KAMITO -少年篇-
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勇気と衝突
明朝、カカシとサクラ、そして修行を終えたサスケを加えたスリーマンセルで、タズナの護衛任務を本格的に再開した。
しかし、肝心のカミトは__。
連日から溜まっていた無理な修行の疲労感が、一気にカミトを深い眠りへと追い込んだ。そのためカミトは未だに眼を覚まさず寝込んだまま。
「限界まで体を使っちゃったせいでかなり疲れているんで……今日はもう動けないと思います」
あれだけ激しい修行を終えたばかりなのだから仕方がない。カカシの気遣いにより、カミトには今日の任務を休んでもらうことになった。
「カミト君はわたしに任せといて。みんな気をつけてね」
「うむ、超行ってくる」
カミトをツナミに任せたカカシは、まだ少し重い体を動かしながら任務への不安を募らせた。
(だいぶ回復はしたが……さすがに絶好調とはいかないな)
今回の護衛作戦にはカミトの感知能力が必要不可欠となる。しかし、そのカミトが再起不能な状態にある今、カカシの不安はますます募りそうだ。
(今日で1週間が経過した。カミトがいないのが痛手だが、もし再不斬が襲ってくるとしたら……そろそろのはず)
頼むから今日は敵と鉢合わせしないようにと半端に祈る気持ちで任務へ着手するカカシだった。
カカシ達が家を発ってから数時間後。
「んんん……」
眼をゆっくりと開く。その途端、太陽の強烈な光を感じ、慌てて瞼をギュッと閉じる。
改めて眼を見開いたカミトは上半身を起こし、意識を覚醒させた。右肩を数センチ上げ、自分の体に掛けられている布団を払い除けて上体を起こし、自分の右腕を目の前に持ち上げた。
修行の際に痛めた掌を覗いてみるが、なんの変哲もない手だった。昨日まで痛み支配されていた掌の傷が、綺麗なくらい治っていた。
(これが……千手一族特有の……回復力か)
千手一族に生まれた者の特徴は、ゴキブリ並みの強人な生命力を持つこと。そのため自然治癒力に加えて、体力の回復も通常より速い。
1週間連続で修行を続け、大した休息も取らなければ死ぬ可能性もある。しかし、一族の血を引くカミトだからこそ救われたのだ。
「千手の力に感謝しなきゃな」
呟き、周囲に視線を向けてカカシ達を探り始めた。
だが__。
辺りには誰も見当たらず、寝室には自分だけが取り残されていた。
「みんなどこだ?」
慌てて立ち上がり、枕元に畳んで置いていた忍服に着替え、居間に向かう。
たたた!という激しい音を立てながら階段を高速で降りる。するとそこには、台所で食器を洗うツナミの姿があった。
「あら、カミト君。おはよう」
「あの……カカシ先生やみんなはどこに?」
挨拶を返す間もなく問い掛ける。
「先生なら、サスケ君とサクラちゃんを連れて出発したわよ」
「タズナさんも?」
「もちろん」
「そんな!」
自分だけ置いてきぼりにされたことをようやく自覚する。
「こうしちゃいられない!俺もすぐに行かなきゃ!」
弾かれたように床を思いっきり蹴り、急いで外に出ようとする。
「待って!」
しかし、後一歩という所でツナミがガシッとカミトの肩を掴む。
「カミト君、無理し過ぎよ。カカシ先生が、今日はゆっくり休めって言ったわ。私からもすすめるわ」
「いや、でも……」
連日からボロボロになって帰ってくるカミトの姿を見ている内に、ツナミを本気で心配するようになった。忍者とは言え、まだ子供のカミトを進んで戦いに行かせるなど、ツナミには残酷な仕打ちに思えた。
「まぁ、行くにしても、まずは朝食を食べないと。《腹が減っては戦ができぬ》って言うでしょ?」
「……わかりました」
ツナミの口から吐かれたことわざに心が揺れ、仕方なく食卓の席に着く。その向かいの席にはイナリの姿もあった。
「あ……」
カミトの顔を見た瞬間、イナリは気まずそうに俯き、眼を逸らす。
