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名探偵と料理人

作者:げんじー
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第四十一話 後編 -そして人魚はいなくなった-

 
前書き
こちらは後編となります。前編を読んでない方は前話、「第四十一話 前編」を先にご覧ください。多分最長?13000字近く有ります。

12月6日にノーカット版「から紅の恋歌」の小説が出ましたね。読了した感想ですが、映画版は結構変わってました。
映画は映像化と時間の縛りもあって、派手にして省略したものがあったのだなあと思いました。一読の価値がありますよ。とても面白かったです。
 

 
「大おばーちゃんと私は神社の敷地内にある…あの家に住んでいるんです」
「へぇ……」
「それにしても…龍斗君?だっけ。君すごいのね。まさかあの滝を駆け上るなんて。まるで映画の超人みたいだったわ。あんな動きのできる人間って本当に存在してたのね…」
「あははは。まあうちは特殊な家系なんで…あれくらいは父方の親戚ならだれでも…」
(おい、工藤。今の聞いたか?)
(ああ、まさかあんなびっくり人間が龍斗以外にもいるなんてな)
(もしかして緋勇家に頼めば例の組織も壊滅できるんとちゃうか?)
(ははは、まっさかー……まさかな?)

おうおう、新ちゃんと平ちゃんも好きかって言ってくれるじゃないか…いやまあできるだろうけどね。
俺達は寿美さんの遺体は駐在の人と診療所の医師、そして有志の方々に任せて島袋家に向かっていた。君恵さんの説明の通り、彼女らの家は神社の拝殿の生け垣を挟んで隣にあった。移動時間はそうなかったが、雑談の中で君恵さんは命様の名前が「命」ではなく「弥琴」であることを教えてくれた。家に着き、彼女はコタツのある居間に俺達を案内すると弥琴さんを呼んできますと部屋を出ていた。

「しっかし古い家だなあ」
「儒艮の矢で儲けてるとは思えへんな」
「なーに言うとんの。あの札一枚5円やで?」
「5、5円やて?」
「本当なの和葉ちゃん?」
「昔からそうなんやって。島の人が言うとったわ」
「あの札、ウチら三人は番号の書いてあるのを貰えたけど本当は皆が番号札を貰えるわけではないらしいです」
「どういうことなの?紅葉ねーちゃん」

新ちゃんの質問に答えたのは紅葉ではなく、新ちゃんの隣に座っていた蘭ちゃんだった。

「あの札、全部が全部番号札じゃないらしいの。なんか大きな箱に一杯札が入っていて皆が並んで一斉に一枚ずつ引くんだって。その箱の中には1から108まで番号が書かれた札と何も書かれていない札があって、番号札が全部出たらそこで打ち止め。その108枚の中からあのおばーちゃんが当たり番号を三つ、あのお祭りで教えるってわけ」
「へぇ。じゃああのタイミングでお札を貰えて、しかもあたり札だった和葉ねーちゃんはずっごいラッキーだったんだね!」
「ありがとぉ、コナン君!」

なるほど。確かに今日島に来て見て回ったが、108人じゃきかない人数の観光客が来ていた。その全てが儒艮の矢を目当てにしているとは言わないが明らかに札が足りないもんな。145歳のお婆さんを見に来ている人も中に入るかもしれないが……

「それにしても遅えな、あのばーさん…」
「君恵さんは一応声をかけてみるけど今日は疲れてるから会うのは無理かもって言ってたじゃない、お父さん」「コッ」
「ああ、そういえばそんなことも…」「コッコッ」
「ん?なんやこの音?」「コッコッコッ」

確かに何か音がするね。これは……杖を突く音かな?ということは……皆が廊下の襖、新ちゃんと蘭ちゃんの後ろに視線をやった数瞬後、襖が開かれた。そこに佇んでいたのはあのお祭りでみた命様と同じ背丈の老婆だった。うーん。145歳か、俺が前世でこの位の時は30代の姿のままだったが普通はこんな風になる、か。
そんな風に呑気に観察していたのは俺だけだったらしく、他の皆は彼女の容姿に息をのんでいるようだった。紅葉に至っては俺の腕にしがみついているし。

(た、龍斗……)
(大丈夫、大丈夫。意思疎通が出来ない相手なわけではないし、俺も傍にいるから。ね?)
(うん…)

