| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

Liber incendio Vulgate

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

Castillo de hierba
  Vivir

 
前書き
久々に過去編です。 

 
見上げれば何時もと変わらず暗い景色。

しかしそれは当たり前だろう。

仕方のないことだ。

変えられるようなものでもない。

何故なら視界に在るそれは地面という天井であって、風吹雲流(ふうすいうんりゅう)の空ではないのだから。

此処は【学園都市】の地下に秘匿(ひとく)されて建造された日の光射し込むこと無き【第0学区】。

そして此処に居る俺は『生きる』という存在の根幹を為すこと自体、望まれない(うと)ましき者。

平穏無事に見える天井(ちじょう)と違って地下(こっち)は毎日何処かが地獄の様相である。


「まあこれでも平和なんだけどさ」


思わず青年が呟く。別段、気にするようなことを言ったわけではないので誰も触れはしないだろう。

ちょっと変わった一人を除けば。


「…どうか、されましたか……?」


彼女は青年と同じ組織の【STUDENT】に所属している《七草花夜(ななくさはなよ)》と言って、昔から一緒に居る仲だ。


(花夜さん、自分の方から聞いておいて、
恐る恐るなのは何でなんだろうか)

「少し昔のことを、ね」

「……まだ、死体の臭いが薄れませんか…」


花夜は不安そうな顔で尋ねる。

そんな彼女の頭に青年は手を乗せて
髪を(くし)()くように撫でた。

指の隙間からは髪が流れ落ちていく。


「昔もこうされましたね。あの頃の優斗君は、もう少し乱暴だった気もしますが」

「さぁ…どうだったかな?」


花夜がそう言うのには訳が有った。

振り返ればどのくらいだろうか。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


約10年前。

当時まだ8才だった《騎城優斗(きじょうゆうと)》は【第0学区】の【住民区】に在る、まるでスラム街のような路地裏で生活していた。

後の戦争で起きた《夢絶叶》と《皇皇皇》の戦いで破壊され【腐敗区】となってしまうが当時の住民区にも少なからず倒壊しそうで廃墟のような建物が在り、隙間の僅かな闇に物言わぬ肉の塊が転がっているような状況があちらこちらに有った。

その死体は葬られることも無く、善人も悪人も問わず肉が腐って朽ちていき、白い(むくろ)(さら)して土に帰る。

しかしそんな底辺に居ても腹は減るのだ。


「もう三日三晩、何も食べてないな…。そろそろ来る奴らかどっかから()ってくるかね」


8才の子供で親も居ない浮浪児(ふろうじ)だった優斗はお金を持っていなかった。食べ物と引き替えに差し出せるものもある筈がない。

昔も今も【第0学区】には力がものを言う弱肉強食の傾向が有る。つまりは必然的に他者から奪うことになっていくわけだ。

有り難くもこんな廃墟が並び死臭が漂うスラム街にまで食べ物を売り付けに来る物好きな奴等が居る。

此処に住む連中の大半が買う金を持っていないのを知っていながら見せびらかすように持ってくるとは余程、性格が捻じ曲がっているのだろう。

優斗はそいつ等から食い物をちょいちょいちょろまかして盗み出す。戦って奪うのも有りだが今はまだ力が足りないのでこうやって命を繋ぐしかないのだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆


二時間ほど経って優斗は寝床(ねどこ)にしている元の路地裏へと戦利品を持って帰ってきた。

地下に存在している【第0学区】には雨や雪が降ることは無いので別に天井は要らない。

風はどうやっているのか知らないが、空気を循環させてくれる程度には吹いている。


「では、いただきます」


二つのパンを奪ってきた優斗は一つを食べ出した。学校の給食に出てくるようなコッペパンだ。味付けはしていないので、正に『パン』だが食うや食わずの生活では紛れも無く御馳走なのである。

死体を貪っている輩も居るには居るが、まるで食人鬼(グール)のよう。そうしなければいけないほどの限界に達しなければ優斗には出来ないだろう。


(追い詰められたら行けるのかな……)