昨夜のカカシとの会話で、いなりは少なからずカミトに対する考えを改めていた。
昨夜のカカシの言う通りなら、カミトもイナリと同じ辛い過去を持つ者のはず。なのに、一見した感じ、重荷を背負っているようには思えなかった。ただ見るだけでは、目の前の緑髪忍者のことがよく理解できない。
そんなイナリの考えに気づかず、カミトは眼前に並べられた朝食を食べ始める。
「まったく……朝っぱらから重々しいわね」
まるで葬式のうように黙って食事を取る2人の子供に、ツナミはやれやれとため息を吐く。口争いしたこともあって、お互いに気まづく、話し掛けづらいのだろう。
不意に、場の重い空気を和ませようとカミトが口を開く。
「この家でツナミさんのご飯を食べられるのも、後少し。……なんか寂しいな」
「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない」
自分の作る食事を評価されたことによってツナミは穏やかな気分となり、杞憂だったと安堵する。
しかし、その瞬間__。
「……っ!?」
脳内に電気が血走るような感覚がカミトに降り掛かり、場の空気が再び重くなる。
(……誰か来る。……2人……でも忍者じゃない)
タズナの家からそれほど遠くない位置に、不穏な殺気を放つ2人の存在を感じ取った。
早速、修行の成果の1つである感知能力を駆使したカミトが俊敏に気づいた。修行を終えたばかりのカミトが俊敏に気づくようでは、迫り来る敵は大した手練れではないと思われる。
「どうしたんだい?急に黙り込んじゃって」
突然、険しい顔で窓の向こうを見つめるカミトの姿に驚いたツナミが声を掛ける。
「……ツナミさん、イナリを連れて今すぐ隠れてください」
「え?どうしたって言うんだい?いきなり隠れろだなんて……」
カミトは立ち上がり、家の軒先に出て向かって来る敵の気配を探知する。ザワザワと近づいて来る不吉な気配に、カミトは禍々しい気分だった。
「近くに敵がいる。おそらくガトーの手下だ。だから速く隠れて」
戸惑うツナミとイナリに、カミトは逃げるよう促した。
「で、でも……」
「いいから速く!」
いきなり敵が家に向かって来るなどと急に言われても、ツナミとイナリはすぐに信じられなかった。しかし、カミトの今までにない剣幕な雰囲気に押され、慌てて居間の押し入れに隠れた。
「カミト兄ちゃん……」
信用していないのか心配しているのかわからないイナリだが、カミトはふと振り向く。
「大丈夫。俺が守ってやるから」
怯えるイナリを、なんの変哲もなく笑顔で勇気づけるカミトの姿が、閉められた襖の戸の隙間から見えていた。
それから1分ほど経過した直後。
「「おらぁ!!」」
物凄い暴言と共に、刀を腰の鞘に差した2人の賊が家の玄関を蹴破り、攻め入ってきた。
「ひっ……!」
ガトーのボディーガードにして居合の使い手__ニット帽を被った《ゾウリ》と、大柄及び上半身裸で右眼に眼帯を付けた《ワラジ》。いかにも悪党面な2人の暴言を聞いただけで、イナリはすでに震えが止まらなかった。
「大丈夫よイナリ……カミト君を信じましょう」
押し入れの中で息を潜めながらも怯えるイナリを、ツナミが必死に宥めていた。とは言っても、小刻み震えているのはツナミも同じだった。
「……朝から随分と失礼だね」
2人が怯えていることを察したのか、カミトは堂々と居間の中央に立ち尽くしていた。体が震えることも足が竦むこともないその姿は、勇気と覚悟で満ちている。
「なんだぁ?タズナが雇ったダメ忍者の1人じゃねぇか」
目の前の緑髪少年を危惧することもなく、ワラジの貶し言葉が炸裂する。
「おい!タズナの娘とガキはどこだ?」
ゾウリの恫喝に恐ることもなく、カミトは揺るぎない強い意志を見せる。
「知らないね。知っててもお前達に教えるつもりはない」
頑固な素振りで答えようとしないカミトに、2人は青筋を立てる。
「ガキがぁ……調子こいてんじゃねぇぞ!」
「俺達を舐めてると痛い目を見るぜ!」
