



憎しみだけを武器にすれば、やがて自身を襲う『孤独』に耐えきれず、守るべき大地に死と恐怖の種を振りまくだけの存在となる。



そんなものを、それこそ『不殺』のヴィッサリオンを見続けてきたフィグネリアが捨て置くことはできない。



「それだけが武器じゃない……あんたの場合は、そうじゃないんだろう?」



先ほどの苛烈な行動を拭い去る、フィーネの母性に満ちた言葉。



多分、凱は人に『殺したい』ほどの復讐心を抱いたのはこれが初めてなのだろう。生まれて間もない子供が、自分の芽生えた感情に戸惑うのと同じように。



勇者の最大の武器は勇気。



勇気の『意志』で磨かれたからこそ、『勇者の剣』は天高く輝くことで、民衆に『自由の風』を知らしめることができる。



憎しみの『意志』で研いだだけでは『魔王の剣』と化して、恐怖を振りまき民衆に『死の風』を運ぶ元凶となる。



ヒトの心の『意志』――刃を研ぐ『石』——守るべき何かを理解するのは原石次第。



簡単なことを――それさえも、見失っていた。



「――――ああ」



力ない凱の返事。だが、そこには確かな感謝の念が含まれていた。



暁にも似た、オレンジ色の復讐の炎を浮上させていた瞳が、ゆるやかに静まっていく。



「ありがとう。フィーネ」




礼を述べた後には、凱の瞳に力強く、そして澄み切った青い輝きが宿っている。



「——アリファール」



短く告げた。青年の口から竜具の名を呼び、凱の手元へ戻られる。今度はフィーネも止めない。凱の決断が間違ったものではないと信じるように、それぞれの翼の双剣を強く握りしめた。



アリファールの美しき刃へ集約する渦巻く大気。それこそ、凱の『不殺』を体現する『見えざる鞘』そのもの。



しびれをきらしたテナルディエが玉座から立ち上がる。




「約束通り、ここアルサスは貴様等に返してやる。それから、ユナヴィールの負け犬どもは、我が軍にはいらぬ。アルサスの民と貴様たちで好きにせよ」



「待て!フェリックス!」



呼び止められたフェリックスは、無言で凱に振り返る。



「ティグルは……ティグルはどこにいる!?」



「知りたければ、『王』にもう一度戻ってランスへ来るがいい」



ランス。それはフェリックスが統治していたネメタクムの中央都市。



「もっとも、そこのノアに勝てればの話だがな」



「ん?僕がガイさんと戦ってもいいんですか?」



「構わん。私のエクスカリバーと奴のアリファールとの『姉妹対決』にはまだ早い。そして骨の髄まで染み込ませてやれ」



フェリックスはそういうと、傍らに立てかけていた、アリファールに酷似している黄金の長剣『エクスカリバー』を腰に据えて立ち去ろうとする。



「それじゃ、遠慮なくやらせて頂きます。おいで、ヴェロニカ」


ノアにヴェロニカと呼ばれた少女は、外見年齢で10。
足元にまで伸びる黒髪。等身大人形と言っても差し支えない容姿。
幼い風様からは想像できない――不釣り合いな妖艶の(メス)の笑み。
ぷくりと膨れる頬は年相応かもしれない。が、紡がれる呪文は濃塾した文言そのものだった。




――眠りを解け――



――罪に酔え――



――夢毒を貴殿(ノア)に――



――神を殺せ!――



ヴェロニカの頭髪が爆発的に広がり、ノアの四肢に絡みつく。増え続ける髪はやがてヒト型の鎧を形成していき、やがて確かな細部まで成していく。
小手。脚部。腰部といったように、防御面においては凱の黄金の鎧たるIDアーマーと相似していた。
胸部には獅子を彷彿させる装飾。がきがきと牙を鳴らすそれは、『鎧の神剣』が生きていることを示していた。
神速、超神速のノアの才能を最大限に生かす――『ノア専用の神剣』ヴェロニカ。
第二次代理契約戦争(セカンドヴァルバニル)の猛威が、再びアルサスで振るわれる。



