KAMITO -少年篇-
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冷たい戦
下ろしていた両手で、3つの印を結び始める。
左の親指を上にして両手を握る《辰》。
右手を水平にし、左手を垂直にして重ねる《丑》。
右手の小指を立て、左手の人差し指と親指を立てた状態で両手を重ねる《卯》。
「水遁・水乱波!」
全ての印を結び終えたカミトの叫び声と共に、口から吹き出された多量の水が《再不斬》に降り掛かる。
しかし。
「甘い!」
再不斬は咄嗟に、手に持っていた全長250cmの大刀を振り、当たる寸前の水を払い除けた。
一見、失敗したかのように見えるが、実際は充分だった。
「上出来だカミト!」
先ほどの水遁は攻撃ではなく陽動のためだったのだ。僅かな隙を作り、おかげでカカシが再不斬から距離を取る時間が稼げた。
(カミトって水遁使えたの!?)
何よりサクラは、カミトの水遁忍術に驚愕していた。
サバイバル演習の時には使わなかったが、カミトは幼い頃よりチャクラの《性質変化》について勉強していた。と言っても、チャクラのコントロールが未熟なため、使える水遁系忍術は少ない。水乱波のような基本忍術だからこそカミトでも使えたのだ。
カカシが離脱したことによって、ひとまず安心な状況に変わったかと思いきや。
「だから言っただろ。……甘い、とな」
シュ!
素早く風を切る音を聞こえたかと思ったら、
「!?」
なんと、後退するカカシの背後に俊敏に付いた再不斬が、地面に突き刺した大刀を軸に体を回し、強烈な回し蹴りを加えた。
ドォ!!
「カカシ先生!!」
カミトの声援は虚しく、蹴飛ばされたカカシは大きく池まで飛ばされた。
(あ……あのカカシ先生が、蹴飛ばされた!?)
(……体術も半端じゃねぇぞ!)
あのカカシが簡単に吹き飛ばされたという事実に、サスケとサクラも未だに信じられなかった。
ドボン!と真っ逆様に池に落下したカカシ。すぐさま水面から顔を出し、態勢を整えようとするが、
(……な……なんだ? この水、やけに重いぞ……)
しかし、あまりの水の重さに体を起こすことが出来ない。
「ふん!バカが」
再びカカシの背後に現れた再不斬が、印を結ぶ。
「水遁・水牢の術」
「何!?」
瞬時に発動された再不斬の術により、カカシは水の球体に閉じ込められ、完全に動けなくなっていた。
(しまった!!水中に一時逃げ込んだつもりが……大失策だ!!)
再不斬に完璧に出し抜かれ、水玉に封じ込め一気に追い詰められてしまったカカシを、再不斬はしたり顔で見下ろした。
「ふふふ……単純な罠にハマりやがって」
カカシは水玉からの脱出を試みるが、なぜかチャクラを練ることが出来ず、術を発動させることも叶わなかった。
「無駄だ。その中じゃチャクラを練るどころか、呼吸すらままならん。脱出不可能のスペシャル牢獄だ」
再不斬は片手を水球体に翳したまま術を維持するが、その顔には少しの疲れすら見せていない。チャクラの量はまだ充分足りていると見ていいだろう。
「お前に動かれるとやりにくいんでな。カカシ、とりあえずお前との決着は後回しだ。まずは……」
そう言うと、今まで無関心だったカミト達の方に眼を向けた。
「緑髪のガキ、その後に爺いを始末する。残りは……まぁ、どうとでもなるだろ」
あくまでサスケとサクラには興味なし、といった感じで再不斬はチャクラを練り始め、新たな術を発動させた。
「水分身の術」
発音が流れた途端、自身の立つ池の水面から水が湧き上がり、1体の水分身が作り出された。
(くっ!ここまでの奴とは! )
ここに来てようやく、霧隠れの《鬼人》と恐れられた再不斬の実力を改めて痛感した。
高等忍術を片手で操り、同時に水分身を操る。そのコントロールの正確さと内包する膨大なチャクラ量。その潜在能力は、すでに人間レベルから大きくかけ離れていると言ってもいいだろう。
「くっ……来る!?」
先ほどまでカカシに向けられていた再不斬の殺気が、容赦なくカミトを襲う。その邪悪な視線に体が震え、冷や汗を掻きまくる始末だ。
「ふふふ……偉そうに額当てまでして、忍者気取りか。だがなぁ、本当の忍者ってのは、いくつもの死線を超えた者のことを言うんだよ」
瞬間、再不斬の水分身体が霧隠れの術を発動し、再び周囲が濃い霧に包まれる。
(また消えた!?)
