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大洗女子 第64回全国大会に出場せず

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第17話 反撃開始

 
 
 
 元・ダージリンの過去話も終わりに近づいている。

「ですから、ハンガリーの戦車道はT-34などのソ連戦車主体のチームか、パンターとⅣ号が主体のドイツ系チームかに分かれていますの。
 このTasはヴァイス・マンフレートなき今、機関車メーカーとして生き残ったガンズ社が、ある意味意地だけで作った復刻車両でしたが、現実の歴史で問題点の洗い出しが終わっていないため、試作図面どおり作るしかなかったのが痛かったですわ。
 結果、機動力が相当犠牲になり、足回りの信頼性も落ちました。
 これと試作車が完成しなかったTuránⅢ数両、これはなぜかガンズ社に終戦前からあったものだそうですけど、これをセットで売り込もうとしたのですが、ドイツ系チームはすでにそれ以上の、しかも信頼性のある戦車をお持ちでしたし、ソ連系チームにはすでに十分な数の、アフターサービス万全の戦車があるのですから、どなたもお買いになりませんでした。ハンガリーの方々は自国戦車についてはイタリーや日本以上に苦い想いをお持ちですから、なおさらでしたわ」
「くっ、……人の足元を見て、親切ぶって近寄って……。
 下北タンクディストリビューションって、何者なのでありますか!」

 いきり立つ優香里を、いっそう強面になった西住まほが見ている。
 猪突猛進が身上のサムライガールであるまほにとっては、男の分際で金だけが正義の確信犯など不愉快極まるのだが、そんな連中でも利権と抗争に明け暮れる日本の戦車道界は必要とするのだ。
 便利な道具として。

「だから『政商』だと言われるのだ。
 お前たちに面目をつぶされた『誰かさん』がその汚名を雪ぎ、お前たちの全国大会優勝が『神の気まぐれ』による奇跡にすきないと証明するためだけに、大洗女子を徹底的にたたきつぶそうとしている、その手先を引き受ける連中だ。
 だいたい男が戦車の商いをすること自体がうさんくさすぎる」

 戦車道にまぐれはない、か。
 まぐれでないなら、『誰かさん』にとっては間違いなのだ。去年の大洗女子の優勝が。
 その『間違い』で大被害を被った人間は二人いたな。
 まほはそう考え、みかけは中学生の、不倶戴天の仇敵の顔を見る。
 その二人のうち男の方の復讐の道具に使われた家元継嗣を。
 もちろんこの精神年齢が偏って突出している少女が、ただ利用されるだけだったわけでもない。
 すべてが上手くいけば、WIN-WINの関係になったのは間違いない。
 その少女の形をした何かは無言で顔に、不本意だけど同盟してあげると書いている。
 まほのような猪武者にもはっきりわかるように、あからさまに。

「私はメスダヌキではなくメスゴリラだからな。お前の考えていることはわからない。
 だが、いまのお前がみほの味方というならば、よかろう。好きにしろ。
 みほの味方は私の味方だ。たとえ今だけのことであっても。
 ここでどんな謀議が語られようとも、私は誰にも言わぬ。
 たとえそれが母であろうとも、決してな」
「そう。ならいいわ。
 正直それだけが心配だったの。
 ……ナカジマさん」
「ん?」
「もし、Tasの改善案らしいものがあるなら、それをもらえるかしら。
 CADである程度のものはできているんでしょ?」
「荷重計算や応力計算ができていない、まったくのペーパープランしかないけどいいの?
 工学科の汎用マシンの演算能力では、戦車のような重量物の根本的改造は無理だ」
「ええ、それから考える手間がはぶけるわ」

 そんなものをいまさら何に使おうというのだろう。と思うナカジマ。
 TASにはベテラン選手なら確実に狙う、改善できないアキレス腱があるというのに。

「それと、角谷さん……」
「――ああ、千葉県庁の近くにおあつらえ向きの、全国区の先生がいる」
「みなまで言わなくてもわかるのね」
「壁に耳あり、っていうじゃない。言葉はできるだけ惜しむべきだよ。自分の庭でもね。
 それに私のコネは、富士教導団の一尉殿だけじゃないよ。
 その一尉殿もTasの画像を見せただけで『今の時代、その戦車ではもう無理だ。戦車道を極めたければⅣ号に乗れ』って言ってたから、何かあるとは思ってたけどね」

 そんな政治家と戦略家の禅問答のような会話がかわされている脇では、みほ、安斎、西の3人が、互いのスマホに知っている限りの高校生選手の連絡先を転送していた。






 それから数日後。
 下北タンクディストリビューション北関東営業所長の原野は、親会社の大間崎ホールディングスの専務取締役から直接電話をかけられて、青くなっていた。
 専務氏はなんと、彼の今回のクライアントが赤字でも構わないから大洗女子に売りつけろと命じたTas重戦車を、3両とも別な顧客に売りつけろと言ってきたのだ。

「先様は我々にとって無視できないお得意様だ。
 そっちで不良在庫になっている戦車を君が売ろうとしている倍の値で買おうというのだよ。
 下北は確かにいろいろなクライアントのいろいろなご要望にお応えし、営業外利益で稼ぐ会社なのは理解している。しかし、本年度から我がグループも外部監査法人の会計監査を受けることとなったのは君も知っているだろう。
 もう何十年も『死蔵』されたままの『不良在庫』を抱えているわけにはいかないのだよ。
 そして間が悪いことに、3月は決算期だ」

