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銀河英雄伝説〜ラインハルトに負けません

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第六十話 ヤン・ウェンリーのエコニア滞在記


ヤンの名誉回復事件
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第六十話 ヤン・ウェンリーのエコニア滞在記

宇宙暦789年1月〜3月

■タナトス星系エコニア星同盟軍捕虜収容所   

 はあー、ハイネセンを追い出されて、
エコニアの収容所副所長という職に付くことになりここへ来たけど何もないところだ。

宇宙港に迎えに来てくれたパトリチェフ大尉は恰幅の良い健康そうな青年士官だった。
挨拶後、空港から地上車で出発してからは無言が続いた。

私に彼が話しかけて来たのは出発後正確に2分後だった。
「正直なところ、あまり前途ある有望な士官は、此処には赴任してこんのですよ。
私を含めてですな、ヤン少佐もあの噂で赴任なさったのですか」

パトリチェフはヤンを見て気の毒そうな顔をしていた。
「まあそんなところかな」
「大変なことですな」
「まあ仕方ないことだよ」

「後で街をご案内しますよ」
そう言ってくれたパトリチェフの身分は参事官であるという。
昨年までは参事官補だったが、所長のいきなりの退職で繰り上がりになったそうだ。

ヤンの仕事の助力をして貰うに、能力は未だ不分明だが、
パトリチェフは気質は邪悪にほど遠そうで、
ヤンとしては一安心と言うところであった。

「本当は大規模な緑化計画が実施されて、
住民もとうに100万人は超しているはずなんですがね」

実際に、この惑星に居住しているのは、
民間人が10万6900人、軍人が3600人だけである。
昨年までは帝国軍の捕虜5万5400人居たのであるが、
現在は皆帰国してしまい今は0人だそうだ。

664平方キロある収容所も今は住人も居らずガランとしているそうだ。

名ばかりの宇宙港から収容所まで、地上車で1時間を要した。
収容所の門から所長室のある本部まで、さらに地上車で10分。
玄関から所長室まで徒歩と待機を5分ずつ。

ようやく所長と対面だ。

「ヤン・ウェンリー少佐です」
「宜しく、私はジェームズ・ジェニングス中佐だ、
ヤン少佐、貴官の噂は色々聞いておるが、私はそんな事を気にせん。
貴官が職責を全うしてくれることを求めるだけだ」

「はあ誠心誠意努力いたします」
「頼んだぞ、なんと言っても前所長のコステア大佐が急に退役したのと、
会計係長のポートランド大尉も退職したうえで、
捕虜を帰国させたのでゴタゴタしているので、
書類等の処置が溜まりまくっているのだよ」

「小官はどの様な仕事を?」
「うむ、コステア大佐は、就任以来書類を自分で処理してきたのに、
家族のことで急に退役してしまったので残務処置が大変残ってしまっている。

会計に関しても所長と大尉で決算していたから訳の判らん状態なのだよ。
その上、私は此処に就任して1年5ヶ月目なんだが、
いきなりの昇格で、上との折衝等も行わねばならなくなり忙しすぎて処置出来んのだよ、

其処でヤン少佐とパトリチェフ大尉に書類処置をして貰いたいということだ。
コステア大佐が使っていた所長室は、
そのままにしてあるから其処で作業を行ってくれ」

「はあ判りました」
「まあ今日は疲れただろう、明日から取りかかってくれ」
「了解しました」

自室に案内され従卒に紅茶を頼み暫く寛いでいると、
夕食だとパトリチェフ大尉が呼びに来た。
しかし士官食堂では良い席だが、ヤンにとっては鬱陶しい席だった。

収容所所長のジェニングス中佐に近い席のことである。
元々ヤンは美食家じゃないので士官食堂で問題ないが、
収容所所長と3メートルしか離れてないテーブルでは、
本のページを捲りながら紅茶をゆっくりすするという気分になれないのである。

居心地の悪い食事を終え、部屋に帰る途中、廊下の隅で若い男女が囁くように会話する声を聴いた。
男性兵士と女性兵士が、深刻な表情で何か相談していたのだが、
ヤンの姿を見でさらに隅へ移動してしまい、彼らの姿はヤンの視線から直ぐに消えてしまった。