力付くで聞き出そうと、2人は刀の柄に手を付ける。
「どうしよう……母ちゃん……」
その様子を押し入れの隙間から凝視していたイナリが、とうとう肝を冷やす。
「あれじゃ本当に殺されちゃうよ。僕達もきっと……」
「大丈夫、あの子は忍者よ。そんな簡単にやられたりしないわ」
ツナミには確信があった。自分達のために今まで修行を積み重ねてきたカミトなら大丈夫だと。その反面、イナリは狭く暗闇に包まれた空間の中で両眼に涙を溜め、ただ震えるしかなかった。
弱い人は強い人に決して敵わない。今すぐにでもここから逃げ出したい。死にたくない。
そう思うだけでイナリは精一杯だった。
だが__。
「俺も一応、一端の忍者なんでね……そう簡単にはやられないよ」
「ほざけ!!」
カミトの一声に激昂したワラジは瞬時に頭が赤く染まる。柄を握り締めていた片手を動かし、抜刀する。
「おらぁぁ!!」
刀を構えた途端、カミトを目掛けて闇雲に突っ込んでいく。
そして__。
「甘いね……」
カミトは一瞬の内に攻撃を見切り、いとも簡単に斬撃を避けて見せた。その隙をついて、鳩尾に強烈な膝蹴りを喰らわせた。
「ぐはっ!!」
爆発にも似た衝撃音。
ワラジの厳つい顔が仰け反り、その場に倒れ込んだまま動かなくなった。
「何!?」
なす術もなく床に倒れ込んだワラジの姿を見て、ゾウリの顔に恐怖の色が浮かび上がった。先ほどまでの意気込みを失ったゾウリは一瞬逃げようと思ったが、カミトはその意図を悟った。
「次でケリをつける!」
士気を上げたカミトは、素早く両手で印を結び始める。
咄嗟に刀を構えたゾウリだが、時すでに遅し。
巳・辰・午を結び終え、術名を発音する。
「水遁・大砲弾!」
口から圧縮した一個体の水の塊を発射され、見事ゾウリに命中。
「ぐわぁぁ!!」
弾丸の如く猛スピードで吐かれた大砲弾に、ゾウリは自身が蹴破った玄関から一気に外へ押し出された。
ザバーン!
家の周りを囲む海に真っ逆様に落ち、上向きに身体を浮かせたまま完全に気を失う。
「一丁上がり」
手をパンパンと払い、カミトは倒した刺客を一瞥する。
その戦いの一部始終を覗いていたイナリは、感嘆な眼差しを開いた。
(すごい……カミト兄ちゃん、こんなに強かったんだ)
初めは頼りないと思っていたカミトが2人の剣客を文字通り一蹴してしまうその姿は、疑いようもなかった。
カミトは念のため、感知能力を駆使して辺り一帯の安全を確認し、押し入れに隠れていたイナリとツナミを迎えに行く。
「2人とも、もう出てきて大丈夫だ」
声を掛けた途端、襖の戸がゆっくりと開かれる。2人はまだ微妙に震える足取りで、押し入れから出る。
「……よかった」
九死に一生を得たツナミは、ホッと安堵に胸を撫で下ろす。
「カミト君、怪我はないの?」
「大丈夫です」
カミトは擦り傷の1つも取らず、綺麗な身を保っていた。
「よかった。……本当にありがとう」
もしもカミトがいてくれなかったらと思うと、ツナミとイナリは確実に殺されていただろう。
「……ん?」
するとイナリは、カミトが倒した2人の刺客の内1人、居間に倒れ込むワラジの姿をまじまじと眺めていた。
「イナリ、どうしたんだ?」
そんなイナリの様子が不思議に見えたカミトが声を掛ける。
しかし、当の本人から答えは返ってこない。
(……すごいなぁ……)
この時、イナリは昨晩カカシに言われた言葉を思い出した。
―だからこそ、最初から諦めている君に知ってほしいんだよ。……前に進むことの大切さを―
―あいつはもう、泣き飽きてるんだよ。だから……強いっていうことの本当の意味を知ってる。君のお父さんと同じようにね―
不意に、カミトの姿が自分の父《カイザ》の姿と重なった。
―本当に大切なもんは、例え命を失うようなことがあったって、この両腕で守り通すんだ!―
走馬灯のようにカイザの言葉を思い出したイナリ。
(……僕も……僕も強くなれるかな……父ちゃん?)
