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英雄伝説~灰の軌跡~ 閃Ⅲ篇

作者:sorano
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プロローグ~放蕩皇子の最後の悪あがき~

七耀歴1206年、1月20日――――





エレボニア内戦終結から約1年半。



大陸最大の貿易都市クロスベル自治州を東の大国にして宿敵カルバード共和国と領有権争いをしていたエレボニア帝国であったが、約1年半前に起こった内戦にて戦力、国力共に大きく落とす事になった。



それは――――内戦の最中、四大名門の一角、”アルバレア公爵家”の当主が手柄欲しさに唯一貴族連合軍の魔の手から逃れていたエレボニア帝国の皇女――――アルフィン・ライゼ・アルノール皇女を拉致する為にアルフィン皇女が藁にも縋る思いで頼った14年前の”百日戦役”にて突如現れた異世界の大国―――メンフィル帝国によって占領、そしてメンフィル帝国領化した事でメンフィル帝国に帰属した元エレボニア貴族にして、エレボニア皇家とも縁があるユミルの領主――――”シュバルツァー男爵家”に匿われていたアルフィン皇女が匿われている”温泉郷ユミル”を猟兵達に襲撃させた。



この襲撃によってアルフィン皇女は貴族連合軍の関係者によって、貴族連合の”主宰”である”四大名門”の一つ―――”カイエン公爵家”の当主であるカイエン公爵の元へと連れていかれ、更に領民達を守る為に自ら剣を取って猟兵達を撃退しようとしていたシュバルツァー男爵は逃げ遅れた領民達を人質に取られて戦えなくなり、そして猟兵達の発砲を受けて重傷を負った。



重傷を負ったシュバルツァー男爵であったが、幸いにも応急手当が早かった事や急所を外れていた事、また翌日にユミル襲撃の報を知って事情を聞く為にシュバルツァー男爵の跡継ぎであり、メンフィルの次代の女帝、リフィア・イリーナ・マーシルン皇女の親衛隊に所属しているリィン・シュバルツァーやリィンの婚約者達、そして前メンフィル皇帝にして現メンフィル大使であるリウイ・マーシルンと共にユミルを訪問したリウイの側室の一人であり、異世界の宗教の一つ―――アーライナ教の”神格者”であるペテレーネ・セラとリィンの婚約者の一人にしてリィンに力を貸している古神―――”慈悲の大女神”アイドスの治療によって、事なきを得た。



そしてユミルが襲撃された理由を知ったメンフィル帝国はリベール王国の王都、グランセルに存在するエレボニア帝国の大使館を通してエレボニア帝国にユミル襲撃に対する謝罪や賠償を求めたが、貴族連合側はメンフィル帝国の要求に対して一切応えず、その結果メンフィル帝国はエレボニア帝国に宣戦布告し、内戦で混乱しているエレボニア帝国侵略を開始した。



新兵器、”機甲兵”によって正規軍を圧倒していた貴族連合軍であったが”ゼムリア大陸真の覇者”の異名を持つメンフィル帝国軍の前には為す術もなく殲滅され続け、僅か1週間でエレボニアの”五大都市”である”バリアハート”と”オルディス”に加えて貴族連合軍の旗艦であった”パンダグリュエル”が占領され、更に戦争勃発の元凶である現アルバレア公爵―――ヘルムート・アルバレア公爵夫妻、貴族連合軍の総参謀であり、アルバレア公爵家の跡継ぎでもあったルーファス・アルバレア、”領邦軍の英雄”の一人として称えられていた武人―――”黄金の羅刹”オーレリア・ルグィン将軍、カイエン公爵家の跡継ぎであったナーシェン・カイエンと結社”身喰らう(ウロボロス)”を始めとした貴族連合軍の”裏の協力者”の約半数が討ち取られるという大損害を受けた。