他人の恋愛をざたを妨げるつもりも無かったので、
ヤンはそのまま自室へ歩き去ったのだが、
押し殺したような男の声が耳を掠めた。

「ふん、話したって無駄さ。士官学校出身のエリートさん、
しかもペテン師に、下積みの兵士の苦労や心情がわかるかよ!」

ヤンにしてみれば士官は別として一般兵の心情を見た気がしたのである。

翌日からヤンはパトリチェフと共に膨大な書類の山がある元所長室で仕方なしに整理を始めた。
さらに時折新任の会計係のバリング中尉が書類を持ってきて指示を受けに来る。
ヤンにしてみればノンビリと出来ると思った星が、
やたら勤勉さを求める土地だったという罠であると思えて成らないのであった。

2ヶ月が過ぎ、いい加減書類の山から解放されたい、
火でも付けて燃やしたいと思い始めたある日。
バリング中尉が会計記録簿におかしな記載を発見したと伝えてきた。

「少佐殿」
「どうしたんだい中尉」
「会計記録簿をチェックしていたのですが、
購入した備品や食材の数や質が合わないデーターが多数出てきたですが」

ヤンにしてみれば厄介ごとがまた来た感じである。
「どれどれどんな感じだい?」
「はっ、7年ほど前から納入される品物の質がそれ以前より悪くなってきているのです」

「しかし其れは、予算措置の結果じゃないのかい?」
「いいえ、調べた結果ですが、予算は此処数年間は捕虜1人当たりに対しては殆ど変わっておりません」
「そうしたら物価が上がったのでは?」

「前線部隊所属の少佐殿はご存じないかも知れませんが、
この星系では製造業が殆どありませんから、
物品は納入業者が他の星系から搬入するのですが、
その際、基準品納入を義務づけられています。
所が私が調べた限りでは基準品の型落ちや、アウトレット、よく似た類似品が納入されています」

「なるほど、中間でピンハネしている業者が居るわけですな」
「そうなると、納入業者を調べなければならないね」
「其処なんですが、この事態が起こった7年前というのは、
前所長コステア大佐と前会計係長ポートランド大尉が就任してからなのです」

「つまり中尉は、この不正に前所長と前会計係長が関与している可能性が有ると言うわけだ」
「はっ誠に遺憾ながら、この書類を見て気がつかない事はあり得ないと思うのです」
「どれどれ、ふむふむ、なるほど、はー、ヤン少佐これは勘づかない方が可笑しいですわ」

そう言ってパトリチェフが書類をヤンに渡す。
短なる数字の羅列に過ぎなくはないが、
それにかかる費用と品物が明らかに以前の物と違う書類である。

「と言う事は、コステア大佐とポートランド大尉が急に辞めたのもこれ繋がりかもしれないね」
「なるほど、いきなりすぎましたからな」
「この3人の中で以前から居るのは大尉だけだ、最近何か変わったことは無かったかい?」

考え始めるパトリチェフ。

「そう言えば、去年捕虜交換前に帝国が捕虜に救恤品を送ってきたのです。
その中身に463年物のワインが入っていたんです。
所が2袋に1本の割合でしか入ってませんでね、
配る時に面倒だった事ぐらいですかね」

「待って下さい、其れは可笑しいですね」
「中尉どうしたのかな?」
「はい、私が以前居たマーロヴィア星系の収容所では1人1本の配給が行われました、
駐留艦隊司令官ビュコック准将閣下が、
ネコババしようとした、収容所所長を一喝しまして、無事全員に配給されたのですよ」

「なるほど、本来1人1本なわけですな」
「いやあ、あの時のビュコック司令官の台詞は今でも思い出しますが惚れ惚れします」
「どんな台詞だい?」

「はっ、『仮にも自由惑星同盟軍に所属する将兵ならば誇りを持て、
捕虜に送られて来た救恤品を掠め取る盗賊まがいの行為をするなら、
儂が1人残らずマーロヴィアの太陽に投げ込んでやる』こう仰いました。

「ビュコック准将か、そう言えば准将も第二次ティアマト会戦に参加していたんだったな」
「少佐殿よくご存じで、閣下からは時折その話をお聞きした事もあります」
「へー其れでどんなはなしだい?」

