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未来から【タイム魔人】で現代日本にタイムトラベルした私

作者:南 秀憲
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未来から【タイム魔人】で現代日本にタイムトラベルした私

 三千九百九十九年九月十三日の二十三時を知らせる、軽やかで心地いい電子音が鳴っている。
 見る者の心を癒さずにはおかない美しくも、悲しい原色の鳥達。水槽の中を遊泳する様々な種類の鳥達が、時刻を告げている。この高額な装置は、彼からプレゼントされた一つで、私はとても気に入って大事に扱っている。
 私の研究テーマは、HIST-TE(歴史物性工学)である。私が選んだのは、日本近代史の考古学的考察だ。寝る間も惜しんで、研究に没頭している。同じ研究をしているライバルも多くいたが、私がその先頭を走っているのは間違いない事実だ。
 もちろん、大切に窒素式図書室で保管されている紙でできた昔の書籍、資料もスラスラと解読出来るレベルまで、大大学院で四年間、正正教授の指導を受けながら、文字通り寝食を忘れて研究に邁進した。
 でも、このことが、後に私が味わうことになる、恐ろしい怪奇な出来事の原因になるとは夢想すらしていなかった。

 私のIQは四百六十あり、人の五倍の速さで飛び級した。そのため、まだ十八歳だが、すでに、大大学院の正正教授であり、研究者として年間約九本論文を書いている。論文の大半は権威ある「歴史とその研究」に掲載され、古代日本史を研究する多くの教授から称賛を集めている。
 私は、半年前から、誰もが憧れるであろう、身長百九十九センチ、筋骨隆々で優れた頭脳の男性と同棲婚をしている。
(私には言わないけれども、幼い頃から、自己と戦って種々の筋力強化マシーンを使って、鍛え続けてきた結果なのだろう)
 料理等の家事は、人工知能を備え学習能力が優れたアンドロイドに担当させている。優秀なアンドロイドだけに高額だったが……。優秀な彼女のおかげで、私は自分の研究に精一杯打ち込むことが可能だった。
 彼のIQも四百四十あり、飛び級仲間で私の年齢と同じ十八歳だ。
 現代では、同性同志の同棲、婚姻も国家婚姻法で認められていて、同性同志と男女の組数は約半々である。なので、あえて、私は男性と同棲婚をしていると記したのだ。
 同棲と同棲婚の違いは、婚姻届を政府に提出しているか否かの違いだけだ。婚姻届を出していれば、政府から税制優遇、種々の恩恵を受けられるが、名字を男女のいずれかに統一しなければならないという規定がある。
 同棲婚では、それぞれの旧姓を使用できる。
 彼の名は、マハトマス・ガンズーで、もちろん、世界に誇れるインド民族の一員で、ウッタラーカンド州の出身だ。しかも、私と同じで、インド国籍を持つ約四十億人中わずか十万人しかいない「豊かなる人民」の出身である。
 彼は、S量子CP(スーパー・量子コンピューター) の製造販売カンパニーを、国営の学究都市を拠点にし、主に親戚、信頼にたる部下を主要ポストに就任させて、インド全土に百四十四支店を経営している。近い将来には国外進出計画も推し進めている、実業世界に全身どっぷりと浸かっている、頼りがいのある同棲婚の相手だ。
 私達は、アルプス深層水で朝一度四粒の軟かい錠剤を、飲むだけなので、歯は全て退化してなくなっている。したがって、顔は逆三角になっている。
 今は、雑多な人種がいて最貧国の一つとなっているアメリカ合衆国のNASAにあっ
 た、エリアD51で、その昔【グレイ】と呼ばれていた可哀そうなエイリアンと、我々はとても良く似ている。
 NASAとは、アメリカ航空宇宙局 (the National Aeronautics and Space Administration) の略で、昔のアメリカ合衆国政府内で、宇宙開発に関わる計画を担当する連邦機関だった。

