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大洗女子 第64回全国大会に出場せず

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第5話 秘匿通話

 
 
 
 
 担当者は「会長職務代理者 秋山優花里」と自署の上に職務代理者公印が押された補助金申請書と、頭を下げる優花里を交互に見ている。

「貴校の財務諸表を拝見しましたが、今後貴校が戦車道を継続していくことは無理なんじゃないでしょうか。私見ではなくそう思います。
 ご存じと思いますが、現在、公立高校で全国高校生大会に出場する学校はありません。
 バブル崩壊以後、そう、いまから20年以上前から各自治体は財政力が落ちています。
 公立であっても戦車道を維持するための支出は、本当に難しい。
 財政力では群を抜いている東京都でさえそうなのです。学園艦なら船の維持費まで国の肩代わりができるのは東京都だけでしょう。大阪府もいまいろいろと大変です。
 ですから文科省も公立学園艦の整理統廃合を打ち出していたのです。少子高齢化のため、文教福祉予算も高齢化比率の増大とともにそちらに持って行かれるようになっていますからね。文科省自体が予算を削減されているのです。
 ですからいまの高校戦車道は、自己資金が潤沢で理事会の了承が得られればいかようにでも支出できる私立の学校法人によって支えられていると言っていいでしょう。
 そんななか公費で運営されている学園艦に、連盟が補助を行えばどうなるでしょう。
 税金で仕事をしているお役所に手を貸すのか? との批判はまぬがれないでしょう。
 うちの内部監査も通らないですね」
「ですが、大洗女子は戦車道史に残る快挙を成し遂げたのです!
 途方もない成果を上げたのです!」
「……いいですか? 奇跡はお金では買えません。
 現状で勝ち続けることも維持することもかなわないというなら、それは「成果ではなく奇跡」なのです。継続性のない『戦術』は、実際の『戦場』では使えません。
 ましてそれが『戦略的不利を人的要因でひっくり返す』というものであればなおのことです。
 ああ失礼、私はこれでも予備幹部自衛官です。
 どう考えてもあなたがたの勝利は、西住みほという個人の『将器』によるものです。
 彼女ほどの逸材であれば、今後いかようにでも活躍の場が与えられるでしょう」

 彼女は言外に「大洗女子は西住みほという規格外の名将のおかげで勝った」と言いたいようだ。そして彼女の前途は明るいから心配無用だと。
 優花里にとっては不本意この上ない。
 あの戦いではみほという傑出した驍将の元、皆の力で、皆の団結で、総員死兵となって戦った末に、やっと勝利を紙一重で得たのだ。
 この人にはなぜそれが分からないのだろうかと、悔しくて仕方がない。
 悔し涙すらにじんでいたかも知れない。
 担当者はそれも察したのだろう。

「死兵を率いるのも、また将器なのです。
 そして全軍死兵となって戦うというのは、自分たちの存亡がかかっているときか、自分たちの将が敗亡必至であってもなおついていきたいと、兵が望んだときだけです。
 いまのあなたたちに、それがありますか?」

 まさに詰みだった。
 前回の勝利はまさに「廃校確実」という危機の中で角谷という政治家が勝利への条件を整え、名将みほにその手腕をこころおきなく振るわせたからあったようなものだ。
 そして兵としての角谷は、みずから身を投げ出して道を切り開いた。
 残った者たちも身を犠牲にしてその任を全うした。みほが勝利すると信じて。
 最後の一騎討ちも、運命の女神がこちらに天秤を方向けてくれたから勝ったような、実にきわどい勝利だった。
 自分たちが起こしたのはまさに「奇跡」だったのだと、優花里は思い知った。

「奇跡はお金では買えない。つまり、奇跡に援助することはできないのです」





 担当者の言ったことは、想定外のことではなかった。
 連盟が高校の戦車道授業を維持できるだけの補助金を支弁しているなら、20年前の大洗女子は戦車道から撤退していないだろう。
 それでも奇跡の優勝校ならあるいは、と思ってきたが、やはり無理だった。
 結局申請書をつき返された優花里は、悄然として事務棟の古風な廊下をとぼとぼと歩いている。
 だから前からやって来た人物に気がつかず、あやうく衝突しそうになった。

「おっと、危ない。
 ……おや、君は大洗女子の」

 優花里がぶつかりそうになった相手は、この場所で唯一の男性、連盟理事長だった。
 彼は普段の羽織袴姿ではなく、三つ揃いに山高帽の洋装だった。
 見るからにどこかに出かけて帰ってきたばかりのようだ。

「あ、あなたは。
 ……どうもすみませんでした」

 悄然とした様子の優花里は、それを言うのがやっとという様子で、黙ったまま理事長のわきをとおり抜けようとした。その優花里を理事長は呼び止めた。

「たしか秋山君だったね。
 悪いがいまから理事長室まで来てくれないかね」

 彼はなぜか優花里の名を知っていて、そして彼女に用があるという。

「実は用があるのは私ではないんだが、立ち話できることでもないんだ。
 時間は取らせないから、付いてきてもらえないかな?」

 連盟の補助をすげなく断られたショックで良く頭が回らないと言うこともあったが、優花里としては急いで大洗に帰る理由もなく、用事があるという人物もおそらくはそれなりの立場なのはわかるので、別に怪しむこともなく言われたとおり理事長室まで足を運ぶことにした。



「かけたまえ」

 理事長は入室した優花里に椅子を勧めると、上着の内ポケットから携帯電話を取りだして、彼女に手渡した。

「これは私の私用電話だが、これからこの電話に君あての通話がかかって来る」

 理事長からはあいかわらず大洗動乱の時の頼りない風情しかうかがえない。
 しかし、電話を渡す一瞬だけ、生真面目そうな表情を見せた。
 相手がそれなりの立場ではないかという優花里の予想を、その表情は肯定していた。

「私は、いまからかかってくる電話については一切関知しない。
 君はこの部屋に来ていないし、私も会っていない。
 だから君も、通話の内容については他言無用だ。わかったかね」

 なんとも意味深なやりとりだ。
 これから何が起こるのだろう。優花里は不安で一杯になった。
 その時ふいに優花里の手の中の携帯が震え、鈴虫の鳴き声をデジタル化した着信音が鳴った。
 優花里はおそるおそる、旧式な携帯の受話ボタンを押し、電話に出た。

『……秋山優花里、さんね?』
 声の主は女性のようだが、テレビでよく聞く変調装置越しの声のようで、1オクターブ下げたように聞こえる。声紋もデジタル処理で消しているらしく、平板に聞こえた。
 優花里は恐ろしくなったが、乗りかかった船だ。
 震える声で「はい、そうですが。どなたですか」と聞き返す。

『それはどうでもいいことだ。あなたが知る必要はない。
 手短に要件だけ言うわ。
 大洗女子では、次年度の戦車道活動予算が組めないのでは?』

 優花里は不気味に思った。なぜ電話の主がそのことを知っているのだ。

『フフフ、怖がるなと言う方が無理だろうな。
 安心しなさい。私は今年の全国大会に大洗女子が出ないと困る人間なんだ。
 単刀直入に言おう。本年度の経費と同額の現金を大洗町に「ふるさと納税」として振り込んでやろう。むろん使途は「大洗女子学園戦車道への補助金」としてな。
 むろん出所のはっきりした金になる。
 納税者が誰かは町の守秘義務ということにさせてもらうがな。
 ――ただし、援助に当たっては条件がある』
 
 
 
 
 
 
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