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河豚

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第二章

「死ぬな、しかしそれは当たればのこと」
「当たらねばですか」
「死なぬ」
「そう言われますか」
「左様、だからな」
 それでと言うのだった。
「わしは構わぬぞ」
「河豚でもですか」
「それを食されても」
「構いませぬか」
「むしろふくを出してくれるなぞ」
 楽しそうにさえ笑って言う伊藤だった。
「嬉しいのう」
「何と、当たるのに」
「それでもですか」
「よいのですか」
「死ぬというのに」
「だから当たればじゃ、まあ見ておれ」
 伊藤は持ち前の陽気な顔で周りの者達に話した。
「わしは当たらぬ、そしてな」
「ふくを食され」
「その味を楽しまれる」
「そうれますか」
「ふくを食えば他の魚は食えぬ」
 こうも言った伊藤だった。
「当たれば死ぬし当たらねばな」
「それでもですか」
「他の魚は食えぬ」
「そうなのですか」
「そうじゃ」
 伊藤は周りの声を聞かない形で春帆楼に入ってそうしてだった、おかみが恐る恐る出した河豚料理を次から次にだった。
 美味しそうに食べた、そのうえでおかみのみちに言った。
「まことよい味であったぞ」
「あの、今お出しした魚は先にお伝えしましたが」
「ふくだが」
「責は私にありますので」
 首を差し出す様にしての言葉だった、伊藤の前に控えて。
「何とぞ他の者には」
「褒美をか?それは少し欲張り過ぎではないか」
「といいますと」
「下関のふくは当たらぬ」
 笑って言う伊藤だった。
「決してな、どう捌けばいいかを知っておるからな」
「だからですか」
「ははは、わしは長州の生まれだぞ」
 この下関のある、というのだ。
「だから知っておる、それにな」
「味もですか」
「河豚の味も」
「それもですか」
「これはよい、では今からな」
 みち以外の者達にも言うのだった、彼女の後ろにいる店の者達に。
「楽しんでな」
「河豚をですか」
「食されるのですか」
「そうされますか」
「そうさせてもらう」
 実に楽しみな感じで言ってだ、そのうえで。
 伊藤は河豚を食べた、刺身と他の河豚料理もだ。そうして河豚料理を一通り食べてからだった。みちに実に満足している顔で言った。
「実に美味かったぞ」
「あの、ですが」
「当たることはか」
「よいのですか?」
「暫くせぬとわからぬが」
 毒はすぐには効かぬ、これは河豚も同じだ。
「しかし食いはじめてから結構経つが何ともないな」
「はい、確かに」
「まあ大丈夫だ、万が一当たってもな」
 その時のこともだ、伊藤はみちに明るく笑って話した。
「砂浜に首から下を埋めてな」
「それで一日ですか」
「過ごせばいい」
 河豚に当たった時にいいという治療方法だ、砂に身体にある河豚の毒を出させるということの様である。
「だからな」
「別にですか」
「構わぬわ」
「左様ですか」
「それでだが」
 伊藤はみちに鷹揚な笑顔のまま話した。 
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