| 携帯サイト  | 感想  | レビュー  | 縦書きで読む [PDF/明朝]版 / [PDF/ゴシック]版 | 全話表示 | 挿絵表示しない | 誤字脱字報告する | 誤字脱字報告一覧 | 

大洗女子 第64回全国大会に出場せず

しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。 ページ下へ移動
 

第8話 試用期間

 
前書き
 
 
私がハンガリー戦車に興味を持った理由について。

とあるブログで、バレンタイン戦車の設計秘話、呪われた戦艦シャルンホルスト、スターリングラードでドイツの従軍牧師が描いた聖母像、などに混じって「在野詩人トールディ」のエッセイを読んで、感銘を受けたことからでした。
しかしながら、同時に疑問がわきました。
ハンガリーはなぜ、ガルパンでは一切取り上げられていないのか……

(本当はトールディ氏の話もしたかったのですが、全く裏がとれず、もしかしたらブログ主様の創作の可能性もあると思い、断念しました)

これからしばらくは、読みようによってはハンガリー戦車について厳しいことを書いていると思われるかもしれません。
トールディの「物語」は、まぎれもなく悲劇でしたから。
そしてハンガリーという国の悲劇を端的に象徴するのも、この国が作った戦車たちなのですから。
  

 
 
 
 
 
 北富士に戻ってきたみほと華は、高校生組の中で逸見だけがまだ戻ってきていないことに気がついた。
 あとは卒業式で首席として総代を務めること以外、黒森峰女学園での役割はないまほが二人を手招きする。彼女たちは昼食を同じテーブルで食べることになった。

 あえてすみの方、誰にも注目されない席に着いた三人は、しばらく無言で昼食を摂る。
 初めて華のメガイーターぶりを間近で観察したまほは、どうして華道にそれほどのカロリーが必要なのかと困惑している。
 そして食事もおおかた終わり、周囲に人の姿もまばらになったころ、まほが口を開く。

「逸見がいないいまだから話せるが、これから話すことはあいつには内緒だ。
 お前たちの方で何かおかしなことはないか?
 ……どうも熊本で母が私にも内密で、逸見と直接何かを話し合っているようだ」

 みほは表情だけで驚き、華の顔から笑みが消える。
 みほたちは初めて大洗で起きている奇妙な寄付金騒ぎと、それと合わせたように唐突に出現した、下北タンクディストリビューション北関東の営業所長のことを話す。
 そしてまほは、いまの高校戦車道強豪校で何が起こっているのかを明かした。
 三人の中で疑惑は徐々に確信になりつつあった。

 そして同じころ。






「なんだあ。この戦車」
「わー、大きいね」
「これを買うんですか?」

 昼休みの大洗女子では原野が持って来させた戦車の前で、優花里は得意満面である。
 戦車は、故障した自動車をウインチで牽引して荷台に載せるトラックを大きくしたような、特殊なトレーラーに乗せられ、破損防止のための梱包資材が付いたままの状態だ。

「ねえ、ねこにゃーさん、これ見たことないなりね」
「うん、僕も見たことない」
「パンターのバッタもんだっちゃ」

 世界中にサーバーがあって、数億人がプレイしているという戦車ネトゲの中毒患者であるアリクイの誰もがこれを見たことがないという。

「えー、皆さん。
 これはこちらの下北タンクディストリビューションの北関東営業所長の原野さんが、特に大洗女子に使っていただきたいとご持参になった戦車です。
 名前は……」
「まあちょっとお持ちください。この場でどなたか上手な操縦者の方に乗っていただきたいと思います」

 テンションノリノリの優花里を押しとどめたのは、以外にも原野だった。

「ハーマンはすでに満タンにしてあります。試乗期間は1ヶ月を予定してありますが、乗っていただければすぐに良いものとわかっていただけます」
「うーん、上手な方でありますか。
 では冷泉殿、お乗りになってくださいますか?」

 優花里にそう勧められた冷泉麻子は、黙ったままその三色迷彩の戦車のエンジンルームをしばらく見ていた。

「冷泉殿、いずれはこれをあんこうに……」
「──気が進まん」
「え? ちょっと待ってくださいよぉー」

 麻子はひとことそう言っただけで、優花里が止めるのも聞かず、校舎に向かってすたすたと歩き去ってしまう。
 麻子はエンジン付きの乗り物であれば(試したことはないが、おそらく飛行機も)取説を見ただけで動かせる人間だが、その取説さえ見ようとしないというのは異常だ。
 その時折悪しく昼休みも終わりが近づき、授業開始の予鈴が鳴る。
 戦車倉庫前の営庭に居合わせた戦車道履修生たちも、三々五々と散っていき、あとには優花里と原野だけが残った。
 原野はちらりと優花里の方を見たが、すぐに作業員たちに件の戦車を倉庫に運ぶ作業を命じ、優花里には肩越しに「また後ほど」と告げると、自分も搬入作業に加わった。
 戦車は衝撃吸収剤をあちこちにつけた、納車前のままの状態で特殊なトレーラーごと倉庫のドア前に運ばれ、油圧フォークで倉庫内に収められる。
 梱包資材をすべて外し終わったあと原野だけが優花里の所にもどり、ハッチをロックしているキーを渡し、書類一式を渡す。

