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提督はBarにいる・外伝

作者:ごません
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逆鱗、そして後始末

 抜き放たれたナイフは滑るように、提督の心臓めがけて突き出される。しかし待ってましたとばかりに迎撃に移る提督。伸びきった相手の右腕の肘を掌底によるアッパーカットの要領で上に突き上げる。グシャリ、という生々しい音が響き、男の肘関節が破壊された事を告げる。声にならない悲鳴を上げる男の鳩尾に前蹴りを入れ、床に這いつくばらせる提督。その際、腰に隠し持っていた拳銃で眼鏡の男の方を牽制するのも忘れない。

「おおっと、妙なマネすんじゃねぇぞ?たった今、アンタ等は『自称・大使館職員』から『提督暗殺を企てた犯罪者』にジョブチェンジしたんだ。このまま秘密裏に処理されたって文句は言えねぇんだぞ?」

 幾ら提督が挑発していたとは言え、逆上してナイフを抜いた時点でこの2人の負けである。しかし、眼鏡の男の方は余裕の態度を崩さない。まるで何かの仕込みをまだ隠しているかのように。と、そのタイミングで提督の携帯に着信が入る。

「おぅ、俺だ。……そうか、やっぱりな。よくやってくれたなゴーヤ、お客さん達はこっちに連れてきてくれ。多分こっちのお客さんのお知り合いだろうからな」

 提督はニヤリと嗤い、電話を切った。

「何処からの電話かな?」

「いやなに、ウチの鎮守府の港湾施設周りを巡回してた潜水艦娘の奴からさ。ところで、アンタ等に両生類の知り合いは居るかい?」

「両生類?さて、人間以外の友人はいた事がないが」

「ほ~ぅ?なら、港の近くに潜んでやがったフロッグマンの部隊はお前らとは無関係なんだな?」

 フロッグマン。直訳するとカエル男だが、海軍に存在する潜水工作員、または戦闘潜水員を示す言葉である。恐らくではあるが、この眼鏡男が手配して水中から鎮守府に奇襲を掛ける算段だったのだろう。しかし提督はそれを読んで、数日前から港湾部周辺の見廻りを強化していたのだ。と、タイミングを見計らったかのようにドアをノックする音が響く。

『てーとく、連れてきたでち』

「ご苦労、お通ししろ」

 鎮守府所属の潜水艦娘達に連れられてやって来たのは、明らかに軍人ですといった感じの、鍛え上げられた肉体にウェットスーツを着込んだ武装集団。その数、10人。正直言ってこの程度の人数でどうこう出来る程この鎮守府の艦娘達はヤワではないが、敵対行動としては十分すぎる数である。





「さて、さて、さて。このあからさまにテロリストっぽい集団とアンタ等は無関係だって言い張るんだな?」

「当然です。私共はここに交渉する為に来たのですから、武装した集団など連れてくる必要性はないでしょう?」

 あくまでもシラを切り通すつもりらしい眼鏡。フロッグマンチームの面々は明らかに切り捨てられたという事実に、怒りを通り越して呆然としている。

「なるほど、ならこの連中から事情聴取やら何やらはこっちで勝手にやらせてもらうぜ?」

「ご自由に。しかし我々は解放した方が今後の身のためだとご忠告申し上げる」

「あん?」

 怪訝な顔を浮かべた提督に、ニヤリと下卑た笑みを浮かべてみせた眼鏡男。

「このまま不当に私達を拘束し続ければ、国際問題だとアメリカ政府はこの鎮守府に軍を派遣するだろう。私はこう見えてもそれなりの立場の人間でね。そうなれば我が国では人為らざる人として認識されている艦娘など、容赦なく殺されるだろうさ」

 眼鏡男がそう言ってのけた瞬間、部屋の温度が体感で数℃下がったのではないか、と勘違いするだけの悪寒が部屋の中に居た全員……否、その発生源となった1人を除いて全員に走った。その発生源となった提督の身体から発せられた殺気と怒気が、室内にいた全員に強烈な『死』をイメージさせたのだ。そして般若もかくや、といった具合の怒りの表情の提督は、

「……………あ?」

 と短く音を発した瞬間、拳銃の引き金を弾いていた。その狙いは勿論、先程提督の逆鱗に触れた眼鏡男の眉間。その狙いは外れずに見事に眉間をぶち抜いて、後頭部から血と脳奬の入り雑じった紅い華を咲かせる。その1発で男の命は完全に絶たれたが、尚も引き金を弾き続ける提督。

「ふざけんじゃねぇぞゴラァ!ウチにアメリカ軍が攻め込んで、俺諸共皆殺しだぁ!?んな事してみろ、ウチは最期の1人になるまで徹底抗戦してやんよ!」

 そう言って拳銃のマガジンが空になるまで、引き金を弾き続ける。既に事切れている身体に銃弾を撃ち込むのは死体蹴りにより酷い有り様になる行為であり、ただの八つ当たりである。