霧と共に姿を掻き消した分身再不斬を見つけようと、カミトはどうにか意識を集中させた。
その瞬間__。
真っ白な空間の中に、滲むような黒い影が生まれた。それは見る見る内に大きくなっていき、巨大な大刀の切っ先がすぐに見て取れるようになる。
自分に攻撃が来ることを察知したカミトは、地面を強く蹴って大ジャンプ。そのまま後方に宙返りし、再不斬の攻撃を見事かわした。
鮮やかに地面に着地したカミトを、再不斬はどこか嬉しそうな雰囲気で見ていた。
「ほぉう、やるな。さすがは感知タイプだな。……そこだけは評価してやるよ」
冷徹な視線とサディスティックな笑みを浮かべる。
「お前ら!! タズナさんを連れて速く逃げろ!こいつと戦っても勝ち目はない! この俺を水牢に閉じ込めている限り、こいつはここから動けない!!」
自分の部下に向けられる狂気に焦り、カカシは水玉の中から必死に訴えかける。
しかし、カカシを見捨てて逃げることは出来ない。怪物のような忍者を相手にして、逃げ切れる保証もない。そんな様々な不安にカミト達は、どう行動すべきか戸惑う。
「水分身も本体からある程度離れれば使えないはずだ! とにかく今は逃げろ!」
カカシが必死に声を上げる中、カミトは対応策を考える。
(逃げたとしても……背中から攻撃を受けるのは眼に見えている)
カカシを欠いたこの状況で逃げ切れたとしても、遅かれ早かれ再び再不斬と遭遇し、戦う羽目になる。自分達よりも上の実力を持つはずのカカシ不在は、更なる不安と恐怖に支配されるだけ。__全滅だ。
全員が生き残るための選択肢は1つ。カカシを助け出すことである。
幸いカミトには、敵の位置を的確に見抜く感知能力があるようだ。カミト自身も薄々理解していたが、今まで自分に感知能力があることに気づいていなかった。感知能力があるにせよないにせよ、まだ自信がなく、嫌でも足が竦みそうだった。
しかし、それでもカミトは恐怖に足掻こうと必死に自分自身を保ち、冷静に対処しようと頭をフル回転させる。
(……どんな状況にも、必ず抜け道はあるはずだ)
再不斬を倒すのは無理でも、カカシを救出するくらいならなんとかなるはず。そう考え、カミトはヒントを得ようと周りを四方八方に眺める。
最終的に瞳に映ったカカシと再不斬本体の分析を始める。
(見たところ……あの水牢は対象者を閉じ込めるためだけの術。……だが、本体の再不斬はずっと水牢に手を触れたまま動かない。あの様子から判断すると……水牢を持続させておく条件は、術者が常に手を触れていなければならないんだ)
つまり__。
(狙うなら……本体だな)
術者である再不斬の本体を仕留めれば、水牢に水分身も消える。まさに一石二鳥だ。問題は方法だが、カミトの脳内ではすでにアイディアが浮かんでいた。
追い込まれていた時とは別人のように、カミトは再不斬を睨み返す。
「サスケ、作戦がある。手伝ってくれ」
サスケの傍らに寄り、小声で語る。
「……この状況で作戦を立てるとはな。……信用できるのか?」
「信用より成功を心配しろ」
カミトは、再不斬に企てを悟られないことを意識しながらサスケに伝えた。
(不味いぞ!! あいつら一体何をするつもりなんだ!?)