彼に食人行動(カニバリズム)の趣味嗜好は無いが、やることを視野に入れておかねばならないというのを忘れてはならない。


「もう一つは明日に置いとこ」


優斗は懐にパンを入れて眠りに就いた。


(美味しいものをお腹一杯食べたいなあ)


その為には何とかしてこの状況から()け出さなくてはならないのだが力を得なければ難しいだろう。


◆◆◆◆◆◆◆◆


翌朝、優斗は目を覚まして起き上がる。


「腐った肉の臭いがクるな……」


並みのスラム街以上に劣悪な環境で8才の子供一人が生活してまともに眠れるだけでも幸運だ。

彼は顔を洗ってシャンとなり思考を働かせると違和感を感じて懐に手を入れた。取り出したパンを見ると三口(みくち)ほど(かじ)られてしまっている。


「は?」


自分と同じくらいの子供だろうか。

囓った跡は小さい。


(何で気付かなかったんだろう…)


地面を見ると可愛らしく
『ごめんね』と書かれていた。

優斗は仕方なく残ったパンを食べて、
その日一日を寝て過ごす。

次の朝になると懐にパンが入っていた。

優斗は理解が追い付かず混乱していたが、昨日と同じように地面へ何か書いてあるのを見付ける。


「『お返し』…そうだ、ちょっと試すか」


優斗はパンを食べて地面に
『ありがとう』と書いておく。

すると翌朝も懐にパンが入っていた。優斗はそれを食べてから食料調達に出掛ける。


「これで良いかな」


収穫は食べ頃の赤いリンゴが二つだ。そして何時ものように一つを食べて一つを懐に入れる。

それから地面に『お返し』と書いて寝た。


「おお…気に入ってくれたみたいだな」


翌朝にはリンゴの代わりにパンが懐に有った。地面には『ありがとう』と書かれている。


「この生活になってから
こういうのは初めてだな」


優斗は誰か知らない人間と
関わりを持ったのだと感じた。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆


それから少し日が過ぎる。

優斗が寝床にしている裏路地の近くで
けたたましたい喧騒(けんそう)が聞こえてきた。


「何だこの音」


金属を打ち付け合っているようだ。
恐らくは戦っているのだろう。

ふと優斗が見上げると人が落ちてくる。首の骨が折れたのか落下時に独特な音がした。その死体には二本のナイフが突き刺さっている。

血に濡れたナイフは鋭い銀ではなく、ルビーのように紅く深い妖しげな光を放ち、血の(ぬめ)りは何とも瘴気に満ちていた。

優斗はふとそのナイフを引き抜く。
何故だか高揚してしまう。


「どうでも良いか」


優斗は夢中になって辺りの肉塊(したい)を解体していった。その時の彼は飢えた獣が肉に貪り付くようだっただろう。

満足した優斗は疲れて眠ってしまう。

そしてその次に来た朝に変化を感じる。久し振りに深い眠りに就いていたことに気付く。


「あれでストレス発散したからか」


刃を突き立てるのが快感になるとは我ながらどうかしていると思った。もし誰かに言えば危ない人だと思われておかしくないだろう。

しかし既に優斗は己に宿る鬼に手を引かれて再びあのナイフを手に取ってしまっていた。

鬼は優斗に告げる。


『生きた人間の方が楽しい』と。


優斗は狂気に取り憑かれたままナイフを持って(わら)いながら路地裏を出ていく。

そこには何時ものようにこの辺りへと
パンを売り付けに来る悪どい商人が居る。

自らの口の端が吊り上がっているのを感じた優斗は暫くの間、記憶が飛んでしまう。

気付くと辺りは血に(まみ)れて赤く染まり、商人だったらしき肉が転がっていた。


「ああ…そうか……」


優斗は幼いながらに解ってしまう。

自分が普通で無くなったことに。

しかし後悔は直ぐに消えた。沸き上がった感情は自分にも抑えようが無いものだったから。


(どうせ何時かは壊れるのなら、
どんなに無様だろうが同じかな) 
 

 
後書き
優斗も花夜も【第0学区】の出身で、10才より前に親は亡くなっていましたか。 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

全て感想を見る:感想一覧