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【掌編置場】コーナー・オブ・テキストレムナンツ

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レッドローズ・バレンタイン

 
前書き
 去年のバレンタイン短編の続編です。そちらを読まなくても楽しめる様には一応なっているはず、です(自信/ZERO)。 

 
 黒薔薇の花ことばは『あなたは永遠に私のモノ』。
 青薔薇の花ことばは『奇跡』。
 白薔薇の花ことばは『私はあなたに相応しい』。

 千差万別、遍く愛のカタチ、奇跡、煌くもの。

 ならば。ならば、きっと最も純正で、わかり易くて、けれど一番伝わるのは、何の色?

 それは勿論、赤い薔薇。なんせ、赤薔薇の花ことばは――



  ***



 五年前の年始めの事である。
 魔法学校が催した実戦演習。その最中で死亡した俺――ソレイユ・グノーシスは、異世界から転移してきた魂を憑依される形で蘇生した。いや、その表現だと誤解を招くかもしれない。詳しいことは省くが、もともと地球で職業訓練中の二十四歳無職であった『俺』が、死んでしまった十七歳の少年、『ソレイユ・グノーシス』の肉体に憑依する形で異世界転生を果たしたのだ。何が誤解を招くんだ、と思った人に説明すると、まぁつまり意識の本体はソレイユ君ではなく俺だって話だわな。誰に向けて喋ってんだろうな俺。

 最近流行(はやり)のジャンルのくせにチート能力も特別な才能も無く、そもそものソレイユ少年のスペックも絶望的とかいう酷い環境でスタートした新生活。大した緩急もない平凡な異世界ライフだったが、それはある時大きく変化した。

 俺が異世界転生を果たしてから最初に出会った人物であり、後輩であり、ついでにパーティメンバーでもある少女、エルシャ・マルクトが、忘れもしない二月十四日――『聖アンリエッタ祭』を期に、俺に愛の告白をしてきたのだ。
 紆余曲折あって付き合うことになった(その紆余曲折を聞きたいという輩も多いような気がしなくもないがきっと気のせいだと思う事にする。うん)俺達は、結局その後もその関係を続けて、冒頭で記した通り五年の月日を恋人として過ごしてきた。

 今の俺は二十二歳。相変わらず剣の才能も魔法の才能も絶望的だし、なんだか最近は元のソレイユ君の顔よりも『俺』の顔立ちに近づいてきたような印象があって「肉体は精神に引っ張られるってマジだな……」などと思ったりするし、魔法大学に入学することも叶わなかったが――まぁ、ある程度は充実した生活を送れている。一応ちゃんと仕事にも就けたしな。職種ですか。冒険者ギルドの受付です。
 こらそこ、「それは可愛い女の子の職業じゃねぇのかよ」とか言わない。俺だって首捻るわ。普通『ギルドの受付』っつったら可憐で美しいエルフの女の子だろ。なんでこの世界の基準からすれば醤油顔っつーか地味な顔してる俺が受付なんぞせにゃならんのか。戦闘能力無いからですごめんなさい。

 ……話が逸れた。
 そんなわけで割といい生活をできているわけなのだが。
 
 少しだけ。
 最近は、少しだけ物足りないのである。

 いや、別に現状の生活に不満があるわけじゃぁ勿論ない。ブラック企業溢れる現代日本とは異なり、この世界(昔会ったなんか偉いらしい魔法使い曰く『ギガローカ』というらしい。転生する時に『アルカディアヘイム』って聞いた気がしたんだがあれはなんだったのか)は非常にホワイトである。中世ヨーロッパ風の世界観でありながら町は綺麗だし、最近は邪神族――俺の(俺のとか言っちゃったよ)エルシャ以外にも、この世界には何人かまだ邪神族がいる、という事をここ数年で知った。彼らの多くは勇者アンリマユとその永遠の恋人、聖女アンリエッタの子孫の血を引く、とか、或いは別の邪神の血を引くらしい——への差別意識も大分減ってきた。何があったのかは省くが、まぁ簡単に言えば邪神族のお蔭で世界が救われたのである。

 そんなこんなでいい世界なのだ。こんな役に立たない産業廃棄物でも、「魔物の情報を覚えるのが早い」とかいう、地球でゲームのモンスターの名前や特徴を網羅するために培ったクソどうでもいい技術を買われてギルドの受付に成れる世界なのである。