小声でそんなやり取りをしていると、命様が口を開いた。

「ワシに用とは汝らの事か?」
「あ、あのさー…」

お、一番近くにいる新ちゃんがびびりながらも話しかけた。蘭ちゃんは未だに固まっているのにこういう時は度胸があるよね。

「矢が貰えるあの当選番号ってどうやって決めるのかなあって…」
「………適当じゃよ?」
「へ?」
「前の当たり番号は競馬の当たり番号じゃったときもあったのうー!」
(おいおい…)

ふひゃふひゃと大きく口を開けて変な声で笑う弥琴さん……んー?
他の皆は彼女の解答と笑うその姿に毒気を抜かれたのか、気の抜けた表情になった。紅葉の手の力も抜けたしいい事、いい事なんだが……俺の目は彼女の口の中がものすごく気になった。
容姿は…言い方は悪いが年老いた、まさに老婆というのに相応しいのに彼女の口の中、歯並びはまだまだ年若い女性のようなものだった。まさか…

「ほんなら年に三本なんてケチらんとぎょーさん売らはったらええのに…」
「そりゃ無理じゃ。矢に結わえるワシの髪の毛にも限りがあるしの」
『大おばーちゃーん!お風呂の支度が出来たわよー!』

平ちゃんの質問に自身の髪の毛の一束を持ち上げてそう答えた弥琴さん……いや、彼女は…そんな風に思考を巡らせていると遠くの方から発信された君恵さんの声が家の中に響いた。

「すまぬが大した用がないならわしは風呂に入って床につく…」
「あ、ちょっとまだ話が…」
「それからそこの髪を結った娘よ…」
「え?アタシ?」
「「呪禁の矢」は元より魔よけの矢。手放せばその身に魔が巣をつくり、男は土に還って心なき餓鬼となりおなごは水に還って口利かぬ人魚となる…決して身から離すでないぞ……」

そう言って彼女は廊下の奥へと消えて行った。その様子をコタツから出て俺以外の男衆が見送っていた。

「声もしわがれて顔色も悪い今にも死にそーなバアさんやな…」
「とても不老長寿の体を持つ、不思議な老婆には見えね―な…」
「ほんとだね…」

その後しばらくして君恵さんがやってきて、弥琴さんは床について自分も休むことを伝えられた。その為、俺達も今日の宿である旅館に帰ることにした。俺はそのやりとりを小五郎さんたちがしている間、彼女の口元をじっと観察していた……


――


「ええ!?夕飯の準備ができない!?」
「申し訳ありません。何分小さな島なので厨房担当は自宅の方に戻っておりまして……」

元々、お祭りを見たらすぐ戻るはずだったので十分に夕飯には間に合うはずだった。それが寿美さんが亡くなり、島袋家に寄って話を聞いたりと時間を食ってしまって現在22時。普通なら外で食べてきてくださいと言われてもどうしようもない事態だ。旅館を出る際に、「帰ってきてから用意してほしい」と小五郎さんが伝えていたのが裏目に出た結果だ。

「そこをなんとかできませんかね?」
「と、おっしゃられましても……おにぎりなどの軽食でしたら私共が作ったものでよろしいのであればご準備できますが…」
「うーん、それならないよりまし…か…あ!」
「へ?」

顎に手を当てて、天井に目線をやっていた小五郎さんが納得し、目線を女将さんに戻す…最中に俺と目が合い、声を上げた。

「そうだ!女将さん、俺達の料理分の食材は残っているんだよな!?」
「え?ええ、そりゃ勿論。旅館の冷蔵庫の中にございますよ」
「そして足りないのはそれを料理する人間!だがオレ達には世界最高の料理人がいる!!」
「あ、そっか!」
「おっちゃんさえとるやん!」
「おお、たまにはいいこと言うやんけ!」
「そっか、龍斗にいちゃんが居たね!」

おい、無邪気に喜ぶな幼馴染みズ。いやまあ、作れと言われれば作りますけどそんな簡単に厨房を貸してくれるはずが……

「え!?あなた、緋勇龍斗なの!?オバサン大ファンなのよ!!え?あなたがうちの食材で作ってくれるの!?きゃー、いいわよ!あ、それからサイン貰えない!?家宝にするから!」