「そろそろ止めておけ、提督。皆が怯えているし、そもそも弾切れだ」

 弾切れになってもなお引き金を弾き続ける提督を見かねて、武蔵が止めに入る。本当なら金剛が止めに入るのが一番いいのだろうが、金剛は今代理で提督業務をこなしている為に執務室だ。

「あ~……悪い。取り乱した」

「いいさ、私達の為に怒ってくれたのだろう?理由はどうあれそれを嫌と言う奴はいないさ」

 しかし、状況は最悪。鎮守府に来訪した客の内、眼鏡は蜂の巣だしガタイのいい兄ちゃんの方は右腕を破壊された痛みで泡を吹いて気絶中。破壊工作か何かをしようとしていたフロッグマン部隊は拘束されていて、007かイーサン・ハントかジェイソン・ボーン辺りが主役のスパイ物か、世界一ツイてないジョン・マクレーン刑事辺りが絡んだ映画の話なんじゃないかと目を疑いたくなりそうな状況である。

「この諸々の処理、どうすっかなぁ」

 全く面倒な事になったと言わんばかりに、頭をボリボリ掻く提督。

「……提督、こういうのはいかがでしょう?」

 何やら思い付いたのか、ボソボソと耳打ちを始める大淀。

「成る程な、流石は腹黒眼鏡」

「褒められた気はしませんが、誉め言葉として受け取っておきます」

 釈然としない、といった様子の大淀を放ったらかしにして、提督は潜水艦達に拘束されたままのフロッグマン部隊に歩み寄り、ニヤリと笑ってこう告げた。

「……さて、不法侵入者の諸君。取引といこうじゃないか」




 鎮守府での騒動が発生してから数時間後、鎮守府の正面玄関にはパトカーが複数台止まり、赤と青のパトランプをピカピカさせていた。応接室には鑑識らしき人間と複数の刑事が入り乱れ、さながら刑事ドラマの殺人事件が起きた現場のような見た目になっていた。……まぁ、人が一人死んだのは事実でありドラマっぽいとか言っている時点でお門違いも甚だしいのだが。

「……で?最初からきちんと説明して頂けますかねぇ?」

「だぁから、さっきから言ってんだろ?大使館の職員を名乗ってたそこの仏さんと、ウチで預かってるアメリカ軍の軍人さんの返還交渉してる所に顔隠した武装集団が襲撃してきたんだって」

 その部屋の片隅で、壮年の刑事らしき男に提督が事情聴取を受けていた。気安い口を互いに利いているが、実はこの2人初対面ではない。ブルネイの警察から頼まれて、格闘術の出稽古に行って何度か顔を合わせている。なのでこの壮年の刑事も、提督が言っている事の大半が嘘であると雰囲気で察してはいるのだ。

「海軍の鎮守府にしちゃあ随分とお粗末な警備だったんだな?えぇ?」

 そう言って刑事は部屋の惨状を顎でしゃくって示す。調度品は粉々にされ、壁には無数の弾痕。まるで何者かが機関銃をぶっ放したかのような有り様だ。事実、話に整合性を持たせる為に提督が偽装工作としてやった事なのだが。

「そりゃ仕方ねぇさ。アメリカ軍からの預かりの人員と、それを引き取りに来た大使館職員がいたんだぜ?そっちに警備割かなきゃいかんだろ、とっつぁん」

 大淀が描いた筋書きはこうだ。侵入者であるフロッグマン部隊を不問にする代わり、怪我をしているだけで命に別状はないガタイのいい兄ちゃんを引き取らせ、鎮守府から逃がす。そして提督が応接室に向かって銃を乱射してズタボロにして偽装工作。その責任を逃がしたフロッグマン部隊に全て被せたのだ。

「追跡は?当然したんだろうな」

「あ~……それなんだがよぉ。どうにも奴さん等手馴れててな、下手につつくと国際問題になりかねんからわざと逃がした」

 後は察してくれ、と眼で語る提督。刑事もその視線を受けて、面倒臭そうに頭をガリガリと掻き毟る。

「解った解った、上にはそう報告しとくよ」

「へへ、恩に着るぜ」

「よせやい、俺だってもうじき定年だ。余計な残業増やして、孫と遊ぶ時間減らされちゃ敵わん」

 お互いにこのまま、この事件は掘り下げない方がいいと判断を下す2人。踏んだり蹴ったりのアメリカは、これ以上ちょっかいを出してくる事は無いだろうし、こちらとしても追撃は考えていないのだ。

「それで?例のアメリカの新型艦娘はどうすんだ?」

「それがなぁ。今更アメリカに帰りたくもないし、日本に向かいたくもないって喚いてるらしい」

 頭が痛い、とばかりにこめかみの辺りを抑える提督。刑事も、提督のジゴロな部分は知っている為、『またいつもの奴か』と思ってはいても顔には出さない。

「気を付けろよ?痴情の縺れで刺し殺されても、俺は捜査してやる気はねぇからな」

 刑事の皮肉に対して、提督は渋い顔でこう答えた。

「安心しろ、もう刺された」 
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