 将来の夢は、考古学に留まらず、形式科学、建築学、工学、自然科学、生命科学……などの分野ででも、ハーベスト賞(ノーベル賞よりも上位)を獲得し、博士課程専門大大学
 で、将来、博士を目指している学生を前にして講義できる、マルチな能力を発揮することだ。でも、今のインド平均IQは百九十だから、私の講義についてこられるか、はなはだ心許ないが……。彼等のIQが低い原因は遺伝子レベルでの事象だから、私にはどうにもできない。そんな様々な懸念が頭をかすり、頻繁に情けなさが私を包むのだ。
 私は、研究者として日本古代史を「日本歴史研究会」の専用のホームページに掲載している。しかし、小国の日本をわざわざ研究の対象に選んでいる学者は、私を含め多くはない。それだけに、私は誰からも認められる優れた研究成果を、何としても残したい。
「もうオネムの時間ですよー」
 小型立体空間スクリーンに映る、夫の出張先から声とマッチョな姿を見て、彼が元気一杯であることを確信し安心した。彼のにこやかな顔は、日本古代史に関する文献に没頭していた私をほほえませた。夫の専門は理系で、PTUT(物理工学、宇宙物理生物工学、素粒子電波工学)を専攻していた。背丈も四メートル、体重も百九十キログラムと、私とほぼ同じ体格であり、医者から少しやせ気味だから、もっと栄養価の高いサプリを摂取するよう半年一度の集団検診では必ず言われる。

 その後、私は、三時間の眠りに入ろうとした時だ。
 左腕にはめているTT(時計兼映像電話)の呼び出し音が、軽やかに鳴っているので応答した。そのTTは、同僚のGINNBO PRO(ジンボ正教授)からだった。内容は、遂に時間遡行できる順番がきたことを告げる、私を小躍りさせる嬉しい知らせだった。
「明日、デリーの大大学の九千九百九十九会議室で、貴女が待ち望んでいた時間遡行について打ち合わせをします」
 彼は要件だけを告げると、いつものように一方的にTTを切った。
 私は、アーンドラ州で使う公用語テルグ語、ウッタラーカンドで使うヒンディー語、オリッサで使うオリヤー語、シッキムで使うネパール語、トリプラで使うベンガル語、並びにギリシャ中期の言語、古代の周で使われていた中国語、ラテン語、近世日本語しか、話したり、読んだりできない。
 でも、GINNBO PRO(ジンボ正教授)は、私の五倍ほどの言語を自由に操れ
 る。彼の言語能力には驚嘆するとともに大いに尊敬している。

 さて、私の時間遡行する時代は、二千四十年四月の日本だ。私の復習も兼ねて、当時の世界歴史から現代までを概括的に振り返って見よう。
 二十一世紀初頭、あれほど優勢であった米国も国内消費需要を喚起できず、金融工学に振り回された挙句、上下両院が実施したミクロ・マクロ金融・経済政策の失敗で、世界恐慌の元凶となった。各種経済指標も好転せずデホルトに陥ったのだ。加えて、アフガニスタン、イラク、イラン、北朝鮮等への侵攻によって、ベトナム戦争の過ちを繰り返す結果になった。従軍兵士達の帰国後のPTSD発症率も高かった。人間の兵士と戦闘用アンドロイド達の死亡も、四十九万以上にも達した。自動車産業は言うに及ばず、シリコンバレーに集中した各IT企業も、インドに追い越され、今は廃墟と雑草が虚ろに太陽の光を浴びているだけだ。各州知事も地球規模の温暖化の影響で次々発生するハリケーン、トルネード、乾燥に起因する山火事対策に翻弄された。なおかつ、リンカーン、ローズベルト、ケネディー、ヒクソン、ロバート、コーリントン大統領……などに代表される、強力なリーダーシップを持つ人材も、以後現れないので、国全体が疲弊し、国連を余儀なく脱退し破綻国となった。先述したNASAも予算削減のため、宇宙計画はおろか、ロズウエル事件等で手にした、エリアD51で密かに進めたUFOの主に推進装置解明も打ち切られた。優秀なアメリカの頭脳はインドに亡命し、それまで基軸通貨であったドルは円、ユーロ,元、ポンドに対し、相対的に大きく為替相場が下落し、急成長を遂げたインドルピーに取って代われたのだ。つまり、今や世界通貨はルピーだ。
