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りゅうおうのおしごと(ピンク&スチール)

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閑話①夜叉姫あいの覚醒

 
前書き
「何時からヤンデレの『アイ』が一人だと錯覚していた」 

 
「八一君は凄いんだよ」

父が将棋を語るとき、必ず口にする言葉。

その言葉は、幸せだった家族の記憶と共に、今も心の大事な場所に仕舞ってある。

だから、九頭竜八一という名前がプロ棋士の名簿に載ったときは、自分の事みたいに喜んだ。

八一が公式で試合をしたときの棋譜は、ずるいけど、お祖父様に頼んで手に入れたし、新聞や雑誌に載った時はお願いして、買って切り抜いてもらっていた。

竜王に挑戦して、そして勝った時には小躍りして、喜んだわ。

迷惑かなあ、と思いながらも、お祝いと一生懸命書いた弟子入りの手紙を『ゲッコウ』さんというお父様の友人の方を通して渡したのもその時かしら。

残念ながら、直ぐに弟子入りの了解はもらえなかったけど、直接八一…………先生(恥ずかしいわね)からもお手紙をもらえて、私は満たされていた。

『あの日』の八一先生を見るまでは。

後でお祖父様に聞いた話だけど、本来、八一先生と名人と呼ばれるタイトルホルダーとの戦いは、起こらなかったはずだった…………らしい。

八一先生は当時竜王になりたて。

通常業務に加えて、竜王として取材等もあり、忙しいなら出なくても良かった。

だけど、八一先生は出た。

竜王、その名を冠する人間が、負けを恐れて試合を行わない、それが嫌だったらしい。

テレビ局が開催するトーナメントは、大々的に行われスポンサーも多く付くので、一勝ごとに賞金が貰え、上にいくほど賞金が増えるスタイル。

そのため、当然のことながら、ついてくれたスポンサーのために、視聴率の向上のためのタイトルホルダーの出場は関東、関西の区別なく将棋協会より熱望され、結果として多くのタイトル保持者が参加していた。

準決勝、勝ち進んだ八一先生と名人が戦う事になったのは、ある意味必然だったかもしれない。

天上の戦い。

八一先生と名人の戦いを一言で表すなら、正にそれだった。

途中まで大盤解説をしていた人間がついていけない。

目まぐるしく攻め手と受け手が代わり、詰んでいたはずの盤面が、二人の針の穴を通す打ち方で元に戻される。

テレビ放映のため、長引いた試合は一時中断され、二人の戦いのみ、二日に渡った。

終局は唐突に訪れた。

二日目、330手目。

滅多に声を出さない名人が、声をあげた。

「竜王?」

そう口に出して肩を揺するように触れた瞬間、触られた八一先生は倒れた。

私は大声で悲鳴を上げてから倒れた、らしい。

らしいと言うのは、後からお祖父様からその時の事を聞いたから。

でも、私にとって、自分自身が倒れたことなんて大したことがなかった。

また、私の大切な人は遠くに行くの?

いや、イヤだ。イヤだイヤだイヤだイヤだ。

お祖父様の心配する声も遠くに聞こえる。

駄目だ。八一先生、いや、八一は私が守るんだ。

…………だから、私、早く八一に逢いに行かなくちゃ。

「…………お祖父様、私、お祖父様にお願いしたいことがあるの?」

本音を笑顔で隠し、私に甘いお祖父様に淑女らしくお願いする。

「なんだい、天衣のお願いなら何でも叶えてあげよう?」

予想通りの答えに笑顔で返しながら、いつも持ち歩いている手紙を見せる。

ヤイチ…………

「私、将棋の先生に為っていただきたい方がいるの」

「お祖父様からお願いできないかしら?」

モウ…………ハナサナイ。

それは、もう一つの『アイ』のお話。 
 

 
後書き
「なん…………だと…………」 
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