貸してくれるはずが……貸してくれるのね。

「は、はあ。旅館の女将さんが了承してくれるのなら作りましょう。それじゃあ、女将さん、調理場を教えていただけますか?皆は部屋に戻ってて」

俺は単身女将さんに連れられて調理場に案内された。使っていい食材と器を教えてもらい、調理を開始した。


――


「っと。こんなものかね」
「す、すごい手際ね。オバサン感心しちゃった」

女将さんは結局、最初から最後まで調理場に残っていた。まあ変なことをしないかの監視の意味合いもあったのだろうけど途中からただの観客になってたな。

「それじゃあ盛り付けて部屋に持っていかないと」
「じゃあ私もてつ「あのぉ…」…あら?」

その声に調理場の入り口を見ると女性陣が覗き込んでいた。

「どうしたの?三人とも」
「いや、やっぱり龍斗君だけに任せっきりは悪いなあって」
「ウチらも何かお手伝いできることあるんやないかなって聞きにきたんよ」
「まあウチはそろそろ龍斗なら調理を終えて、盛り付けをやるだけやろうからそのお手伝いにと思いまして」

おやま。紅葉はドンぴしゃだな。

「それじゃあお言葉に甘えて手伝ってもらおうかな」

家でも手伝ってもらう事の多い紅葉に盛り付けを頼み、残りの三人には出来上がったものを部屋に運んでもらうことにした。

「……ねえ、龍斗」
「んー?どした紅葉」
「別れ際に君恵さんの唇をじーって見てましたけど、なしてなん?」

配膳のため、今の調理場には俺と紅葉しかいない。そのタイミングで紅葉は口を開いた。
俺はその言葉に作業の手を止め、彼女を見るとその表情は眉を顰めていた。

「あー、あれはね。実は…」

俺は彼女の唇、ではなく歯を見ていたことそしてなぜその観察を行っていたのかを説明した。

「じゃ、じゃあ命様っていうのは……」
「うん。島袋家を見るにお金稼ぎの詐欺って感じじゃない……けどね。絶対いつか破綻するよ。……それにしても?紅葉は何を心配してたのかなー?」
「え?だって……君恵さん美人だし、熱心に見つめてるから…」
「もう。俺は紅葉の彼氏だよ?なんでそんなことを言うのかなあ?そんな悪い口は……」


――


「いやあ美味かったよ、龍斗君!ビールにも合うし最高だ!!」
「ほんま、美味しかったー!」
「うん、あんな短時間なのにお魚の煮付けも良く味が染みてて美味しかったわ」
「お刺身も良かったよ、龍斗にいちゃん!」
「お魚自体が美味しいものだったからね。まあお粗末さまでした」

食事も無事にすんだ。酔っぱらった小五郎さんがお風呂で溺れたりしないようにお世話を平ちゃんと新ちゃんに頼み、俺と女性陣は食器類の片づけをしてから風呂に入った。

翌日。俺達は寿美さんの通夜の席に居た。大阪組の二人がわざわざ学生服を持ってきていたのはちょっと引いた。いや、まあ学生の俺らの正装って言えば制服だけども。「備えあれば憂いなしや!」って…まあその後の「島民への聞き込みをするには丁度ええ」ってのには呆れてしまった。不謹慎だって小五郎さんに怒られていたけどね。
会場にはいるとそこには酔っ払い…門脇さんと、卓郎さん、そして君恵さんが居た。

「あれ?毛利さんたちもいらしたんですか?」
「ええ、まあ…」

小五郎さんは先に来ていた門脇さんの動向について君恵さんに聞いていた。

――ゴロゴロゴロ…ピカッ!

「なんや今の?」
「なんか妙な影が…」

稲光が外を照らして障子に影を落とした。その影はヒト型のようで。新ちゃんと平ちゃんが障子をあけると外には…

「「「きゃーーーーーーーーー!!!」」」

蘭ちゃんと和葉ちゃんと紅葉の悲鳴が響き渡る。そこには網に絡まり息絶えている奈緒子さんの姿があった。


――


「誰か駐在さんとお医者さんを呼んで来てくれませんか?自分たちは島の外の人間でどこに行けばいいのかわかりません!それと全員この家から出ないようにお願いします!」
「わ、わかった。ワシがよんでくる!」

新ちゃんたち男性陣三人が奈緒子さんの遺体に行ってしまったので騒ぎに集まってきた通夜の参列者に俺がお願いした。

「ね、ねえ。奈緒子さんどうなの…?」
「せ、せや。気絶してるだけやろ?」
「た、龍斗?」

島の人間が廊下に占めてしまっているので部屋の中に入っていた三人からそう聞かれた。確かに今はもう人垣で見えないし、彼女たちは遠目に力なく、ぐったりとしてる彼女の姿しか見えてなかったな。