 二十一世紀まで、いろんな意味で、世界中の国々に恐れられていて、二桁台の経済成長率を誇っていた中国。公害問題、農村部と都市部の格差の広がりに端を発した暴動。二十四人に一人の共産党役人達の不正行為により、国力は徐々に衰退していった。一人っ子政策のため、二十一世紀初頭には十三億人であった人口も減少し、それに比例し十五~六十五歳の可能労働力も国営企業を支えられなくなった。政府の打ち出した少子化対策転換も遅きに失して、現在の人口は五億人程度だ。世界の工場と呼ばれた栄光が、嘘のようになり、閉鎖に追い込まれる企業が増大した。さらに、鉱物資源が豊富な北部の各自治州が、ツライラマ17世の時代に、次々と独立国となった。
 中国北方に位置し、チンギス・カンの四男トルイの子で、東アジアを支配していたクビライをはるかに凌ぐマクライ・ハーンが誕生した。彼により、核を始め近代兵器を有した【元】が復活し、兵士達は始皇帝が完成させた万里の壁をなんなく打ち破り、広大な中国を再びその傘下に治めた。
 私の好きな荘子――道教の始祖の一人とされる人物で、荘周(姓=荘、名=周)――を生み出した戦国時代。この時代は、小規模諸侯達が拮抗していた、紀元前四百三年に三つの国に分かれてから、紀元前二百二十一年に秦による統一がなされるまでだ。そんな戦国時代を彷彿とさせる戦闘が、各地で起たりもした。
(彼の思想は、無為自然を基本として、人為を忌み嫌い価値や尺度が相対であると説き、
 日常生活における有用性などの意味や意義に対して批判的だ)
 強力な意志と武力を持つ元の前に、一党独裁の中国共産党は解体された。つまり、中国五千年の繁栄はここに幕を下ろしたのだ。
 東南アジアでは、インドに追いつく勢いで発展する人口十一億人に達したアセアンの発展も目覚ましくなった。アセアンとは、Association of South―East Asian Nationsの略で、東南アジア諸国連合として、十ヶ国の経済・社会・政治・安全保障・文化における地域協力機構で、二十二世紀初頭、人口は約六億八千万人と多くなった。現在では、目覚しい経済成長によって欧州連合 (EU)、北米自由貿易協定(NAFTA)等と肩を並べ始めている。
 欧州連合は、ギリシャ、イタリア、スペインの国家破綻に始まり、ドイツ離反後、以前の加盟国は解体した。再びヒトラーの悪夢を思い起こさせる【デチ党】が台頭して、隣国へ侵略戦争を仕掛け、無残にも多くの民間人が虐殺された。一部の反対勢力は、第二次世界大戦中に地下組織を結成したように、アイザック・アシモフのロボット工学三原則の第一条――ロボットは人間に危害を加えてはならぬ――を無視して、殺人ロボットを先頭に、重火器、神経ガス、ピンポイントで使用できる最新武器を駆使して、今なお戦っている。
 ロシアも政治的に優れたミロシビッチ、コヲルスキー……などの大統領を輩出した。
 だが、エネルギーの世界的な変化――化石燃料の時代から自然エネルギー、海水から水素を取り出す技術、太陽から来る電磁波を利用した膨大なエネルギーを利用する……など――が起こった。それらが原因となり、主に国営で開発、供給して来た石油、天然ガス、は、何の意味も持たなくなり、あえなくロシアは没落の路をたどらざるを得なかった。
 昔、ロシア領土であった国々もほとんど元の支配下にあり、ロシア帝国はここに解体された。その昔、アメリカと覇権を争った面影も今は昔の栄光だ。
 中近東では、イスラム国家のオスポン帝国が十四世紀と同じく難攻不落のコンスタンティノープルに首都を築いた。主としてジエット推進の双胴船を使い海上貿易で栄え、さらに版図を広げようとする野望に満ちたオスポン帝国が、ガチ党率いる軍と今でも戦闘状態にある。
