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大洗女子 第64回全国大会に出場せず

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第2話 ボタンの掛け違い

 
 
 
 
 学園予算会議は、華の予想以上に荒れることになった。

 体育会、文化部、図書館、学園艦施設の各運営協議会が真っ先に要求したのは、戦車道授業の縮小および段階的な廃止だった。

「本年度で戦車道授業は、昨年度以前の体育会各部の運営及び遠征予算の5年分をすでに費消していることをご存じですか?」

 体育会を代表しているらしいマッシブな女生徒が、低い声で指摘する。

「戦車のメンテナンスと改造を含むアップデートを担当した自動車部でも、以前の部費の10倍以上を戦車道につぎ込んでおり、工学科の実技も半分以上休止した」

 これは工学科の生徒、自動車部のスズキのような日焼け肌だ。

「本年度の高等部三年生は、最後の一年をただ練習のみに費やして終わった」
「戦車道授業の履修者30名程度のために、他の生徒が何もできなかったに等しい」

 芸術関係の部活の部長会長と、図書館運営委員長がたたみかける。

「廃校廃艦という非常事態は去った以上、予算枠はいままでどおりに戻して欲しいです」

 文化同好会の代表らしい、背の低い気弱そうな眼鏡っ娘が、それでも必死に訴える。

「戦車道授業を特例的な3単位から他の科目と同じく1単位に縮減し、履修生の人数に応じて予算も縮減することを望みます」
「大洗女子における戦車道の役割は終了した。授業自体の廃止も検討すべきです」

 あとからあとから、生徒の代表者たちは執行部に詰め寄っていく。
 誰もかれもが、戦車道を目の仇にしているように優花里には思えた。

 大洗女子は、20年前に財政的理由のため戦車道をやめている。
 20年後の現在は、さらに生徒数も減り、学校全体の予算も縮小している。
 そのために誰もが我慢を強いられていた。
 前任者角谷が「非常事態である」として強権をふるったこともある。
 本年度限り、危機が去るまでの間として皆に理不尽なまでの忍従を強いたのだ。

 しかし優花里にとっては戦車道の復活のみならず、大洗女子を戦車道強豪校にして西住みほの「腕と戦術」の戦車道を後世に伝えることが、副会長たる自分の使命と確信していた。

「皆、考えてください!
 この学校が存続し、皆がまたこの学校で活動できるのは、何のおかげなのか。
 ひとえに西住みほ率いる大洗戦車道のおかげではないか。
 もはや戦車道あっての大洗であるといってもいい。
 全国大会に出場するだけでも、当年度ベースの予算が必要です。
 連覇を目指すなら、さらなる履修生の増員と、戦車の増加が必要です!
 戦車道をなくせば、今度こそ大洗女子は消えてなくなるのです」

 優花里の主張は、白眼視をもって迎えられた。
 この先まだ戦車道を続けようというのなら、言いたいことはいくらでもあるのだと。
 さっそく複数の生徒が発言を求めて一斉に挙手してきた。

「副会長に質問します。
 いまだに学園艦教育局は大洗女子を廃校対象にしているのですか?」
「いえ、現在廃校対象ではありません」
「ならなぜ本校のような、いわば平凡な学校が戦車道などと言う『金持ちの道楽』を続ける必要があるのでしょうか」
「戦車道を廃止すれば本校がなくなるという根拠は何ですか」
「現に本校の知名度が上がったからと言って、今年の受験者は増えていない。
 例年と同じペースで微減しました」

 優花里と戦車道履修者をのぞく生徒たちの我慢は、とっくに限度を超えていた。
 我も我もと声を上げる彼女たち。

「夏の交流戦では、四強が本気を出せば、あなたがたご自慢の『腕と戦術』など通用しないと証明されたばかりではないですか。
 次回の全国大会で大洗が優勝できる可能性はほぼないと専門筋も言っています。
 今回の優勝の主因は、大洗の布陣を見た相手が遊び半分で戦ったからではないですか。
 本気で戦われたら、質、量とも脆弱な大洗では勝ち目はありません」

 優花里にもそれはわかっている。
 ハードウェアの力量差について誰よりもくわしいのは、彼女自身なのだから。
 だからこそ戦車を強化したい。四強並みと行かなくともこちらにはみほがいる。