この緊迫した場面で自分の忠告を聞かず戦おうとする部下達に、カカシは危機感を募らせていた。捕まった自分の失態のせいで部下の命を失わせたくはない。カミトの作戦がどんなものであれ、再不斬に通用するとは微塵も思っていなかった。
「お前ら!逃げろって言っただろ!俺が捕まった時点でもう白黒ついてる!お前達の任務はタズナさんを守ることなんだぞ!」
カカシの命懸けの説得に、カミトは頑として耳を傾けようとしなかった。カカシに構わず、カミトは背負っていたリュックから、4つの刃を折り畳んだ物を取り出し、サスケに手渡した。
「サスケ、頼むぞ」
「ああ、わかった」
先ほどカミトから聞かされた作戦に、サスケは同意しがたい様子だったが、この状況でそうも言っておられず、カミトの作戦に賭けてみることにした。
手渡された刃を握ったサスケは、丸い柄を中心に4つに束ねられた刃を時計回りに広げる。
「風魔手裏剣……影風車!」
折り畳まれた刃が広がった途端、巨大な十字型の手裏剣__《風魔手裏剣》が完成した。
「そんなでかい手裏剣なんぞで……俺は倒せないぞ」
再不斬の余裕な態度など御構いなく、サスケは風魔手裏剣を一気に投げ付ける。飛んでくる手裏剣に驚きもせず、再不斬は余裕な態度を振る舞ったまま大刀を構え、風魔手裏剣を薙ぎ払おうとする。
しかし。
「ん!?」
考えなしに投げられたかと思いきや、投げられた巨大な手裏剣は大きく軌道を外れ、水分身再不斬を通り過ぎていった。
手裏剣の向かう先は__カカシを捕らえている本体。
「なるほど。今度は本体を狙ってきた訳か。だが……」
カミト達の狙いを全て見切ったつもりの本体再不斬は、いとも簡単に手裏剣を左手で受け止めた。
「やはり……甘い!」
カカシを捕らえたままの再不斬の左手に、呆気なく風魔手裏剣が静止した。
だが__それがカミトの狙いだった。
(……印は近づいた)
笑みを作り、右手で背から《千切斬》を抜くと、すっと重心を前に写しながら左手を一歩前に__。
突然、ズバァン!!という衝撃音と共にカミトの姿が掻き消えた。
「飛雷神斬り!!」
猛然な叫びと同時に、疾風のようにカミトが突如として再不斬の前に現れ、愛用の忍刀を抜刀。再不斬の脇腹を斬った。
「ぐはあぁぁ!!!」
左側の脇腹に途轍もない激痛が走り、再不斬の叫び声が響いた。
今までどんな敵と相対しようとも、その太刀筋が見えなかったことのない再不斬の眼ですら追いきれなかった。慌てて傷を負った横腹に右手を当て、出血を抑えた。同時に、サスケ達の前に立ちはだかっていた水分身も消えた。
首を後ろに振ると、再不斬から遠く離れた場所にカミトが低い姿勢で停止し、即座に下の池にドボンと落下した。
「速過ぎる!!」
「なんなの!?今の!?」
「何がどうなっておるんじゃ!?」
付近にいたサスケと、サクラ、タズナの3人は激しく戦慄した。未だかつて眼にしたことのない次元の動きを見た衝撃で、全身がぞくぞくと震えた。だが同時に、再不斬へ渾身の一撃を喰らわせられた、という満足感を抱いた。
「はぁ……はぁ……下忍だからって……見くびらないでほしいね」
カミトは全てを出し尽くしたのか、その顔に激しい疲労の色が見て取れた。
「このガキがあぁぁぁ!!」
我に返った再不斬は、カミトに恐ろしいほど血走った眼と雄叫びを向ける。左の脇腹に受けた激痛のことなど忘れ、左手に持つ風魔手裏剣を器用に猛スピードで回し、後ろの池に浮くカミトを捉えた。
「っ!!」
握っていた風魔手裏剣が自分に投げ付けられそうになる瞬間、ガツン!と鈍い音が響き渡る。
