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役者冥利

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第二章

「どれだけ悪事を働けば気が済むんだ!」
「映画やドラマのことですから」
「いや、違う!」
 それはというのだ。
「あんたは本当に悪人だ!」
「そう言われましても」
「そんな極悪人を俺のタクシーに乗せられるか!」
 吉田本人に叫んだ。
「別のタクシーに行ってくれ!」
「そうですか」
「そうだ、俺のタクシーにあんたみたいな極悪人は乗せられるか!」
 こう言って吉田を返す、だが。
 吉田本人はこの話が周囲に知られて話を振られるとだ、笑ってこう言った。
「いや、それもまたいいことで」
「いいことですか?」
「そうですか?」
「そう言われますか?」
「悪役だからね」
 だからというのだ。
「そう言われるのも当然、そして」
「そう言われてこそですか」
「極悪人と」
「そう言われることが」
「そうだよ、いいことだよ」
 まさにというのだ。
「そう言われたことは」
「タクシーに乗せてもらえなくても」
「それでもですね」
「よかった」
「そうですか」
「うん、別のタクシーに乗れたしね」
 タクシー自体には乗れたというのだ。
「だからね」
「それで、ですか」
「よかったと」
「そうですか」
「映画の通り極悪人と呼ばれた」
「そうだったというのですね」
「そうだったよ、しかし思うことは」
「というと?」
「それは一体」
「いや、私は幸せ者だよ」
 吉田は人格を感じさせる落ち着いた笑みで周囲に話した。
「そう言われる位だから」
「極悪人と」
「映画やテレビで言われている様に」
「演じているままに言われる」
「そのことは」
「それだけ演技者、俳優としてインパクトを与えていることだから」
 そういうことになるからだというのだ。
「役者冥利に尽きるよ」
「そうですか」
「このことはですか」
「だから嬉しいですか」
「吉田さんとしては」
「そうだよ、このことは私にとっていいことだよ」
 何も嫌なことは感じなかった、それが心にも顔にも出ていた。そうして吉田は悪役俳優として演じ続けたが。
 よい立場の役も多くやっていてそちらでの評価も高かった、その為世を去った時にこう言われもした。
「惜しい人を亡くしたな」
「本当にね」
「あんな凄い役者さんけれど」
「もうあの演技を見られないんだな」
 こう言って残念がった、彼を知る者はそのファン達の声を聞いて思った。
「吉田さんも役者冥利だな」
「そうだよな、あそこまで言ってもらって」
「本当に役者冥利だよ」
「全く以て」
 こう言うのだった、吉田義夫という役者は実に幸せな役者だったと。彼のことを思いその彼を惜しむファン達を見て。


役者冥利   完


                   2017・9・14 
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