貴族連合軍が殲滅され、エレボニア帝国がメンフィル帝国に占領されるのも時間の問題かと思われていたが、エレボニア皇家である”アルノール皇家”に対して罪悪感を感じ続けているシュバルツァー男爵夫妻の為に両帝国の戦争を”和解”という形で終結させることを決意したリィンの戦争での活躍によって、エレボニア帝国は多くの領土をメンフィルに贈与する事や”帝国の至宝”と称えられていたアルフィン皇女をメンフィル帝国の関係者に嫁がせる等数々のメンフィル帝国が要求した条件を呑み、”和解”という形で終結した。



メンフィル・エレボニア戦争終結後、メンフィルが要求した和解条約によってリィンを始めとしたメンフィルが結成した少数精鋭部隊―――”特務部隊”がエレボニアの内戦に介入し、特務部隊と特務部隊の指揮下に入ったトールズ士官学院の学生達や正規軍、そして貴族連合軍から脱退した領邦軍がメンフィル・エレボニア戦争の最中にメンフィルが貴族連合軍から拉致したアルフィン皇女を旗印にした連合軍を結成し、貴族連合軍によって占領されている帝都ヘイムダルを奪還、更に幽閉されていたユーゲント皇帝達を救出、そして貴族連合軍の”主宰”であるカイエン公爵を討ち取った事でエレボニアの内戦は終結した。



内戦終結後、エレボニアにとって青天の霹靂の出来事が起こる。それは――――”クロスベル独立国”を建国したクロスベルの大統領、ディーター・クロイス政権に対して反旗を翻した”六銃士”達によってディーター・クロイス政権は瞬く間に倒れて”クロスベル帝国”が建国され、クロスベル帝国はメンフィル帝国と同盟を組んで東の大国、カルバード共和国を占領し、占領した領地をメンフィル帝国と分けて自国の領土と化し、更にメンフィル帝国との和解条約で贈与した元エレボニア帝国の領地の一部をメンフィル帝国が贈与された事だった。これらの出来事によってかつて領有権争いをしていたクロスベルに”下克上”をされてしまい、クロスベルはメンフィルに次ぐ名実ともに大陸最大の国家へと成長した。



内戦の最中に起こったメンフィル帝国との戦争による事実上の”大敗北”、クロスベルによる下克上、そしてメンフィル帝国に要求された和解条約の実行等によってエレボニア帝国は内戦以上の混乱の極みに陥りかけたが、内戦勃発直前に射殺されたと思われていたギリアス・オズボーン宰相がエレボニア帝国政府に復帰して指揮を取り、最小限の被害で混乱を治めた。



数ヵ月後、エレボニア帝国は大きく落とした国力を少しでも回復させる為に、ユミルを襲撃した張本人である”北の猟兵”達が所属している北方のノーザンブリア自治州に”北の猟兵”がエレボニア帝国が衰退する事になってしまったメンフィル帝国との戦争勃発の原因の一端を担っている事を理由に侵攻し、新たなエレボニア帝国領として併合した。



そして貴族連合軍の敗北とオズボーン宰相の復帰により、帝国政府による中央集権化が加速し、税制も統一されることで、貴族に統治されていた地方は混乱・弱体化し、またノーザンブリア自治州に侵攻、併合化した事でアルフィン皇女が当時ゼムリア大陸に一時的に降臨した”空の女神”エイドスの前で誓った条件を反故に近い行動を取った事からエレボニア帝国と七耀教会との関係が険悪化した事によって新たな問題も生まれつつあった。



そんな中―――かつて内戦で暗躍し、退けられ、リウイを始めとしたメンフィル帝国の精鋭部隊や諜報部隊によってトップである”盟主”や多くの”蛇の使徒”が暗殺され、更に”蛇の使徒”の一人にして”結社最強”の武人―――”鋼の聖女”アリアンロードの結社からの脱退、並びにメンフィルへの寝返りによってもはや崩壊したと思われていた結社”身喰らう(ウロボロス)”の残党や亡霊が、数多の猟兵団の動きに紛れるように、エレボニア帝国で密かに動き出そうとしていた。