とうとうイナリの両眼から涙が溢れ始め、今までずっと生きること、前に進むことを諦めていた自分に後悔した。
カミトの揺るぎない強い意志に、自分の生き方を教えられたような気がした。
その時__。
「うっ……クソが……」
カミトが最初に倒したはずのワラジが微かに眼を覚まし、ピクピクと痙攣する体を起こそうとする。
安心感に浸ってるせいか、カミトもツナミもまだ気づいていない。
(っ!?まずい!あいつ、まだ生きてる!)
イナリは一瞬にして全身が凍りつくような感覚を覚えた。
なんとかカミトのそのことを伝えようとするが、恐怖に駆られた上に、唇が戦慄いて言葉が出るに出なかった。
怖い……死にたくない……。その思いがイナリを締め上げた。
「くっ!このガキがあぁぁ!」
次の瞬間、ワラジが懐に仕込んでいた短刀を抜き取り、再びカミトに向かって突進した。
「危ない!!」
突然、振り返るカミト。
しかし、迫り来る敵に間に合う様子もなく、イナリは考えなしに足を動かす。
「イナリ!?」
次いでツナミが振り返った途端。
「どりゃあぁぁぁ!!」
一直線に、ワラジの鳩尾に強烈なタックルをお見舞いした。
「ぐっ……!」
ワラジはどこか身体の糸が切れたように、悲痛な叫びを漏らす。口から唾を吹き、またもや床に倒れ込む。
「はぁ、はぁ……父ちゃんの敵だ!!」
息を切らしたイナリが、今度こそ完全に気を失ったワラジを険しい表情で見下ろす。
カミトは咄嗟の出来事に少々戸惑った様子を見せるが、自分がイナリに救われたことは容易に理解できた。
「イナリ!やるじゃないか!」
ナルトはイナリの活躍に感動し、思わず声を上げる。
しかし、正直なところカミトは__ワラジの意識が戻ったことをイナリより瞬時に気づいていたのだ。気づいた上でわざと手を出さずに放置し、見て見ぬ振りをした。
__イナリに勇気を持ってもらうために。
それを本人に伝えることはなかった。
「驚いたわ。イナリがこんなに勇敢な行動を取るなんて」
カイザが死んで以来、これまで見ることもなかった息子の勇姿にツナミを感動していた。
「イナリ……君は自分にも勇気があるってことをその身で証明した。君はもう充分強いよ」
「強い……」
長閑な笑みで言われたカミトの一言に、イナリは再び涙を流した。
「……も、もう泣かないって……決めたのに!」
これまでずっと前に進みたくて……強くなりたくて、自分を押し殺してきた自分。でも出来ない。自分は弱い。
その悔しさの全てを一気に吹き出し、滝のように涙が流れていく。
「イナリ……」
カミトは猛烈に泣くイナリの素直な姿に、以前の自分の姿を重ね合わせていた。
「今の君の涙は……悔しさや悲しみから来るものじゃない」
イナリは泣き腫らす顔を上げ、カミトと正面から向き合う。
「一番嬉しいって思う時の……嬉し涙だよ」
泣いてもいい。そう言われ、更に涙を流す。もうイナリの心には、苦しさの一片も残っていない。心の底から清々しい気持ちだった。
「うん」
全てを曝け出したイナリは、今までにないくらい満足な気持ちで涙を片腕で拭う。そこには、久方ぶりに失われていた笑顔が戻っていた。
未だに気絶しているワラジとゾウリを、近くの桟橋に立つ柱に縄で縛り上げる。
「さて……ここが狙われたなら、橋に向かったカカシ先生達も……間違いなくピンチだな」
タズナ護衛のため橋に向かったカカシ、サスケ、サクラの3人の身を案じた。
「ここはもう大丈夫だろう。後のことはイナリとツナミさんに任せる形になるけど……大丈夫?」
「ええ、わたし達はもう大丈夫よ」
「もしまたガトーの手下がやってきたら、今度は僕がやっつけてやる!」
先ほどとはまるで別人に思えるイナリの自身に満ち溢れた顔に、カミトは安心した。
(もうイナリに……迷いはない)
内心で呟き、カミトは2人を残して全速力で森を駆け抜ける。
(急がなきゃ!……再不斬が生きてるなら……俺の力が必要不可欠だ!)