 なのだが。
 なの、だが。

 ……あああ、話を引き延ばしてもどうにもならん。この際ぶっちゃける。


 
 ――結婚、したいのである。

 誰とって、そりゃ勿論エルシャと。


 いや、何を急いでるんだ、と思うかもしれん。地球における交際開始から結婚までの平均年を知らないからどうにも言えんのだけども……その、なんというかだな。
 
 やはり彼女とはどちらかが死ぬまで一緒に居たいのだ。子供も欲しいし、何なら孫の顔も見たい。

 極めて自分勝手な願いだし、俺が思うべき事じゃないのかもしれないけど。けれども――けれども、やっぱりそうしたいのである。

 当然結婚生活にはお金がかかる。色々と準備が必要だし、そのうち新しい家も買わなくちゃいけなくなるかもしれない。子供が生まれるなら、その養育費も必要だ。平和極まるこの世界でも、「養育費が無いから子供を捨てる」という話はあとを絶たない。学生時代の友人に、そうやって出来た孤児をあつめて育てている奴がいる。人の精神を落ち着ける魔法の使い手で、穏やかな良い奴だったんだが最近はあまり会っていない。元気にしているだろうか——……また話が逸れた。悪い癖だ。特に伏線でも何でもない無駄話だから忘れてくれ。

 まぁとにかく、結婚の為に資金を貯めるべく、これまで働いてきたわけだけども。実際ギルドの受付は思った以上に給料が良くて、俺が手にしていいのかと不安になるくらいには相当な貯金があるのだけども。実はマイホーム買ってもまだ二十年くらい遊んで暮らせたりするんだけども。やべぇなギルド受付。

 ……勇気だ。俺に足りないのは勇気。
 
 エルシャに、「結婚してくれ」と言えないのだ。

 この世界にも結婚指輪の概念はある。実はもう買ってある。けれど、それを渡して、生涯を共にしてほしいと頼むことができないのだ。

 何度か、それとなく機会を設けてみようと思ったこともある。だが、うまく体が動かない、というか。とにかく、エルシャへのプロポーズに踏み出せないのだ。

 なんでだろうな。こんなところでコミュ障を発動しているのかもしれない。断られたらどうしよう、とか、どういう言葉を添えればいいんだろう、とか、そういう事ばかり考えてしまうのだ。もっとシンプルに考えられればいいんだけどなぁ。中々上手く行かないもんだ。

 そんなことを思いながら、今日も俺は職場へ向かう。


 
 ***



「ねぇ、エルシャはどうするの? 今年のアンリ祭」
「え?」

 メロダック帝国首都、カール・トゥクルティニヌルタ。その一角に設けられた魔法大学の構内で、友人が放った言葉に、エルシャ・マルクトは首を傾げた。そういえば聖アンリエッタ祭はもうすぐなんだっけ、忘れてた――などと思いながら、問い返す。

 眼鏡を通して見えるのは、茶髪をポニーテールにした活発そうな少女。この大学に入ってからできた友人の一人で、白髪赤目という、今でもなおこの世界では若干避けられ気味な、エルシャの外見を気にせずに接してくれる数少ない人間の一人だ。
 そんな彼女が、普段の笑顔とは打って変わった少々厳しめの表情とジト目で、エルシャを見つめているのだ。

「今年の、とは……」
「今年のとは、って言っても。一つしかないでしょ。上げるんでしょ? チョコ。例の彼に。手伝いが必要なのか、ってこと」
「ああ……」

 その言葉で、全てを理解した。途端に、去年の同じくらいの時期に感じた申し訳なさがぶり返してくる。

「去年は大変だったんだからね。エルシャが急に『巨大ケーキを作りますので、お手伝いをお願いします』なんていうから言ったら、あたし一人じゃとてもじゃないけど足りないじゃない。他にも友達一杯呼んで、そのせいであたしたちの準備期間殆ど潰れたんだからね」
「それは、その……すみません。先輩が『巨大ホールケーキとか食ってみてぇよなぁ……折角魔法の世界なんだし……』などと仰っていたものですから……」
「相変わらず声真似上手いよねエルシャ……いやそうじゃなくて。またあーゆーことを企画してるなら、こっちも日程組まなくちゃいけないから早めに教えて、ってこと」
 