エレボニア帝国に新たな動乱が起ころうとしている中、内戦終結後オズボーン宰相がエレボニア帝国全土を掌握し、大きく落とした国力を回復させる為の周辺地域への侵攻・領土拡大が推し進められる中、オズボーン宰相の政略によってヴァンダール家がアルノール皇家の守護職を解かれた事によって己の権限が弱体化されてしまった事を悟り、またトールズ士官学院の完全な軍事学校化を知ったオリヴァルト皇子は”最後の悪あがき”として”第Ⅱ分校”の設立を提唱し、更にオズボーン宰相に対抗すべく、エレボニア帝国内だけでなく、リベール、クロスベルとかつて自身が関わった”リベールの異変”や”影の国”事件時で培った人脈に自身への協力を働きかけ続け、最後に自身への協力者として必須である人物に協力してもらう為にその人物が所属しているメンフィル帝国の大使を務めているリウイを訪ねていた。



~リベール王国・ロレント市郊外・メンフィル大使館~



「―――お久りぶりです、リウイ陛下。メンフィル・エレボニア戦争が終結してからまだ2年も経っていないにも関わらず、元”敵国”であったエレボニア皇族の一員である私の訪問に応えて頂き、誠にありがとうございます。」

「……エレボニアが和解調印式で調印した”和解条約”を全て実行したのだから”俺自身”は今更ユミルの件を蒸し返すつもりはない。一体何の用でここに来た。」

会釈をしたオリヴァルト皇子の言葉に対して静かな表情で答えたリウイは真剣な表情になって問いかけた。

「……実は今日こちらを訪ねさせて頂いたのはリウイ陛下―――いえ、メンフィル帝国に協力して頂きたい事がありまして。」

「メンフィルに協力だと?その協力する相手はエレボニアか?それともお前自身か?」

オリヴァルト皇子の答えを聞いて眉を顰めたリウイは再度問いかけた。

「勿論私自身への協力です。実は―――――」

そしてオリヴァルト皇子はリウイにトールズ士官学院の分校である”第Ⅱ分校”を設立した事やその理由を説明した。



「―――なるほどな。それがお前の”最後の悪あがき”……か。しかしそうなる前に何故”鉄血宰相”を排除しなかった?”特務部隊”による活躍で”貴族派”に加えて”革新派”も一時的に衰退し、更に”鉄血宰相”自身内戦終結に何の貢献もしていない所か正規軍の指揮権を持っている”宰相”としての働きすらもしなかったのだから、それを理由に奴を帝国政府から完全に追放できる絶好の機会だったはずだ。」

「ハハ………やはりその件について聞かれると思いました。宰相殿を追放しなかった理由は二つあります。一つは私自身、内戦終結後に起こるエレボニアの混乱を鎮める為には宰相殿の協力も必要と思った私の甘さです………」

リウイの指摘に対してオリヴァルト皇子は疲れた表情で答えた。

「……その結果国内の混乱を最小限の被害で治める事はできたようだが、”北方戦役”やエレボニア内戦勃発、そしてメンフィル・エレボニア戦争勃発の原因の一端を”零の至宝”が担っている事を理由に、クロイス家が”零の至宝”を創る原因となった至宝を”空の女神”がクロイス家の先祖に授けた事を理由に、リベールのようにエレボニア帝国政府や皇家を庇う宣言を”空の女神”がする事を要請した事で”空の女神”の逆鱗に触れた挙句七耀教会との関係は険悪化したのだから、お前の言う通り、奴に頼る事は浅はかな考えだったようだな。」

「返す言葉もありません………まさか宰相殿がわざわざ私やミュラー君を訊ねて来てくれた”空の女神”達と面会した挙句、内戦やメンフィルとの戦争勃発の責任を”空の女神”にまで押し付けて、”空の女神”に帝国内で起こった混乱を鎮める為の宣言をするように要請―――いや、強要するというまさに言葉通り”神をも恐れぬ”行動をするとは、完全に想定外でした………」