「いや…もう彼女の心音は途絶えていたよ……」
「そ、そんな…」
「どうして……」
「どうしてかはわからないよ。でも寿美さんの時と違ってこれはれっきとした殺人だ。ここはあの三人に任せよう」
「そ、そや!ここは平次に任せとけば何とかなるんよね?」
「そ、そうね。お父さんもいるし……でも、三人って?」
「え?ああ、コナン君も子供目線で大人じゃ気付けないことに気付くじゃない?だからあの三人ってね」
「な、なるほどね」

(ちょっと龍斗。迂闊ですよ?)
(いや、三人で奈緒子さんを調べてるのをさっき見たからうっかり)
(もう。こないなことで感づかれたら目も当てられまへん)
(うん、もっと用心しないとね)

そんな風に小声でやり取りをしていると現場検証が終わったのか俺達を呼ぶ声が聞こえた。
現場検証によると現場には魚のうろこが落ちていてそれが海に続いていたそうだ。それを聞いた三人は犯人は人魚!?と怯えていたが…まあそんなわけがなく。現場に小細工をしたのは間違いなく人間だとのことだ。
その後、福井県警がやっと到着したり通夜の参列者に小五郎さんがアリバイを聞いたりとしたが決め手となる証言は出てこなかった…いや、行方不明と思われていた沙織さんの目撃証言が複数出たのは収穫か。
…儒艮の矢の持ち主が次々と不審な死を重ねているせいか、和葉ちゃんの調子が思わしくないな。

「…か「和葉…」っ!!」
「オレのそばから離れんなや…」

…うん。俺の出る幕ではなかったな。


――


福井県警が到着したので彼らも捜査を開始した。どうやら奈緒子さんの矢が紛失していたそうなのでそれを持っていないか身体検査が行われた。持っていたのは和葉ちゃんと弁蔵さんだけだった。
その後、通夜の場で出される食事を俺達も頂くこととなった。

「…それで?今の所何かわかったの?二人とも」
「いや全然…ただ今言えるのは殺された寿美さん奈緒子さんそして行方不明になっている沙織さんが三人とも異常に儒艮の矢に執着していたってことだ。そして命様の不老不死の力を盲信してたってことだ…」
「せやな。オレは三人とも儒艮の矢絡みで殺されたり逃げまわっとると踏んでるんやけど…」

そう言葉を切り、一度飲み物を飲んで平ちゃんは続けた。

「こればっかしは誰が何番の札を持っとったかがわからんとどーしようもない…」
「あら?それならわかるわよ?」
「「「え?」」」

俺達が話していると隣に座っていた君恵さんが話に入ってきた。

「番号札の数を間違えないように毎年名簿に名前を書いてもらっているのよ。あんなことがあったから今年はまだ当選者をチェックしてないけど…なんなら今から見に来る?」
「勿論や!」

君恵さんが早速席を立ったので俺達も今からその名簿を見に行く事を紅葉達に伝えた……あーあー、小五郎さんはすっかり出来上がってしまってるな。

「ったく。しゃーないおっさんやのう。龍斗」
「はいはい、任された」

足元もおぼつかない様子だったので俺と平ちゃんとで手を貸して小五郎さんを運ぶことにした。玄関まで進み、靴を履いて神社に向かうことにした。

「もー、お父さんシッカリしてよぅ…」

ま、まあ吐かなければいいんだけどね…ん?君恵さんが禄郎さんに呼び止められている……うわーお。話の内容的に求婚かな?寿美さんが亡くなった現場の時といい、今といい、幼馴染みが亡くなっているのにどういう神経してるんだコイツ。


――


「へーー、五人とも大学まで一緒だったんですか?」
「ええ、だから寿美も奈緒子も沙織も禄郎君も、ずっと私と同級生ってわけ!皆映画が大好きで大学の映研に入って「比丘尼物語」なんて作ったこともあるのよ。それがコンクールで金賞を取っちゃったから皆で大騒ぎ!ハリウッドに繰り出すぞーってね!」
「へえ、すごいやん!でも幼馴染み言うたらウチらもおんなじや!」
「そうなの?」
「そうなんですよ!私と、ココにいない二人と龍斗君は保育園からずっと同じクラスの幼馴染みで」
「ウチと平次もちっさいときからずっと一緒の幼馴染みや!龍斗君とは親同士が幼馴染みで長期休みにはいっつも遊んでた仲やねん!」
「それでウチは幼馴染みとちゃいますけど、龍斗のお、おお、押しかけ女房や」
「お、押しかけ女房!?」