そこには、再不斬の手裏剣斬撃を、片手のグローブに付いた金属板で受け止めたカカシが、ビショビショに濡れながらも立っていた。
「あ!カカシ先生!」
カミトの攻撃によって解かれた水牢からようやく脱出できたカカシを見て、サクラは即座に安心に満ちた声を上げた。
「カミト……今の作戦、見事だったぞ。成長したな、お前ら」
カカシの褒め言葉に、カミト達3人の顔が緩んだ。
俊敏な突進攻撃を往なされた再不斬は、まだ何が起こったのか理解していないようだった。カミトが突然自分の前に現れた理由を探して見当違いの方向をキョロキョロと見回している。
実は、サスケに手渡した風魔手裏剣に、カミトが事前にある細工を施していたのだ。
__《飛雷神の術》専用の術式。
カミトは風魔手裏剣の4つの刃の内1つに手を触れ、チャクラによる術式を施した上でサスケに投げさせたのだ。手裏剣術なら、自分よりサスケのほうが上。再不斬の本体を正確に狙えるとすれば、サスケしかいない。
カミトの見越した通り、サスケは風魔手裏剣が本体に向かうようにわざわざ軌道修正までしてくれた。
再不斬が見事に左手で手裏剣を受け止め、初めて作戦の準備が整う。風魔手裏剣に施された術式により、カミトは飛雷神の術を駆使して再不斬に斬り掛かる。
無論、それで再不斬を倒せるとは思っていなかったが、少なくともカカシを水牢から脱出させることには成功した。
自分の脇腹と一緒にプライドをまで傷つけられた再不斬は、荒い息と鬼の形相でカカシを睨みつけていた。
「俺ともあろう者が……思わず水牢の術を解いちまったぜ」
あくまで自分に不利はないと、自分をフォローするが、カカシには見透かされていた。
「違うな。術を解いたんじゃなく……解かされたんだ」
「……くっ!」
悔しいが、カカシの言うことは筋が通っていた。しかし、《霧隠れの鬼人》としてその名を轟かせる再不斬としては、一流の忍ですらない子供に敗れたという事実を認めたくなかった。
「言っておくが、俺に二度同じ術は通用しないよ。さあ、どうする?」
透かさず左の写輪眼を見せながらもカカシは、再不斬と互いに睨み合う。2人揃って相手の出方を見ているのだ。
焦りを感じた再不斬は、風魔手裏剣を強く押し、カカシはそれを片手だけで必死に食い止める。しかし、極々と迫ってくる手裏剣の先端に、今にも顔を突き刺されそうになる。筋力では再不斬の方が上と見て、まず間違いないだろう。
カカシの顔にも焦りが見え始めるが、決して退こうとはしない。
「!?」
一瞬力を抜き、片手の力を溜め、風魔手裏剣を弾き飛ばした。弾き飛ばされた風魔手裏剣は、霧の奥深くに消えていった。
「くそっ!?」
再不斬は悔し気に池を強く踏み、ジャンプする。同時にカカシもジャンプし、互いに10メートルほど距離を取った。水面に降り立った途端、再不斬は両手で印を結び始めた。
カカシの写輪眼は、それを見逃さなかった。
再不斬の印を結ぶ手の動きを視認し、まったく同時に自分の手を動かした。今、再不斬とカカシの動きが完全にシンクロした。
子・丑・寅・巳・午・未。
6つの印を結び終えた瞬間、2人の目の前で水が龍を象り、水面から湧き出るようにうねり上がる。
「「水遁・水龍弾の術!」」
2人の放った水龍が互いに打つかり合い、巨大な津波が発生した。
「うわあぁ!」
池に浮かんでいたカミトは津波に飲み込まれ、遥か遠くに流されていく。
津波は陸まで届き、サスケ達の所まで飲み込んだ。
「くっ!」
「きゃぁ!」
「ぬおぉ!」
あまりの水量と勢いに流されまいと3人は必死に身構え、水流を押し切った。
(印をたったの数秒で……!しかも完璧に真似てやがる!)