「フッ、だがそんな”鉄血宰相”の”強要”もあのエステルの先祖である”空の女神”相手では何の意味もない―――いや、むしろ”逆効果”だったようだがな。」

「ハハ、それに関しては同感です。”空の女神”が宰相殿の自身に対する主張を否定した上、宰相殿自身がエレボニアが衰退する原因の一端を担っている事を真っ向から指摘し、更に”空の女神”である自身に協力を強要した事を理由に、自身に協力を強要した事を土下座で謝罪し、再び協力の強要や自身や周りの者達に対する暗躍をしない事を約束しなければ宰相殿―――いえ、”革新派”に所属している人達全員を”外法認定”かつゼムリア大陸歴史上初の”神敵認定”すると宰相殿を”脅迫”した上宰相殿に命中しないギリギリの距離で大技を放って部屋の大部分を破壊して、宰相殿をその場で土下座させて謝罪させ、約束させた事を聞いた時はさすがはあのエステル君の先祖だと思いましたし、胸がスッとしましたよ。」

不敵な笑みを浮かべたリウイの話を聞いてかつての出来事を思い出したオリヴァルト皇子は苦笑していた。

「……それで?もう一つの理由は……――――ユーゲント皇帝か。」

「ハハ、さすがリウイ陛下ですね。父上は私以上に宰相殿の協力が必要と判断し、宰相殿を復帰させたのです………――――最も”空の女神”の件も含めて、今では宰相殿を復帰させた事を後悔しているような節は見られますがね………」

リウイの問いかけに対して答えたオリヴァルト皇子は疲れた表情で溜息を吐いた。



「話を戻すが……メンフィルに協力して欲しい事とは一体なんだ?今まで聞いた話から推測すると”第Ⅱ分校”が関わっているようだが……」

「……遠回しな言い方はせず、直截に答えさせて頂きます。メンフィル・エレボニア戦争で生まれた英雄にしてエレボニアの内戦終結に大きく貢献したメンフィルとエレボニア、両帝国の英雄――――リィン・シュバルツァーを始めとしたメンフィル帝国に所属している方達に一時的で構いませんので”第Ⅱ分校”の”教官”を務めて欲しいのです。」

リウイに話の続きを促されたオリヴァルト皇子は決意の表情になって答えた。

「何?リィン・シュバルツァー達を”第Ⅱ分校”の”教官”にだと?理由はなんだ。」

「理由は……宰相殿に対抗する為にはかつての”Ⅶ組”―――いや、あの時以上のように”第三勢力”による”風”を吹かせる必要があるからです。ちなみにこちらを訊ねる前にリベールやクロスベルにいる私の知人達にも訊ねて理由を説明して協力を嘆願し、その嘆願に応えて頂きました。」

「リベールだけでなく、エレボニアにとっては新たなる”宿敵”となったクロスベルにまで協力の嘆願をするとはな……よく”鉄血宰相”による横槍が入らなかったな?」

オリヴァルト皇子の説明を聞いたリウイは興味ありげな表情で訊ねた。

「ミュラー君達――――”ヴァンダール家”がアルノール皇家の守護職を解かれた事で、もはや私は取るに足らない相手か、もしくは”放蕩皇子”の”最後の悪あがき”と判断して私を泳がせる為に敢えて横槍を入れなかったかもしれません。」

「…………ちなみにリベールとクロスベルの関係者は誰が”第Ⅱ分校”に関わる事になっている?」

「リベールからはティータ君が”第Ⅱ分校”の留学生として留学し、アガット君はティータ君を守る為かつ”ハーメルの惨劇”の真相を探る為にまだ残存している帝国の唯一のギルドの助っ人としてとして帝国入りする事になりましたし、クロスベルはギュランドロス皇帝が”戦術科Ⅷ組”の担当教官に、リィン君と同僚であった”あの”特務支援課のランディく―――いや、ランドルフ君がギュランドロス皇帝を補佐する”Ⅷ組”の副担当教官として一時的に就いてくれることになりました。」

「……おい。何故一国の皇帝が―――それもエレボニアに憎悪を抱かれている皇帝の一人が”第Ⅱ分校”の教官を務める事になったのだ?」

オリヴァルト皇子の話を聞いてあるとんでもない事実に気づいたリウイは表情を引き攣らせて指摘した。



「いや~、ヴァイス―――ヴァイスハイト皇帝にランドルフ君を”第Ⅱ分校”の教官として派遣する依頼の話をした際に同席していたギュランドロス皇帝が『”仮面の紳士ランドロス・サーキュリー”再臨の時が来たぜ!』と突然言い出して、担当教官を申し出てくれたんですよ。ちなみにランドルフ君は副担当教官です。」

