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龍が如く-愛を守りし者たち-

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桐生編
第一章 狙われた女
  第一話 噂

1992年、夏。
平成が始まって、4年経った。
昭和のあの頃の輝きは無く、ただ静かに町の時間は流れる。
そんな時代の流れに逆らうかの様に、関東の極道組織・東城会は (せわ)しなく日常を送っていた。
3代目会長、世良(せら)の襲名披露まで間近に迫っている。
若い会長の誕生に、東城会全体が震えていた。
忙しく駆り出されているのは、堂島組も同じだった。


「おい、桐生(きりゅう)!!急げよ!!」


黒スーツのセミロングヘアの男が、手招きしてもう1人を呼んでいる。
桐生と呼ばれた男は、脱いでいたスーツの上着を羽織りながら走っていた。

東京某所、建ち並ぶビルに負けず劣らずの大きな建物。
関東極道組織のトップ、東城会の本部。
名に恥じない大きさの建物に、2人は向かっていた。


「こっちだ!!」


入り口に立つ男が、2人を呼んでいる。
男のもとに辿り着くと、息をあげた桐生が必死に頭を下げた。


柏木(かしわぎ)さん、すみません……」

「桐生、錦山(にしきやま)……何で遅れたかは訊かないが、風間(かざま)の親父が待ってる。早く行け」


鼻筋に横垂直につけられた傷の男、桐生や錦山が慕う柏木(かしわぎ) (おさむ)
桐生(きりゅう) 一馬(かずま)錦山(にしきやま) (あきら)たちの所属する堂島組の傘下組織、風間組の若頭だ。
三次団体の若頭といえど力はあり、他の組の組員からも信頼されている。
だがひとたび(いか)れば鉄拳が飛んでくるので、何度も食らってきた2人とっては頭が上がらない存在だ。

桐生が再び頭を下げ、錦山と共に本部に入る。
柏木と少し距離が離れた所で、錦山は小さく桐生に呟いた。


「おー怖っ……俺柏木さんちょっと苦手だわ」

「俺たちが遅れなかったら良かった話だろ。行くぞ」


誰のせいで遅れたと言わんばかりの顔をする錦山だが、言い返すのも面倒になり言葉にはしなかった。
本部の階段を駆け上がり、すぐ近くにある部屋がいつも使う堂島組の集合場所だった。
扉を開ければ、見覚えのある顔の男に2人はどこか安心する。


「遅かったじゃないか」

「親っさん」


風間(かざま) 新太郎(しんたろう)
孤児院育ちの桐生や錦山を親代わりに育ててくれ、2人が極道世界足を踏み入れるキッカケを作った男だ。
座っていたソファーから立ち上がり、桐生たちに歩み寄る。


「悪い、柏木が来るまで座っててくれ」

「えっ、何かあったんですか?」

「重要な話だ。お前たちに関係してる」


桐生は思わず、錦山と互いの顔を見合わせる。
何かをやらかしてしまったのかと考えたが、特に何も思いつかず項垂(うなだ)れた。

少ししてようやく柏木が合流すると、穏やかだった空気が一気に張り詰める。
全員が揃いソファーに座ると、怖い面持ちの柏木が口を開いた。


「今、3代目襲名披露の為の準備でお前らがここに来ているのはわかってる」

「忙しい堂島組長の代わりに、俺と錦が本部に駆り出されたと聞きましたが……」

「そうだ。しかし世良……3代目がある噂を聞いたらしく、それがお前らに関係があるからここに呼び出したのもある」


数時間前、世良が柏木を呼び出し伝えた噂話。
信憑性はあるような無いような薄い話だが、もし本当だったとしたらそれは1人の命を危険に晒すに等しい話だった。
それはここに居る桐生や錦山、風間にも関わっている人物。


澤村(さわむら) 由美(ゆみ)が……極道組織に狙われている」


2人に衝撃が走った。
風間が経営する孤児院、ひまわり。
そこで育った桐生と錦山、そしてずっと共に過ごした少女。
それが、澤村由美だった。
訳が分からず困惑する2人に、風間は言葉を投げかける。


「この話が真実だろうが偽物だろうが、お前たちは由美を守ってやってくれないか?」


極道世界に関係の無い、堅気の世界の人間。
平和に暮らしているはずの由美が、何故か極道組織から狙われている。


「由美が狙われてるなんて冗談じゃない!!俺らが本当かつきとめて、由美を守ります!!なぁ?桐生!!」


立ち上がって力説する錦山に同調する様に、桐生ら首を縦に振った。
由美を、極道世界に巻き込むわけにはいかない。
桐生の心は、その決意で満たされていた。 
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