写輪眼を駆使したカカシの正確かつ異常なコピー忍術に、サスケは驚きを隠せなかった。
(な……なんなの!? カミトといい先生といい!これって全部、忍術なの!?)
サクラの知る範囲の中で、これほど強力な忍術は知られざる情報だ。
流されたカミトがようやく水面から顔を出し、再びカカシと再不斬の戦いに眼を向ける。
(なぜだ!?この俺が……!?)
カカシとの戦いの真っ最中、カミトから受けたダメージにより再不斬は朦朧とした意識の中で混乱する。忍者に成り立ての子供に傷を負わされたことを未だに認められず、戦いに集中できずにいた。
「怖気づいたか?」
「黙れ!!」
再不斬は追い詰められた精神状態の中、必死に冷静さを保とうとする。百戦錬磨の男にしては珍しく感じる死の恐怖。
(こいつ!)
「胸糞悪い眼付きしやがって……か?」
カカシの鋭い眼光が再不斬の術だけでなく心まで見透かし、容赦なく視線を突き刺す。だがそれ以上に、カミトに植え付けられた死のダメージが消えてくれない。
「ふん!所詮はコピー……二番煎じだ」
プライドにかけて、再不斬は強がる。
「「お前は俺には勝てねぇよ!猿野郎!」」
再不斬が冷静さを取り戻そうとするたび、カカシによって妨害される。糸のように絡み付く言葉が、執拗な精神攻撃を繰り出す。ついに再不斬の怒りが頂点に達した。
「てめぇの猿真似口、二度と開かねぇようにしてやる!!」
今度こそ、という勢いでカカシにとどめを刺そうと印を組む。
「ん?」
その途端、カカシの背後から謎の人影が眼に入った。
(あ、あれは……俺!?)
再不斬の見た先には、カカシの背後に浮かび上がった自分の姿。
(そ……そんなバカな!奴の幻術か!?)
一瞬の戸惑いを見せた再不斬を、カカシは見逃さなかった。
「水遁・大瀑布の術!」
カカシの繰り出した水遁忍術は、辺り一帯の水をありったけに巻き上げ、恐ろしいほど巨大な濁流となって再不斬に襲い掛かる。
「うわあぁぁ〜!!」
悲鳴と共に再不斬は濁流に飲み込まれ、激しい水流に逆らうこともできなかった。
水龍弾のぶつかり合った時以上の津波が発生し、カミトも飲み込まれながらも再び流された。
(術をかけようとしたこの俺の方が……追い付けないだと!?)
気づいた時はすでに時遅。巨大な濁流が再不斬を森へと押し流し、巨木にその身体を打ち付けた。
その途端。
再不斬の四肢に数本のクナイが突き刺さった。
「ぐおっ!」
痛みと言う衝撃が全身に走り、再不斬は身動きを封じた。先ほどまでの戦いによって再不斬はすでにチャクラが切れかかっている。文字通り手も足も出なかった。
「……終わりだ」
再不斬の動きを止めた木の枝には、クナイを構えたカカシが立っていた。再不斬にとどめを刺そうとクナイを投げる体勢を整えると__。
ザクッ!