 ふむ、と思案する。
 去年は、恋人であり、魔法学校時代の先輩でもあったソレイユ・グノーシスの何気ない一言で火が付き、身の丈を越すような巨大なホールケーキを作成してしまった。結局ソレイユは「お、おう、これはまた……すげぇものを作ったな……」などと瞠目しつつも、一応全部食べてくれたのだが……暫くはケーキに対して見たくもないものをみた、といったような反応を示していた。失敗しちゃったな、嫌われたらどうしよう、などと大変不安だったのを覚えている。

 今年は、そういった類のリクエスト、というか、独り言を聞いたりはしていない。

「ありがとうございます。ですが、今年は自分一人で作ろうかな、と」
「そっか。じゃぁ、皆にもそう伝えておくね」
「はい」

 自然と口元が緩む。
 魔法学校に通っていたころは、同姓・同年代の誰かと、こうやって話すことができる日が来るとは思ってもみなかった。ソレイユ以外の誰もがエルシャの事を気味悪がったものだ。ソレイユは結局、卒業までに何人か友人ができたようだったが、全員から一度は「邪神の娘なんかとは別れた方がいい」と忠告されたらしい。

 その度に、ソレイユは「俺はエルシャが好きだ。お前らに口出しされる謂れはない」と跳ねのけてくれたという。その時の彼の姿がありありと想像できて、少しだけ、嬉しい。

「あーあ、あたしも欲しいなー、エルシャの彼氏みたいなかっこよくて素敵な恋人! こう、具体的には笑顔が素敵でちょっとミステリアスな感じの!」
「薬草学の先生みたいな?」
「そうそう、まさにその通りで——ふえぇぇっ!? なななななんで分かったの」
「いつも遠くからぼんやりと見ていらっしゃるので」
「うえぇぇ、バレてた……」

 表情をくるくると豊かに変える友人。その姿に、思わず声を出して笑ってしまう。

 こんなことを、許してくれる友人に、感謝しなくてはならない。これまでエルシャの周りにいた同姓は、彼女が笑ったら気味悪がる人たちばかりだった。
 
 ――ソレイユ先輩が居なかったら、こんな生活を送ることもできなかったのかな。

 時折、心の中でそう思う。
 本当は――本当は、死のうか、と思っていたこともあるのだ。魔物との戦いの果てで、どこかの迷宮で力尽きてしまおうか、と。
 
 けれど、ソレイユが生かしてくれた。彼が、自分に『人生』を暮れた。

 色々な、新しい景色を見せてくれた。味わうことは無いと思っていた、無数の幸せをくれた。欲張りな願いかもしれないけど、できれば、もっともっと、いろんな景色を一緒に見ていきたい。

 そうだ、と、思いつく。

 今年のチョコレートは、ちょっと外観を凝ってみよう、と。

 
「ううー……い、今のは皆には内緒ね」
「はい。でも、一つだけ条件です。制作のお手伝いは必要ないんですけど――ちょっとだけ、調べものというか、材料を買うのを手伝ってほしいな、と」
「うわー、策士というか意地悪というか。まぁでも、うん、いいよ。というか、口止め料関係なく手伝うよそのくらいなら」
「ありがとうございます。えっとですね――」
 

 そう言って、求める材料の名前を告げながら、エルシャは心の中で想う。
 このチョコレートを渡されたとき、ソレイユはどんな表情を見せてくれるだろうか、と。博識な彼なら、無反応という事はあるまい――



 ***



「結局なんも思いつかんかったんじゃが……」

 などと呟きながら、俺はギルドを出て帰路につく。いやー、何かちょっとくらい良いアイディアが浮かばねぇかなと思ってみたけど全然そんなこと無かったね。そう簡単にインスピレーションは降りてこないってことか。あたりめーだわな降りてきてたら苦労してないっつーの。

 しかし……それにしても困った。
 
 俺の単純な希望ではあるが。
 プロポーズは、遅くても聖アンリエッタ祭の夜には行いたいと考えているのだ。五年前、俺がエルシャから想いを伝えられたように、俺も彼女に想いを告げたい。感謝と愛情と、これからへの希望を込めて。

 だから、それまでに何とかして勇気を奮い起こしたいのだ。のだが――よくよく考えてみれば、俺がこれを思い立ったのは既に半年くらい前である。にも拘わらずこれである。お察しだった。

