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万華鏡の連鎖

作者:fw187
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銀河動乱
  第六艦隊

「黙っておれ!」
 罵声が響き、反射的に掌が動いた。
 麻痺銃《パラライザー》を握り、安全装置を解除。
 ムーア提督が震え、引き攣った表情の儘で倒れる。
 続いて首席幕僚も撃ち、意識を奪う。

「ラップ少佐!
 この非常時に、何て事を!!」
 『ペルガモン』艦橋に漸く、声が響いた。
 振り向き、背後に佇む幕僚の群を眺める。
「黙って、第六艦隊の潰滅を見守る気か?
 手段を選んでいる余裕は無い、職責を果たせ」

 全員の瞳が泳ぎ、足許に視線を逸らす。
 互いに顔色を窺い、発言する者は無い。
 通信盤に駆け寄り、艦外通信のスイッチを押す。
 邪魔する者は無く、マイクが青緑(エメラルド)色に輝く。
 発声前に呼吸を整え、天井パネルを仰ぎ見る。
 広角モニター映像、光の脈動が現実を映す。
 戦術コンピュータ演算結果投影図、簡易モデル表示盤は更に単純。
 右後背の敵が艦隊を蹂躙、恐慌状態(パニック)に陥れつつある。

「全艦隊に告げる。
 提督は負傷、ラップ少佐に指揮を命じた。
 生還したい者は、深呼吸して精神を落ち着かせろ。
 私の指示に従う方が、生き残る確率は高い。

 全艦長は周囲味方艦の進行方向、速力差、距離を確認せよ。
 第六艦隊は時計回り、右旋回軌道で敵の後背を衝く。
 低速または損傷の艦は、発光信号器を明滅させろ。
 他の艦は衝突、接触を避け、1時の方角に転針。
 敵も急角度で転針、第六艦隊の頭を抑える確率が高い。
 戦闘艇は出すな、右砲戦用意!」

 艦外通信のスイッチを切り、振り返る。

「敵の指揮官は優秀だ、今の通信が傍受されない筈も無い。
 新たな()を選び、意表を突くだろう。
 次の一手を読まねばならん、私は観察に専念する。
 第四艦隊の連絡が絶えた後、8時間弱が既に経った。
 右旋回運動から直進に移り、第二艦隊と邂逅を試みる。
 敵の傍受を避ける為、短距離通信は軌道変更5秒前。
 提督の意識回復、指揮権返還は艦隊の潰滅を意味する。
 判断は貴官達に委ねる、首席幕僚にも気を配れ」

 予想通り、数千隻が動く。
 僅かに期待した衝突、接触の閃光は無い。
 指揮官は勇将、ファーレンハイト提督だろう。
 急激な軌道変更に耐え、第六艦隊の前を塞ぐ。
 ワルキューレ運用術の達人、メルカッツ提督の追撃も厳しい。
 単独で膠着状態に持ち込み、持久戦は無理だ。
 大胆な強襲、痛撃の連鎖を覆す勝算は無い。

「全艦に告ぐ、第二艦隊から連絡が届いた。
 真正面の敵を、背後から襲う。
 挟撃だ、直進せよ!」




「全砲門、解放射撃!
 正確な照準は要らん、撃ち捲れ!!」
 超光速通信は通じず、第二艦隊からの連絡も無い。
 此の儘では、挟撃の前に第六艦隊が潰れる。
 士気の崩壊を避ける為、咄嗟に唇が動いた。

 先に敵が撃てば、恐慌状態(パニック)に陥る。
 反撃に転じ、時間を稼ぐ。
 機先を制して撃ち捲り、動揺を誘う他に()は無い。

 無数の光芒が閃き、流星の滝と化す。
 灼熱の奔流に闇黒物質(ダーク・マター)が融け、虹色の模様を描く。

 有効射程圏外の為、直撃で脱落する敵艦は無かった。
 エネルギー中和機構は負荷に耐え、損傷も無いが。
 僅かに、帝国艦隊の速度が鈍った。
 物理的損害は無いが、心理的効果が皆無と言えぬ。


