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フルメタル・アクションヒーローズ

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第153話 十九年前の死

 二〇一七年。アメリカの山岳地帯の中に、人里から離れた小さな研究所があった。

 救芽井研究所と呼ばれるその小さな施設では、後に世紀の新技術と発表される、最新型パワードスーツの開発が進められていたのである。

 その名は「着鎧甲冑(ちゃくがいかっちゅう)」。

 特定の物質を粒子状に分解し、自在に収納・展開する秘匿技術と共に運用される、バッテリー式強化服だ。
 スーツ内に搭載された人工筋肉による超人的運動能力を活かし、災害時等に人命救助を目的として活動することがコンセプトとなっている。
 これを粒子状に分解して「待機状態」としてコンパクトに保管し、有事の際にスーツ状に展開する腕輪型の収納装置「腕輪型着鎧装置(メイルド・アルムバント)」も、並行して開発が進行していた。

「よし……人工筋肉の稼動は正常だな。『腕輪型着鎧装置』の粒子化はどうだ?」
「そ、それが、まだ調整に時間が掛かりそうで……」
「焦っていては失敗の元だ。多少日数を掛けてでも、確実なものにするぞ」

 その開発主任として、この世間から隔絶された環境で指揮を執っていたのは、発案者でもある救芽井甲侍郎(きゅうめいこうじろう)博士であった。
 彼は十数人の助手や家族達と共に、この秘境で着鎧甲冑の研究開発を数年に渡り続行している。今まさに、プロトタイプとなる試作品「救済の先駆者(ヒルフェマン)」の開発が本格化してきたところなのだ。

 れっきとした日本人の家系でありながら、イギリス人と日本人の混血を先祖に持つがゆえに、外見上においてヨーロッパ系の遺伝子を代々色濃く受け継いでいる救芽井家(きゅうめいけ)
 彼らは古くからアメリカで、「知る人ぞ知る研究家の一族」として活動を続けていた。

 日本人離れした容姿、という点については甲侍郎も例外ではなく、茶色の短髪や色白の肌、白衣を纏う百八十センチ以上の長身など、おおよそ東洋人のものとは思えない外見の持ち主なのである。
 だが、昭和の和製特撮ヒーローをこよなく愛する趣向や、謙遜を美徳とする気質に関して言えば、紛れも無い「日本人」とも言えよう。

「甲侍郎や。そろそろ休憩にせんか? 見る限り、かなり煮詰まっておるようじゃがの」
「いえ、まだまだ大丈夫ですよ。母上のことを想えば、この程度のこと……」
「甲侍郎……」

 職人気質、という部分も日本人らしいと言えばらしいのかも知れない。歳老いた父から休むように言われても、甲侍郎は研究を頑なに続けている。

 十歳未満の子供にも及ばない、小柄な体格を特徴に持つ、甲侍郎の父・稟吾郎丸(りんごろうまる)。彼は数年前、故郷の日本で起きた災害のために妻を亡くしていた。

 かつて国境を問わない医師として海外へ赴き、紛争で傷付いた人々を癒すために「戦い」続けていたという彼の妻は、同じ志を持った友人を戦場の砲撃で失い、そのことを最期まで悔いていたという。
 そんな母の無念を受け、甲侍郎は「どんな状況でも死ぬことのない、母やその友人のようなヒーローを作り出す」ことを目指し、着鎧甲冑の開発に乗り出したのである。
 元々ニューヨーク郊外に置かれていた研究所を山岳地帯に移し、一家全員で引っ越したのも、この研究に没頭するためであった。

「――しかし、煮詰まって来ている……という点は認めざるを得ないかも知れません。そろそろ優秀な人材が、もう一人欲しいところなのですが」
「そんなウマい話がそうそうあるもんかのぉ。……ん?」

 その時。甲侍郎と話していた稟吾郎丸は、小さな足音を感じて――即座に振り返る。

 彼の視線の先には、うさぎを象ったぬいぐるみを抱く、一人の少女が立っていた。

 年齢は五歳程度。薄茶色のロングヘアーと白い肌、碧い瞳を持ち、そのあどけない顔は不安げな色を湛えている。
 父譲りの西洋人らしい外見ではあるが、甲侍郎の娘であるこの少女もまた、立派な日本人なのだ。加えて、この歳で大学に通っている才女でもある。

「おぅ、樋稟(ひりん)か。大学の宿題は終わったのかの?」
「……うん」
「そうか、よく頑張ったな。さぁ、ここは危ないから、ママと外で一緒に遊んできなさい」

 研究室の入り口から覗き込むように見つめる愛娘に、甲侍郎は宥めるような口調でここから離れるように忠告する。ここで着鎧甲冑の稼動実験も行っていることを鑑みれば、当然の対応だろう。

「……」
「……? どうした、樋稟」

 しかし。
 普段は何かと利口で、父の言い分に逆らうこともない彼女が――この時だけは、父に何を言われてもそこから動かずにいた。

「おやおや、どうかしたんかぇ。お腹でも空いたか? それともお手洗いかの?」

 何も言わず、ただじっと二人を見つめていた孫娘に、今度は稟吾郎丸から話し掛けていく。そして、同じ身長を持つ二人の視線が交わった時……樋稟と呼ばれる少女は、今にも泣きそうな表情で口を開くのだった。