突如、肉を抉る音が2発、鳴り響く。
すると、再不斬の喉元には2本の針が深々と突き刺さり、気づけば喉を貫通していた。
「「「!?」」」
そのあまりの素早い出来事に、カミト達やタズナは疎か、カカシでさえ言葉を失う有り様。そして何より、あの再不斬が呆気なく絶命し、力なく地面に倒れる。
一瞬の間に起きた現実に、その場の誰もがまともに理解することすらままならなかった。
「ふふ……本当だ……死んじゃった」
張り詰めた空気の中、再不斬を殺した張本人の声が谺す。カカシが向かい側を見ると、別の木の枝に白い仮面を付けた少年が1人立っていた。
ようやく池から陸に上がったカミトも、どこか白々しく感じる少年に眼を向けた。
「ありがとうございました。僕はずっと、確実に再不斬を殺す機会を伺っていました」
面を身につけた少年忍者は、頭を下げるながらカカシに礼を言った。
不審に思ったカカシは、すぐさま再不斬の死体の前に降り立ち、首元に指を当て、脈を調べる。
(脈がない。確かに……死んでるな)
仮面の忍者の鮮やかな手際良さに、カカシは少なからず畏怖した。
(あの距離から、正確に急所を射抜いてやがったな)
怪しい雰囲気を放つ仮面の忍を睨みつけるカカシが、ついに口を開く。
「確かその面……お前は霧隠れの《追い忍》だな?」
「さすが……よく知っていらっしゃる」
仮面の忍は、敬服したように言葉を返す。
(追い忍?まだ俺達とそう変わらない歳に見えるが……)
まだ自分とそう変わらない歳に見える面の忍者を、カミトは不思議な眼差しで見つめる。
アカデミーに通う生徒なら誰でも習う基本知識の1つ、追い忍。再不斬のように生まれ育った里を抜け、自らの目的のために生きる《抜け忍》を追跡し、抹殺することを専門とする忍者。それが追い忍である。
カミトの場合は不登校時代に読んだ本で得た知識だが、これくらいの知識は常識だ。
(背丈や声からして、まだカミト達と大して変わらないってのに、追い忍か……?)
仮面のせいで表情は一切読み取れないが、カカシには今の状況が胸糞悪く感じられる。一方で仮面の忍は、相変わらず落ち着いた態度でカカシ達を見下ろしている。
(ただのガキじゃないね、どうも……)
追い忍といえば、暗部の中でも特に精鋭とされる部隊。
特に《霧隠れの里》は初代水影の影響もあって、他の里以上に秘密主義が徹底されていた。同里の忍ですら四代目水影以前の水影の情報を知らない者が多い。そのため、里の秘密が漏れないよう抜け忍に対する対応を徹底している。追い忍は言わば、抜け忍狩り専門の部隊ということだ。
しかしカカシは、目の前の忍から噂に聞くような残虐・冷酷なものが感じられなかった。この少年が追い忍とはまだ信じ切れずにいた。
仮面の忍は木の上から降り立ち、カカシに言った。
「まぁ、そういう訳ですから……再不斬の死体から離れてくれませんか?」
そう言われ、カカシは仮面の忍を暗い眼で睨みつけたまま警戒し、渋々と再不斬から離れた。
しかし、カミトはその追い忍に対する警戒を緩めようとはしなかった。
「安心しろカミト……敵じゃないよ」
カミトの思考を悟ったカカシが傍に近づき、落ち着かせようと頭に優しく手を置く。
「それはわかってます。ただ……」
どこか焦るようなカミトから、普段とは違う落ち着きのなさが見て取れた。
自分と大して変わらない年齢の少年忍者に、再不斬が呆気なく殺された。その現実を目の当たりにしても、未だ信じ切れずにいた。
実力で言えば、眼前の追い忍はサスケより強い。自分がサスケよりも劣ることはわかっていたが、そのサスケ以上の実力を持つ者がこの世界に存在する。その現実がまだ頭の中で処理できずにいたのだ。
「ま、 信じられない気持ちもわかるが……これも事実だ。この世界には、お前よりも歳下で……俺より強いガキもいる」
世界は広い。それに比べればカミト達のような下忍など、ちっぽけな存在。カカシの言葉をそう解釈し、受け止めたカミトは、どうにか腑に落ちた。だが同時に、悔しくも思えた。
「カミト……もういいだろ?」
「……はい」
途端、再不斬の亡骸へと足を向けた追い忍は、おもむろに再不斬の死体を担ぎ上げる。