 グレイト・ブリテンとして、世界各地を植民地として支配し人々を搾取≪さくしゅ≫し続け、「英国人でなければ人にあらず」とまで豪語した現代のエゲレス国も北欧の国々を辛うじて傘下に治めている有様だ。白人は少数民族で、ほとんどが昔の移民の四~五世である。しかも、彼、彼女達の、動物でたとえれば雑種化が進み元の国籍すら曖昧となってしまった。今でも政府は、これだと断言できる解決策がないスコットランド問題を抱えている。
 地中海では、紀元前四~五世紀にかけてシチリア島へ遠征を行い、セリヌス…などの都市を占領したハンニバル将軍の活躍で有名だった新カルタゴが躍進している。彼の末裔が興した新カルゴが、エジプトをも占領し南北交易により富裕層が厚く、一人当たりのGDPは、世界で常に五位以内だ。二十一世紀におきた「アラブの春」という運動も一過性に過ぎなかったのだ。民衆は、当時のアメリカが強引に押し付けようとした民主主義を受け入れなかった。と言うよりも、この地域では、当時まだ民主主義なる考え方が人民一人一人に根付いていなかったからだ。
 約四百五十~五百万年前に、アフリカで人亜科が生まれ大きな脳を持つ霊長類の人類が誕生した。昔アフリカと呼ばれていた大陸では、議会は形式だけあるとはいえ帝国主義化した南アフリカがアパルトヘイトを復活させている。南アフリカは近代兵器を持たない他のアフリカ諸国を搾取することで経済大国となって、エジプトを除くアフリカ諸国――ボツワナ、ジンバブエ、ザンビヤ、マダガスカル、コンゴ、スーダン、ニジェール……などの国々を、植民地として統治している。また、砂漠化が顕著に進んだサハラ砂漠に、二十五世紀初めの技術を遥かにしのぐ巨大なソーラーパネルを自動制御し、それで得た電力を西欧諸国に供給し、かつてアフリカ全土でオイルによってドルを得ていた以上に富を蓄積している。なおかつ、空気中に存在する水素と酸素を結合した潤沢な水を使って、サハラ砂漠以外の地域で米、小麦粉、サトウキビ、粟,稗、各種茶、コーヒー豆、りんご、みかん……などの作物を全世界に輸出し膨大な貿易黒字国となり、GDPは世界で常に一位である。当然、世界一豊かな国だと言える。
 昔、南アメリカと呼ばれていた広大な地域は、パルルーと呼ばれる国が南アメリカ全土をほぼ等分に分割して二十九州とし、昔日のアメリカ合衆国のように州知事を配置して統治させている。中央政府は、レーニンの唱えたマルキシズムを原点としながらも、資本主義を容認していている。国体としては、共産主義を掲げ様々な矛盾を内包しながらも、ケベス大統領のもと二桁の経済成長を成し得ている。
 白人政治犯の流刑地であったオーストラリアでは、先住民アボリジニー人が白人を一人残らず国土からを駆逐した。アボリジニー人が、自然と共存した生活スタイルを再びその手に治め狩猟、採取を生業とした地球に優しい生活をしている。もちろん、インドの後ろ盾を得て……。
 カナダでも、エスキモーの人々がフランスから独立し、主に犬橇≪いぬぞり≫を使ってアザラシ……などを狩る従来の生活スタイルを復活させている。
 さていよいよ、我が世界に誇れるインドだが、人口では世界一の二十四億人となり、IT産業と工業生産、知的水準では他国の追随を許さぬほど大きく水を離している。哲学、文学に代表される人文科学、人類学、考古学……などの社会科学。数学……などの形式科学。天文学、物理学……などの自然科学。建築学、工学……などの応用化学。それら全ての学問研究のメッカである。それゆえ、国内の至る所に、優れた研究者の集まる学園都市が存在している。