「はーつっかえ。まるで役に立たねぇじゃねーか俺の脳……どうすりゃいいかな……ん?」

 足りない頭をひねらせながら歩いていると、ふと、甘い香りが鼻梁をかすめる。

 見れば、家までの道でいつも通っている商店街に、今日は花屋の出張店舗が出ているらしかった。銀髪と青い目の無表情な女性が、色とりどりの花を売っている――のだが、女性のやる気のなさそうな表情ゆえか、客は誰も来ていない。

 というか、よく見たら売ってるの全部同じ花じゃねぇか。色が全然違うから分からなかった。

「薔薇か……こんなに種類が沢山あるんだな」
「らっしゃい……らしいよ。全部花ことばも違うんだって」
「ほーん……うおっ!?」

 気が付くと、店先に居たはずの女性が、いつの間にやら俺の隣に立っていた。若い。十六くらいかと一瞬思っていたのだが、存外に顔つきが幼い。まだ十三歳かそこらの様に見える。女性というより少女、幼女の部類だ。

「夫が言っていた。こういうの詳しい」

 よくよく見れば、左手薬指には指輪が光る。マジで既婚者らしい。という事は見かけ通りの外見ではない――合法ロリというやつか。

「俺はそういうのあんまり詳しくないなぁ……つーか、黒い薔薇とかあったんだな」
「うん。花ことばは『あなたは永遠に私のモノ』」
「なんだそりゃ。ヤンデレか」

 時々花ことばを考えた奴は、なんというかこう、現代人の性的嗜好に突き刺さるワードばかりを選んでくるな、と思うのだが、あいにくと俺はツンデレの方が好きである。理由はってそりゃ昔のエルシャが若干毒舌系のツンデレ――いやこの話はよそう。

 少女は、一輪一輪、様々な色の薔薇を手に取ると、その花ことばを俺に教えていく。
 俺が想像していたよりも、その世界は奥深い。予想だにしない言葉や、正反対の意味の花ことば二つを持つ薔薇もあった。
 時折俺でも知ってるのが出てきたりはするが、多くは知らないものばかり。新鮮で、少し楽しかった。

「白は『純粋』とか『私はあなたに相応しい』、とか。つぼみだと『恋をするには早すぎる』なのにね」
「へぇ、つぼみと開花後で違うんだな」
「うん。薔薇はそういうの多いよ。ああ、でも――」

 そう言って、銀色の花売りは、一輪の薔薇を手に取る。

「赤薔薇だけは、あんまり変わらないかも」
「ほう。なんか赤いのだけは聴いた事ある気がするぞ。『曇りなき愛』とか『純粋な恋』だっけ?」
「それは蕾の方」

 ふふ、と微笑む彼女は、これまでの無表情とのギャップもあって、異様に色っぽいというか、美しく見えた。なるほど、彼女の旦那さんはこれで堕ちたんだろうな、などと思いつつ、俺は彼女の次の言葉を待つ。


「赤薔薇の花ことばは、『あなたを愛している』。つぼみの花言葉が、『曇りなき愛』――どっちも、飾らない愛の言葉」

 花売りの少女は、そう言って、薔薇を元の場所に戻す。

 
 その光景を見ながら、俺は脳内に電撃の奔る様な衝撃を受けていた。

 ――これだ。
 俺が探していたのは、多分、これだ。

 いや、何らかの助けが無いと行動に移せない俺のふがいなさが無くなるのが最善手なのだろうが――でも、エルシャに、俺の気持ちを伝えるには、きっとこれが一番だ。

「あの、すみません」
「……? なに、改まって。今までため口だったから、そういう客かと思ってたのに」
「いや、まぁ、あれはその場の流れというか……とにかく。この赤薔薇、一本ください」


