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俺の四畳半が最近安らげない件

作者:たにゃお
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死神の密度

わざとらしい程に物々しい蝋燭がライトアップされた四畳半程の天幕の中で、俺とその客は向かい合っていた。

俺が営む「占いの館」は、オフィス街の片隅にあるシェア店舗の一角を借りてビロウドの天幕で軽く覆った簡易な『館』だ。俺自身、別に人気の占い師ではないが、週末の夜になると酒の肴にちょっと立ち寄る酔客などがまあまあの頻度で天幕をめくる。そいつもそんな客の一人だと、さっきまではそう思っていた。
俺はその客の姿かたちから故意に視線を反らし、この客に伝えるべきことをまとめる。…まとめなければ、ならないんだが。
「あー…そうですねぇ…非常にこう、どう説明していいのか分からないんですが…」
云いながら、滝のような汗が背中を滑り落ちるのが分かる。なぜなら。


客の肩口辺りに、鎌みたいなのがちらっちら見えているのだ。


うぅむ…これ絶対『アレ』だよな…黒いフードみたいなのも被っているし…俺はあえてフォーカスをぼかすようにしてさりげなく『顔』のありそうな辺りを確認する…う、うわぁ…!!
落ち窪んだ眼窩…いやこれ落ち窪んだレベルじゃねぇよ、ほぼ骨っていうか…いや骸骨だよコレ!!
視線?が合いそうになり、俺は咄嗟に手元に目を落とす。もう隠しようがないくらいに頬を、額を滝のような汗が流れた。
「ど、どうしました?」
前に座っている男が、心配そうに俺を覗き込んで来た。
「いや…なんか今日暑いですね…」
「12月並みの気温って云ってましたよ。それに震えてません?」
「あれぇ…ははは…」


こういう稼業の俺だ。見えてはいけないものが見えてしまうこともある。俺に限らず、仲間の占い師にはそういう輩が結構いる。だからこそ、堅気の仕事には就きにくい、そういう一面もある。
ちなみに『視える』と喧伝しているやつは、大抵偽物だ。本当に視える奴は、幼い頃からその厄介な体質に悩まされているのでわざわざ周りに喧伝しない。…視えていることがばれると『奴ら』は寄ってくるからだ。その上他の連中には見えないので、ただ苛まれるだけで誰も助けてはくれない。
ただ占い師という稼業においてはそれは有利に働く。
占い師は様々な情報をトータルで解釈して『助言』を紡ぎ出す。俺達はその情報が人より多いのだ。だから俺達は『視えた』ものを客にも、霊にもそれとは匂わせずにさりげなく、時には少し間違いを混ぜて客に伝える。的中率は視えない連中よりも確実に高い筈…なのだが、人気は大して変わらない。つまり占いの的中率は人気とは関係ないのだ。
俺はこの稼業について、何か重大な勘違いをしているような気がする。
「うん…ちょっとまだよく分からないからその…あれだ、タロットやりましょう…」
いつもならここで『視えた』ことを交えて少し話したりするのだが、間違っても『後ろに死神っぽいのいますよ』とか仄めかすわけにはいかん。もうタロットカードで適当な結果出してそれっぽい予言風にしてお茶を濁して帰ってもらおう。
「じゃ、ゆっくり目を閉じて、集中してもらいます。…はい、カード引いて、場に置いて下さい」
場に伏せられたカードを徐に開いていく。まあまあのカードが場に現れていく。タロットの結果は悪くなさそうだ。俺は小さく息をついて『最終判断』、つまり結論にあたるカードをそっと開く。


「…あれぇ?死神ですかぁ?」


―――なに引いてくれてんだてめぇえええ!!!
という魂の叫びをぐっと呑み込み、そっと一筋の冷や汗を垂らす。だってもう、後ろの『あいつ』がガン見だもん。ありゃー…みたいな顔して見てるもん。ていうかお前がそういう顔すんな。お前のせいなんだぞコレ。
「死神とか…これ結構やばいんじゃないですか?」
「えっえっその…いやいやいや…死神のカードには終わりと始まりという意味もあってですね…その…不吉そうには見える…んだけど、そう悪い意味ばっかりじゃないんですよ、はははは…」
今日この状況においてはガチで不吉な意味しかないんだが、俺には云えない…『あんた死ぬわよ』とは…!!
そういや昔ネットでこんな都市伝説を見かけた。
女子高生が占いの館で運勢を鑑てもらっていたら、やおら占い師が震えだし、有り金を全部、その女子高生に握らせ
「このお金を今日中に全部使い切りなさい、明日に持ち越してはいけませんよ!!」
と言い捨てて館を追い出された。女子高生は『ラッキー♪』とばかりに大金を使い切るが、その翌日……。女子高生の死は、強く運命付けられていて占い師にはどうにもできなかったのだ…。


―――その占い師同様の立ち位置に、俺はまさに今立たされているわけだが。


なんだこの立ち位置。思ってたより辛いぞこれ。
この都市伝説は一般にかなり流布されている。だからここで俺が大金渡してこの男を追いだしたら『お、おれ死ぬの!?明日死ぬの!?』ってなるし、第一死神っぽいのが後ろにいるからって、こいつが死ぬ期限まで分かる訳じゃないのだ。…この都市伝説の占い師、命の期限まで特定するとか有能過ぎんだろ。
「あのー…どうしたんですか?黙りこくって」
男に声を掛けられ、思わず飛び上がった。
「あっ…あぁそう、ちょっと…判断しにくいねぇタロットではねぇ…よし、占い替えちゃいましょう。姓名判断にしよう!!」
「へー、何でも出来るんですね」
「ははは…じゃ、お名前を漢字で教えていただけますか?」
男は差し出した紙にさらさらと名前を書き入れた。
「はい、拝見しますよ、と。…えぇ…これは…」
「珍しいでしょ。『はら うねび』って読むんですよ!」


