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提督はただ一度唱和する

作者:HIRANOKOROTAN
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厄介は一度に

 深海棲艦についてわかっていることは少ないが、理解しようという試みが疎かにされているわけではない。
 だが、オカルトの領域にあるものを解析するために必要なのは、科学的な考察ではなく、経験の蓄積に他ならない。
 経験上、彼女らは人間や艦娘を見れば襲いかかってくるものであり、海に出れば、探すまでもなく向こうから現れるものであった。
 艦隊として連携することはあれど、軍としては纏まりを欠くことがほとんどだ。
 故に、深海棲艦と戦うことしか知らない海軍指導部とひよこ共は、今回の作戦の失敗を、自分たちの未熟と練度不足に求め、技術的な部分には目を向けなかった。
 戦場に直接出るわけでもなく、深海棲艦個々の習性を見極めることが戦術と勘違いした彼らにとって、彼女らを効率的に撃破出来る火力を用意することこそが、最大の命題だった。
 何よりも、「帰れば、また来られる」と、信じて疑ってすらいなかったのだ。
 雪のちらつき始めた北海道で、不幸にも匪賊討伐に駆け回っていた新城は、軍の広報を読んでただ呆れてよいものか悩んでいた。
 陽動のために敵を集めるのは、基本だ。
 だが、集まったことを確認してから集結するのはどうなのだろう。
 迎撃して欲しいのはわかるし、事実そのように推移したのだから陸亀ごときが口を出すことでもないのかも知れないが、再編の時間を与えたのなら再度偵察はやり直すべきだろう。
 しかし、どうも最初から全力で出撃したらしい。
 拳で割れるのはガラスだからであって、陸だろうが海だろうが、準備をした防衛線というものはベトンを積み重ねて出来ている。
 しかも、偵察も対潜哨戒もまともに出来ない編成であるらしい。
 陸上でさえ隠れ潜む人間を見つけるのには苦労するのだ。それが海であれば並大抵の努力ではないだろうと思っていただけに、自分の常識を疑う羽目になった。
 それでも限られた戦力で敵哨戒網への接触を繰り返し、作戦目的を果たそうとする姿勢には、涙ぐましいものを感じたのだ。
 それが突然の作戦破棄と撤退、連合艦隊解散の報である。
 新城はしばらく自失し、しかるのちに罵倒し、匪賊討伐を中止し、部隊を集結させ、駐屯していた村民を伴って最寄りの港へ避難誘導した。
 作戦破棄の理由は、資材枯渇と艦娘の著しい疲弊とあった。
 北海道の海を管轄する大湊警備府が、戦闘力を喪失したのである。
 誘引した敵戦力を散々刺激しておいて、増援を呼ぶのではなく、まさかの全面撤退だ。
 北海道が地獄に変わるまで、そう時間が必要とは思えない。港に駐在していた艦娘を捕まえて、半ば脅しつけるように各方面へ連絡。独断で全ての漁船を徴発し、周辺に部下を放って住民へ避難勧告とともに、拉致同然の方法で集結させ、とにかく南へ。
 艦娘は漁船の護衛にまわし、誰も居なくなった港町を、新城は焼いた。
 そのままにしても、どうせ深海棲艦の腹に収まるだけだ。
 躊躇いなど欠片もなかった。
 逃げ出した住民の安全は確保した。しかし、北海道司令部は混乱の極みにあり、深海棲艦の上陸を可能ならば阻止し、不可能ならば遅滞戦闘を試みつつ、合流せよといってきた。
 冗談ではない。
 匪賊討伐のために出てきたのだ。彼女らに有効な兵器は己の肉体と、捜索補助で連れてきた三匹の猫のみである。
 猫、と呼んでいるが実際は虎の類だ。しかも、絶滅したサーベルタイガーに酷似した外見。性質は犬に近く、敵に対しては獰猛。味方には慈愛に溢れた種族である。
 彼らは軍が認めた、深海棲艦と戦う為の装備である。
 深海棲艦というのは、とにかく投射武器というものが効きにくい。有効な順に、投石、弓矢、弩、前装式、後装式、その他である。
 後装式になると、もはや深海棲艦を殺す役には立たない。が、戦争初期において警察の所持するニューナンブとショットガンが、一定の戦果を上げている。
 投石や弓矢は人間と同様に有効だが、訓練に時間がかかる。そこで対深海棲艦装備として採用されたのが前装式小銃な訳だが、これも頼もしいとはとてもいえない。工夫が必要だった。
 具体的には、不可避である砲を抱えた不思議生命体との殴り合いをどうするかだ。
 その回答例の一つが動物の利用であり、剣牙虎なのだが、実をいって彼らは実験室で再現された人工生物では無い。深海棲艦の出現で地球の生態系は激変したが、その激変した一部が彼らである。
 説明出来る人間が一人もいないので事実だけ述べると、海でアノマロカリスが釣れたり、ヨコッシーが重要な観光資源になるような現象のことだ。彼らと人類との接触は艦娘よりもよほど穏便に進んだが、中でも剣牙虎は特に友好的な出会いであった。
 深海棲艦によって文明を破壊され、山間部に逃げ込んだ一部の人類が、彼らに保護される形で共生し、友情を育んだのだ。新城もその一人であり、幼少期に一匹の猫の世話になった。個人的飼い猫でもある千早は、彼女の娘である。
 彼らを戦争に巻き込むことについて意見がないでもなかったが、文句どころか概ね好評であるらしく、実に頼もしい戦力として犬よりも活躍している。
 しかし、このような貧乏籤とも呼べない状況は彼女も本意ではないだろう。新城とてそうだ。
 とにかく、陸上におびき寄せるしかない。新城はそう結論した。食糧はともかく、資材の補給は出来ないはずだ。であれば、脅威の度合いは猫よりも劣る。
 幸いといっていいのか、軍の演習場がある。装備の入手は可能だろう。上手く行けば、味方との合流も。
 もっと詳細な地図はないかと、新城が机をひっくり返し始めたとき、控えめなノックの音が聞こえた。
 新城は取りあえず姿勢を正すと、返事をする。
「どうぞ」
「失礼します、中尉殿。あの、駐在官殿が帰還の報告にいらっしゃったのですが・・・・・・」
 新城は首を傾げ、傍らで千早が欠伸した。
  
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