「………意味がわからん………というかよくヴァイス達はそんな理由で皇帝自らが他国の士官学院の教官になるという前代未聞の出来事を許したな……」

苦笑しながら答えたオリヴァルト皇子の説明を聞いたリウイは頭を抱えて呟いた後疲れた表情で溜息を吐いて自身の疑問を口にした。

「ハハ、ヴァイス曰く『ギュランドロスの型破り過ぎる行動にまともに付き合う必要はないし、ギュランドロスのバカな行動は止めようとする方が時間の無駄だ』と言って投げやりな様子で賛成しましたし、ギュランドロス皇帝に元々仕えていた”三銃士”の人達も『またギュランドロス様の悪い癖が始まった』と苦笑いしていました……まあ、エルミナ皇妃だけは猛反対していましたけど、最後は折れてギュランドロス皇帝の説得を諦めました。」

「…………………それで?先程リィン・シュバルツァーを始めとしたメンフィル所属の者達を派遣して欲しいと言っていたが、後は誰を何の役割として派遣して欲しいのだ?」

オリヴァルト皇子の話を聞いて当時の光景を想像したリウイは表情を引き攣らせたがすぐに頭の片隅に追いやって話を戻した。

「―――こちらのリストに乗っている人物達にそれぞれの役割に就いて欲しいのです。」

そしてオリヴァルト皇子は一枚の紙をリウイに渡した。





”第Ⅱ分校特務科Ⅶ組”担当教官 リィン・シュバルツァー 





”第Ⅱ分校主計科Ⅸ組”担当教官 レン・ヘイワーズ・マーシルン





”第Ⅱ分校宿舎”管理人 アルフィン・シュバルツァー





”第Ⅱ分校校長” リアンヌ・ルーハンス・サンドロッド





「……………おい。リィン・シュバルツァーの件は一端置いておくとしても何だ、この人選は?お前はエレボニアに新たな混乱を巻き起こすつもりか?」

紙に書かれてある人物の名前や役職に目を通したリウイは頭痛を抑えるかのように片手で頭を抱えてオリヴァルト皇子に問いかけた。

「ハハ、今の宰相殿を相手にするには。常識では考えられない人達の協力が必要だと判断した事もそうですがギュランドロス皇帝が”第Ⅱ分校”に来る時点でリウイ陛下の指摘は”今更”だと思いましたので、開き直ってその人選にしました♪」

「ハア……………それにしても和解条約でリィンに降嫁した事でエレボニアから完全に退場したアルフィン皇女―――いや、アルフィン夫人まで関わらせようとするとは……まさか”鉄血宰相”を排除した後のエレボニアの政治にアルフィン夫人を関わらせる為の足掛かりにするつもりか?」

オリヴァルト皇子の答えを聞いて疲れた表情で溜息を吐いたリウイだったが、すぐに気を取り直して目を細めてオリヴァルト皇子に問いかけた。

「いやいや、家族を―――妹を政治利用すると言った愚かな事は一切考えていません。もし、そんな事をすれば私はアルフィンに嫌われる上、メンフィルに加えてリィン君達にも完全に敵対視されますしね。………”第Ⅱ分校”の件にアルフィンまで関わらせる理由は色々とありますが……一番の理由はセドリックを思いとどまらせる為です。」

「セドリック皇太子だと?…………そう言えば、退院後のセドリック皇太子はまるで別人のように随分と様変わりしたそうだな。」

オリヴァルト皇子の話を聞いて眉を顰めたリウイだったが、ある事を思い出して真剣な表情でオリヴァルト皇子を見つめた。

「…………はい。今のセドリック皇太子は昔の面影が全く見えない程逞しくなり、自信をみなぎらせているのです。」

「衰退したエレボニアの次代の皇帝として期待できる器へと成長した事はエレボニアとしても、心強いのではないか?―――いや、お前はセドリック皇太子の急変に危機感を抱いているのか。」