「ヤン少佐、今は不正のことをしませんとだめですな」
「すまんすまん大尉、そうだったね。
中尉また今度聴かせてくれないか」
「少佐殿いつでもどうぞ」

「話を戻すとして、本来なら捕虜1人に対して1本が定数だったと言うわけになるのか、
でそのワインは市価でいくらするんだい?」
「元々帝国のワインはフェザーンからの輸入に頼ってますから、
今回の463年物ワインはハイネセン価格で2000ディナールします」

「2000ディナール!それほどですか」
「凄いね其れが55400本、年金何年分になるだろうね」
「ざっと1億1000万ディナールを超します」

「其れが半分消えたわけだ」
「そう言う計算になります」
「そして、会計のピンハネか、大がかりな不正があったと言うわけだ」

「なるほど」
「よし所長に報告しよう、大尉と中尉は手伝ってくれ」


翌日、ヤンにしては珍しく勤勉さを見せ書類を作り上げて所長の元へと向かった。

「ジェニングス所長」
「開いている入りたまえ、
ヤン少佐どうかしたかね?」

「はい、小官とパトリチェフ大尉、バリング中尉で書類整理をした結果、
大規模な不正を発見しました」
「なに、不正だって」

「はい、前所長と会計係長が就任直後から、
物品の質が低下したにも関わらず、納品書にはその旨が無く
さらに各種備品も規格外の物が使用されていることが判りました」

「一大事だぞこれは」
「さらに、捕虜に救恤品を渡した際に、
ワインがマーロヴィア星系の収容所では1人1本の配給が行われましたが、
此処では2人に1本でした、つまり半数を横領した可能性が有ります」

「うむー、これは大変な事だ、ヤン少佐達だけでは手に負えない事だ。
至急タナトス警備管区に報告を入れるのだ」
副官が所長のメンツが潰れますがと小声で言うが。
ジェニングス中佐は副官に自分のメンツよりよほど大変な事だそんな小さな事気にせんと怒った。

「ヤン少佐貴官が詳しく報告を頼むぞ」
「了解しました」
早速所長が連絡を入れる。

管区司令官マシューソン准将は、参事官のムライ中佐と共に惑星間通信の画面に現れた。
どうやらエコニアだけでなく、この管区全体が、覇気の欠乏状態に有るようにも思える。
妙に疲労した雰囲気を有する退官間近の初老男は、つやのない声をおしだした。

「ジェニングス所長大変な事とはどんなことだね?」
「はい詳しいことは此処に居るヤン少佐に説明させます」
「私が、マシューソンだ。ヤン・ウェンリー少佐か、
名は聞いておる、まあ災難だったな」

ヤンは3人で発見した不正について彼にしては珍しいぐらい勤勉に詳しく報告した。

「ふむ。それが本当なら一大事だ、調査の必要があるな」
その結果エコニアに管区司令官代理として参事官ムライ中佐が派遣されることとなった。
中々に手きびそうに見え、堅苦しげな表情をした、堅苦しげな男。
其れがムライ中佐の印象だった。
この印象が正しければ、ヤンとしては苦手なタイプに直面することになる。

「宜しい小官が惑星エコニアに到着するまでに更なる資料の照査をお願いする」
ムライ中佐が3日後にエコニアに到着する事を確認して、ジェニングス所長は通信を終えた。

「ヤン少佐、参事官が来るまでより一層の照査をするように」
「了解しました」

また3日間も忙しいのか。
部屋に戻るとパトリチェフ達が待っていた。
「ヤン少佐、如何でしたか?」
「ああ所長が管区に連絡して調査にムライ中佐が来るんだ」

「ムライ中佐ですか」
「んなにか問題でもあるのかい?」
「いえ、聞きおよぶ所では、汚職と冗談が大嫌いなおかただそうで」

「秩序と規則が服を着ている?」
「TV電話で見て、そう思いましたか」
「そう思った」

「第一印象が正しい、珍しい例ですな」
「多数例への変更がきかないものかねえ」
「まあさらに3日間照査に努めろとのお達しだ、やるしかないんだよね」

「まあしかたがないでしょうな」
「少佐殿頑張りましょう」
「少佐が照査か下手なダジャレだね」

「・・・・・・・・」
「・・・・・・・」
ヤンのダジャレは受けなかったようだ。

当初より早く2日後に到着した、ムライ中佐に挨拶後、
此処10年分の勤勉さと交換に纏めた資料を説明しながら、
会議室でムライの連れてきたスタッフと共に実に1週間も調べた結果、
前所長と前会計係長の不正が確定されたのである。
フェザーンの北極星銀行に匿名の秘密口座が有ることさえ調べきったのである。

