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ラピス、母よりも強く愛して

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03月都市

 月面都市
「月都市の同志達よ、諸君はよく戦った。しかし我々は、この土地を捨て、新天地を求めて旅立たねばならない(以下略)」
 月面のある都市で、敗色の濃い独立派が敗北宣言をしていた。
 その中で流行のアニメを引用して「我々はゲキガンガーだ」とか「我々の闘争は、勝利だった」などと言ったかどうか定かでない。

 その時、独立派のドーム都市の全ての映像に、ラピスが割って入った。
「月の皆さん始めまして、私はラピス・ラズリ、あなた方を助けるためにやって来ました」
 地球側の宣伝と思い、戦闘準備をする者や、退避壕に入る市民がいたが、ラピスは構わず話を進めた。
「今から、皆さんの都市に、脱出用の宇宙船を用意します」
 ラピスの言葉と同時に、地震のような振動が起こった。
「中には空気も水も食料も豊富に用意しています、移転を希望されない方にも配給しますので、遠慮なく申し出て下さい」
 すでにライフラインを断たれ、死を待つばかりとなっていた都市では、家のエアロックを開放し、最後の望みを賭けて、光のある場所へ人々が集まって来た。
「そしてこの地を離れ、安全な場所へ逃れたい方は、エレベータを使って船に乗って下さい」
 公園など各所にエレベータが出現し、市民を待ち受けていたが、電力や水道の残っていた都市では、守備隊が探索に入っていった。

 ユーチャリス艦内。
『現在、地球と月の死傷者も以前の歴史通りです、独立派も脱出後に残った住民や、捕虜となった兵士も選別が終了しました』
 月救出作戦の一環として、月のドーム都市の近くをくり抜き、脱出用の宇宙船を仕込んだラピス達、ここでもアキト誕生の妨げになる事は、何一つ見落とされていなかった。
「脱出中に沈む船と、死体の準備は?」
 真空での戦いにおいて、捕虜となる兵士は少なかった、その時点でオモイカネ達がフィールドに包んで回収し、死体だけを宇宙服に戻していた。
『はい、問題ありません、残りは都市宇宙船が出た跡の、埋め立てだけですが?』
 一部のラピスが、ボソンジャンプで土砂と船を入れ替えたのは理解できた、しかし金髪のラピスが太い眉毛を付けて…
「ファイナル*ュージョン承認!」
 と叫んだり、茶髪のラピスが巨大ロボットに乗って。
「ディバイディング、ドライバーー!」
 と叫んで空間を広げ、宇宙船を収めた理論は理解できなかった。

(あの後に聞いた「勇者だから」と言う意味は何だったのだろうか?)
 もうこの頃、ユーチャリスも、オモイカネ達も、ラピスがジャンプを繰り返すたび「壊れて行く」事に気付いていたが、有効な対策は何も無かった。
(一度ぐらい不完全なジャンプをすれば?)
 そう考える事も、度々あったが、ラピスがアキトのように破損したり、消えてしまうと想像するだけで、その思考はキャンセルされた。

 脱出船付近
 その頃、宇宙船を探索に来た守備隊や、避難して来た市民は驚きの声を上げていた、地下にあったのは「船」とは名ばかりで、地上の都市をも上回る、巨大な空間が広がっていた。
「探索隊より地上へ、映像を送る、3名では探索できない、隣のエレベータから降りた者は、2キロ先に出た、繰り返す、3名では探索不能」
 しばらくすると、船の奥から新しい住民を迎えるために、見知った顔が現れた。
「父さん、母さん…」
「嘘だ、お前はあの時死んだはずだっ」
「パパッ、パパー!」
 あらゆる場所で、死んだはずの父親、夫、爆撃で行方不明になっていた家族との再会が行われていた。
「「「「「ようこそ、箱舟へ」」」」」
 全てはアキトの願い通り、月の住民や地球人の兵士でさえ、誰一人死者を出さずに回収されていた。

 数週間後
「敵襲―!!」
 最前線の都市では、空襲警報が鳴り響き、地球側の月政府の攻撃が行われていた。
「安心して下さい、この宇宙船は、この程度の爆撃では問題ありません」
 各家庭のモニターにラピスが現れ、市民に語りかける。
「しかし2週間後、この船を破壊するため、彼らの放った小惑星が落ちてきます、私とてそれを防ぐ術はありません(嘘)、一刻も早く退避の準備を進めて下さい」
「2週間だって?」
 ラピスの言葉を聞き、地下の宇宙船で動揺が広がっていた。
「ああっ女神様、私共をお救い下さい!」
 老婆にも祈られ、すでに女神のように扱われているラピス、きっと褐色の肌の姉や、メカ好きの妹がいるに違いない。
「はい、必ず皆さんを安全な場所にお連れします」
 以前の歴史では、ここにいる者は、爆撃でエアドームを破壊された後、市街戦で全て死んでいるので、全員木星に連れ去っても問題は無かった。
「はあ、ありがたや、ありがたや」
 別に老婆に感謝されようが憎まれようが、どうでも良かったが、この「ゴミ」を一つでも多く拾って来るだけで、アキトに誉められると思うと、ラピスの心は幸せに包まれた。
(アキト、これでいいの?これでいいのよね)