『原 畝』


「うっわ……」
最凶の画数と云われる20画!!しかも姓と名の画数が揃う『天地同角』!!どんな良い画数も凶に叩き込む最悪の配置だ!!大凶姓名グランドスラム達成!!!
こ、こいつの親、画数とか全っ然調べなかったのかよ…!!だったら適当に『武』とか『勤』とかにしておけば面倒はなかったのに、クッソややこしい名前つけやがって!!個性の時代かよ、厭な世の中になったもんだな!!
「どうですか?」
自信たっぷりに覗き込んでくる原畝。頭を抱える俺。鎌をちろちろ振りながら『うっわ…』みたいな顔をして覗き込む死神。なんでお前がドン引きしてんだよ。お前これ知ってて憑いてんじゃないのか。
「う…その…芸術的センスが優れた方ですね…」
だっくだくに流れ落ちるワキ汗をこらえ、俺は原畝を曖昧に褒めて再び俯いた。
「ただ…ただねぇ…その…ちょっ…と、色々難しい問題を抱えそうな…えっと…あの…」
「ん?なーんかさっきから、何かをぼかされているような…」
勘だけは鋭いな!!さすが20画(大凶数)だな!!
「え?え?そんなことないですよ!?」
「んー…なにかこう、核心の部分をぼかされて、誤魔化されてませんか僕?」
「ちがうちがうちがう、そ、そんなことは」
「目が泳いでるし、全然こっち見ないし」
「あー、あー、さっきから云ってるけどちょっと難しくてね…あの、じゃ手相見ましょうね手相!オーソドックスに!!」
そう云って強引に手を取り、ルーペ越しに原畝の掌を覗き込んでみる。
「―――うっわぁ」
生命線と運命線が、くっきりとした短い線で断ち切られている…妨害線、俗に『死相』と呼ばれる線が出てしまっている。
………もう、なんか逆に笑いがこみ上げて来た。
「……やっばいねぇ、これ」
「え?よくない相ですか?」
「生命線に妨害線、入っちゃってるもん。くっくっく…姓名も稀に見る凶数だし、タロットは死神の正位置出るし…俺もう何て伝えればいいのか分かんねぇよもう…しかもあんたの背後……あ」
なげやりな気分で全てぶっちゃけてしまった瞬間、原畝の顔が泣きそうに歪んだ。
「お、俺…死ぬの…?」
大量の冷や汗が、安い背広をびっしょり濡らした。お、俺は客相手になんてことを…!!
「えっ…いやいや違うんだよ、ちょっと結果は悪いけどほら、救いもないこともなくてね。…ほら、金星丘が綺麗だし、親指の仏眼もしっかり出てますねぇ!これさぞかし、ご先祖の加護が強いでしょ」
「ご先祖……」
原畝がふと顔を上げた。
「そういや、昨年死んだ爺さんと俺、すごい仲良しだったんだよねぇ」
「そ、それだ!その爺さんが守ってくれるって!!」
爺さんが体張って死神から守ってくれるって落とし処で適当にお茶を濁そう。そしてこの不吉な客には見料置いてさっさと帰ってもらおう。
「懐かしいなぁ…結構な大地主でさ、仕事でやってるわけじゃないんだけど、畑を一枚持ってて。でも週1回くらいしか手入れ出来ないから雑草が凄くて」
「そ、そうですか…その、いい思い出で……」
「でさ、雑草がどうしても許せなくて結局、物凄い大鎌を特注しちゃってさ」
―――ん?
「本当は肌が弱いから畑仕事とか向かないんだけど、体全体をすっぽり覆う黒いフードを着てまで畑の世話をしようとして」
―――待て、それは。
「夏でもその恰好だから、サウナ効果でガリッガリに痩せちゃって、パッと見骸骨みたいでしたよ」



「守護霊か――――い!!!」



黒いテーブルを思わずタロットカードごとひっくり返してしまった。
「え?え?占い師さん!?」
「只のジジイかよ紛らわしいんだよ!死神憑けて来たのかと思ったわ!!」
「えっ何云って…何が見えてるんですか!?」
「なんで大鎌を特注する!?なんで芝刈り機じゃないんだよ!!それはそれで厭なルックスになるが!!」
「いや俺も思ったけど…え?え?占い師さん、なんで泣いてんですか?」
「ビックリしたわぁ―――!!占いことごとく最悪だし!!後ろに死神みたいなの憑いてるし!!」
「え!?それ爺さ」「もうどうでもいいわぁ―――!!!見料要らんからもう出ていってくれぇ―――!!!」


……そんな感じで死神そっくりの爺さん憑けた原畝を、ガン切れ状態で追い出してから一月経つ。


原畝の会社はここの近所にあるらしく、あれ以来ちょくちょく見かける。原畝自体はどこにでもいるような特徴のない容姿なのだが、守護霊のインパクトが普通じゃないので街を歩いているとすぐ分かる。
最近気が付いたのだが、原は基本的に運が悪い。流石、大凶数の名を背負うだけある。よく犬に吠えられるし、何もない所で躓くし、厄介な奴に絡まれているのを見たこともある。
ただ、それが致命的なトラブルに至ることは絶対にない。
後ろに死神みたいな奴が常につきまとっているので、本物の死神が『…先客?』と戸惑うらしく、近寄ってこないのだ。

 
 

 
後書き
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