「最先端の学問はインドで」と言うのが、今や常識である。世界の優秀な頭脳が集まる国にまで成長し、カースト制はとっくの昔に消滅し素質と努力を正当に評価する国になっている。地球から数千憶光年離れた銀河の恒星を回る惑星に生息する知的生命体と交信できる突然変異種が続々と誕生して、チャクラを自在に操れる特殊なCPUとチップを前頭葉に埋め込んだスーパーミュータントとして、聖なるガンジス川に入って活躍している。政府の手厚い庇護のもと、彼等はさらに能力を高めようと修行に励んでおり、「インドが生んだ千賢人だ!」として世界中から尊敬を集めている。彼等が、宇宙より入手している地球に存在しない超高等知識は、各部門に細分化されている学者達に応用研究されて各企業で実用化する。この官民一体になった連携こそが、インドの優れた技術を支えているのだ。
 さて、私が学んでいる日本は、二十一世紀にデフレスパイラルの圧力からなかなか抜け出せなかったが、二十二世紀になると優秀な赤城首相が現れた。彼の号令で、天照≪あまてらす≫の神より連綿と続く天皇を、現人神≪あらひとがみ≫として尊啓奉った。王政復古にて人心を改め、旧来の全ての社会システムを大改革・変革した。主にインドの知識を活用し、低下した国の知識レベルを向上させるため、全国に寺子屋制を復活し地方分県を廃止し道州制を導入した。しかも、各道州長に大きな権限と義務を付与している。米国の核の傘がなくなった二十三世紀には、非核三原則を撤廃し、約三千発に及ぶ水素核兵器を搭載している大陸間弾道弾を、主に元に向けて配備している。自衛隊組織を解体して徴兵制度に替えている。あれほど、少子化対策と叫んでいたのが嘘のように、出生率は三.四にまで上昇している。つまり、男女が結婚すれば、平均で三.四人の子供が生れるのだ。
 狭い国土には二.五億人が暮らしており、もちろん、移民も喜んで受け入れ、産業の空洞化に苦慮した時代とは様変わりしている。技術発展によって、日本の領海・排他的経済水域海底に、金、銀、銅、亜鉛、鉛、石油、コバルト・リッチ・クラスト、メタンハイドレート……など豊富なエネルギー資源や鉱物資源が確認され、資源大国となっている。今までの資源輸入国が、輸出国に変わっている。最先端技術を取り入れた様々な技術を輸出している。「働かざる者、食うべからず」の言葉通り、昔ニートや引きこもりと言われていた人種は、誰一人としていなく、汗水たらして働くのが美徳である、と小さい頃から国民は信じて疑わない。一方、ワークシアリングが一般化して、企業で働く日が週二~三日であり、休日はボランティアとして過ごす、あるいは、可処分所得の大半を約七百三十ある遊園地で子供と遊ぶか、贅沢品などの消費に充てている。この結果、消費支出の六割を占める家計支出が、そのボリームを増やし、企業が潤いそこで働く従業員が消費を増加させることで、経済が好循環している。高福祉高負担が原則で、消費税は四十五パーセントではあるが、百歳以上の人には、余暇も充分楽しめ、生活には一切困らぬほどの年金制度・社会保障制度が充実している。
 超ⅰPS細胞の高速培養、クローン革命、アンドロイド革新……などにより、現在の平均寿命は二百五十歳となり、さらに、インドを中心に不老不死が研究されている。肉体の老化は、四十歳のままで停止する。インテリ達にとっては、その精神は限りなく上を目指し、探究心は増すばかりだ。が、もうこの世に一切の執着も残らず、死を選択すれば、総合病院を訪れると安楽死はできる。政治家、学者……など、まだまだこの世で活躍したい人々は、約四百五十歳まで生きることを可能にする研究も、同時に進んでいる。
 蝦夷地≪えぞち≫では、北方四島を含めた地をアイヌの人達が自由に行ききして、漁狩といった昔の生活に回帰している。沖縄県であった地域も、米軍の基地跡も含めて琉球王国が統治して、琉球国民は自由闊達にその生活を謳歌している。当然、日本国政府はそれらの新しい国々に援助の手は差し伸べてはいる。が、NGO、NPOに参加する人達の活躍も決して見逃せない。寺子屋で十二年間学んだ後、高校、大学での一年間は、男女を問わず、NPO、NGOにて無給で働くのが常識となっている。大学進学率は十八パーセントで、大半の国民は寺子屋を出ると直に丁稚奉公をする。大学を出た者のみ、卒業後すぐに兵役を二年経験し、肉体、精神ともに成熟し、各企業に就職して、先ずはトイレ掃除、床掃除など昔の徒弟制度を体験する。それから、会社員としての忠誠心と、終身雇用制度を上手くマッチさせて、企業のさらなる発展に貢献することは、今や常識となっている。