「待ちやがれ!」



「つれない人だなぁ、遊んでくださいよ。せっかくテナルディエさんからお許しが出たんだから」



「くっ……!」



朗らかな笑顔で、本当に心から児戯に興じようとしている、ノアの笑顔。




「ノア……カートライト」



固唾を呑む凱の緊張も分からなくはない。


凱のアリファールに激しい銀閃の『竜気』を叩きつけられても、ノアの笑みは陰らない。



(価値観湾曲により、彼の仕草そのものがわからない)


先のドナルベインとの戦闘の間、凱やシーグフリードはテナルディエの隙を伺っていた。
奇襲を警戒し、少しでも自分に有利な間合いを確保しようとしたのだ。
無論、不意打ちを仕掛けようと思ったわけではないが、それでも一足で飛べる位置に付けたなら、配下連れのテナルディエの機先を制し、逃すことを防げたかもしれない。
だが、背後のノアが、それを許さなかった。
絶えず凱達の動向を警戒していたのではなく、まったくノアの行動根拠や気配が読めなかったのだ。



(アリファールの竜の『髭』が察知できない――やはりあの時からこの少年の『価値観(アイゼンティティ)』はまともに働いていない)



いかなる人間であろうとも、自己と他者の意識の線引きを行うために独自の価値観――アイゼンティティを持つ。
ただ、彼はテナルディエに命令されているから戦うだけだ。
自分の思考を放棄して、何の疑問も抱かず命令にすがるだけで。まるでそれは機械のように。
竜の髭は天敵なり難敵なり、『命の熱』を持つ者に対して反応する。
だが、機械は生命の通わぬ冷たい鉄塊。幽霊や精霊と違い、意志や怨念すら持たぬ建造物(オブジェクト)

長期戦となれば、こちらの戦闘理論(アイゼンティティ)が崩されてしまう。



ならば!短期決戦に挑むのみ!



ぱしん。



「これを使うしかない!」



乾いた音とともに空中でアリファールの柄を逆手に持ち替えして、抜刀術と真逆の方向へ腰をひねる。



それは、第二次代理契約戦争時に、凱が最も得意としていた剣術の一つだ。



抜刀術(スラッシュ)は――神速の剣技。



突撃術(ストライク)は――神技の剣技。



二つに分かたれる極みの型を一つに昇華した技が――これだ。



「ストラッシュ――――抜刀術と突撃術の術ですか。なら僕は、これで行きます」



銀閃の刃を逆手に持ち替えた凱に対し、ノアは抜刀術の構えを取った。



やや右肩下がり。凱のストラッシュが最強の牙ならば、ノアの抜刀術は最強の爪。



二人の『獅子』の戦闘態勢を観察していたシーグフリードはぼやく。



「やはりそれだろうな」



「どういうこと?」



今だ意図をつかみ損ねているフィーネに対して、シーグフリードは簡潔に説明する。



「要するに相手との力量比べが出来ない以上、自分の『最強技』をぶつけるしかないのさ」



「だったら、竜技(ヴェーダ)を使えばいいんじゃ……」



「阿呆。周囲一帯が抉れて馬は愚か徒歩で進めなくなってしまうぞ。アルサス一帯を無人の荒野にするなど、あいつの本意ではあるまい」



そんなことはわかっている。だが、フィーネはそれを口にしない。されど口にしたいことは一つある。



このままではテナルディエに逃げられてしまう――ということ。


(オレも動きたいのは山々なんだがな……)



動けなかったのはシーグフリードも同様だ。



「では――――行きますよ!ガイさん!」



無邪気な声で楽しそうに詰め寄るノア。



鬼剣対銀閃。



静寂な空間。二人を取り巻く環境は、もはや誰の立ち入りも許さなかった。



ノアの紫刃煌めく抜刀術!!



ガイの白銀輝くストラッシュ!!



――――半瞬の、交差接触閃光(クロスコネクトー)!!——



戦いが続く闇夜の空間を、刹那の白銀光が埋め尽くす。



その場にいる皆は、剣輝の凄まじき光量に誰しも目をやかれる。この場にいた全員は目を伏せた。













バリンと、鼓膜を切り裂く、研ぎ澄まされた周波が響き渡る。













砕かれ、舞い散る刃は果たしてどちらか。













虚空へ舞う刀身に映る存在。どちらの青年か。













衝撃のあまり、顔色を失っている自分の姿。














砕かれたのは、凱の持つアリファールのほうだった。

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