「あなた方の戦いも、ひとまずここで終わりでしょう。僕はこの死体を始末しなければなりません。何かと秘密の多い体なもので」
話に区切りをつけ、片手で印を組んだ。
「それでは、失礼します」
印を組んだ途端、仮面の忍は一瞬で風と共に掻き消えてしまった。
「カカシ先生!カミト!大丈夫!?」
仮面の忍が消えた後、サクラとサスケはようやくタズナを連れ、無事に2人と合流した。
「大丈夫だ。お前達も見ていた通り、再不斬は霧隠れの追い忍が連れて行った」
カカシはようやく修羅場を乗り越えたと悟り、一息ついたところで再び額当てを下げ、左の写輪眼に被せ直した。
「さてと、 俺達もタズナさんを家まで連れて行かなきゃな。任務はまだ終わっていないからな
気を取り直したカカシが、任務続行を下忍達に指示する。その様子を見て、サクラもサスケもやっと安心したようだった。
「ひとまず、脅威は去ったわね。わたし、本当に心配しちゃったわよ」
あまりの安心感にサクラは声を漏らした。
「ははは……皆、超すまんかったのぉ!代わりにワシの家でゆっくりしていけ!」
タズナも安堵したように声を上げるが、次の瞬間。
「……あぁぁ……」
先ほどまで気力のよかったカミトが、力尽きたような声を出し切り、フラフラと体を揺らした。
サクラの声が……遠い。
まるで窓の外から聞こえてくる雨音のようだ。
意識が肉体から完全に離れかかっているのが、自分でもはっきりわかる。糸が切れたようにカミトの体が横に傾き、すぐさま地面に崩れ落ちた。
「え……何!?どうしたのカミト!?」
サクラの声はもはや一切届かず、地面にのめり込んだかのように倒れたカミトは完全に意識を失ったま死んだように動かなくなった。
「どうしよう!カカシ先生!カミトが!……先生?」
カミトに駆け寄り、困惑しながらカカシに様子を伺う。
しかし__。
「……先生!?」
先ほどまで元気だったはずのカカシまでもが、カミトの後に続いて前方に倒れた。
「ちょっと先生まで!2人ともどうしちゃったの!?ねぇ!?」
(か……体が……動かない。……写輪眼を使いすぎたな)
まだかすかに意識を持っているカカシだが、今はサクラの呼びかけに応えることもできない。ピクピクと痙攣しながら徐々に意識が薄れていく。
「おいおい超やばいじゃねぇかよ!どうすんじゃ!?家までまだ3時間はかかるんじゃぞ!」
タズナはパニックに陥りつつある。
再不斬という脅威は去ったものの、残された3人がまだ危機に瀕していないとも限らない。道中に別の忍が襲ってきたら、今度はサスケとサクラの2人だけで戦うことになる。
「……たく!世話の焼ける奴らだ」
慌てふためくサクラとタズナとは別に、サスケはすぐさま行動に出た。
「おい、おっさん!運ぶから手を貸せ!」
カカシの腕を自分の肩に回しながら、サスケがタズナを呼びつける。
「サクラ、お前はカミトを運べ」
「う、うん!わかったわ」
状況に取り乱すことなくサスケは2人に指示を出し、サクラは素直に従う。カミトの上半身に手を伸ばし、持ち上げた矢先に背負う。しかし、あまりにも軽々と持ち上げてしまった。
(!?……う、嘘!男の子なのに、すごく軽い!)
男子にしては珍しい体重の軽さに、サクラは驚きを隠せなかった。
上半身を持ち上げた瞬間から気づいていたが、カミトの体重は信じられないくらい軽かった。12歳の子供の平均体重は40kg以上はある。しかし、サクラが思うにカミトの体重は40kg以下。体重30kgがちょうどいいところだろう。
身長はサスケと同じ153cmだというのに、それに似合わない体重を有するカミトのことが切なく思えてきた。
(こんな軽い身体で……あんな化け物みたいな忍者と戦っていたなんて……)
背負ってみてサクラは、初めてカミトの尊さが身に染みた気がした。
(それに比べてわたしは……何もできなかった)
背中を通して伝わってくるカミトの冷たくて細い華奢な身体の感触を味わいながら、サクラは自分の無力さを痛感した。
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