再不斬は生きている。その確信がカミトの足を速めるのであった。
努力すれば報われる。
そう信じてやってきたのだろう住人達の末路は最悪だった。何も成し遂げられず、後世に思いを伝えることもなく、路傍に倒れて朽ち果てるだけ。
その生に意味はあるのだろうか?その死に意味はあるのだろうか?
しかし、意味を求めることなく単純な事実として受け入れるだけ。立ち上がることもなく、眼を開くこともない。夢を繋ぐための《架け橋》。タズナ達が命を懸け、積み重ねてきた希望の結晶とも言える橋さえ完成すれば、波の国はかつてのような活気を取り戻せる。
希望の象徴とも言える大橋の建設現場に到着したタズナとカカシ達。しかし__着いた途端に見た光景は、酷く滑稽だった。
「な……なんじゃこれは!?」
そこには、数名ほどの建設作業員達が傷を負い、半殺しにされた状態で彼方此方に倒れていた。まるで見せしめのようだった。
(まさかとは思うが……)
誰の仕業か薄々勘付いていたカカシは、最悪の事態を察知し、周囲を警戒する。
するとたちまち、今の晴れの日には似つかわしくない不自然な霧が、周囲に包み込んだ。
(この霧……!?)
白煙のよう濃い霧がついに太陽の光まで遮った。徐々に暗く、肌寒くなっていく中、カカシは戦う覚悟をした。
「サスケ!サクラ!来るぞ!」
咄嗟に声を上げたカカシに続いて、サスケとサクラ、タズナまでもが四方八方にそれぞれ身構える。自分達から冷や汗が滲み出ているのはハッキリしていた。
「カカシ先生!これって……《あいつ》の霧隠れの術よね!?」
サクラがそう切り出した瞬間、凶悪な殺気がサスケの体を射抜いた。
「待たせたなぁ……カカシ」
霧の中に響き渡る冷徹な声。最初の時と同じだ。
「相変わらずそんなガキを連れて……。また震えてるじゃないか。かわいそうに」
「っ!?」
サスケは小刻みに震える中、声が鮮明に聞こえたと思った時はすでに、四方八方は再不斬の水分身に取り囲まれていた。
「ふっ」
微かに不気味な笑みを浮かべたサスケに、再不斬は一瞬唖然とした。
「……武者震い……だよ」
一瞬で恐怖を振り払って見せたサスケ。
「やれ……サスケ」
カカシの合図と同時に、水分身の集団が一斉に《首斬り包丁》を振り回す。サスケは瞬時にクナイと手に取り、華麗に飛び回りながらいとも簡単に水分身を切り裂いた。
そのあまりに素早い動作に、水分身は崩れ落ちる。
(見える!)