「ええ…………セドリックに一体何があって、あのように変貌したか未だにわかりませんが………今のセドリックは時折宰相殿と重なるように見える事があるんです。それにヴァイス達――――”クロスベル帝国”を敵対視しているような様子を見せる所か、1年半前の”和解条約”や内戦の件でアルフィンに対する皮肉な発言をした事もあるのです………」

リウイの推測にオリヴァルト皇子は辛そうな表情で頷いて答えた。



「…………………アルフィン夫人を再びエレボニアに関わらせようとするのは、セドリック皇太子にアルフィン夫人が自身と帝位継承争いする為に再びエレボニアに姿を現したと錯覚させてセドリック皇太子の野心や暴走を思いとどまらせる為か。」

オリヴァルト皇子の話を聞いて厳しい表情で考え込んでいたリウイはオリヴァルト皇子に問いかけた。

「はい。」

「………俺はセドリック皇太子を思いとどまらせる所か、むしろ逆にその事でセドリック皇太子が焦り、己の心に秘めていた野心をさらけ出して暴走する後押しになると思うがな。」

「それならそれでいいんです。後になればなるほど、”後戻りができない事”へと発展する可能性が高いでしょうから、そうなる前に対処すれば、セドリックがやり直せる機会が訪れる可能性を残せます。」

リウイの指摘に対してオリヴァルト皇子は決意の表情で答えた。

「……ほう?まさかセドリック皇太子を千尋の谷へと突き落とす事を考えているとは……正直驚いたぞ。」

オリヴァルト皇子の答えを聞いたリウイは興味ありげな表情でオリヴァルト皇子を見つめた。

「……正直な所、今でも迷っています。ですが、”その程度の覚悟”を持たないとエレボニアは滅びの道を歩んでしまう……私はそう思っているんです。」

「………………仮にセドリック皇太子の野心が暴走し、その暴走を未然に食い止めたとしても、セドリック皇太子は責任を取る為によくて帝位継承権剥奪。最悪は廃嫡や自害もありえる事はわかっているのか?」

「勿論わかっています。もしそうなった時でも最悪セドリックの命が失われる事は絶対に阻止するつもりです。」

「ユーゲント皇帝の跡継ぎはどうするつもりだ。もし唯一の帝位継承権を所有しているセドリック皇太子の帝位継承権が剥奪されるような事があれば、ユーゲント皇帝―――次代のエレボニア皇帝に即位できる者がいなくなる事態に陥る事はお前もわかっているはずだが?」

「その時は…………――――リィン君とアルフィンの間に産まれてきた子供を次代のエレボニアの皇帝にする事を父上や帝国政府に提案するつもりです。アルフィンは元々帝位継承権を所有していたのですから、アルフィンの子供ならば帝位継承権を所有する”資格”はあります。」

「…………二人の子供を次代のエレボニア皇帝に即位させる………それはどういう意味を示しているのか、理解して言っているのか?」

オリヴァルト皇子の説明を聞いたリウイは目を細めてオリヴァルト皇子に問いかけた。



「はい。リィン君とアルフィンの子供がエレボニア皇帝として即位した場合、エレボニアの民達がその事実を受け入れやすくする為の下準備……それがリィン君達を”第Ⅱ分校”に派遣してもらう為の私がメンフィルに提示する”対価”です。」