「……ねぇ。おじいちゃん。おばあちゃんって、ひりんが生まれる前にいなくなっちゃったんだよね」
「むっ――まぁ、そうじゃな。おばあちゃんも、お前の顔が見たくてしょうがなかったろうに」

 そして、その唐突な話題に稟吾郎丸も甲侍郎も、思わず顔をしかめてしまう。つい最近、この少女に「自分に『祖母』がいない理由」を問われ、「ある日いなくなってしまった」とお茶を濁したばかりなのだ。
 五歳の子供に「災害に巻き込まれて死んだ」などとストレートに答えるわけにも行かず、かといってオブラートに包んだ言い方も苦手な父と祖父の二人では、それが精一杯だったのである。
 もし、少女が問い掛けた相手が母の華稟(かりん)だったなら、「世界一周の旅に出ていてしばらく帰ってこれない」というように、マイルドにごまかせていたかも知れない。

「おばあちゃん、なんでいなくなっちゃったの? ねぇ、なんで?」
「あー、それはの、えーと……」
「……おじいちゃんも、いなくなっちゃうの? パパもママも、いなくなるの?」

 答えに詰まる祖父を前に、無垢な少女は胸に抱えた不安をさらに拡大させていく。既にそのつぶらな瞳には、大粒の涙が溢れていた。

「あ、いやいや、そんなことはないぞ樋稟! ワシはまだまだ元気じゃぞい! のぅ甲侍郎!?」
「えっ!? え、えぇ、そうですとも! 樋稟、パパもおじいちゃんもまだまだ元気だ! だから、何も心配することはないぞっ!」

 そんな娘の様子を見て、甲侍郎と稟吾郎丸は慌てて元気付けようと騒ぎはじめる。周りの助手達はそんな二人に苦笑しつつ、静かに見守っていた。

「……そうなんだ。いなくなっちゃうんだ」

 しかし、子供ながらに父と祖父の真意を察してしまったのだろう。いつかは皆いなくなる――そう感じてしまった少女は、堪らず泣き出してしまった。

「パパも、ママも……おじいちゃんも、みんなみんな……う、え、ぇえぇええぇんっ!」
「あわわわ、泣くな泣くな! おじいちゃんもパパも、どこにも行きゃあせん! ずっと樋稟と一緒じゃよ、だから泣くでないっ!」
「そそ、そうさ樋稟! パパはいつだって樋稟の味方だぞ! ずっとずっと一緒なんだぞっ!」

「わあぁあーん! みんなっ……みんなぁ、いなくなっちゃ、やぁああーっ! うあぁああーん!」

 必死に慰めの言葉を探す甲侍郎達だが、少女にはまるで効果がない。少女はうさぎのぬいぐるみを強く抱きしめたまま、研究室全体に轟くような声量で泣き叫んでしまう。
 甲侍郎や稟吾郎丸はもちろん、周りの助手達も皆、耳を塞いで困り果てたような表情で互いを見合わせていた。こうなってしまっては、泣き疲れるまで止まらないことは周知の事実だからだ。

「あらあら、樋稟ったらどうしたの?」

 ――ただ一人。

「っ!? マ、ママぁ……! うぇえぇええんっ……!」

 少女の母――救芽井華稟(きゅうめいかりん)の介入がない限りは。

「おおっ、か、華稟! いいところに来てくれた!」
「もう、あなたったら……それにお義父さんまで。樋稟に一体何をしましたの?」
「い、いやぁ、実はワシのカミさんのことでの……」

 ウェーブのかかった、セミロングの金髪。娘に勝るとも劣らない、白くきめ細やかな肌。薄い桜色の唇に、神の造形とも云われる程の目鼻立ち。そして、奇跡的にまで均整の取れたプロポーション。

「なるほど――そういうことね」

 それら全てを一身に備え、女優さえ逃げ出す美貌を手にしている絶世の美女は、夫と祖父に呆れたような視線を送ると――最愛の娘を愛おしげに抱き上げた。

 すると、それまで凄まじい声で泣き続けていた少女は僅かに落ち着いたのか、雫を頬に伝わせたまま叫びを止めてしまう。そして、泣き腫らした瞳で母を見上げると、今度はその豊満な胸に顔を押し当てた。

「ママ、ママっ……やだよぅ、いなくなっちゃ、いやぁ……! パパもママもおじいちゃんも、いなくなるなんて、やぁっ……!」
「あら……。ふふ、樋稟ったら寂しがりやさんね。大丈夫、誰もいなくなったりはしないわ。皆、いつまでも一緒よ」
「……ホントに? ホントにホント? ひりん、独りぼっちにならない?」
「ええ、絶対にならないわ。もし、いつかパパやママやおじいちゃんがいなくなっても――あなたは、独りきりになんてならないわよ」