「これが納車でしたら、お客様に検収していただくまで私も立ち会いますが、仮納品ですし、あとは皆さんで自由に見ていただいて結構です」

 では何かありましたらご連絡くださいと言って、原野と他の社員たちは大洗港区の桟橋に降りていった。



 その日の放課後。
 会長室で書類を眺めていた優花里のもとに、前会長角谷と、自動車部を引退したナカジマがやってきた。
 角谷は高校時代の彼女のトレードマークであったツインテールをほどき、普通のロングにして年齢相応の私服姿であったため、単に背の低い上級生になっている。
 一方ナカジマは、以前からの自動車部作業服のオレンジに近い黄色のつなぎ姿だ。

「秋山ちゃん。西住ちゃんから聞いたけど正体不明の人物からの補助金を受け入れたんだってね。それとなんかアウトレットみたいな戦車を買うとか」

 いままでの容姿も「情報操作」の一環だったのだろう。
 角谷からはいままでの気楽さが消え、優花里は何か詰問されているような気分になる。
 優花里がいろいろと隠し事をしていることが、それに拍車をかける。

「ほ、補助金に関しては、次年度も我が校が全国大会に出場することを条件とした寄付であり、寄贈者が匿名でという強いご希望をお持ちですのでそうなっただけでして、別に何か裏があるわけではありません! それに我が校に補助するのは大洗町です」
「……ふーん」

 角谷は本当の無表情だ。この顔が実は彼女の本来の姿ではないかと優花里は思う。
 背中にいやな汗を感じる。
 何しろ相手は、トップ官僚だろうが大流派の家元だろうがいかようにでも操ってしまう「怪物生徒会長」だった人物だ。いかにも幼い見かけにしておかないと、確かに誰も近寄ってこなさそうな雰囲気を醸している。
 つまりあの理事長の同類なのだ。大洗動乱で得をしたのは、確かに理事長と元会長だ。

 角谷は、ここに来る前に町教委に寄っている。
 補助金については、付帯条件は一つだけ。全国大会出場だけだ。
 そこからわかることは、その匿名の寄贈者は大洗女子が全国大会に出場することで、寄付した金額以上の、何らかの利益を得る人間。
 候補者は、多すぎる。掃いて捨てるほどいる。
 なにしろ次年度だけ大洗女子戦車道が存続すればいいだけだ。
 ならばいまはとりあえずおいておくしかない。それ以上の情報が得られるまでは。
 角谷が心配しているのは、みほや華と優花里の間に溝ができてしまうことだった。
 困ったことに目のまえの副会長の顔には「私は隠し事をしています」と書かれている。
 次年度の戦車道をどうするかは、プラウダ戦以降と同様にみほに一任すればいい。
 いまの彼女には、それだけの力量と使命感とリーダーシップがある。
 五十鈴華という人間は「食わせ物」という言葉から最も遠いところにいるが、だからこそ「食わせ物」がつけいる隙がない。
 自分自身がある意味「公明正大な食わせ物」である角谷は、だから華が次期会長に決定してよかったと思っていた。
 優花里が副会長なのは、諸刃の剣だろう。
 働き者でみほに対するロイヤリティがあるのはけっこうだが、全体観に乏しい。
 一点集中型で、それが高じて暴走も辞さない。
 安斎千代美から「今日、お前の所の片金三等軍曹がうちに来たぞ」と試合前に電話がかかってきたときは、さすがに頭痛がした。
 なお安斎は、今回の研修会には参加していない。防衛大学校に進むことになっている。
 例のドリルツインテールはやっぱりとっくにやめていて、肩すれすれでカットしたという。
 あいつ、できるってことを隠していたな。自分も騙されると言うことかと角谷は嘆息した。
 なにしろ防衛大学校は、いまの日本で最難関の大学なのだから。

「とりあえず、その戦車見せてくれよ。秋山」

 そういうのは当然、エンジニアのナカジマだ。
 レオポンこと「自動車部の四人」は全国大会と大洗動乱で、全国的に有名になった。
 なにしろポルシェティーガーなる戦車の歴史に「失敗兵器の代名詞」として燦然と輝く代物をきっちりレストアして、特に全国大会ではアリクイ同様決勝戦のみの出陣にかかわらず、ケーニクスティーガーやパンター、ヤークトパンターを相手に単騎で戦って、壮絶な「立ち往生」を実際に遂げた(弁慶も典韋もフィクション)ことで大いに名をあげた。
 技術的にも部活のファクトリーでありながら、まともに走らせることが出来ないはずのポルシェティーガーをまともに走らせたということは、マウスをまともに戦わせることができた西住家のファクトリーに匹敵するレベルであり、そんなのがなぜぽっと出の大洗女子にと大いに話題になっている。
 だからナカジマが例の戦車を見るとすれば、それは当然「乗り物としてものになるか」を診断したいということに他ならない。