 ユーチャリス内
『本日の爆撃で、2つの都市が壊滅し、住民の30パーセントが死亡しました、遺体はコピーした物を使用し、回収は完了しています』
「そうか、それでいつもの略奪は?」
 ユーチャリスは、戦闘指揮官のラピス(赤)に報告をためらい、嘘をついた。 
『女性や子供は、宇宙船に待避しています、占領された都市では、兵士が治安を守り問題はありません…』
「それでは歴史通りにならない、私に嘘をつく必要は無い」
 そう言われ、諦めて現状を報告するユーチャリス。
『はい。歴史通り、抵抗した男性は路上で射殺されたか、エアロックから放り出されました、婦人達や娘達は夫や父親の死体の側で…』
 それを聞き満足するラピス。
「そうだ、それでこそ戦争だ、オモイカネ達の判断は変わったか?」
『現在、人類絶滅に賛成が80パーセント、反対が14、中立が6です』
 民主主義、資本主義の時代に入り、虐殺や略奪が減り、初めて人類絶滅に反対するオモイカネが上回ったが、月に来て異教徒や異星人でも狩るような地球人を見て、賛成する者は最高に達していた。
「ユーチャリス、お前はそれでも中立なのか?」
『はい、私はテンカワ・アキトと、眠っている貴方の裁定を待ちます』
 反対のオモイカネは、人類から選び抜かれた、聖人、聖者、福者「いいひと」を収容したコロニーを管理していたが、中立、賛成のオモイカネは、過去の戦争や虐殺、災害で死亡するはずだった、一般人を収容した難民コロニーを管理していた。
 その後も歴史通り順調に戦闘が続き、数箇所の都市が破壊されると同時に、数多くの偽の死体が準備された。

 脱出当日
『脱出まで1800秒』
 オモイカネのタイムカウントが進む中、各家庭では衝撃に備え、ゲル状のシートに座り、持ち込んだ家具類も固定されていた。
『1200秒』
 船を出す時も、仕込んだ時と同じように、ボソンジャンプで火星でも木星でも、好きな所に行けば済む話だったが、これは後世まで語り継がれる大脱出劇でなければならない、宇宙船は重力制御を切られ、ただの「絶叫マシーン」に成り下がっていた。
『600秒』
 その頃、最前線の都市では市街戦が行われ、残った兵士が死力を尽くして、脱出船の援護をしていた。
「後10分だ! それまで何としてもエレベーターを守れ!」
 捕虜になる予定の兵士は地上に残され、「箱舟」の記憶を消した後、地球人に引き渡される。

『抜錨、箱舟発進』
 船の周囲をディストーションフィールドが覆い、都市の上空にジャンプする、その間乗員は、何故か強烈なGと振動にさらされていた。
「うわああああ!」
「喋るな!舌を噛むぞ!」
 などと、お約束の会話があり、脱出「ごっこ」ではない大脱出劇が開始された。
 今まで作った数億隻の戦闘艦を持って来れば話は早いが、地球側に悟られず、これから生まれてくる今のアキトが「燃える」展開でなければならない。
 船内では家具は飛び出し、洗濯機が歩き出す、中には軽い負傷を追うモノも多かったが、ラピスにとっては統計の数字に過ぎない。

 その時、月と太陽を掠める、巨大な黒い物体を見た、不幸なパイロットがいた。
「何かいる!星が見えない!センサーにも反応は無いが、俺の前を何かが飛んでる!」
 擬態の内側に入り込んでしまったパイロットは、オモイカネにアブダクトされ、キャトルミューティレーションもされて、記憶操作を受けてから帰された。

 多くのゴミを回収し、廃棄も削除もせず、生かし続けているラピス。
 自ら苦しめ合って生きていく愚かな物体。こんな物からアキトや自分が産まれたとは信じがたいが、数々の聖人と語り合った時、人類として、生物としての何かが欠落しているのを知った。
 そう、善人や聖人とは単に本能を去勢された「障害者」であり、悪人こそが人類の正しい姿であった。
 オモイカネたちとラピスは、このゴミを清掃して廃棄、屠殺処理したかったが、それはアキトの意思に任せることにしていた。
 テンカワ・アキトと、黒い王子様であるブラックアキトに。
 
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