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提督はBarにいる・外伝

作者:ごません
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加賀の恐怖体験・1

 
前書き
 ここからはまた普通の小説の書き方に戻ります。タイトル通り、加賀さんが怖い目に遭います。ホラーとかが苦手な方はご注意を…… 

 
「う~……ん、こ、ここは?」

 加賀の気絶によってお開きとなった怪談話大会。その加賀は夜中にふと目を覚ました。気絶して他の空母達よりも早く寝入ったせいか、目が冴えてしまったらしい。しかし、明日は早くから他の鎮守府との合同訓練が入っている。早く寝なくては……と思えば思うほど、寝付けない。

『……あれ?そういえば提督は?』

 そこに思い至ってハッと気付いた。気絶する前ガッチリとしがみついていた提督の姿が側にない。キョロキョロと辺りを見回すと、近くの布団に潜り込んでいるのを確認する。ホッとしたのも束の間、提督が音を立てないようにもぞりと起き上がった。そして他の空母達がよく寝ているのを確認すると、音を立てないようにそっと部屋を出ていった。

『トイレかしら。でも、トイレに行くだけであんなに音を立てないように警戒する?』

 何とも言えない漠然とした不安感……加賀の胸に去来したのはそれだった。愛する男を疑う訳ではないが、赤城も感じていた僅かなしこりのような違和感を加賀もまた感じていた。

『……尾けてみよう』

 即決だった。思い立ったら加賀の行動は早い。他の空母達を起こさぬよう、そして提督に見つからぬように、音を立てずに加賀は尾行を開始した。それが一晩の悪夢の始まりになるとは知らずに。



『やっぱりトイレじゃない……となると、何処へ向かっているの?』

 空母寮の共同トイレとは逆方向に進む提督。かといって見廻りとも思えない。巡回は警備班に任せてから提督はノータッチだからだ。

『このまま進むと玄関ね……寝付けないから夜の散歩?』

 進行方向にある物から、提督の動きを推察する加賀。しかしそれにしては周囲への警戒が強すぎる。まるで見られては行けない場所へでも向かうようだ。まさか浮気?とも考えたが、その考えはすぐに捨て去った。そもそも80人以上も嫁を抱えていてそれでも足りないと言うならば、最早病気を疑うレベルだ。それに、浮気を考える位ならそんな事を考られないようににもっと搾り取ってやる、と緊迫感からかけ離れたアホな事を考える加賀。提督との夜の生活が絡むと、幽霊の事よりもポンコツになってしまう肉食系空母である。そんな肉食獣の気配を感じ取ったか、加賀の隠れている物陰に目を向ける提督。咄嗟に隠れたのが功を奏したか、提督は加賀に気付かず首を傾げただけでまた歩みを進め始めた。そして加賀の予測した通り、玄関ホールにやって来た提督……しかし、外へ出る様子は無く、しきりに腕時計で時間を確認していた。

『誰かを待っている……?でも一体誰を?』

 その疑問の答えは、すぐにやってきた。玄関ホールに2つの人影が見えたからだ。

「遅れたかのぅ?」

「遅いぞ、10分の遅刻だ」

 一人は白衣を着て、広島弁らしき方言で喋る男。加賀はすぐに、その正体に思い至った。

『あれは確か……提督の同期の荒木提督?しかしあの人はラバウルの技研にいるはず。何故ブルネイに?』

 提督の同期であり、ラバウル技研の研究員でもある荒木。秘書艦の大和も伴わず、こんな所でコソコソと何をしているのか。もう一人の人影は旧日本陸軍の制服によく似た服装の男。

『あれは……憲兵!?まさかグラウンドに立つ日本兵の霊って』

 思わぬ形で七不思議の1つの正体に遭遇した加賀。噂になるほど目撃されている、という事はこの憲兵は頻繁にこの鎮守府を訪れているという事になる。

「お待たせしてスミマセン。では向かいましょう」

 合流した3人は踵を返し、提督が元来た道を戻ってきた。つまり、加賀の隠れている方に向かってきた。

『こっちに来る……!』

 見つかるリスクを犯しつつ、隠れている場所を変える加賀。その際、僅かにだが物音を立ててしまう。

「…………?」

「ん、どうしたんじゃ?」

 物音がした方向を凝視する憲兵。加賀の心臓はバクバクと早鐘を打ち、その音が漏れてバレるのでは?と不安になるほどだった。

「……いえ、物音がしたような気がしまして」

 どうやらやり過ごせたらしい。

「見つかるといえば、お前も気を付けろよ?ウチの駆逐艦の連中に噂になってるらしいぞ?『グラウンドに日本兵の霊が出る』って」

「ははは、それはいけませんな」

「笑い事じゃねぇぞ」

 そんな会話を交わす提督と憲兵。憲兵はさほど深刻に思っていないようだが、提督の表情を見る限りかなり苛立っている。

『ふぅ、危なかったわ。危うく見つかる所……って、何で私は提督に見つかるのを恐れているのかしら?』

 普段の提督ならば、尾行がバレた所で軽く怒られて終わり程度なのだろうが、今目の前で提督が放つ怪しい雰囲気と緊張感が、『見つかったらヤバい』と本能的に加賀に思わせていた。

