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アルバイトで自分自身に遭遇した大学生

作者:南 秀憲
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アルバイトで自分自身に遭遇した大学生

 僕は、関西私立大学の四天王の一つと言われているK大学三回生だ。
 文学部英米学科に籍を置いており、劇作家のウィリアム・シェークスピア(千五百六十四年~千六百十六年)を研究している。シェークスピアは、知られているだけで三十五篇の戯曲を書いた。他にも、百五十四篇のソネットを書き、時々、自分の戯曲に端役を演じた。特に、【亡霊】を演じた「ハムレット」に心酔している。
 専門は別にして、一般教養の科目のほとんどは優の成績で履修済みだ。
 そのため、週二日大学に行けば良く、就活には未だ早過ぎるのでアルバイトに励むには絶好の期間であった。昨今はアルバイト募集の数も少なく、無料の情報誌を数多く読み漁り、PCでも色々検索してみたが、なかなかこれだと言えるようなアルバイト先は見付からなかった。
 だが、何気なく新聞に掲載している就職欄で、完全歩合給制度の営業職に多いフルコミションの正社員募集を見つけて、早速、TELで担当者に面接日と場所を確認した。
 住まいは、大阪府吹田市の千里ニュータウンであったが、面接場所の本町には、車で行くと空いていれば四十~五十分の距離だ。だが、最近は路上駐車しようとすれば――みなし公務員である駐車監視員のおじさん達の餌食となる。わざわざ、格好の餌になるなんて御免こうむりたい。
 頼みもしないのにレッカーで移動され、レッカーでの移動代金、高い駐車場料金、違法駐車代金,減点、おまわりさんへ、ペコペコと謝罪する屈辱が待っているだけだ。また例え駐車場に駐車しても、高い料金を払わねばならない。
 これらを考慮すれば、電車を利用すべきであると判断した。加えて、面接時間に遅れては印象を悪くすると思い、電車に乗り面接会場に一番早く入ったのだ。
 いかにも怖そうなデカイガタイの面接者に自分の身分を告げると、一年契約だからと言われて許可をいただき、並べられたみすぼらしいパイプ椅子にポツンと長い間、一人で座っていた。
 面接時間が迫ると、僕以外に九名がバラバラに入ってきたが、三十~六十歳位のほとんどオジサンばかりだった。同年代は、誰もいなかった。
 やっと、面接時間を二十分程過ぎてから、面接者は皆の履歴書(後で聞けば、書いている内容はほとんど嘘)を集めて眺めていたが、皆の顔をギョロリと一瞥してから、仕事を簡単に説明しだした。有名メーカーが製作した約二十五万円のCD蓄音器という、いかにも古臭い名前の商品を売る仕事らしい。上司の言う通り仕事をすれば、月平均五十~八十万円の手取りになる。とても楽な仕事で、本人にやる気があれば月に二百万円以上稼げる仕事だ、と説明した。しかも、淡々と……。この収入すらも、後で先輩に聞けば真っ赤な嘘で、先輩がつけた彼のあだ名は【ほら吹き】だった。何にでも、大きな風呂敷を広げて、鼻を広げられるほど広げて、悦にいっていたのだ。でも、皆は、「馬鹿と鋏は使いよう」と言って、彼を軽蔑していたのだ。
 早速、南森町の大阪営業所に行く、と彼は言った。彼の車に乗るよう指示されたので行ってみると、僕を含め四名だけだった。
 他の人達は、いつの間にか【フケ】ていた。

 僕を含めた四人は、馬鹿デカイくいかにも趣味が悪い、淡い色のグリーンのべンツの後部座席に、ギュウギュウに身を詰められ乗せられた。常にホーンを鳴らしハンドルを切りまくり、人が近くにいようが平気で、スピードを落とすことなく乱暴極まる運転で大阪営業所に無事着いたのが不思議なくらいであった。可哀そうに、二人は青い顔をして道端で苦しそうにゲロゲロ……と吐いていた。