 自分の胸の中で泣きじゃくり、ひたすら「いなくならないで」と哀願する愛娘の頭を撫で、華稟は優しげに微笑む。

「ひりん、独りぼっちにならないの? なんで?」

 次いで、少女は母の言葉の意味を探るように顔を上げると、目を丸くした。

 そんな娘の反応が面白かったのか、母は口元を緩めて満面の笑みを浮かべる。そして娘と額を合わせながら、その小さな耳元にそっと囁くのだった。

「樋稟が大きくなったらね、きっと素敵な王子様が迎えに来てくれるのよ。ママ達がいなくなる頃には、樋稟はママよりずっと綺麗なお姫様になって王子様と結婚してるの」
「おうじさま……? おうじさまが、来てくれるの!?」
「うんっ、そうよ! 王子様はすごくかっこよくて、優しくて……。きっと誰よりも、樋稟を大切にしてくれるわ。だからその時まで、ママ達と一緒にいよう? おばあちゃんも、きっと応援してくれるわ」
「おばあちゃんも……? う……うんっ! ひりん、おうじさまとけっこんしたいっ! でもね、ママとパパとおじいちゃんも、ずっと一緒だよっ! おばあちゃんも一緒っ!」
「ふふっ……そうね。ずっと一緒にいようねっ!」

 いつしか少女は完全に泣き止み、母と暖かく笑い合っていた。父と祖父が蚊帳の外になっていることも忘れて。

「さぁ、じゃあママとお外で遊ぼっか!」
「うんっ! いこいこっ!」

 あっという間に娘を宥めてしまった妻の手腕に、甲侍郎は唖然としている。そんな彼の太股を叩き、稟吾郎丸は「父親は辛いのぅ」と苦笑いを浮かべていた。

 そして周りの助手達も、困ったような笑顔を互いに向け合うのだった。やはり華稟には敵わない、と。

 ――そして、二〇二八年。

 救芽井家は「着鎧甲冑」をレスキュー専用の最新鋭パワードスーツとして、ついに公式の場で発表した。

 同時に、甲侍郎は助手や交友のある起業家達と共に、その製造や販売を一手に請け負う企業「救芽井エレクトロニクス」を創設。

 アメリカに本社を構え、「人々を救うヒーローを生み出す」という彼らの夢は、いよいよスタートラインに立ったのである。

 その記念すべき量産型第一号「救済の龍勇者(ドラッヘマン)」には、純粋なレスキュー能力にのみ特化した、救命及び消防用の「R型」と、兵器化を望む声に対応する形で生まれた、非殺傷の武装のみを許した警察用の「G型」という二種類のパターンが誕生していた。

 ――これは軍用兵器としての本格運用を目論む勢力に対抗し、レスキュー用という本懐を見失わないための措置であった。

 着鎧甲冑の性能は、それまでの科学技術が生んできたパワードスーツとは一線を画したものである。それだけに、その力を狙う者も多い。資金援助などを条件に使い、彼ら救芽井家に取り入ろうと目論む勢力は、後を絶たなかったのだ。
 純粋に彼らの在り方に感銘を受け、協力を申し出る資産家も僅かには存在したが、救芽井家は自らに寄り付く連中の多くを疑い、蹴り、己の道を歩み続けていた。

 しかし、周りの者は諦めない。救芽井エレクトロニクスの魅力は、世界最高峰のパワードスーツの技術を独占していることだけではなかったからだ。

 社長令嬢、救芽井樋稟(きゅうめいひりん)

 その絶世の美貌は、世の男の関心を一身に惹き付けたのである。

 母譲りのプロポーションに、茶色のショートボブ。鮮やかな碧眼に、透き通るような白い肌。そして、女神の彫像を彷彿とさせる端正な顔立ち。
 まさしく母の全てを受け継いだ美しさ。その全てに、大勢の男性が悉く魅了され、崇拝の念を抱いていた。

 連日連夜、救芽井家を主賓に行われる、豪華絢爛な舞踏会や立食パーティ。
 それは着鎧甲冑を狙う狡猾な富豪や軍の名門だけではなく、彼女に心を奪われた貴公子達が、その柔肌に触れる機会を得るためのものなのだ。

 数多くの名門の子息は、彼女に近づこうと甘い言葉を囁き、高価なプレゼントを用意する。そして彼女の手を取り、優雅な時間を過ごすことを夢見るのである。
 しかし、そのきらびやかな世界に住む誰かを彼女が選ぶことはなかった。

「……龍太(りゅうた)君」

 ――彼女が心に決めた「王子様」は、そことは遠く離れた世界に生きているのだから。

 ◇

「ふにゃむ……ぶえっくし! んにゃ?」
「……一煉寺ぃ。授業中に居眠りしながらくしゃみたぁ、随分と器用なヤロウだな」
「え、あ、いや、あはは。これはほら、修練の一環というヤツでして。こうしていついかなる場合でも、目を覚ませる準備を常に――」

「じゃあついでに身体も鍛えとかねぇとな。廊下でバケツ背中に乗せて、百回腕立てしてこい」
「そ、そんなご無体な〜ッ!」
 
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