 メルカッツ提督が後続であれば連携、反撃を選んだであろう。
 帝国軍の宿将は第六艦隊の後背を襲い、着実に戦力を削り続けた。
 ワルキューレ群と艦列の連携は見事、付け入る隙も無い。
 単座戦闘艇は軽量省面積の推進機関を載せ、方向転換の機動に優れる。
 艦載の推進機関に最大出力、直線方向の最高速度は及ばない。

「敵の背後を第二艦隊が襲う、砲撃を継続せよ!」
 防御装置容量の限界、無理を承知で艦長達を嗾ける。
 耐久力勝負となれば、第六艦隊の勝率は低い。
 正念場と肝を据え、真実とは程遠い嘘で戦意を煽った。

 前を進む数千隻と異なり、後続1万数千隻は鈍い。
 分艦隊指揮官の腕、力量を映し躍動しておらぬ。
 門閥の権威に頼る貴族、完璧を望む理論家は実戦の勇者に非ず。


「もう少しだ、押し続けろ!」
 同盟軍の連続射撃も無限には程遠く、数秒後に緩む。
 集中砲火減衰は第六艦隊の潰滅、士気崩壊に直結の判断が実証された。
 一瞬の隙を見逃さず、敵の前衛が動く。
 ファーレンハイト提督は勇将、部下達の練度も高い。
 好機に乗じ、一気に距離を詰める。
 艦外通信機から悪態、怒号、悲鳴が溢れた。

 緊張の糸が切れ、破滅に突き進む第六艦隊。
 旗艦ペルガモン艦橋にも動揺、恐慌の津波が押し寄せる。


 不意に、敵の前衛が離れた。
 右に艦首を向け、互いの距離を詰める。
 世界征服者アレクサンドロス大王の敵陣突破戦術、密集歩兵陣(ファランクス)の態勢が整う。

「敵は背を向けた、損傷艦は戦場を離脱。
 天頂方向に転進の後、応急修理と負傷者治療に専念せよ。
 他の艦は射撃停止、降下角45度で旋回運動を続行。
 追撃の有無を確認後、スパルタニアン発進準備を急げ」

 戦術コンピュータ投影図、天井パネル表示盤に変化は無いが。
 ラインハルト、キルヒアイス、ファーレンハイト提督の判断に異論は無い。
 メルカッツ提督も追撃を緩め、本隊1万数千隻の後背を護る。




 パエッタ提督は第四艦隊を見棄てず、救援を選んだ。
 ダゴン星域の再現を望んだ為、艦隊間の距離は遠い。
 帝国軍は掃討戦に時を費さず、既に戦場を離れている。
 約4時間弱経過の後、右後背から第六艦隊を襲った。
 此の期に及んで戦力分散、分進合撃の再現に拘っていたとは思えないが。
 第四艦隊と第六艦隊を撃破の際、帝国軍の損耗を期待したのだろうか?

 頼みの第二艦隊は現れず、帝国軍が前方宙域に割り込む。
 可及的速やかに数的優勢を確保、の提案を採る度量は無いのか。
 右湾曲軌道を描き、敵の後背を衝く道は断たれた。

 第四艦隊の連絡が絶えた直後、第二艦隊が動いたとすれば。
 約4時間で第四艦隊は潰滅、間に合わなかった筈だ。
 帝国軍が移動を開始の直後、第六艦隊の方角に進み始めたならば。
 数分後に現れても良い計算だが、現実は厳しい。
 第二艦隊は損傷艦の救助、生存者の捜索にも時を費やしたのだろうか?

 他力本願を戒め、計算し直す。
 強襲を開始時の第一陣、メルカッツ提督は第六艦隊の後背を襲っている。
 ファーレンハイト提督の率いる精鋭、数千隻が前衛に躍り出た。
 後続は実戦に向かない理論家、シュターデン指揮だろうか。
 方向転換が襲い、前衛と間隙が開いている。
 総司令官ラインハルト、副官キルヒアイス直属とは思えない。

 本隊1万数千隻の過半数、中央部の間も開いている。
 後衛の数千隻は更に艦隊運動が緩慢、鈍重と見た。
 或いは罠かもしれぬが、躊躇している余裕は無い。
 艦外通信のスイッチを押し、怒鳴り込む。