 面接者は大阪営業所の所長であり、着ている背広は淡い色のグリーンだ。
 車の色に合しているのか、背広に車を合わせているのか? 後になって聞いたのだが、誰も知らないらしい。
 大阪営業所は、大阪府大阪市北区にある真新しいビルの五階にあった。
 我々の上司となる人物は、坊主頭で態度が非常にデカイ。しかし、やや神経質そうな面立ちをしている三十歳位の男で、我々の課長だ。彼の本職は、お寺の住職だそうだ。
 その課長に引き渡されて、その日から四日間オリエンテーションなる講義と受けた。その後、朝から晩まで、我々は壁に向かって接客マニュアルを大声出しての棒読みと、ロールプレイイングに終始した。
 簡単に仕事の内容を説明すると、課長以下の人が、様々な企業の営業部長または、小さな個人事務所では直接社長に会う。その場でCD蓄音器のデモンストレーションのアポをとる。数名~数十人の前で、課長がCD蓄音器の素晴らしさについて、実際にCDを使って説明する。アポを取り付けた我々がローン申込書を配布する。契約一人の時はアポを取った人の成績である。二人契約の時は、一人ずつの成績となる。三人契約の時は二つの契約が、アポを取った人の成績となる。つまり、早く課長になって自分でアポを取りプレイをすれば、契約は全て自分の収入となる。フルコミのため基本給はなしで、契約一つにつき五万円の報酬になる。だが、実際に古くからいる人に聞くと、三つ契約を取るのが精一杯らしい。

 翌日から、僕は、地下鉄御堂筋線沿い≪ちかてつみどうすじせんぞい≫にしらみつぶしに――カッコよく言えば、ローラー作戦を行い――様々な企業を訪問して一日に四~六つのアポを獲得したのだ。一日当たりの報酬は二十万円をキープできたので、月給は三百万円を軽く超えた。
 当然、大阪営業所どころか全国総代理店で常に一~三位の成績であった。若干二十一歳のアルバイトではあったが、入社後わずか二カ月で課長となって、十三名を部下に持った。
 僕は、毎日――どうしても、出席しなければならない授業のある日は休んだ――車で待機し、部下のアポでプレイをした。
 その結果、月給はさらにアップして、ゆうに四百万円を超えた。
 月末になると、前月分の給料を現金でいただき、封筒に入った万札の束は、横にすると見事に立った。
 僕に、なぜそんなにアポがとれたのだろうか? なぁーに簡単なことだ。「世間知らず」がキーワードだ。どんなに大きな企業であっても、また、話す相手がどんな肩書を持つエライ方であろうと、皆、僕と同じ人間ではないか?
 世間知らずの僕は、小さな会社が多くあるマンションで、黒地に金色でS組と表札を掲げている部屋をノックすると、ドスのきいた野太い声で、「誰やー」と問われた。身分を告げると、眼つきが極端に悪くて、若いのに上から目線をした僕と同じような年齢の人が、ドアーを乱暴に開けた。大きくて立派な机の上に、皮靴のまま足を乗せている人に挨拶をして営業すると、
「聞かせてみー」
 と、言われた。プレイを終わるや否や、
「気に入った、商品が届くまで、その電蓄を置いていけ!」
 と、駄々をこねられたので、先方の言う通り営業用電蓄を置いて帰ることにした。営業所に帰ると、そんなヤーサンに引っかかったのはバカ者だ、と所長からクドクドと長い間、説教された。営業所にある電蓄を自前で買わされ、これでその後の営業活動をする羽目になった。
 ところが、その後、
「お前が気に入った!」
 と告げられ、彼より多くの紹介をいただいた。車関係がほとんどだった。紹介先の町工場の社長にお会いした。すると、挨拶だけすれば、何もしないのに申込用紙にハンコの押印を含め、必要項目に黙って記入して下さった。そのような契約は二十九件にもなった。その都度、お礼のTELをさせていただいた。
「ああー、契約できただろう!」
 とだけの素気ない返事だった。だが、人を見かけで判断してはならない、という貴重な教訓を僕は得た。