『それにしても……荒木提督はともかく、憲兵に親しい間柄の人なんていたかしら?』

 一応霧島の旦那である橘君がいるが、彼は年下であり階級も下の人間だ。あそこまで気安い会話が出来る間柄ではない。

『まぁ……それもこれも尾けてみれば解る事ね。今後もバレないようにいきましょう』

 この時点で、加賀には尾行を止めるという選択肢は無くなったようだ。




「………………」

「………………」

「………………」

 3人は灯りも点けず、薄暗い鎮守府の中を進んでいく。終始、無言。重苦しい空気が辺りを包む。

『3人共会話すらしない……何が目的なの?』

 加賀が次第に焦れてきた頃、ようやく3人は目的地に辿り着いたのか、歩みを止めた。提督が懐から鍵を取り出し、ガチャリと音を立ててその鍵を開けた。

「……誰もおらんじゃろうな?周りには」

「大丈夫です」

 この念の入れ様。明らかに他者に見られると不味い代物を隠しているのは明白だ。


『あそこって……書斎よね?やっぱりここには何かがあるの?』

 そう、あの呻き声が聞こえると噂が立っていた件の書斎である。

『……気になる……………』

 覗くだけ、ちょっとだけ覗くだけ。そう自分に言い聞かせて加賀はドアを僅かに開けて、中を覗き込んだ。

『……!3人が立ってるのって、あの一番奥の……』

 そう、呻き声が最も強く聞こえる一番奥の書棚の前に3人は立っていた。そこで提督が何らかの操作をしており、暫くするとカチリ、と何かが填まるような音がして、続いてズズズズズ……と重い物を引き摺るような音が響いて書棚が観音開きにズレる。

『棚が動いた……!?あんな仕掛け、聞いた事が…』

 一瞬で模様替えできる執務室等、秘密基地的なギミック満載のこの鎮守府だが、新しいギミックが追加されたりすれば所属艦全員に周知される。有事の際の緊急避難に使われたり、誤作動させて怪我をしない為にだが、書棚が動くなんて話は聞いた事が無い。

「……先導はお願いしますよ?まだ内部の構造に不慣れな物で」

「あぁ、任せろ」

 憲兵が申し訳なさそうに言った一言に、軽く返す提督。

『内部?構造?あの書棚の奥に何があるというの?』

 その時脳裏を過ったのは、瑞鶴が話していた噂話。

“大型の鎮守府の地下には、出来損ないの艦娘を極秘に処理する施設があってーー……”

 まさか、と頭を振ってその想像を否定しようとする加賀。しかし目の前の現実が、その噂の証明をしているような気がする。

“もし見てしまったらーー……消される、でしょうね”

 更に赤城達との会話が頭を過る。進むべきか、退くべきか。決断の早い加賀には珍しく、書斎のドアの前で右往左往する。やがて決心したように、加賀は書斎のドアのノブに手を掛けた。ここまで見てしまったら、もう気になって戻る気にはなれない。それに毒を喰らわば皿まで、という諺もある。

『それに……少し覗いて戻れば、大丈夫…………よね?』

 加賀の心の中にあったのは、普段の心優しい提督の姿。少しからかったり悪さをした所で、苦笑いを浮かべつつ注意で済ませてしまうあの優しい提督ならば、尾行がバレたとしても許してくれるハズ。そう考えたのだ。

 書斎の真鍮で出来たドアノブに手を掛ける。瑞鶴の話を今一度思い出してしまったせいか、それとも深夜独特の空気に飲まれたか、それだけで重苦しい雰囲気に陥る加賀。しかし今の加賀は恐怖よりも好奇心と真相を確かめなくては、という謎の使命感に苛まれて昂っていた。意を決したように大きく深呼吸して、力を込めて手首を捻る。

ガチャ……キイイィィィーー……




 普段なら気にもしないようなドアの軋みが、今日はやけに耳に響く。少しカビ臭いような書斎の空気に混じって、開け放たれた書棚の奥から、何とも言えない臭いが漂ってくる。消毒液と、血のような鉄錆びの臭い……そして僅かに、肉の腐ったような臭い。まるで病院か、生物実験でも行っているかのような、異臭。それが書棚の方から漏れ出ていた。急いで……しかし極力音を立てずに部屋の奥へと進む加賀。観音開きになった書棚の奥には、重厚な色の樫の扉が鎮座していた。

 ゴクリ……と生唾を飲み込む音が嫌に響く。そこ秘密を覆い隠しているような重厚な扉を前に、決意が揺らぐ。さっきの毒を喰らわば皿まで、という気概は何処へ行ったのか。再び不退転の決意をして、扉のドアノブに手を掛ける。

『重い……』

 率直な感想だった。どうやら緊張から錯覚した訳ではなく、実際に分厚く重く作られていたようだ。金属の扉をサンドするように、樫の扉が貼り付けてあるらしい。まるで何かを封印するかのように。その重さを示すように、重厚な音と共に、扉が開く。

「やっぱり……あの噂は、事実だったというの?」

 扉が開いた先で加賀が目にした物。それは、瑞鶴の語っていた都市伝説同様、暗黒の世界に通じるようにぽっかりと口を開けた地下へと延びる階段だった。


 
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