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ソードアート・オンライン‐黒の幻影‐

作者:sonas
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第3章 儚想のエレジー  2024/10
  22話 挫けた者、折れた者

 まるで人払いがされたかのように、ぽっかりとプレイヤーやNPCの人影が途絶えた一区画。
 そのエリアに何らかのフレーバーを持たせるための演出か定かではないが、NPCの姿もなければそれらからリソース――――お使い系クエストや、稀な例で言えば会話によってアイテムを貰えるといったような――――を受け取れないということになり、必然的にプレイヤーも遠のく。どの主街区にも似たような過疎エリアは存在していたが、キバオウの先導に従って踏み入れたそこは、まさしく結界と呼ぶに相違無い。とはいえ本来ならば《軍》のトップである筈のキバオウが本拠地の自室ではなく、こんなうらぶれた一角の寂れた酒場に足を運ばざるを得なかったのかはさておき、ガラ空きの店内の端の席に腰掛けると、キバオウは大きく溜息を漏らした。攻略の最前線にいた頃を知っている立場としては、彼のイメージにそぐわない辛気臭さを漂わせたものだった。


「……済まんかった」


 場を改めて、キバオウから開口一番で謝罪される。
 深々と頭を下げられ、毬栗かモーニングスターかのような髪型しか伺えないが、細かく震える肩は何かを堪えるようにも見える。耐え兼ねるものを必死に抑えているような姿に、先程の《軍》のプレイヤーとの一件の後の顛末を思い出す。
 拘束から解放された《軍》の片手剣士は、早速キバオウから激しい叱責を受けていた。始めのうちは恐怖から解放されて呆然自失と項垂れていたが、どうにか落ち着くとおもむろに立ち上がり、ウィンドウとホロキーボードをタップするとまるでキバオウを居ないものと無視するようにその脇を通り過ぎていったのだ。仮にも自分たちの所属するギルドのトップを前にして、それこそどのギルドにも属していない俺が癒えたことではないが、あまりにも異常な光景ではあった。片手剣士が去った頃には野次馬が湧き、しばらくして合流の遅い俺を心配してか、キバオウの申し出で場所を替えることとなり、今に至ることとなった。
 幸いというか、うまいタイミングで戻ってきたティルネルと、どういう経緯か彼女に懐いたお子様プレイヤー達と合流しての移動だったが故にキバオウが当初の想定していた人数よりも膨れ上がっていた。ティルネルが表の通りで遊び相手を買って出てくれているが、目を離すわけにもいかないので我慢してもらおう。

 さて、あまり望ましくない状況ではあったが、こうしてキバオウと再会を果たしてしまったわけだ。
 ティルネルの目的である薬草捜索からすれば全く関わりのない問題ではあるが、在りし日の《アインクラッド解放軍》を知る者からして、今の《軍》の組織風土は大きくねじくれてしまっているようにも思える。いっそ反転しているとさえ言って差し支えないだろう。攻略の最前線を退いてから彼のギルドはどのような道を辿ったのか、部外者があれこれ詮索する話でもないのだろう。だが、キバオウの弱々しい姿からして只事ではないというのが読み取れる。加えて彼の疲弊した様子も、それが急性のものではないのだと暗に伝えてくるようにも思えた。


「さっきの片手剣士(ソードマン)、徴税と言っていたな」
「…………………せやな」
「あれは他の層でも行っているのか?」
「……済まん、わいにはもう、分からんのや……」


 表情こそ表面上は無表情で、当時の仏頂面から思えば違和感に目を瞑れる程度の差異なのだが、語られる声色に顔をしかめる。
 決して耳障りだったからという侮蔑的な意味ではないが、かつて攻略の最前線で、SAOに囚われたプレイヤーの為に奮戦していたキバオウからして想像だに出来ない憔悴を思わせるそれは、確かに聞いていて苦々しいものを感じざるを得ない。
 同時に、一つ気になった点に意識が集中する。それは彼の言う《分からない》という意味がどれほどの範囲を包括しているのか、分かりかねることによる。


「………アインクラッド解放軍は、もう変わってしもうた………今のわいは、カタチだけの御輿か旗印として担ぎ上げられとるだけに過ぎん………」
「だが、アインクラッド解放軍(ALS)は………攻略の最前線から一時離脱した後、信頼できる人物にギルドの舵取りを任せて、アンタはギルドマスターから退いた筈だ。それは確かオっさん、アンタ自身の意思決定によるものだっただろう」