 さて、再度、翌日、同僚のGINNBO PRO(ジンボ正教授)と、九千九百九十九会議室で詳細な打ち合わせをした。その後、九名の医師チームが、理解を超える器具類を見事に操って、私を人体改造した。私が時間遡行する時代、二千四十年の標準的な日本人男性――身長百八十八センチメートル、体重九十キログラム、どこにでもいそうな目立たない容姿に変身した。もちろん、この世界に帰れば、元の体に再び改造してもらうことができる。その後、千百九十九室で【タイム魔人】と初めて会わせてもらったが、我々と別段変った所のない、普通の妖艶な女性形アンドロイドなので、ある意味安心した。
 歴史を変える行為は絶対にしないことを、我々の信ずるヒンズー教の経典に四度誓わされた。その後、即座に、タイム魔人は私の額に両手を当てて、何やら呪文を唱えだした。
 かなり強い口調で私の目を見て言った。
「今から、五年後の四時から五時に、緑の渦が出現するから、必ずその渦に入るように……。そうでないと、貴女は、その時代に取り残されてしまいます。残念ながら、今の私の技量では、貴女が乗り移る相手を選別できないのです。最後に確認しますが、年齢、男女、性格、経歴……などを、選べませんが、それでも過去にタイムトラベルしますか?」
 私は、きっぱりと承諾の意志を示した。このことが、私に怖ろしい災厄をもたらすとは、この時は考えもしなかった。
 タイム魔人は、部屋が壊れそうな大声で、新たな呪文を唱えた。一瞬、ドキとして心臓が飛び出しそうになったが、次第に優しさに全身包み込まれ、まるで胎児のようにまどろんだ。古い時代の経のような気がし、眼を固くつむっていた。大きな渦の中にいるような気がしたのも、ほんの一瞬だった。うっすら目を開けると、緑の渦の中で回転していた。身体は緑色の奈落に落ち、私は意識を失った。

 私は、兵庫県神戸市の阪急電車三宮駅の北側を、トボトボと歩いていた。五秒だけ、同時に別々の二人が存在したのだ。私と私が乗り移った男だ。一瞬、何だか妙な違和感と恐怖を覚えたが、すぐに自分が過去にタイムトラベルしたことを思い出した。辺りを見回すと、何人かが私、すなわち男の顔を見て変な表情をした。が、私は、知らん顔をして無視することした。早足に歩いて、三宮地下街に続く下りエスカレーターに飛び乗ったのだった。いろんな店を見ながら、私からすれば昔いた人達のセンスと好みの傾向を一時間ほど、じっくりと研究した。
 その後、満員に近い喫茶店に入り、観測がてらコーヒーを飲んだが、苦くて吐きそうだった。だが、この時代の味に慣れようと、我慢して飲み干した。
(この時代に早くなじまなくては……)
 平日の午後四時頃で、まわりは、お喋りに夢中になっているオバサンを除くと、サラリーマンらしき人が多い。彼等の大半は旧式CPのキーボードを叩き、時々天井を見ながら、考えていた。つられて、私も見たが、何の情報も投影されてはいない。ただ単に無地のクリーム色の無機質で、冷たい低い天井があるだけだ。
 私は、ある男性に乗り移って、二千四十年四月の日本にきた。長い間、着慣れない窮屈な洋服を無理に着せられた感じが続いた。だが、細かな情報は記憶装置チップに入って、脳にある。とはいえ、現実の生活に心身ともに、早くなれる必要がある。でも、実際は、この時代で言うところの一週間は要した。戸籍、住民届、身分証、カード、現金……などは、私が着てきた服に入っていた。が、カード一枚でほとんどの用は足りた。
 宿泊先は、高級なレキシントンホテルのダブルに決めていた。だが、食べ物の口に合わないのには辟易≪へきえき≫したが、何事も訓練で、そのうち吐かずに喉を通るようになってきた。この時代の食べ物になれたことに感慨すら感じた。この分だと、一年間の研究は、ますます楽しみに思われてきた。