「……………………………確かトールズ士官学院の”本校”は2年で卒業だったな。分校も同じなのか?」

オリヴァルト皇子の答えを聞き、少しの間目を伏せて考え込んでいたリウイは目を見開いてオリヴァルト皇子に訊ねた。

「ええ、”第Ⅱ分校”も単位を落とさなければ2年で卒業する事になっています。」

「そうか……………――――2年だ。」

「え………」

突然答えたリウイの言葉の意味がわからなかったオリヴァルト皇子は呆けた声を出したが

「2年間だけ、皇子の望み通りリィン達を派遣してやる。その間に”鉄血宰相”やセドリック皇太子との決着をつけろ。」

「!!寛大なお心遣い、心より感謝致します……!必ずや陛下のご期待に応えますので、どうかリィン君達の派遣の件、よろしくお願いします……!」

やがてリウイが自分の要望に応える事に気づくと頭を下げて感謝の言葉を述べた。

「―――ただし、条件が二つある。その条件を呑めるなら、俺がリィン達の説得を必ずする事を確約してやる。」

「……ちなみにその条件とは?」

しかしリウイの口から出た答えを聞いたオリヴァルト皇子はすぐに真剣な表情になってリウイを見つめて続きを促した。



「一つ目の条件はリィン達の”補佐役”として、こちらが選定した人物達にも”第Ⅱ分校”に何らかの形で関われるように手配する事だ。なお、その人物達の”第Ⅱ分校”での役割はこちらが指定する。」

「そのくらいでしたら構わ―――いえ、むしろ私としてもありがたいので、是非お願いします。もう一つの条件とは何でしょうか?」

「もう一つの条件はエレボニア帝国の政府、軍関係者による”命令”に対して補佐役を含めたメンフィルから派遣された者達が拒否権を発動できる特権をユーゲント皇帝に認めさせておく事だ。」

「フッ、その点はご安心下さい。既にヴァイス達からもその条件が出され、父上を説得して認めさせましたし、その際にメンフィルも認めるように説得致しました―――――」

リウイが口にした条件の内容を知ったオリヴァルト皇子は安堵し、静かな笑みを浮かべて答えた。





3月31日――――





~メンフィル帝国領バリアハート市・バリアハート駅~



お待たせしました。ヘイムダル行き旅客列車が参ります。白線の内側までお下がり下さい。



「………来たか。」

数ヵ月後、バリアハートの駅構内で列車を待っていた真新しい教官の服装を纏ったリィンは放送を聞くと静かな表情で呟き

「確かレン皇女殿下達は先にリーヴス入りしているのでしたわね?」

「ええ。それよりもセレーネ、学院にいる間はレン皇女殿下達の事は”教官”や”分校長”と呼ぶように心がけた方がいいと思うわよ。」

「あ……そうでした。ご指摘、ありがとうございます、エリゼお姉様。」

女性用の真新しい教官服を身に纏ったセレーネはエリゼに指摘されるとエリゼに感謝の言葉を述べ

「ふふっ、”第Ⅱ分校”に入学した学院生達は”分校長”を含めたお兄様が集めた分校の関係者の面々を知れば、きっと驚くでしょうね♪」

「むしろ驚かない方がありえないかと。」

真新しいメイド服を身に纏っているアルフィンの言葉を聞いた真新しい学生服を身に纏っているアルティナはジト目で指摘し

「あの……アルフィンさん自身も驚かれる存在だと思われるのですが……」

「祖国の皇女が宿舎の管理人をするなんて、絶対に誰も信じられない出来事だものね……」

苦笑しながら指摘したセレーネの言葉に同意するかのようにエリゼは呆れた表情で呟いた。

「フフッ、今のわたくしは旦那様―――エレボニアとメンフィル、両帝国の英雄にして未来のクロイツェン統括領主であるリィンさ―――いえ、ロード=リィンの妻の一人ですわ♪」

「う”っ……頼むから俺を”英雄”とか”ロード”とか呼ぶのは勘弁してくれ、アルフィン……」

微笑みながら答えたアルフィンの言葉を聞いたリィンは唸り声を上げた後疲れた表情でアルフィンに指摘した。

「ふふっ、わたくしは事実を言っただけですわよ?――――これからの宿舎生活によるリィンさんを含めた皆さんへのお世話で迷惑をかけるかもしれないけど、よろしくね、エリゼ。」

「ええ、こちらこそよろしくね、アルフィン。」

「ハハ……さてと、行こう、みんな。”リーヴス”へ――――」

アルフィンとエリゼのやり取りを微笑ましく見守っていたリィンは到着した列車にエリゼ達に乗るように促し

「「「「はい!」」」」

リィンの言葉にエリゼ達は頷いた後列車に乗りこんだ。





こうして再びエレボニアの運命に関わる事になったリィン達を乗せた列車はエレボニアで新たなる”軌跡”を描く者達にとっての始まりとなる地に向かい、走り出した――――――
 
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