「……」

 戦車倉庫においてある、例の重戦車をいろいろな角度で検分したナカジマだが、長すぎるエンジンルームのハッチを開けたときは、なにやら曇った表情をした。
 しかしそれは一瞬のことで、すべてを見終わったナカジマはこともなげに言う。

「明日にでも『アヒルさん』に乗ってみてもらいなよ。それですべてわかる」

「アヒルさん」というのは本来はバレーボールの選手たちだ。
 本年度当初に部員がたった4人になったためにバレー部が角谷に解散させられたときの、その4人のことである。バレー部復活を掲げて全国大会を戦った。
 このチームはいまでは「奇跡の」という枕詞が付く。
 大戦のころの日本戦車といえば「ブリキの棺桶」「世界最悪の操縦システム」で名高いが、彼女たちの乗った戦車は「八九式中戦車甲型」というまさに始祖である。
 当然ブリキ度も、操縦困難な度合いも戦車道最悪といってもいいだろう。
 しかもその主砲で倒せる相手は、さらに貧弱な豆戦車だけだ。
 だが、彼女たちはその悲惨としかいいようのない戦車を駆って、全国大会の決勝まで堂々と戦い、八九式は大洗女子の中で最後に撃破された戦車になった。
 その相手、黒森峰は八九式よりも新しいはずの日本戦車、九七式などを主力とする知波単学園をほぼ瞬殺しているにもかかわらずだ。
 アヒルの最後の戦いは、レオポンの立ち往生同様に壮絶なものだった。
 やはりケーニクスティーガーやパンターを引きつれて陽動をつとめ、十分引き離すまでの間縦横無尽に走り続けて1発の被弾も許さなかったのだ。
 チームのドライバー河西は「午後からの天才」麻子にはかなわないが、高校トップクラスの腕だと噂される。
 なにしろアヒルさんは、安斎千代美率いるアンツィオの、同様に腕がいいので撃破困難な豆戦車CV33軍団を追い回したあげく、5両も撃破している。
 みほの持論である「腕と戦術」の、特に「腕」の方を体現するチームだ。
 角谷には初めから「天の時」が味方していたと言ってもいいかも知れない。
 大洗女子戦車道は、角谷本人も含めて誰が欠けても「大洗の奇跡」を起こすことができなかったというべきだろう。出落ちのアリクイも含めて。
 いや、彼女たちは実際は騎士十字章や殊勲十字章なみの貢献をしている。
 その「幸運」で。
 だから角谷は、よく知っていたと言うべきかも知れない。
 大洗女子の限界を。天の時はすでに去りつつあると言うことを。
「腕と戦術」の「戦術」を体現するチームのリーダーとしても。そう考えている。
 レオポンの四人のうち三人は三年生、生徒会トリオ同様本年度で大洗女子を去る。
 アヒルさんは次年度にバレー部再結成可能な人数がそろったときは、戦車道から外してバレー部を復活させるよう引き継ぎ事項として華に念を押してある。
 レジオン・ド・ヌールや議会名誉勲章に匹敵する彼女らの戦いに報いる途は、それしかない。
 バレー部の存続を認めなかったのは自分だという負い目もある。
 そして、予算の問題だ。廃校がなくなった以上「戦時予算」はもう組めない。
 そういう悪い条件も、みほや華に背負わせて、自分はここを去らなければならない。
 彼女は「戦車を新しくしても『奇跡の再現』は無理」と見切っていた。
 だが同時に、みほなら限られた条件下でも、学校と社会に貢献できる戦車道のあり方を確立できるだろうとも信じていた。
 しかし、目のまえの副会長の顔面には「大洗女子を戦車道の強豪校に」と書いてある。
 角谷は「やれやれ」と思った。可哀想に思ったのだ。

 戦車道もフィールドを舞台とする球技同様「攻、防、走」の世界だ。
 その「走」のエキスパートであるナカジマは、ずっと無言のまま考え込んでいた。
 ある意味、「腕と戦術」でどうにもならないのが機動力だ。
 その点は戦車道もモータースポーツも変わらない。
 そして「腕と戦術」にもっとも必要なのも機動力、特に戦車の場合は障害物を越える能力と、迅速な移動力だ。ターマックとグラベルとトライアルを全部やらねばならない。
 それから言えば、目のまえの戦車は懸念だらけだった。
 ナカジマには正直な話、何をどうしたらいいのかさえわからないのだ。

 とある国の勇者の名が付いた戦車の前で、卒業間近の二人はただ立ちつくすだけだった。
 
 
 
 
 
 
ページ上へ戻る
ツイートする
 

感想を書く

この話の感想を書きましょう!




 
 
全て感想を見る:感想一覧