 実際、この時代にタイムトラベルしようと決意した時は、大きな不安と緊張に眠れぬ日もあった。が、「案ずるよりも産むがやすし」とは、言い得て妙なる諺である。古人の優れた洞察に改めて感心した。レキシントンホテルを起点として、関西州の都会、農村部、と精力的に視察を重ね、脳波論文を二カ月ほどで快調に仕上げつつあったある朝、朝食です、と言うボーイの声でドアーを開けた。
 すると、見知らぬ男達がズカズカと八名入ってきて、警察の金色に輝くメダルと、逮捕状を見せるなり、両脇をつかまれた。有無を言わせず、県警の捜査一課の取調室に連行された。
「ネタはもう十分あるから、早く白状してすっきりしたほうが、お前さんのためにもなる。当然、君には黙秘する権利もあるし、知り合いに弁護士がいるなら、我々が呼んでやるが、いなければ、金銭に余裕がありそうだから、弁護士手配するが……」
 眼光鋭く、大きな声で迫られた。
「何かの間違いではありませんか?」
 と、しきりに大声で叫んだが、
「はっ、はっ、はっ、はっ……」
 と、歪めた口から発せられた、笑った声にかき消されただけであった。
 三十日間拘留され、朝九時から晩の九時まで、十九件の婦女暴行、殺人、死体損傷、死体遺棄……などを白状するよう迫られた。が、何のことか理解できない私は、警部補の言う黙秘を続けざるを得なかった。
 拘留中、何度も検事室に連れていかれ、警視正の安田検事に会った。私は、その都度、無罪を主張したが、起訴に持ち込まれることを、確信しただけであった。
 その間、面会にきた、よれよれの背広を着た赤ら顔をした弁護士に、何度も何度も無実を訴え続けた。だが、精神鑑定に持ち込むのが精一杯で、心神耗弱の線で検事と争ってみる。しかし、客観的事実が揃い過ぎているので、無実を主張しても無駄だろうと言い渡された。拘留期間後、早くも神戸地方裁判所第四法廷で第一回の公判は始まった。ひと目連続殺人犯を見ようと、くじに当たった人達で傍聴席は満員になった。裁判官三名と裁判員五名を前にして、検事は滔々≪とうとう≫と私の罪状(?)をモニターで大写しにして述べ立てた。だが、肝心の弁護士は弱々しく反論し、減刑を訴えることにのみに終始した。
 被告人席に呆然と立ちすくんでいる私でさえ,眼をそむけたくなる映像で、思わず、足元に、今朝の食事の大半をぶちまけてしまったほど、残酷な殺害シーンであった。
 検察が提出した物的証拠通り、被害者の体に残した精液は、DNA鑑定をすれば、十兆人に一人の人物を特定できる。殺害に使用した十三本の種類の異なった包丁。その全てに、私の(?)指紋がくっきりと残されていた。だから、言い逃れは不可能だったのだ。
 何回かの公判を経て、いよいよ、判決の時がきた。
 裁判長が判決文を読み上げた。
「主文、被告を死刑に処す……己の性的欲望を満たすために、尊い人命を軽視し、面識もない十三名の女性を強姦したあげく、残忍な手口で殺害し、あまつさえ、バラバラに切り刻んだ。しかしながら、被告には一片の反省すらなく……」
 長い説教じみた判決文を、ボンヤリ聞きながら、あと何日拘置所にいるのかと推測していた。
 この時代の刑法制度は最高裁まで控訴すれば、六~十年は要するだろう。が、その時には、三千四百九十一年の未来に帰って居るだろうから、それまでの辛抱だと楽観視していた。
 三畳一間に、便器がむき出しの独房で暮らすのは、余り心地よいはずはない。弁護士が控訴の打ち合わせのために、面会にきてくれる。その時、持ってきてくれるこの時代を反映する、数々の書物を悠然と読める。無上の幸せであり、刑務官も私の該博≪がいはく≫な知識に一目置いてくれていて、粗雑な扱いは受けなかった。

 私の私物に、ベロサーチの旅行カバンがあった。中には雑多の服や書籍に混じって、約二億円現金があり、裁判でも追及された。が、頑として私のものだと訴えた。盗難届も出ていないので、私物として拘置所に保管されている。