今のサスケの戦闘能力は、1週間前とは別人なほど向上していた。
「ほぉ……水分身を見切ったか。あのガキ、結構成長したな」
再不斬は上から目線で褒め称えるように、サスケの成長を評価する。
「ライバル出現ってとこだな、白」
「そうみたいですね」
その時、正面側の霧の奥からスウッと、音もなく伸びる2つの影。
ついに再不斬とその部下がカカシ達の前に姿を現した。
「あっ!あのお面!」
咄嗟に瞳に映った白に、サクラの驚愕の声が響き渡った。並び立つ白のその姿は、誰がどう見ても再不斬の仲間。
「あらら……どうやら、俺の予想が的中しちゃったみたいだね、こりゃ」
自分の予想が正しかったこと、カカシとしては本当なら素直に喜びたいところだが、そんな気分にはなれなかった。
生きていた再不斬と、その仲間だった白を前に、戦いの火蓋が切って落とされた。
「《霧隠れの追い忍》ちゅうのは、超真っ赤な嘘じゃったんじゃな!」
タズナの切り出しに続いて、カカシが口を挟む。
「どう見たって再不斬の仲間でしょ。一緒に並んじゃって……」
その身の狡猾さと鮮やかさに呆気を取られそうだった。
「どの面下げて堂々と出て来ちゃってんのよ!あいつ!」
「やだねぇ、ああいうスカしたガキは……」
「でもカカシ先生よりマシよ」
「あ……そう?」
カカシとサクラのやりとりに区切りを付けるように、サスケが意気揚々と前に進み出た。
「あの面は、俺がやる」
「え?」
白の存在に困惑するサクラは戸惑いの表情を浮かべる。
「下手な芝居しやがって……。俺はああいうスカしたガキが一番嫌いだ」
「カッコいい!サスケ君!」
先ほどのカカシに対する態度とはまるで違うサクラ。
(サスケには突っ込まないんだよなぁ……サクラの奴)
自分はさておき、白と対面するサスケ。
普段から自分も充分スカしていると思われているのか自覚していないサスケの口ぶりは、もはや天晴れとしか言いようがない。
「大した少年ですね。いくら水分身が、オリジナルの10分の1程度の力しかないにしても……あそこまでやるとは」
沈黙を貫き通していた白もまた、サスケの巧みな動きに感心していた。
「だが、先手は打った。……やれ!」
「はい」
静かな返事をした白は、右手に1本の千本を構え、サスケを目掛けて走り出す。
「来る!」
警戒心を強めたサスケは咄嗟にホルスターからクナイを2本取り出し、両手に持つ。矢先、白がサスケに接触するくらいの距離にまで達した。
サスケの左手に逆手で握られたクナイと、白の右手に持たれた千本が叩きつけ合う。
チン!
鋭い金属音と共に小さな火花が散る。
橋の中心地でサスケと白の間合いが詰まり、互いに武器で押し合いながらも膠着していた。
「僕としては、あのカミト君という緑髪の少年と戦いたかったんですが……今は君で我慢しましょう。肩慣らしくらいにはなりますしね」
突如、道を切り開くように口を動かした白は、カミト不在に肩を落としていた。
「舐めやがって……」
白の言葉に眉をひそめたサスケが体をクルリと捻り、直線的に白に襲いかかる。白もすぐさま反応し、クナイと千本が火花を巻き散らしながら激突する。
(ほぉ……あのスピードを見切るとはな)
白の素早い反撃を正確に捉えたサスケの巧みな動きに、再不斬は少なからず感心した。
「サクラ!タズナさんを囲んで俺から離れるな!こいつはサスケに任せる!」
「はい!」
サスケと白の戦い振りに手応えを感じたカカシは、再不斬が動き出す前にサクラに指示を出した。
しかし、当の再不斬は余裕な顔で2人の戦いを傍観している。
「最初はカミト君と戦いたいと思ってましたが……君も中々やりますね。甘く見てたかもしれません」
「やっと俺の実力を理解したか」
ようやく自分と戦う気になってくれたと確信したサスケだが、白が一言付け加える。
「でも……やはりカミト君ではなく、君が相手では不満に思えますが……引き下がってはもらえないんでしょうね」
「ふざけたこと言ってねぇで……目の前の敵に集中したらどうだ!」
自分が二度もかませ犬扱いを受け、サスケは怒りが浸透したような眼球で白を睨む。
「言ってくれますね。でも……僕はすでに2つも先手を打っていますよ」
「2つの先手?」
自尊心を逆撫でされて気を散らしかけているサスケに、白が言葉巧みに放つ。
「1つ目は、先ほどの水分身によって辺りに撒かれた水。そして2つ目に……僕は君の片手を塞いだ。したがって君は、僕の攻撃をただ防ぐだけ」
「片手が塞がってるのは、お前も同じだろ」
互いに忍具で牽制し合う中、両者はどちらも片手を使えない状態。
しかし白は__。
「それはどうですかね?」
余裕な口振りを噛まし、片手で印を組み始めた。
(何!?こいつ片手で……!!)
