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ハルケギニアの電気工事

作者:東風
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外伝:残された人々?とあるメイジ達の困惑

 
前書き
今回は外伝です。
アルバートが遠征中の残された人たちといった観点から話を進めてみました。
こちらも大変そうですので、応援してください。 

 
 私はウイリアム・カスバートという。土のメイジでトライアングルクラスだ。
 隣にいるのは同僚のキスリング・ハワードといい、水のメイジで同じくトライアングルクラスだ。

 私達はゲルマニアのボンバード伯爵家に仕えるメイジだが、この度伯爵により当家の御嫡男であるアルバート様が行われる、領地の改革に協力せよと命じられた。
 指示されたまま、屋敷の西南端にある離れに向かうと、入口の扉の上に『改革推進部』と書かれている。聞いたことのない名称だが、どうやら今回の改革の本部になるようだ。中にはいると2階から人の気配がするので、二人そろって2階に上がってみると右側奥の扉に今度は『保険衛生局』と書かれていた。他の扉には何も書かれていないので此処で間違いないのだろう。

 ノックをして中に入っていくと、一人の少年が大きな机の向こうに立って、執事に何か命じている。彼がアルバート様だ。まだ7歳で見た目はまったくの子供だが、てきぱきと命令を出す様は中々のものだ。
 執事が部屋を出ると、アルバート様が机を回ってこちらに来た。

「アルバート様。伯爵様よりあなた様のお仕事を手伝うようにと命じられて参りました、ウイリアム・カスバートと申します。土のトライアングルです。よろしくお願い致します。」

「同じく、キスリング・ハワードと申します。水のトライアングルです。よろしくお願い致します。」

「良く来てくれました。お二人ともトライアングルとは助かります。これから大変な事業を行う事になりますので力を貸して下さい。よろしくお願いします。」

 すでに水の秘薬作り等で有名になっている方だが、第一印象はさわやかで付き合いやすそうな感じだ。これなら上手くやって行けるだろう。

 その後、玄関や入口の扉の上に書いてある言葉の意味や、ここで行うことになる仕事の説明を受け、午前中は終わった。局員と呼ばれる細々とした作業をする者は領民から集めるという事で、先ほどの執事への命令はその募集の触れを出すことだったそうだ。

 昼食を挟んで午後からは、公衆トイレという物について使用目的の説明、設計図から材質、製作方法、製作数などを話し合い、私が公衆トイレの製作、設置関係と補修全般を担当し、キスリングは各村の衛生改善、消毒及びその維持関係を担当する事になった。
 こうした説明や打ち合わせで最初の一日は終わった。

 次の日、とんでもない事が起きた。昨日の打ち合わせでも問題となったが、改革事業に必要な資材の中でゲルマニア内では入手困難な物がある。それを探し出す為の調査に、アルバート様が一人で行くというのだ。調査範囲は南方の海の方までという事だが、伯爵様がたった一人の嫡男を何があるか判らない危険な調査に出す訳がない。私達としても主のご子息であり、また、この度の事業の総指揮者であるアルバート様に、そんな危ない旅をさせる事など出来ないからとお止めしたが、どうしても必要な資材である事、事業が始まる前に探し出さなければならない事、何よりご子息には使い魔の『ヴァルファーレ』がいる事で押し切られてしまった。私達では対案を出せない以上、もはや伯爵様だけが頼りとなる。

 アルバート様は、私には調査に行っている間に、トイレの試作品を作って、屋敷の人たちに実際に使用して貰い、不具合がないかの確認をしておく事と、キスリングには消毒と消臭の秘薬を作って効果の確認をして、どの位の広さにどれくらい散布すれば良いか、基準を作っておくように命じ、すぐに伯爵様にご相談に行かれてしまった。
 そして、アルバート様は伯爵様にどのように説明したか判らないが、許可を取付けてしまい、速攻で準備を整えると『ヴァルファーレ』に乗って出発してしまった。

 仕方ないので私たちは命じられた事を実行する事にした。ところがやっと仕事に取りかかった矢先に執事が飛び込んできて、なにやら問題が起きたのでアルバート様に相談したいと言い出した。そんな事を言っても既にアルバート様は遙かな空の上だから、相談など無理に決まっている。後を任された私たちで何とかしなければならない訳だが、問題の内容を聞かされて頭を抱えてしまった。
 なんと、昨日領内の各村に出した局員募集のお触れに、凄い数の申し込みが殺到し始めているというのだ。まだ、この屋敷の近くにある5~6の村位までしかお触れが届いていないはずだが、それだけでも50人近く申し込みがあって、各村長が対応に困ってどうしたら良いか指示を仰いでいる状況なのだ。このまま領内の全村にお触れが届けば、いったいどれだけの申し込みがあるか判らない。

 いったいどんな待遇で募集を行ったのか確認するために、執事に言って募集の内容を書いた羊皮紙を持ってこさせた。これを読んでビックリした。こんな好待遇の仕事は、ハルケギニア中を探しても無いだろう。これでは申し込みが殺到するのも肯ける。しかし、ここで下手に募集を締め切ったりしたら領民の暴動が起きるかもしれない。これには正直困った。