 キバオウがアインクラッド解放軍と共に前線から退いた出来事、それは二十五層フロアボス攻略戦にまで遡る。
 彼の前だから言葉を極力濁したつもりだが、二十五層フロアボス攻略戦において《アインクラッド解放軍》は主力メンバーの壊滅という考え得る最悪の被害を被ったのである。
 フロアボスの情報を下調べする段階で瑕疵があったわけではない。命懸けである以上、前線攻略に携わる誰しもが気を付け過ぎても足りないという共通認識の下、綿密な打ち合わせを経てフロアボス戦は開始されたのだと聞く。俺やヒヨリは終ぞ参加することは叶わなかったが、その惨状を目の当たりにしていた《片翼の戦乙女》の面々の生気のない顔は今でも覚えている。当然、虚ろとなったキバオウの意志薄弱な姿も、克明に。
 残酷な話だが、結果から言うならば当時の攻略組は()()を見誤っていたのだ。或いは、それまでのボス戦において善戦していたが故に、心のどこかに慢心じみたものがあったのかも知れない。まだクォーターポイントという概念が攻略組に浸透する以前のことだったことも要因の一つであろう。ボスエネミーの特性は事前に入手していた情報と相違はなかった。だが、そのステータスは明らかに想定を上回っていたのだとクーネの口から聞いた。それによって軍の精鋭が瓦解し、戦線が混迷を極めたとも。そして間もなく、キバオウに面会するより早くに《アインクラッド解放軍》が前線よりの撤退を表明、ギルドマスターの地位を何某かに譲ったのも同時であった。当時のキバオウの心情は如何許(いかばか)りか。フロアボス攻略戦の場に立ち会わなかった俺には口を出す資格はないのだろう。だからだろうか、彼との接触はそれきり途絶えたままだった。

 だが、キバオウは軍の内部において復権を果たしている。
 しかし、先の徴税と称した恐喝紛いの略取行為や、そもそもキバオウ自身の言葉でもある《知らない》の意味によっては、きな臭いものを感じずにはいられない。


「せや、ギルドの舵取りは内部で最も周りの奴らから信頼されとった《シンカー》っちゅう男をわいの代わりに任せた。………けどな、そのやり方が微温(ぬる)いいう意見も出始まった」
「シンカー……というと、確かアルゴとは別筋の情報屋だったか」
「よう知っとるな。元々はギルドをクエストやら狩り場やらの情報を一早く集めて成長させる目的で引き抜いたヤツなんやけど、それだけやなくて人当たりも良い。あっちゅう間に馴染んで信頼を掻っ攫うような、妙な器のあるヤツやった」


 だが、キバオウの言葉は過去形で止まる。


「せやけどな、わいのしくじりが尾を引いてシンカーを及び腰にしてもうたんやろうな。一層のボス攻略以降はそれまで死傷者が出んかったやろ? それが二十五層であのザマや。流石にシンカーも温和政策っちゅうか、積極的にボス攻略への復帰を目指すことを避けて、一層の治安維持やら福祉事業やら犯罪者狩りを始めよって、あとはギルドに所属するプレイヤーに大部分を放任したんや」


 まあ、腐っとるよりは全然マシな考えやと思っとったけどな。と、キバオウは最後にポツリと肯定とも後悔ともとれない一言を零して終える。


「じゃあ、反シンカー派閥がアンタをまた担ぎ上げたのか。………だが、それについては断らなかったのか?」
「始めは断っとった。けどな、そのうち断りきれんようになってもうてな………それ以前に、わいを慕ってくれたのを無下にもできんかったんや………」


 だとしたら、それこそ先程の狼藉もキバオウの責任として帰せられて然るべきなのだろう。
 勝手にキバオウ一派――――彼を担ぎ上げているだけであって、実際にその派閥に名称があるのかは定かではないのだが――――を名乗っていたならばいざ知らず、受諾してしまえばもうそれはキバオウの手による悪逆と疑念を持たれるのも時間の問題ではないか。いや、或いは正常な倫理観を持つ者が複数人存在しているならば、現状の《軍》の体制を彼の敷いたものと誤認した《反キバオウ派》と呼べる存在が現れてもおかしくはない。
 そして、キバオウが縛についたところで実行犯である者達には痛くも痒くもないというのが問題点であろう。竜の首に見えたそれが実は蜥蜴の尻尾だったなんて与太話にもならない結末など、この事態をどうにかしようという殊勝な人物がいるならば骨折り損もいいところだ。


