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遊女

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第二章

「今も」
「そうじゃな。しかし生きておると考えるしかなかろう」
「うむ。それだからこそな」
「わしも捜しておるのじゃ」
 彼は強い声を出すしかなかった。そうしてだった。
 彼はだ。医師にまた言ったのだった。
「とにかくこれからもじゃ」
「捜すか」
「生きておる、絶対にな」
 そう信じることにしてだ。それでだったのだ。
 彼は吉原も江戸も歩き回りその娘を捜した。恩師の娘を。 その中でだ。
 彼は遂にこの話を聞いたそれはというと。
「何と、吉原にか」
「うむ。みちのくの訛りの女がおってな」
 岡っ引きの一人にだ。蕎麦屋で話を聞かされた。二人並んでかけ蕎麦を食いながらそのうえでの話だった。
「その女がいつもちゃんばかり言っておるらしい」
「ちゃん、父ちゃんかのう」
「そうなるのう」
 父親の呼び方としてはよくあるものだった。
「母親であることも考えられるが」
「それでみちのくの訛りじゃな」
「そうじゃ」
「先生はみちのくの生まれじゃ」
 それで長英にはそちらの訛りがあったのだ。彼は弟子であったので彼のそのことはよく知っていたのである。
 それでだ。彼はそこから言うのだった。
「ではそのおなごのところにじゃ」
「行くのか?」
「行ってみる。どの店じゃ」
「どの店かと言われても」
 どうかとだ。岡っ引きはここで難しい顔で蕎麦をすすった。 
 それからだ。こう言ったのだった。
「噂を聞いただけじゃ」
「噂か」
「そうじゃ。そんな娘がおるとな」
 岡っ引きが聞いたのはここまでだった。
「吉原におると。そう聞いただけでじゃ」
「しかし吉原か」
「うむ、そこじゃ」
 その吉原だというのだった。
「そこにおるらしいな」
「店はわからぬか」
「吉原の店は多いぞ」
 岡っ引きは困った顔になって返した。
「幾つあるかわかるかというとな」
「難しいか」
「あんたも吉原に言ったことはあろう」
「しょっちゅう行っておるわ」
 その娘を捜す為だ。遊ぶ為ではない。
「しかし。あそこは」
「そうじゃな。店が立ち並んでおってな」
「女に客に。下の方に行けば長屋の様にな」
「夜鷹まがいの女までおるな」
「店もどれだけあるかわからぬ」
 そこまで多い為だ。彼もその娘を捜しあぐねていたのだ。しかもだった。
「人も多過ぎてな」
「だからよ。わしも噂を聞いたが」
「具体的に何処の店というとか」
「わからん。しかも吉原にみちのくのおなごは多いぞ」
「かなりの割合じゃな」
 飢饉なり貧しさなりで売られた女ばかりだ。華やかな吉原だがその女達はそうして集められているのも確かだ。
「どれだけおるか。みちのくの女だけでも」
「簡単にわかるものではないぞ。それにじゃ」
「それに?」
「蕎麦を奢ってもらった礼で言っておく」
 忠告だtった。それは。
「急げよ」
「お嬢さんを捜し出すことか」
「吉原の女はすぐ死ぬ」
 その瘡毒に江戸腫れ、労咳に酒だ。あとはこの頃は気付かれていないが白粉の鉛によっても死ぬ。吉原の女の命は蛍の様に消えるものなのだ。 
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