 何時までも放って置けば状況は悪化するだけだろうから、キスリングと二人で知恵を出し合い、選抜を行なう事、一次選抜として申込者が募集の条件に完全に合致しているかを確認させる事、現在の健康状態を調べて、健康な者だけを選抜する事を各村長に伝えさせた。おそらくあまりの好条件に我先にと申し込んできて、いくつかの条件を満たしていない者も混じっている事が考えられるし、健康な者だけに絞れば更に人数が減る事が考えられる。こうしておいて少し様子を見る事にした。

 その後は特に何も起きず、二人とも命じられた仕事を進めていった。
 私は、この離れの北側にゴーレムを使っていくつかの穴を掘り、それぞれの内側を陶器上に練金した。計画通りの形状で問題ないか、穴の形状を色々変えて試作して確認した訳だが、どうやら計画通りに作った方が良いようである。次にトイレ本体の製作に掛かる。ゴーレムで、近くの森から適当な木を取ってこさせた。その木を練金して厚めの板と柱になる角材を作り、組み合わせるのに必要なほぞを切ってほぞ穴を空ける。板には風を通す窓を開けて鎧戸を付け、ドアの下の方にも空気穴と鎧戸を設けた。練金の魔法を使っても、それぞれのパーツを上手く組み合わせる事が出来るように作るのに結構な時間が掛かってしまった。

 キスリングは今まで作られている消臭剤や消毒薬を持ってきてより強力な物が出来ないか調合中だ。伯爵夫人が高名(?)な水メイジなので、この屋敷には色々な秘薬が蓄えられている。このような時はそういった秘薬が大いに役立にたつのだ。
 こういった作業をして、この日は終わった。

 アルバート様が出発して2日目。

 昨日追加で出した指示で、近隣の村では申込者が1/3程度まで減ったという報告が来た。それでも続々と入ってくる他の村からの報告を合計すると、申込者の数は200名近くなっている。追加の指示が届けば減る事になるだろうが、それでも予想外の多さだ。
 もし、このままの人数が面接に来る事になれば大変な事になるので、さらに何回か選抜を行う事にした。まず、二次選抜として各村でいなくなると困る者を申込者から弾かせる。その後は、三次選抜で村長の一存でも良いしくじ引きでも良いから、各村2人まで絞り込ませよう。選抜から落ちた者には次回の募集時に優先的に選抜することを伝えさせて、ある程度不満を抑える。
 こうすれば領内全部で15の村があるから、合計で30人まで減らす事が出来るはずだ。後はアルバート様直々に面接して決めて貰えば良いだろう。それ位はやってくれても罰は当たらないと思う。

 さて、今日は昨日作ったトイレのパーツを組み立ててみた。ゴーレムに手伝わせて、練金した穴の上で土台を作り、柱を立て、全体を組んでいったが、上手く組めないところなどを修正しながら組んでいったので結構な時間が掛かってしまった。この段階では、まず地面を水平に均しておかないと、上手く組み上げる事ができない事が判った。
 一通り組み上げてから四方に少し離して杭を打ち込み、トイレのそれぞれの角と杭をロープで結んで地面に固定した。こうしておけば風が多少強く吹いても倒れたり移動したりしないだろう。汲み取り口の蓋もして出来上がりだ。

 ちょうどトイレの試作品ができあがる頃、キスリングが何かを思いついたようで、トイレの隣に丈夫な台を作った。そしてその台の上に大きな瓶を載せて台に固定した。瓶の下の方に蛇口が着いている。どうやら水をためておき、蛇口から出る水で手を洗うように作ったらしい。さすが衛生担当だ。
 ならばと、蛇口の下に流し台も作り、立派な手洗い場が出来た。

 メイド長と執事頭にアルバート様の言葉を伝える。

「アルバート様の命により、西の離れの北側に、今度領内に設置する公衆トイレという物の試作品を作った。ついてはこの試作品の問題点を見つけるために、君たちメイドと執事に実際に使って貰いたいとのご要望が出されている。アルバート様が帰ってくるまでの期間、みんなで使って欲しい。そして、使ってみて問題になりそうな事を見つけたら、どんどん言ってきて欲しい。その意見を元に改良を行い、よりよい物を領内に設置できるようにする。これはアルバート様の考えた領内改革の第一歩である。協力をお願いする。」

 メイド長と執事頭は少し驚いたようだが、アルバート様の考えである事を理解し、それぞれメイドと執事達に伝えに行った。

「ところで、キスリング。そっちの方はどうなっている?」

「さすがはボンバード家だな。この屋敷にある秘薬だけでもかなりの効き目が出せる。今調合している秘薬がうまく行けば消臭剤の方は大丈夫だろう。後は消毒薬だが、多分今ある物で充分だと思うのだが、どうだろうな。」

「そうか。トイレの方は実際に使用して貰う事になったから、もう少ししたら試す事も出来るだろう。結果次第で改良するかどうか決めれば良いだろう。」

 こうして2日目は終わった。

 アルバート様が出発してから3日目。

 もう、局員募集の触れは領内全ての村に届いているだろう。選抜の事も伝わっているはずなので人数の方は問題無く収まった事と思っている。あれから、特に問題は報告されていないので、後は実際の面接まで何も起きない事を願おう。