 
 ***



「ただいま」
「お帰りなさい、先輩」

 ドアの開く音と共に、ソレイユの声が聞こえる。エルシャは笑顔で、彼の帰りを迎え入れた。ギルドの制服は脱いでいる。今日は、着替えを持って行ったらしい。

「わりぃ、遅くなったわ」
「いえいえ。遅くなった、と言っても、十分程度ですし」
「マジ? もっと遅れたと思ってたんだけどな……ちょっと寄り道しちまって」

 晩御飯、もうできていますよ、と、彼をいざなう。
 
 今日はこの後、甘いものを渡すのだから、少しだけその方面は控えめな内容にしてみた。ただし苦いものは苦手なのを知っているので、それは無しの方向で。
 ソレイユはいつもと同じように、美味しいと食べてくれるけど、今日は少し緊張している様に見えた。この反応だけは、何年経っても変わらない。実際緊張しているのだ、と、以前言っていた。毎年この時期になると緊張するのは男の(さが)だと。

「はい、先輩。どうぞ、今年分の感謝の気持ちです」

 隠しておいたチョコレートを渡す。箱を包んだ赤と黒のラッピングは、少し派手過ぎやしないかと不安だったのだが、友人から「だいじょぶだいじょぶ! ちょっとくらい派手な方が伝わるって!」と言われ、結局これにしてしまったのだ。

「ありがとう。あー、その、なんだ。悪いな、毎年」
「いえ、こちらこそ。毎年私の我儘に付き合ってもらってすみません」
「謝るのはこっちの方だよ。俺なんかにくれる事を、ずっと感謝してる……その、開けてもいいか?」
「はい、勿論」

 ラッピングを外すソレイユの姿を、エルシャはにこにこと笑みを浮かべながら見守る。その内心は激しく動揺していた。今年のは、少しだけ恥ずかしいのだ。凝り過ぎたというか。

「……っ!」

 ソレイユが大きく目を見開く。
 
 箱の中に入れていたのは、サイズ的には片手を広げたくらいのサイズのチョコレートだ。だが、その外見は極めて精巧――薔薇だ。チョコレートで作った、薔薇の花。赤い色のチョコレートを作るために、色々な材料を買い集めて、試した。ローズエッセンスも使ってみている。

 赤い薔薇を表現したつもりなのだ。
 赤薔薇。花言葉は、「貴方を愛している」。いつまでも、いつまでも、ずっとソレイユを想っている、自分の心を表した。

「その……どう、でしょうか。私の気持ちを、込めたつもりだったのですけども」
「あ、ああ……嬉しいよ、ありがとう。うおー、もうパテシエとかショコラティエに成れるレベルなんじゃねぇのかこれ」

 一般女性が作れるものってレベルじゃねーぞ、などとぶつぶつ呟きながら、「食べるのがもったいないなぁ」とソレイユは笑う。

 ――直後に、真面目な表情に変わった。

「……?」
「……あー、その、なんだ。こうやって受け取ったんだから、俺も覚悟決めねぇとな、って改めて思ってただけだよ」

 不思議そうな表情の自分を見て、ソレイユは苦笑い。立ち上がると、鞄を空ける。

 大切に保護された、長いケース。開けば、中から出てきたのは薔薇だ。エルシャが作ったチョコレートと同じ、赤の。

「俺の故郷でも、今日は女性から男性に贈り物をすることが多いんだけどさ。場所によっちゃ、男のほうがやるときもあるんだ。だから、まぁ、そのつもりで買った。テーマがエルシャと被るとは、思わなかったけどな」

 「君を愛している」、と、ソレイユは言って。

 それから、エルシャの手に薔薇を握らせると、すぐにジャケットの内ポケットに手を入れて。

 
 そこから、小さなケースを取り出した。
 手渡されたそれを、開く。

 入っていたのは、銀色の指輪だった。中心に、深紅(ガーネットレッド)の線が入っている。

「これ、は……」
「薔薇を買ったのは今日だけどさ、それは大分前から用意してた。中々、渡す勇気が無くてな……でも、言うよ」

 こんな形で手渡される指輪の意味を、流石のエルシャでも知らないわけがない。
 だから、次に告げられる言葉の内容も、予想がついていた。

「――エルシャ。俺と、結婚してほしい」
「はい、私の先輩」

 言葉は、反射的に口から出た。体も、同じように動いた。薔薇の花と、指輪の入ったケースを手に持ったまま、薔薇の棘を刺さないように。ケースを落とさないように。そっと、でも激しく。

 エルシャは、ソレイユを引き寄せると、その唇を自分の唇で塞いだ。



 
 ***




 赤い薔薇の花ことばは、「あなたを愛している」。
 純粋で、純朴で、何よりもわかり易い、愛情の言葉。

 
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