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塩賊

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第四章

「それなら後はな」
「はい、蜀に逃げた唐の息の根を止めてやりましょう」
「それで思う存分いい思うをしましょう」
「もう俺達には怖いものなしです」
「やりたいことが出来ますよ」
「そうだ、俺達に出来ないことはないんだ」
 塩を握っている自分達にはとだ、黄巣は得意満面の顔で応えた。
「これからも何だってやるぞ」
「そうしてやりましょう」
「俺達には塩があるんですから」
「出来ないことはないですよ」
 皆着飾った見事な服で黄巣に応えた、そうして政を行ったが彼等は塩賊だ。塩は山の様に持っていたが。
 塩の商いは知っていても政は知らなかった、彼等はただ好き勝手をするだけで政はしなかった。それで次第に彼等になびいていた民心を失っていった。
 それを見てだ、蜀に逃れていた唐の朝廷は思った。
「賊共は民の心を失っている」
「そうしてかつての勢いを失っている」
「数は多いがただ好き勝手する者共に過ぎなくなっている」
「これはいけるか」
「長安を取り戻し奴等を滅ぼせるか」
「ここは兵を送るぞ」
「賊共の中から裏切りそうな者を懐柔していくとしよう」
 こうして唐は反撃に出た、やがて朱温という賊の有力な将を朝廷に引き込むことに成功し討伐軍もようやく勝ってきてだ。
 黄巣達から長安を奪い返した、それからも東に逃れていく賊達を多くの犠牲を払いながらも攻めていき。
 遂に黄巣達を山東に追い詰めた、ここに至って黄巣は残っていた僅かな手下達に言った。もう兵も少なく誰もが流浪の者達の様にみすぼらしくなっていた。
「なあ、俺達は何でも出来るって思っていたな」
「はい、ずっと」
「塩を持ってましたからね」
「塩を売って儲けて銭を手に入れて」
「人も飯も武器も手に入れてました」
「何でも手に入りましたからね」
 手下達も主に応えて言う、既に敵に囲まれ彼等の命運は決していた。
「それで長安も陥としました」
「新たな国を立てて士大夫にもなりました」
「お頭は皇帝に」
「そうなりましたね」
「そうだ、しかしな」
 残った僅かな手下達に言う黄巣だった、兵達も残り僅かで武器も少なくなっている。
「その俺達も政は出来なかったみたいだな」
「国を治めることが」
「それが」
「所詮俺達は賊だった」
 塩を密かに売る、というのだ。
「それは出来なかったな」
「それで、ですね」
「俺達は今こうなってるんですね」
「出来ないことがあったから」
「だからですね」
「そうだ、俺達にも出来ないことがあったんだ」 
 このことを今滅ぶ時にわかった黄巣だった。
「それで俺達はその出来ないことの為にな」
「死ぬんですね」
「そうなるんですね」
「そうだ、こうしてな」
 力なく言ってだった、黄巣は自害し他の者達も死んだ。蜀以外の唐の全土を巻き込んだ大乱は終わった。
 ようやく乱が終わったが唐は最早満身創痍だった、結局この乱で滅び後に幾十年か後に五代十国という乱世となり。
 宋が興った、この国は塩の制度を変えて塩賊が出ない様にした。
 黄巣は確かに唐を事実上滅亡させ中国のこれまでの社会の在り方まで根本から変えた。伝統的な貴族制度さえ破壊したのだ。
 そうした意味では黄巣は何でも出来た、だがそれでもだった。
 彼も手下達も国を治めることは出来なかった、国を滅ぼすだけのことはしてもだ。彼等にも出来ないことがあったのだった。何でも出来ると思っていた彼等も。


塩賊   完


                    2017・11・17 
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