「……オっさん、状況が解ってるのか?」
「せやかて、このまま椅子に座っとるわけにもいかん。他人様にも迷惑が………」


 まだ途中だったキバオウの言葉を最後まで聞くももどかしく、俺の手はキバオウの胴衣の襟を掴んでいた。そのまま力ずくで引き寄せ、鼻先が迫るところまで近寄せる。
 これはあくまでも俺やティルネルの関係する問題ではない。そうではないにせよ、キバオウの安易な行動が許せなかった。他人事で済ませることがどうしても出来なかったのである。


「全ッ然解ってねえ! 今はアンタが外に出ていい状況じゃない。仮に今の体制を善しとしない派閥にアンタが囚われでもしたら、それこそ諌める人間を失うことになる! あんな胸糞悪い連中が野放しになるんだぞ!?」
「せやったら、このままあのガキどもの悪さを見て見ぬフリせいって言うんか? それこそ出来るわけないやろうが! わいの不始末にきっちりケジメ取るんは当たり前のことやないか!?」


 面と向かって怒鳴り合う最中、通りからコトリと物が落ちる音で我に返る。
 ふと音の鳴った方向に視線を向けると、怒鳴り声に驚いた子供のうちの一人がポーションの空き瓶を取り落していた。どうやら驚かせてしまったらしく、短めに謝罪する。ほんの些細なハプニングを挟んだが、おかげで頭に昇った血は早く引き下がり、怒鳴ったことに対する気まずさを溜め息で押し流して話を仕切り直す。


「……状況は理解した。だが、この件について俺は完全な部外者だ。アンタも、自分を担ぎ上げているのがどんな奴等なのか見定めてから行動した方がいい」
「分かっとる。……そんで、悪いんやけど恥を忍んで頼みがある。一緒にヤツらの悪事を見定めんの手伝ってくれ」
「傷心中ならもう少し謙虚になったらどうだ。他を当たってみるくらい、バチは当たらないと思うぞ。第一、手伝うにしてもそもそも手段が分からん」
「アホ抜かせ。情報は地道に足で稼ぐ言うんは坊主の十八番やないか。それに代役を探しとる間に万が一PK喰らったら、枕元に毎晩遊びに出たるから覚悟せえ」


 要求と回避と意味不明な脅し文句の応酬の後、互いに一歩も引かない無言の睨み合いが小一時間続いた。しかし悲しいかな、昔に恩を受けた弱さがあってか俺が折れることとなった。

 ………どうやら、今日は厄日らしい。 
 

 
後書き
燐ちゃん、厄日回。


キバオウさんが攻略組に燐ちゃんの居場所を作ったことで、それまで攻略の最前線に居合わせただけの二人に明確な接点が発生したというのが両名の関係を深めた出来事となっております。ただ、始めはキバオウさんは燐ちゃんの情報の有用性を評価して、燐ちゃんはキバオウさんのスタンスがベータテスターへの偏見から自身を守る防壁として、それぞれメリットだけを求めた関係性であったものが信頼を積み重ねるにつれて互いに意気投合し、二十五層の悲劇が訪れるまで協力関係が続いた。というのがキバオウさんと燐ちゃんの関係における顛末となっております。互いの損益が根底にあるからこそ、引き際は呆気ない縁の切れ方をしてしまったんですね。それでもキバオウに貰った居場所を無下に出来ないまま攻略組に残った燐ちゃんは割と義理堅い方だったのではないでしょうか。ちなみにこの辺りの背景はストーリーで既出の部分なので今回のストーリーでは全貌を現さず一部割愛しました。

ということで、キバオウさんが登場して厄介事が舞い込んだことで、ティル姉の「薬草捜索大作戦」と予定が正面衝突したこととなり、忙しさが二倍になりました。ヒヨリちゃんどころではなくなってしまいましたね(他人事)

これで燐ちゃんのチームはこれでティル姉とオっさんとの三人構成&子供達となりました。にぎやかですね! にぎやか、つまりほのぼのですね!

次回、何も知らされないままだったキバオウさんと一緒に軍の悪事を暴くことになりますが、キバオウさんはそのまま街を歩くと確実に危ないですね。かつて第一層フロアボス攻略戦を共に生き残ったキリアスコンビは原作1巻の設定をそのまま生かすと無事に忘却していることになるので主人公に制裁されるという憂き目は回避されています。やったねオっさん!

次の更新もまた不定期です(保険)


ではまたノシ 
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