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開戦前夜

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第三章

「圧倒的な数の陸軍に海軍もです」
「黄海とバルチック海か」
「黒海の艦隊はこちらに来られません」
 条約があり黒海からダーダネルス=ボスポラス海峡を越えられないのだ。だから日本が相手にする艦隊はこの二つだった。
 だがこの艦隊もだった。
「一つが我が国の海軍と同じだけの力があります」
「それではだな」
「一度に来られると勝てませぬ」
「旅順に艦隊があるな」
「はい」
 そこの攻略も重要だった、だが。
「調べたところ旅順は難攻不落です」
「陥落させることは難しいか」
「相当に」
「そして満州には露西亜の大軍がいるな」
「シベリア鉄道から兵が次々に送られてきます」
 当然物資もだ。シベリア鉄道は日本にとっては悪魔の道になっていた。
 露西亜の圧倒的な物量が満州に来ている、それではとてもだった。
「手を打てどです」
「勝てぬか」
「お言葉ですが」
「よい。朕は事実を知りたい」
 国家の為だ、帝は確かな顔で仰った。
「だが。やはりか」
「その通りです」
「敗れれば国がなくなる」
 帝は龍貌を沈めておられた。
「そして民は露西亜に苦しめられることになる」
「それは絶対に避けねばなりませんが」
「戦えば負ける」
「勝てませぬ」
「どうすればいいのだ、ここは」
「わかりませぬ。未曾有の国難です」
「朕は戦えとは言えぬ」
 とてもだった。戦えば敗れる相手だからだ。
 明治帝もまたこのことを承知しておられた。だからこそ仰るのだった。
「しかし戦わねば」
「露西亜は朝鮮半島から日本に来ます」
「そうだな」
「確実にそうなります」
「やらねばならんか」
 帝は沈痛な顔で呟かれた。
「やはりな」
「はい、ですが陛下は」
「率直に言おう」
 こう前置きしてから仰られた。
「するべきではないと思っている」
「やはりそうですか」
「負ける戦をして民が苦しみ国が滅びるのは愚だ」
 だからだと仰るのだった・。
「してはならん」
「ですが」
「それもわかっている。座して死ぬのもならん」
「その通りでございます」
「今は開戦しかない」
 帝はご本心を押し殺して言われた。
「何としてもな」
「わかりました」
 帝も開戦を覚悟されていた。露西亜との対決は不可避となっていた、伊藤もこのことを感じ取り腹を括るしかなかった。
 だが戦えば負ける、それでこう言ったのだった。
「勝っているうちに終わらせるぞ」
「そうです、それしかありません」
 伊藤の前にいる小村寿太郎もその通りだと言う。
「ここはそれしかありません」
「そうだ、緒戦で勝ち」
「そして露西亜が怯んだ隙に」
「露西亜の中は明石君に任せる」 
 既にあちらに送っている明石元二郎大佐にだというのだ。
「既にあちらの人間と接触しているそうだな」
「レーニンとかいう者です」
「レーニンか」
「何でも共産主義者だとか」
「共産主義?」
 伊藤はその名前を聞いてまずはその眉を顰めさせた。 
 そしてそのうえでこう小村に言った。
「革命がどうとかいう連中だったか」
「御存知ですか」
「欧州に行った時にあちらのインテリが言っておった」
 微かではあるが覚えていることだ。 
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