突如目の当たりにした芸当に、サスケは眼を強張らせる。
左手だけで寅・酉・午・辰・亥・酉・寅の印を容易に結んでしまった。
(片手の印だと!?あいつ、あんな芸当を……!)
タズナを護衛しながらサスケを見守るカカシも、その光景には眼を見張る。
「水遁・千殺水翔」
白の発音に、地面に撒かれた水が一気に浮き上がり、無数の千本となって四方八方にサスケを取り囲んだ。
「サスケ君!!」
初めて眼にする術に翻弄され、サクラは声を上げた。
(思い出せ……あの修行を)
サスケは木登り修行を思い返し、体内のチャクラを練り始めた。
(チャクラを一気に練り上げ……足へ!)
水の針が届く寸前、白はサスケから距離と取って離れる。千殺水翔は見事サスケに命中し、大量の水しぶきが発生する。
始末されたサスケ__かと思われたが。
「……消えた?」
水しぶきが治まった場所に眼を通すが、サスケの影も形も一切見受けられなかった。
白は見失ったサスケを眼で追う間もなく、目にも留まらぬ速さで飛び上がっていたサスケが手裏剣を雨の如く降らし、白は透かさず後ろに回避する。
だが、それで終わりではなかった。
「案外とろいんだな」
「っ!?」
拍子に、サスケはいとも簡単に白の後ろを取った。
「これからお前は……俺の攻撃をただ防ぐだけだ!」
その言葉通り、白は振り返る間もなくサスケの攻め攻撃を受け止める。
サスケは手を休めることなく、続いて右手でクナイを振り下ろす。白は素手でどうにか防ぐが、同時にサスケは左手に持っていたもう1本のクナイを、手首の力で投げつける。
(速い!?)
一瞬の間で顔を横にずらした白だが、その動きを予測していたサスケの回し蹴りを喰らい、再不斬の所まで跳ね飛ばされる。
「白がスピード負けするとは……」
信じられない、と言った光景を眼に焼き付けた再不斬の顔に、焦りが滲み出た。
「どうやらスピードは、俺の方が上みたいだな」
倒れた姿勢を立て直した白に、サスケの余裕の口が反撃する。その様子を満足そうに眺めていたカカシが、冷静な口調で凄みを掛ける。
「ガキだガキだと、内のチームを舐めてもらっちゃ困るねぇ。こう見えても、サスケは木ノ葉の里《ナンバー1ルーキー》。ここにいるサクラは《里一番の切れ者》。そしてもう1人は、木ノ葉の伝説の忍の秘術と意志を受け継いだ《可能性ナンバー1》の……カミトだ」
カカシは相手を萎縮させようと口を叩くが、以外にも再不斬の反応は違っていた。
「ふふふ……白、わかるか?このままじゃ返り討ちだぞ」
「ええ……」
再不斬の卑劣な笑い声に続いて、白はこれまでとは違う覇気を纏い立ち上がった。
「……なんだ!?」
まるで真冬の凍結に晒されたような殺気が、実体をもって辺りを包み込んでいく。白の体からその名の通り、真っ白な冷気にも似たチャクラが吹き出していた。
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