 グループの会社の一つが粉飾決算事件を起こし、大間崎グループ全体の風当たりも強い。
 ここで国税局の査察や会計検査院、最悪財務省などに出張られては、いろいろな裏稼業にからんだあれやこれやが白日の下に晒されかねない。下北はその筆頭だ。
 専務氏は外部監査を受ける前に下北の大掃除をしておきたいらしい。
 そうでなければ一営業所長などにホットラインをかけてきたりしないだろう。
 原野に否は初めからなかった。あくまで計画を続けるというならば、明日からここの所長席には、彼でない誰かが座っているだけだ。
 それでも一応、原野は本社の営業本部に確認の電話を入れてみた。
 営業本部の地方課長がいうには、先月から『お得意様』とパンターG型3両の仲介契約を結んでいたが、西住家がタッチの差でG型を買い占めてしまい、ただでさえ品薄のパンターが市場から消えてしまった。輸入業者は下手をすれば来年まで入荷しないという。
 しかたなく契約期限までに納入の見込みが立たなくなったからと延期を申し出たら、先様から「パンター相当のものであれば何でもいいから持ってこい」といわれたので、原野の押さえていたTasを回すことにした。ということだった。
 だから原野の立場もわかるが、ここはなんとかしてくれと念を押されてしまった。

 結局、一中間管理職でしかない彼にできたことと言えば、館林にお住まいのお得意様にTAS2両を引き渡し、そして大洗に貸し出し中の1両を引き取ってくることだけだった。
 例によってキンキラキンのブラジル製フェノム100の機上の人になった原野は、このままでは自分のクライアントを怒らせることは必至なので、大洗女子に何か代案を提示しなければならないことに頭を痛めていた。
 へたに大洗女子を怒らせて補助金を返納させ、全国大会に出ないと言うことになれば、すげ替えではなく本当に首が飛ぶ。
 裏仕事をしくじればクライアントによってはそのくらいの制裁を覚悟しなければならない上に、今回のクライアントはラスボスクラスの人物だ。
 上手く大洗をなだめなければ明日の朝日は拝めない。しかし、そうそう都合のいい代案など彼の引き出しにはなかった。
 とりあえず、彼は旧陸軍館林飛行場、いまは館林市長でも頭の上がらない人物が管理している私設飛行場へと金ぴかフェノム100、コードネーム「ダイナ」を飛ばした。



 飛行場には手回しのいいことに、すでに「お得意様」のリムジンがエンジンをかけっぱなしで待機していた。中には正装に身を包んだ家令とおぼしき高齢だが強面そうな人物が乗っている。
 リムジンの後席ドアが音もなく開き、原野を招く。
 原野が座席に座るとドアが静かに閉まり、リムジンは静かなまま滑らかに走り出した。

「ご主人様は、ご立腹であらせられる。
 理由はわかっているだろうな」

 燕尾服を着用した家令は、原野の顔も見ずにいきなり叱責する。

「今日の首尾如何によっては、貴様一人の首では済まぬと思え」

 そう言ったきり、不機嫌そうに黙る家令。
 平静を装いつつも、心の中で原野はいやな汗をかいていた。



「ご主人様がこれからいらっしゃる。くれぐれも粗相のないようにな。
 貴様は平伏してお迎えしろ」

 屋敷の中の、謁見室としては格の低い八畳間の和室に通された原野は、家令の斜め後ろで土下座のポーズだ。
 主人が座る上座には毛氈が敷かれ、脇息がおかれている。
 いったいどこのお殿様だ。と原野は心の中でだけ毒づく。
 やがて、上座側のふすまが音もなく開き、立ったまま誰かが入室してきた。ふすまはその人物の背後で、再び音も立てずに閉まる。
 上座に主人が座ったのを気配だけで察した家令が顔を上げた。

「仰せの通り、原野が参上いたしました」
「ふむ、貴様が下北タンクディストリビューションの原野か?」

 思わず顔を上げて返答しようとする原野。

「顔を上げるでない!」

 ここの「主人」は女性だったが、叱責する声は大の男をも萎縮させるだけの力を持っていた。
 原野は思わずすくみ上がる。

「は、原野にございます」

 平伏したまま、彼はやっとそれだけを口にした。

「契約の納期は本日だ。であるにも関わらず、なぜ届いたのは2両であるのか。
 答えよ」
「茨城県立大洗女子学園に、試乗用として貸し出しております」
「ふっ、大洗か。近いな。
 ……明日中に持ってこい」
「え?」
「二度は言わぬ」

 それだけ言うと、女主人は静かに立ち上がると、誰かが開いているのだろうふすまの向こうへ去って行った。
 原野にとっては、TASを取り上げれば自分のクライアントから断罪され、断れば会社が危うくなるという、どちらの地獄が良いかというだけの選択肢を突きつけられ、内心だけで恐怖している。
 ちょうどそのとき、家令の携帯が鳴る。

「は、お嬢様。はい、おりますです。はい……
 ……原野、当家のお世継ぎ様からだ。失礼のないようにな」

 家令はつながったままの携帯を原野にわたした。
 おそるおそる電話に出る原野。

『下北の原野だな』

 これも音声変調装置付きの通話で、実際よりも低くトーンを落とした声が聞こえる。

『お前らは、戦車だけでなく「部材」も扱うのか?』
「──は、パーツ単体から販売、組み付けも行っておりますが」
『間の抜けた声を出すな。
 まあいい、それなら見てもらいたいものがある。家令に代われ』

 携帯を受け取った家令は、お世継ぎ様としばらく受け答えしていたが、もう一度携帯を原野に渡した。

『これからお前は、その家令について行き、我が家の部材倉庫まで行け。
 電話は切らなくとも良い。そこでまた話すことがある』
 
 
 
 
 
 
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