「針路変更、2時の方角に転舵!
 敵の後方、左側を衝き崩す!!
 最大戦速で直進、撃ち捲れ!」

 ファーレンハイト提督の指揮する数千隻、前衛の速度が緩む。
 針路変更に気付き、後方突破の意図を読んだのかもしれない。
 左側に旋回、距離を詰め強襲の命令は傍受していないが。
 側面攻撃を受け、態勢が崩れた時、第六艦隊は潰滅する。

 帝国軍の前衛は旋回、自然な湾曲軌道(カーブ)を描いた。
 第六艦隊左横に襲撃を避け、右側の敵に殴り込む。
 1時半の方角から第二艦隊を襲い、一気に衝き崩す。
 天井パネルが輝き、被弾の閃光に染まる。
 数秒後、ヤン准将の声が艦橋に流れた。

 第六艦隊の後背は単座戦闘艇の群、数千隻の敵艦に襲われている。
 メルカッツ提督の追撃で損害が嵩み、脱落艦は過半数に達するかもしれない。
「損傷艦は転舵、上下角プラス15度!
 全速直進、戦場を離れろ!!
 他の艦は第二艦隊を援護、11時の方角に転針!
 マイナス15度で直進、味方の下を潜り抜け、敵本隊の後背を衝き崩せ!!」


 帝国軍本隊1万数千隻は単縦陣の儘、中央突破を狙った。
 第六艦隊が後背を衝く前に、第二艦隊を押し捲る。

「大半は単座戦闘艇だ、狙っても当たらない。
 全火器、照準変更、措定範囲外掃射禁止。
 右側の艦は第六艦隊の後方、敵の別動隊を連射。
 左側は戦術コンピューター、C4回路の指示通り。
 我が軍が勝つ、約3倍の艦を擁しているのだから」
 ヤン准将の声が艦橋に響き、全艦長に届く。

 小型艇の襲撃は唐突に途絶えた。
「メルカッツ、一撃離脱(ヒット・アンド・アウェイ)だ。
 敵を邀撃の後、ファーレンハイトと連携せよ」
「了解しました、閣下。
 攻撃中止、戦闘艇も後退」

 ワルキューレ群も翼を翻し、迎撃の態勢が整う。
 帝国軍本隊は旋回、右側に弧を描く。
 艦の衝突、接触は無い。
 前衛の数千隻は見事な機動を見せ、攻勢に転じた。
 1万隻を超える後続の動き、方向転換は鈍い。
 単縦陣に間隙が生じ、戦術コンピューター表示盤も変わる。
 矢印4個が前衛、第二集団、第三集団、後尾を示す。


「1時の方角に転針、上下角プラス15度。
 正面突破、敵を衝き崩す!」
 ヤン准将の構想、戦術案を崩した責任は負う。
 第六艦隊が盾となり、第二艦隊の後背を護る。

「ファーレンハイト、左下方転針。
 浅い湾曲軌道(カーブ)を描き、敵の後背を衝け!
 メルカッツ、更に後退。
 逆側の敵を誘い、拘束を図れ」
 再び、声が響く。
 的確な指示の上、反応が早い。

 帝国軍の勇将、宿将は期待に応えた。
 前者は見事な肩透し、回避術で第六艦隊の強襲を外す。
 速度も落とさず、数秒で射程距離の外に抜ける。
 後者は第二艦隊の機動、ヤン准将の戦術案を敷衍して見せた。
 左右迂回後に戦闘艇が後背を衝き、心理的動揺を誘う。
 巡航艦と戦艦は転針、逆側の艦数千隻に合流を阻む。

「左旋回、10時の方角に転針!
 上下角マイナス15度、左側面攻撃!!」
 双璧の批評から推察するに、ラインハルト直属の艦は極少数。
 門閥貴族の意趣を映し、扱い難い艦隊指揮官5名が押し付けられた。
 各々数千隻の第二集団、第三集団、後尾は機動が鈍い。
 シュターデン中将、フォーゲル中将、エルラッハ少将の酷評と合致する。

 案の定、敵本隊後半数の態勢が崩れた。
 全速直進の第二集団、数千隻は速度を落とさず通り過ぎる。
 左横を衝かれた第三集団後部、第四集団全域は動揺を隠せない。
 自己保存衝動が優り、迎撃を選んだ。
 ラインハルトの指示に聞く耳を持たず、軌道を変える。
 恐慌(パニック)に陥った儘、撃ち捲った。 
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