いや、ちゃんと母さんの許可貰ったし。そもそも提案したのは俺の方だから押しかけ女房じゃないでしょうに。俺は紅葉と出会った経緯、それと平ちゃんたちが俺つながりで蘭ちゃんたちと出会ったわけではないことを説明した。

「…はあぁあ。大人になれば奇縁に会うことがあるけれど。高校生でこんなフィクションみたいな縁を結んでいる人がいるなんてびっくりよ」

まあ、確かに一人を挟んでできていたコミュニティがその一人と全く関係ないところで交わるんだからそういう感想になるわな。紅葉となんか、ほぼ奇跡のような出会い方だし。そんな風に話していると神社が見えてきた。


――


「え?うそ…おかしーなー。確かにここにまとめて仕舞ったはずだけど…」
「ないんか名簿…」
「ええ…今年の分だけ…」
「あのバアさんが持ってったんとちゃうか?」
「そんなわけないわよ…」
「そこに置いてあったのを他に知ってるのは?」
「島の人ならみんな知ってるわよ。よく家に来て名簿の中にある年を取った有名人を見つけて冷やかしてたから…じゃあ私他の部屋を探してみるわね」
「あ、じゃあ私も手伝います!」
「ア、アタシも!」
「ほんならウチも!」

そう言って女性陣四人は部屋を出て行って、名簿の保管されていた箪笥のある部屋には男連中だけが残された。

「何やぞろぞろ金魚の糞みたいに…」
「さあ?トイレの場所でも聞きてえんじゃねえの?」

こ、この2人は。なんというかデリカシーのない。
気を取り直して名簿を見直してみた。平ちゃんが声に出して有名人の名前を列挙しているが、確かに俺が見ている名簿にも著名人の名前がずらりと並んでいた。中には既に他界している人の名前も。

―――キャーーーーー!!!

そんな風に名簿を見ていた俺達の耳に今日二回目の三人の悲鳴が聞こえた。

「どうした!?」
「なんや!どないした!?」

彼女達三人は俺達がいる部屋のほんの数mの所で外を見ていた。

「い、いたのよその庭に…」
「ちゃ、茶髪で眼鏡をかけてた人が」
「じーっと、ウチらを見ててん!」

その言葉に窓の方を見る俺達。え?

「それって沙織さんか?ってガラス戸割られとるやんか!」

そう、今更ながらに気付いたが名簿を保管している部屋の正面のガラス戸のガラスが割られていたのだ。

「わ、わかんないよ。すぐにいなくなっちゃったし」
「ねえ、君恵さんは?一緒じゃないの?」
「それが、立て直した倉の方を見てくるって一人裏口から…」
「危ないからウチらも一緒に行く言うたんですけど…」
「すぐに戻るから大丈夫やって…」
「その倉ってどこや!?」
「確か神社の裏って…」

そう言って指差した先は夜にもかかわらず煌々とした明かりで明るくなっていた。


――


倉を燃やした炎は一晩中燃え続け、倉を全焼させた。それは倉を立て直す原因となった三年前と同じように。そう、焼死体を一体生み出して。
炎は島の消防団によって消し止められていた。どうやら倉からでた焼死体は青い服を着て眼鏡をつけていたそうだ。

「それってまさか…」
「多分行方不明になっていた沙織さんの焼死体だ…」
「じゃ、じゃあ私たちが庭で見たあの人は…」
「ゆ、ゆ、幽霊ってこと!?」
「……っ!!」

…どういうことだ?なぜ彼女は倉の中で焼け死んだ?

「君恵~…どこじゃ君恵…」

ん?どういうことだ?弥琴さんが君恵さんを探すって…

「君恵さんまだ帰ってきてへんのか?」
「う、うん」
「おい、服部…のおにいちゃん。確か君恵さん、神社で初めて会ったとき歯医者に行ったって言ってたよな…」
「ア、アホ。なにいうてんねんおまえ…」
「とぼけんな。今お前の頭にもよぎっただろ?オレと同じ嫌な予感が…」

そう言って二人は君恵さんの荷物から歯医者の診療カードを見つけ、焼死体の歯型と歯科に残っていた治療痕を照合するようにと、小五郎さん経由で福井県警に打診した。
なるほど、ね。入れ替わりか。だけど…