 昨日から試しに使って貰っているトイレの方は、今のところ大した問題もないようだが、使っている内に少しずつ意見も出てきた。この調子でいけば改良の方も順調にいけるだろう。使い廻しの方はメイドと執事達が上手くやっているようだ。
 時々、キスリングが消臭剤をトイレに散布して、効き目を調べている。ほぼ完璧な出来のようで、使っているメイド達からも全然臭いがしないと報告を受けている。

 アルバート様が資源調査に出発してから3日が経ったが、特に連絡もないのでいつ頃帰ってくるのか判らない。予定では1週間で戻ってくると言っていたが初めての土地での調査だから、予定通りに行くとは思えない。出来るだけ早く帰ってきてくれる事を祈るしかないようだ。

 今日、訓練場の近くに物見台が作られた。これからアルバート様が帰られるまで交代で見張りが立つらしい。なんでも護衛隊から目の良い者を選んで見張らせ、アルバート様が帰られたらいち早く伯爵様と伯爵夫人に伝えるためのようだ。みんなアルバート様の事を心配しているのがよくわかる。毎日天気も良いので、時々伯爵夫人は訓練場の片隅に出てきて息女のメアリー様を遊ばせながら、空を見上げている。アルバート様も連絡用の鷹位連れて行けば良かったのだが、私たちも忘れていたのだからどうしようもない。

 一応、量産できるようにトイレのパーツを作る訓練をしている。木だけは近くに森があるのでいくらでも手に入るから、のんびりやっても10棟分位はすぐ出来てしまうようになった。実際には設置する現場で作る予定なので、此処で作ったものを持って行く事はないのだが、結構良い出来になっているのでもったいない気もする。
 今日は特に急ぎの用件も入ってこなかったので、キスリングと二人、のんびりしている事が多かった。

 アルバート様が出発してから4日目。

 今日は朝から募集の申込者について情報が入ってきた。先日までに申し込んできた者の名前や年齢その他の情報を、各村の村長が纏めて送ってきたのだ。こちらはそれを面接用に書き直して、アルバート様が帰ってきたらすぐにお見せできるようにする為の作業を行なった。30人分の情報をキスリングと二人で纏め上げるのに、ほぼ午前中一杯掛かってしまった。

 午後からはトイレについて上がってきた改善点を検討し、窓の位置や形状、ドアの立て付けについてなど細かい事の修正を行っていた。消臭剤も完璧だとキスリングが笑っていたのでこちらも問題無いだろう。まだ消毒薬の方は試験が終わっていないようだが、元が伯爵夫人の作った物なので、失敗のしようがないとも言えるから安心している。

 屋敷がざわつきだしたのは昼を過ぎて1時間位たった頃だろうか。物見台から伯爵夫人に伝令が走って行った所を見ると、アルバート様が戻ったのだろう。私たちもお迎えに出る事にした。

 すぐに伯爵夫人がメアリー様と一緒に訓練場にやって来た。空を見上げている姿を見ると、本当に戻ってきてくれて良かったと思う。

 やがて、『ヴァルファーレ』の姿が訓練場の上に着き、静かに降りてきた。着陸するとアルバート様がベルトを外し滑るように『ヴァルファーレ』から降りてくる。地面についたと思ったらいつの間にか伯爵夫人がアルバート様の後ろに立っていて、後から思い切り抱きしめていた。メアリー様もすぐ側でアルバート様の服の裾を握りしめている。
 私はその光景を見ていて、ほっとするのと共に、思わず目頭が熱くなってしまった。本当に伯爵夫人もメアリー様も心配なさっていたのだろう。伯爵様もいらっしゃれば良かったのだが、今朝早く皇城からの使いが来て出かけられてしまった。明日には戻られるとの事だったが、帰っていらした事を知れば屋敷にいられなかった事を残念に思うだろう。

 感動の対面が終わり、アルバート様が伯爵夫人から解放されたので、私たちもご挨拶に向かった。4日足らずの間にアルバート様はすっかり日に焼けて真っ黒になっている。南の方はさぞかし暑かった事だろう。後で首尾をお聞きするとして、今は『ヴァルファーレ』から荷物を降ろす手伝いをしよう。なぜか行きより荷物が増えているようなので理由を聞いたら、椰子の実やゴムの樹液を沢山持って帰ったほか、お土産もあるという事だった。いったいどこからお土産なんか貰ったのか、袋の中から見た事のない干した果物だというものを出して、メアリー様に上げていた。メアリー様もよほど美味しかったのか大喜びだった。
 荷物を一旦『改革推進部』の一室に運び込んで、ざっと整理したところで、アルバート様から留守を守ったお礼を言われ、お土産も分けて頂いた。こちらも見た事のない魚の干物だった。なんでも焼いて食べると美味しいそうだ。

 アルバート様も帰られたばかりでお疲れだろうから報告関係は明日にする事になったので、今日の残りの時間は、キスリングと二人でトイレと消臭剤の試験結果の報告書作りをした。 
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