直ぐさま、マシューソン司令官へ連絡が行き、
司令官から軍上層部へと連絡が行き、
事件は大事に成っていくのである。

直ぐさまコステア大佐とポートランド大尉の収監が命令されたが2人とも既に家族共々、
フェザーンへ出国しており逮捕できなかった。
さらにフェザーンの自由惑星同盟高等弁務官ラファエル・ラ・フォンテーヌ氏が引退した後、
高等弁務官になった、チャン・ヨーステンは賄賂政治家として囁かれた事もある人物であり、
大佐から裏金を1000万ディナールを受け取り知らぬ振りを決め込んだのである。

同盟政府に提出した報告書には【コステア大佐とポートランド大尉両人はすでにフェザーンより帝国へ出国した模様】と書かれていた。

納入業者も既に廃業しており代表者も単なる名義貸しだった為、
追跡が不可能であった。

結局捕まったのは、末端の兵や従業員であり彼らから殆ど情報が得られなかった。

事件終了後ヤンはムライを率直に賞賛した。
「おみごとでした」
「私は万事、型どおりの考えしか出来ない男でね。
型は提供するが、柔軟に修正を施すのは、他人に任せたいと思っている」

ムライ中佐は、相変わらず堅苦しい表情でベレーの角度を直した。
この人は、照れ屋と言う奴かも知れないなと、ヤンは思い好感らしきものを感じた。
ヤンは基本的に軍隊と言う存在を軽蔑していたが、
組織はともかく個人的には尊敬や信頼に値する人物は結構居るものである。

事件が一段落して、暫くしたある日、同盟首都ハイネセンから、
遠路はるばるという感じでFTLが入った。
「アレックス・キャゼルヌ中佐という人からです」
と通信担当の中尉に言われて、ヤンは通信室へ飛んでいった。
砂嵐に襲われたようなざらつく画面の中に、士官学校の先輩がいた。

「どうも大変だったらいいな、ヤン」
「人生を退屈せずにいられるのは幸運だと思ってますよ」
「責めんでくれて、ありがたいと思うよ」

「まずニュースだ。アルフレッド・ローザス提督が今年の3月1日に付けで元帥に昇進する事が正式に決定したよ」
こうして730年マフィアは全員が元帥に叙せられる事と成った。
ヤンは頷いた。アルフレッド・ローザスは、業績といい人柄といい、元帥の階位に相応しい人物で有ったと思う。

「もう一つ決定した事がある。お前さんの召還だ」
「はあ・・・・・?」
「帰ってこいよハイネセンへ。俺の結婚式に間に合うようにな。
どさまわりも、さしあたって中断だ」

キャゼルヌ中佐が今回の事件を利用してハイネセンへ早急に戻れるように手配してくれたのだ。
こうしてヤンは、共にハイネセンへ帰還命令の出た、パトリチェフ大尉とエコニアを離れたのである。
予定より3ヶ月ほど早いハイネセンへの帰還であった。

ヤン達の指摘でワインの横領が表沙汰になり国防委員会でも調査が行われる事になった。
調査は秘密裏に行われた結果、
ジャムシード星系同盟軍補給敞パーヴェル・コヴァリスキー大佐が腹心の部下100名と共に、
20〜30万個を横領している事が発覚した。

憲兵隊が収監に行く前にコヴァリスキー大佐と腹心の部下100名と家族共にジャムシードから、
輸送艦で逃亡したが事故により全員が死亡した。

その結果、今回の事件はパーヴェル・コヴァリスキー大佐が主犯であり、
コステア大佐以下各地の収容所の関係者の横領事件として発表されたのである。

救恤品横領事件による、政府、軍のイメージの低下を懸念して政治屋達は、
その事件を暴いたヤン・ウェンリー少佐の手腕を高く評価し褒め称えなければ成らなかった。

その褒め称える政治屋はかなりの人数が、自らに火の粉が来ることなく終わった事に安堵感を得ていた。
又一部の者達は旨く始末できたとほくそ笑んでいたのである。

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誤字等修正しました。
ご指摘いつもありがとうございます。

増補もしました。
最後にも増補しました。
 
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