―半日後―


照合の結果、治療痕と焼死体の歯型は一致したそうだ。慟哭を上げる禄郎さんに涙を浮かべる蘭ちゃんと和葉ちゃん。だが…

(どういう事なん?龍斗。君恵さんと、焼死体が一致するわけないじゃないですか!)
(ああ、多分入れ替わりの入れ替わり、ってことなんだろう)
(じゃ、じゃあ一連の犯人はあの人って事なんやろか。ならウチらの見たあの人影は変装してたあの人やったんやね…)

紅葉は聡い。この焼死体のからくりは俺の言葉で理解したのだろう。だけど…

(それは沙織さんの件だけだ。後の二人の方は証拠もないし、連続殺人ではなく単独殺人かも知れないし、仮に三人を殺していたとしても白を切られればどうしようもない)

そう、あの焼死体の件だけなら今告発すれば彼女を逮捕できるだろう。だけど、寿美さんと奈緒子さんの件は彼女の連続殺人だった場合、確たる証拠にはならない。最悪沙織さんにその二つは被せられる可能性がある…あとは二人の名探偵に任せるしかない…か。

(そ、そうやね。今の情報だけじゃあの二件の殺人の証拠にならへんもんな)
(ああ。この事は俺が機を見て伝えるから。黙っておいてな?)
(う、うん…)

まさか、島を盛り上げるためのものだと思っていたんだけどね。あの時点で気づいたことが事件に関わってくるなんて思いもしなかったよ。


――


「そうか、君恵が死んだか…」
「スマンなバアさん。オレ達が目を離した隙にやられてもうた…」
「また若い命が消えてゆく…この老いぼれはまだ生き恥をさらしているというのに。比丘尼の気持ちがよう分かる…すまんが少し一人にしてくれないかの?」
「あ、はい…」
「ねえ、おばーさんが誰かに頼んで移したって言う人魚の墓。誰に頼んだの?」
「聞いても無駄じゃよ。そ奴もワシを置いて逝ってしもうたからのう…」

弥琴さんに君恵さんの死を伝えた平ちゃんたちは現場検証をしている倉に向かう…途中で俺は二人を引き留めた。蘭ちゃんたちは紅葉が上手く離れるように誘導してくれた。

「二人とも…」
「なんや、龍斗?」
「どうした?」
「この三つの事件、同一犯か、個別の三つの殺人事件なのか俺には分からない」
「??そこは、オレ達探偵の仕事やで?」
「そうだぞ?龍斗?つってもまだ推理の途中だけどな」
「だけど、三つ目の事件。これだけは俺は確信を持って犯人が誰かを言える」
「何!?ほんまか、龍斗!?」
「うん。だけど、さっきも言った通り事件の関連性なんてさっぱりだから言うわけにもいかなくてね。だから二人に伝えて「いや…」っと?」
「一つでも答えを知ってちゃ、他の二つもそれに引っぱられちまうだろ?だからオレは聞かねえぜ。…ま、推理出来た後の答え合わせに聞くかもしれねーけどな?」
「オレもや。自分で解かな探偵やないしな」

不敵にうなずきあう二人…そうか、そう言う考え方もあるのか。なら言うわけにもいかないじゃないか。

「そっか。じゃあヒントだけ。「ノックスの十戒」だよ」
「ノックスの十戒?」
「推理小説の鉄則のやつやな」

今回は10番目の「双子・一人二役は予め読者に知らされなければならない」が三番目の殺人に関わっている。これくらいのヒントなら推理の支障にならないよね?

「今は何のことかわからへんけど…」
「全てが解けた時、意味が分かるってことだな」

そう言って、焼けた倉の現場に向かっていった。


――


現場検証しても推理を決定づけるものは出てこなかった。そんな中、蘭ちゃんが神社で受けた電話で進展があった。なんでも、儒艮の矢を100万で売って貰った人からの電話でありその矢を売った人の容姿が門脇弁蔵さんの物だったのだ。ちなみにその売って貰った人というのが、札をキャンセルした三人のうちの二人にあたる老夫婦とのこと。ともかく、売った矢というのが沙織さんがなくしたものと当たりをつけ、名簿が紛失したこと、奈緒子さんの矢が無くなったことも合わせて弁蔵さんに疑いがでてきた。そこで、平ちゃんは通夜を行っていた網元の家に調査に走って行ってしまったので俺達は弁蔵さんの家に向かうことにした。

「な、なあ蘭ちゃん、紅葉ちゃん?」
「どないしました?」
「あ、あんな。アタシ平次のとこ行ってくる!」
「へ?あ、和葉ちゃん!?」
「大丈夫やー!アタシには儒艮の矢もあるしー!ほなまた後でー!」