「ですからそれは戦車さえ増強できれば! 四強の半分もあれば優勝できます。
 優勝を続ければ志望者も増えます」

 しかし、相手は今日のために戦車道側を「説得」する材料をかき集めてきている。
 即座に、さらなる攻撃を加えてくる。

「ですからそれはあなたの主観ではないですか?
 それに、戦車1両いくらすると思っているのですか?
 生徒と授業料が倍でも追いつきません。その前にこの学校が『沈没』します」
「戦車道以外は何もできない学校という風評が立てば、志望者は激減する。
 公立校だから本当に志望者が来ないと言うことはないだろうが、確実に生徒のレベルは落ちる。副会長はそうなってもかまわないと?」

 いままで一方的に忍従を強いられてきた生徒たちの不満がすべて優花里に向けられた。
 そして優花里の感情も沸点を超えてしまった。

「あなたたち、いったい何様のつもり!
 だいたい大洗女子が廃校対象になったのだって、あなたたち一般生徒がふがいないから、だらしないから、何の成果も挙げてこられなかったから起きたことじゃない!
 戦車道はそんなあなたたちにできないことをしてきたのよ!
 それを何? 恩に着て応援するどころかなくしてしまえですって!
 いったいどの口が――」

 優花里は続きを言うことができなかった。
 悲しい目をしたみほと、怒りに燃えた目の磯辺が両脇から彼女を取り押さえたからだ。

「議事進行のため、皆さん静粛に願います」

 華が開会宣言以来、初めて口を開いた。
 華は会長だが、同時に戦車道側の人間でもある。
 だからこそ、あえて冷徹にふるまう必要を感じている。

「当分の間、会議を休会にしたいと思います。
 いまの状態ではこの場で予算を成立させるのは無理でしょう。
 各代表はいましばらく、予算要求を練り直す必要があると考えます。
 次回の会議の開催日は、3月上旬にしたいと思います」

 華は会議の解散と休会を宣した。やむをえないことであった。
 ここで棚上げにしないと優花里が押し切られ、そして執行部自体の信任すら問われる事態になるかも知れない。優花里を選任したのは会長の華だ。
 実は華自身も、どう乗り切ればいいのかわからない。
 戦車道をまた終わらせたくはない。しかし、皆の言い分も正しいのだ。





「私は去年バレー部が廃止されているから、部活の連中がなにもできない悔しさはよくわかる。
 あんたは言い過ぎだ」

 戦車道授業用に指定されている教室の一角で、みほ、優花里、磯辺、カエサル、澤の五人が顔を合わせている。
 磯辺は言葉ほど怒っているわけではない。しかしあの場での優花里の発言はもはや暴言であり、戦車道の立場と生徒会執行部の信頼を失わせるものなのはまちがいない。

「優花里さんの気持ちもわかるけど……」

 みほにはなんと言って良いのかわからなかった。
 本年度の戦車道優遇は、確かに度を超していた。
 それでも今日のようなことにならなかったのは、角谷に寄せられていた信頼ゆえだったと言って良いのだろう。
 戦車を維持して動かすというのは確かに大変だ。現用でさえ動かせばどこかが壊れるといっていい。まして戦車道で使うのは70年も前の、機械としてはるかに未熟な戦車だ。
 そして大洗女子がひっくり返りかねないほどの費用をつぎ込んでも、作ることができたのは二線級以下のリサイクル戦車8両の戦車隊だ。いまは戦車の数に入れられないのも1両いるが。
 聖グロ、サンダースほどの一線戦車の1個大隊をそろえ、維持し、戦うには大洗女子から見れば天文学的数字の金額が必要だ。そしておそらく西住家の個人資産と流派の資産すべてをつぎ込んだような現在の黒森峰戦車隊には、対抗しようと考えるのすら愚かしい。
 また、今日の発言にもあったが、相手が四強であれば油断しない限り大洗が勝てないと言うのもかぎりなく真実に近い。
 夏休みに大洗市街地を舞台に戦った連合交流戦が証明している。
 発言者は体育会の生徒だったが、それだけに「格」の違いというものがわかるのかも知れない。

「……要はお金の問題なのですね」

 さっきまでの勢いはどこへやら、すっかり落ち込んでしまった優花里が口にしたのは、それだけだった。



 それから数日後に、華は会長職務代理者として優花里を指名して、連盟主催の指導者研修合宿にみほとともに参加した。
 
 
 
 
 
 
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