 断胴台で四つの胴体(つまり、死刑)になれば、約二億円は国庫を潤す金になるのだ。しかしながら、この時点でも、私は未来に帰れると確信していた。だが、少しだけ、不安がかすった。
 乗り移った青年が連続殺人魔だとは、今さら嘆いても手遅れで、早く元の世界に帰ることだけが生き甲斐であった。まさか、死刑囚の目で、二十一世紀を観察するとは考えてもみなかったが、ある意味、優れた映像論文を書ける好機かも知れない、と胸がワクワクした。

 ところで、確か、タイム魔人は言っていた。
「今から、五年後の四時から五時に、緑の渦が出現するから、必ずその渦に入るように……。そうでないと、貴女は、その時代に取り残されてしまいます」
 しかし、一年、二年、三年、四年、五年と、光陰矢の如く、無情にも時は軽やかに、過ぎて行った。五年後とは、三千九百九十九年での年月なのか? この時代での年月なのだろうか? そこまで、考えが及ばなかった。高いIQを誇っていたのに……。
 地球が自転しながら、太陽を公転するのを「一年」と呼ぶのは、子供でも知っている。しかし、地球の地軸がこの時代では、二十三,四度だが、私が生活している未来では、二十二,七だ。当然、太陽を公転する時間も違う。私の暗算では解けない。CPがあれば、すぐにでも、緑の渦が出現するここでの正確な時間が、分かるのだが……。

 元の世界へと返してくれるはずだった緑の渦。念願空しく、私の前には、未だに現れない。焦りと期待で、もう我慢の限界に近づいた頃、最高裁で、高等裁判所の判決通り死刑が確定した。この時代における通例から考えれば、死刑執行までに、五,六年の猶予がある。戦々恐々とはしながらも、タイム魔人を信じるより他はなかった。
 未来からくる微弱な思考を捉える、多少私が身につけたテレパシーを、精一杯活動させて様子を探ろうと、何年も続けた。しかし、何の情報も得られず、日毎に、焦燥感の重い塊に押し潰されそうになった。
 看守に何度も熱心に頼み込んで、渋々、面会室で、取り調べを担当した警部補に会わせてもらった。研究を目的に、三千四百九十九年の未来から、二千四十年の現在へと来たこと。その後の顛末を事細かく述べた。全精力を注ぎこみ、見栄も外聞もなく、ニキビとソバカスに覆われた顔を、大粒の泪で濡らし、悲壮感を漂わせて本当のことを訴えた。
 だが、冷酷にも警部補は、最高裁での判決は,一事不再理の原則に従い、覆す事は不可能と言うや,そそくさと帰ってしまった。それでも、私は長々と事実を書き連ねた手紙を最高裁長官に宛てて出そうとしたが、所長の検閲で差し戻された。この頃から、たびたび法務大臣が、私の死刑執行許可証に印鑑を押す悪夢に、うなされ夜中に飛び起きた。冷汗で全身が、びしょ濡れになり、混乱した恐怖で眠れぬ日々が続いた。
 窓も鏡さえもない独房生活を九年ほど送った頃、臨済宗のお坊さんが、週に二,三度訪れるようになった。有難い話(?)を聞かされても、ヒンズー教を信奉する私には、文字道理、馬の耳に念仏で、少しの慰めにもならず、未だに未来から、幸ある頼りに全神経を傾注していた。
 ある朝、突然、食事前なのに、刑務官三名と,経を手にした臨済宗のお坊さんが、入ってきた。いつも行く風呂場とは反対の廊下を歩かされ、独房の通路に面した小窓に、気の毒そうな眼を多く見かけた。
 通路よりもさらに暗い部屋に、大の字にされ、拘束機で手足を挟まれた時。いよいよ、今生の肉体より解き放たれ、輪廻の魂界に昇華される。そう覚悟を決めた時だった。真上から眩しいほどに研がれた、四本の大きくて重たそうな斧が重力の法則に従って、今、正に自由落下しょうとした瞬間。
 私の、否、彼の潰れていない視力、〇.〇四しかない左目が、小さな緑の渦を捉えた。斧の落ちる方が早かっ……。


 ――完――
 
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