俺達が止める間もなく、和葉ちゃんも走って平ちゃんの後を追って行ってしまった。…ったくもう。

「なあ、龍斗。和葉ちゃん大丈夫やろか?」
「大丈夫。平ちゃんと合流するまで追跡するから」

儒艮の矢が狙いなら和葉ちゃんも危ないだろう。だけど、犯行は全て夜だったし彼女の周り50mには人もいない。そのまま進めば大丈夫だろう。


――


弁蔵さんの家に着いたが、弁蔵さんは不在だった。通りかかった禄郎さんが流石幼馴染みというべきがカギの隠し場所を知っていた。それを使い、部屋の中に入って彼女の部屋を物色した。アルバムの中には楽しそうにしている幼馴染みたちの写真がいっぱいあった…なのに、なぜ。禄郎さんが言うには映画の金賞には沙織さんの特撮と君恵さんの特殊メイクで撮ったようなものであると教えてくれた。…ん?

(新ちゃん、何探してるの?)
「あれがない」
「あれ?」
「なあ、龍斗。お前が言ってたノックスの十戒って「一人二役」のことか?」
「!!じゃあ、分かったんだね」
「ああ…」



沙織さんの家を出た俺達は再び神社へと戻っていた。そこで小五郎さんたちと別れ、新ちゃんは物陰で平ちゃんに電話した。俺はその後ろで彼の推理を聞いていた…そっか、事の発端は三年前なのか。そして金賞を取るほどの特殊メイクの腕が培われた歴史。
平ちゃんのたどり着いた結論と新ちゃんのたどり着いたものは違っていたが、俺の出した「ノックスの十戒」を活用していたのは新ちゃんの方だった…電話口から激高した平ちゃんの声が聞こえてくるが、

「服部…不可能なものを除外していって残ったものが…たとえどんなに信じられなくても…それが真相なんだ!!」
『なんやとぉ!?…弁蔵さんが見つかったらしい!オレも警察の人と捕まえに行くさかい、捕まえ次第そっちに行く!まっとけや!!』

その言葉とともに、乱暴に通話は切れた。

「俺だって、信じたくねえよ…なあ、龍斗」
「……なんだい?」
「幼馴染みってさ。こんなに脆いものなのかな…?」

そう問いかけた新ちゃんの目は、とても寂しい色をしていた。


――


神社の拝殿に島の関係者を集めるように手配した。眠りの小五郎の推理を披露するというと島民も殺人事件を早く解決してほしかったのだろう、人が人を呼んでどんどん集まってきた。

「オウ!探偵さん。望み通り連れてきてやったぜ?山の中を駆け回っていたこの男をよ…」

そういって福井県警の刑事が連れてきたのは弁蔵さんだ。

「さあ聞かせてもらおうか?巷で噂の眠りの小五郎の推理ショーをよ!」

そうせかす刑事さんに対して、新ちゃんは変声機で声を小五郎さんの声に変えて答えた。

「その前に大阪の少年はどうしました?あなたと行動を共にしていたはずですが?」
「ん?彼なら山ではぐれた後見てないが…」

え?

「え?」

俺と紅葉は全体が見渡せ、島民の表情が見えるように向かい合う位置になる部屋の角に座っていた。その為、小五郎さんの後ろにいる新ちゃんの姿も見える(他の人は小五郎さんの体で新ちゃんは見えない)。思わず、彼の方を見たが彼も動揺している。どういうことだ?
その後しばらくしても、平ちゃんは姿を現さない…探しに行くか。

(何故だ、なぜこの場に現れない、服部!…龍斗?!)

俺が立ったことに気付いた新ちゃんに頷きで返すと(頼んだ!)と小声で返してきた。

「紅葉、ちょっと平ちゃんたちを探してくる」
「分かりました。お気をつけて…」

早く推理ショーをはじめろ、帰るぞ?という刑事さん達を横目に部屋を出るために拝殿の入り口に向かうと丁度蘭ちゃんに連れられて弥琴さんが到着した。

「龍斗君?」
「ちょっと平ちゃんたちを探しにね」

すれ違いざまに出ていく理由を蘭ちゃんに告げて、弥琴さんの登場にざわついた拝殿内と推理ショーを始めた声を背にオレは靴を履き平ちゃんたちを探しに出た。


――


「あれは母さんの…私と二人きりで頑張ってた母さんのお墓なのに…」
「二人っきりやない…」

君恵さんの涙ながらの声を遮ったのはたった今神社についた平ちゃんだ。その姿はぼろぼろだ。
「この命様のカラクリを知っとった奴は他にもおったんとちゃうか?なあ、網元の家で君恵さんが死んだら祭りは今年限りやとぬかしよったそこのジイサンや…」