 僕は、朝の八時半に大阪営業所に出勤する。
 最初に、部下の一日の行動計画を確認し、九時にはそれぞれアポをとるため企業回りをさせて夜九時頃までプレイをした。
 ところが、四か月を過ぎたある日から、突然奇妙なできごとに遭いだしたのだ。
 部下のアポでプレイをしだすと、なぜか必ず、アポ担――企業側のアポを引き受けてくれた部長、社長――が言った。
「その説明は、四年前位に君から聞いたよ」
 僕は、まだこの仕事をして四ヶ月なのに……。
 どの企業に行っても、同じようなことを聞き始めた。当然、契約数は激減し、報酬もそれに比例して同じく激減しだしたのは言うまでもない。
 さらに悪いことに、部下のアポ数も減りだしたのだ。従って、僕自らアポを取らざるを得ない状況になってきたので、勤め始めのように、一日中、企業回りをせざるを得ない羽目に陥った。
 ところが、今度は、行く先々で、言われだした。
「二年前にも、君は来たじゃないか!」
 この世の中には、三人自分とそっくりな人がいる。そういう昔からの伝説が、何となく良くありそうな都市伝説に思える。多分その類だろうと、最初は軽く考えていたのだ。
 大阪営業所は二年ほど前にできたらしいので、そのころからいる人達に、僕に似た人がいませんでしたか、と尋ねても、皆、首を横に振って否定した。
 そのことが原因かどうかは判然とはしないが、今度はアポすら取れなくなり、課長の座から平に降格された。それでも、地下鉄御堂筋線の梅田から南に向かって企業という企業を、隈なく尋ね、アポを取ろうと朝から晩まで必死に営業をした。
 すでに、三ヶ月ほど前に訪問した企業も、再度アポとりに挑戦したのだ。今度は、どこの企業でも、
「君が、去年きた時にはっきり断ったのに!」
 と、けんもほろろに馬鹿にされた。僕を無視してさっさと自分の席に戻り、僕を軽蔑で蔑む目でちらっと見て、自分の仕事に取り組むようなできごとが、二日も続いた。
 三日目には、入社して間もない頃に、数多くアポをとれた新大阪付近の企業に行ってみると、怒気と嘲笑を含んだ罵声を、思いっきり浴びせられた。
「つい三十分ぐらい前にきたので、はっきりと断ったじゃないか! 君は、何をしにきたのかね!」
 他の企業を回るうち、段々とその時間の間隔は短くなった。そして、とうとう目の前を行く自分らしき人物の一メートルほど後ろに、僕は追い付いた。
 女性なら、合わせ鏡で後ろ姿を見たことがあるだろうが、残念ながら、僕は、自分の後ろ姿を見たことはない。僕に似た人が目の前に居るのだろう! と、しか思えない。
 しかし、後ろにいると、前の人(自分?)の服装もしゃべり方も、全く僕と同じだ。
 前の人がアポを断られ、突然、後ろを向き僕と鉢合わせしたが、その人は僕ソノモノである。まるで誰もいないかのように、僕の体をすり抜けていく。
 振り返った僕は――その人も足がボンヤリとして、この世に実在していないことを確認して、ホット、溜息がもれた。面接の時に、本当は電車に乗らずに、愛車でのんびりと余裕を持って、早めに家をでた。それは四十年も前のことだった。大阪の御堂筋で制限速度を守り、面接会場の目と鼻の先で、赤信号に引っ掛かり止む無く急停車した。ところが、後ろからきたダンプカーにオカマされ、その弾みで交差点に入り、右横からきた五台の車に衝突された。愛車はペチャンコになり、当然ながら、運転していた僕は、即死であった。それを、死の瞬間の苦痛とともに思い出した。
 しかし、この世の中には自分に似た人が三人いるという言い伝えは、本当だと感心した。

 今、僕が手にして、レコードプレイヤーで聞きたい四十年前の曲は、(結婚しようよ)、(この広い野原いっぱい)、(瀬戸の花嫁)、(女のみち)、(旅の宿)、(どうにもとまらない)、(喝采)、(さそり座の女)……など、たくさんある。
 が、なにぶん、「おあし」がないので買うことはできないし、灼熱地獄の中で苦しんでいる僕には許されないことだろう……。

 ――完――

 
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