その言葉に、集まっていた年配の島民は次々と告白していった。曰く、島の若いもの以外は全員知っていた。君恵さんが頑張るなら黙って手助けしていこうという事になったのだと。そう告げて口々に謝罪の言葉を掛ける島民の人を前に彼女は言葉もないようだった。

「そんな、どうして…どうしてもっと早く……」
「君恵さん、人っちゅうのはな…」

そこで一度俺を見た平ちゃん。

「人っちゅうもんはな、たった一人じゃ生きていけへんのや。さっき二人で頑張った言うとったがこんだけの人間が見えないところで手を貸しとったんや。勿論、目に見えて手を貸してくれることと比べたら気づきにくいかもしれへん。でもあんたは気付けたはずなんや。そしてもっと早く、目ぇ覚ますべきやった。不老不死なんちゅう悪い夢から…」
「命には限りがあるから大事なんや。限りがあるから頑張れるんやで…」

その言葉がこの事件の締めくくりとなった。


――


「昨夜の君恵さんの姿を見て分かったわ…電話口で明瞭な返事がなかった時に聞こえていたもの、ありゃあ君恵さんが泣いとったんやな」
「きっと倉の中で沙織さんの遺体を前に泣いてたんだよ…にしてもよくもまあ、無事だったなオマエ?」
「ああ、崖の半分くらいまでは和葉を背負って登ったんやけどな?残りの半分がネズミ返しみたいになっとって崖に張り付いて立ち往生しとっててん。こらもう、根性決めるしかない!って思た時に龍斗が来てな?」
「…ネズミ返しの崖の部分を削り飛ばして顔をのぞかせて手を伸ばしたと」
「あん時はオレもあんな状況なのに目が点になったわ。まあ、龍斗の必死な顔直視したら何とも言えなくなったけどな」

いや、だってねえ?彼らの匂いを辿ってみたら絶賛命綱なしロッククライミング中なんだもの。担いで登ろうにもネズミ返し部分は薄くて三人分を支えきれ無さそうだし、それならそこを削り取れば真っ直ぐ手を伸ばせるし。ということでざくっと切って手を伸ばした次第で。
そんな風に回顧しているとどうやら平ちゃんと小五郎さんの知り合いがいたらしく、(なんと新ちゃんが元に戻った時に遭遇した事件の関係者)その人が「工藤新一様へ」というややこしい手紙の原因だったそうだ…なんだそりゃ。
彼ら曰く、あの島は海鮮料理も有名らしい。なるほど、確かに通夜の時に出た海鮮料理は美味しかったな。なら、あの島もこれから大丈夫だろう。

「ねえ?傷見せて!」
「へ?」
「和葉ちゃんがつけたラブラブな傷跡よ♡」
「ちょ、ちょっと蘭ちゃん…!」
「ウチも見せてほしいなぁ。和葉ちゃんの想いの傷!」
「紅葉ちゃんまで!」

蘭ちゃんはにやにやしながら、紅葉は興味深そうに傷を見たがってきた。

「あれか…朝起きたらな。龍斗の治療が良かったのかかさぶたが取れてきれーさっぱり治ってしもてたわ」
「ええ!?」
「…ホンマやね」
「もう龍斗君のせいや。いや、もっと深う付けとけばよかった」
「なんやと、コラ!」
「でも傷治って安心したわ!アレのせいで死ぬトコやったて言われんですむし…」

そう和葉ちゃんは言うと三人は船尾に笑いながら向かっていった…見せたのは左手。傷があるのは右手だよ?和葉ちゃん…
勿論気づいている新ちゃんと俺はじと目を平ちゃんに向けていた。

「な、なんやねん。2人してその目は」




「「この(平ちゃんの)、かっこつけ…」」

俺と新ちゃんの揃った声が、静かな水面の海へと消えて行った。 
 

 
後書き
いつも体臭で気づいていたので今回は料理人らしく(?)歯並びに着目してみました。
紅葉との初めての○○(料理、デート、きs…)はいつか挿話として書きます。書けるかなあ…ハードル高いっす…

崖のシーンも書いていたのですがバッサリ切りました。

平次の啖呵が最も難しかったです。ただ、原作を読んでいて「このセリフ、拡張できるのではないか?」ということでこの様になりました。 
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