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DOREAM BASEBALL ~ラブライブ~

作者:山神
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思い出のマウンド

「凛、これは?」
「痛くないです」

準決勝を終えた音ノ木坂ナインは控え室でクールダウンをしていた。その中で本日初登板初完投という偉業を成し遂げた少女のケアを剛が担当している。

「よし、異常はなさそうだな。だが明日はノースローで調整しよう。ストレッチもゆっくりやるぞ」
「は~い」

肩肘に問題はないようでストレッチを行う凛と剛。そんな彼女たちを見て、ボソリッと穂乃果が呟く。

「いよいよあと1試合・・・か」

泣いても笑っても残す試合は1試合。甲子園ではベスト8まで勝ち残れば国体があるが、女子野球ではそれがない。決勝戦が終われば三年生は引退し、一、二年生のチームが始まる。だがそれは普通の高校だけ。彼女たち廃校阻止のために野球を始めたμ'sに取って、最後の試合ということになる。

「今まで色々なことがありましたね」
「廃校になりそうになったり、絵里ちゃんが怖かったり」
「え?私そんなに怖かった?」

ことりのジョークを真に受けて驚愕している絵里に笑う一同。何がなんだかわからないでいる絵里を置いて話を続ける。

「にこはすごく楽しかったわ、あんたたちと野球ができて」
「コラコラにこっち、まだ終わってへんで」
「でもわかるわ。まさか高校生になって野球を始めるなんて思ってなかったもの」
「そうニャそうニャ」
「でも・・・これで終わっちゃうと思うとちょっと寂しいです」

辛かったことも多かったが楽しかったこともたくさんあった。物思いに耽る一同の言葉を耳にしつつ、クールダウンを終えた剛は彼女たちを集めミーティングを行う。

「お前たちの気持ちもわからんでもないが、まだ大会は終わってないぞ。それに・・・野球を続けていれば必ずどこかで繋がるはずだ」

彼のその言葉には説得力があった。実際に合宿で先輩たちに交渉して練習を見てもらい彼女たちに新たな道を拓かせた。

「ただ・・・いや、今はまだいいや」

何かを言おうとしてそれを飲み込んだ剛。彼は明日の集合時間を伝えると、解散にし早々にその場を後にした。

「なんて言おうとしたのかしら、剛さん」
「さぁ?」

何を言うのをやめたのか気になっている絵里やにこだったが、それを遮るように穂乃果がある提案をする。

「ねぇ!!今からちょっと練習しようよ!!」
「イ”マ”カ”ラ”ス”ル”ノ”!?」
「穂乃果ちゃんすごいやる気ニャ!!」

このまま終わってしまうのは勿体無いと考えた穂乃果の提案。だがそれには皆賛成だった。気合いが入りきっている彼女たちは体を動かそうと球場から走って飛び出したのだった。

















「どこに行くんですか?にこ」
「いいからいいから」

飛び出したのはよかったがどこで練習するのか全然考えていなかった。学校でやっては剛に止められるし野球場の予約などもちろんしていない。どうしようかと迷っていたところ、にこが何やらいい場所を知っているらしく案内している。

「ここにこ~」
「ここって・・・河川敷?」

辿り着いたのは川に面している広場。野球場という感じではないが、練習するには十分なスペースがある。

「ねぇ、誰かいるみたいだけど」

練習を開始しようかと思ったところで先客がいることに気が付く。人数は3人で、背丈はかなり小さく小学生くらいのように見える。彼女たちは広場の隅にある盛り上がったマウンドを使ってキャッチボールをしていた。

「あ!!お姉様!!」
「え!?お姉ちゃん!?」
「にこに~」

その少女たちは穂乃果たちの方を見るとそんなことを言いながら走ってくる。

「え?お姉ちゃんって・・・」

誰のことを言っているのかわからず呆然としている彼女たち。その中の1人、チームで一番小さな少女が前に出て3人を迎え入れる。

「こころ、ここあ、こたろう、こんなところで何やってるの」
「え?にこちゃん?」

3人が飛び付いたのはにこ。3人は彼女の弟妹らしく、にこの姿を見て駆けてきたらしい。

「お姉様が野球を頑張っていると聞いて、私たちもやってみようかと」
「でも野球って難しいね、こんなのをやれるなんてお姉ちゃんやっぱりすごい!!」
「かっこいい~」

3人はにこのことが大好きらしくかなり親しみを持っている様子。そこでにこはお姉ちゃんらしいところを見せたいのか、優しく頭を撫でる。

「これからお姉ちゃんの上手なプレーをいっぱい見せてあげるわよ」
「本当ですか!?」
「見たい見たい!!」
「楽しみ~」

お姉ちゃん風を吹かせてチームをまとめている雰囲気を出すにこ。彼女は先頭を切ってグラウンドに現れると、練習を開始するために準備する。状況を察した穂乃果たちはこの場は彼女を持ち上げるために付いていくことにした。

「あれ?かよちんどうしたの?」

全員が練習を開始しようとすると、なぜか花陽だけは動こうとしない。何かグラウンドを見回すと、こころたちがキャッチボールしていたマウンド周辺に歩いていく。皆が心配して彼女のそばに駆け寄ると、少女の顔を覗き込む。

「大丈夫?花陽ちゃん」
「どこか悪いん?」

ことりと希の問いかけに何の反応も示さない。しかし、彼女は急に顔を上げると目を輝かせにこへと詰め寄る。

「にこちゃん!!ここってもしかしてあの伝説の聖地!?」
「伝説?」
「聖地?」

何を言っているのかわからない花陽とにこ以外のメンバーは顔を見合わせている。

「花陽、伝説の聖地って何のことなの?」
「エ”リ”チャ”ン”シ”ラ”ナ”イ”ノ”!?」
「え!?・・・ごめんなさい」

すごい剣幕で迫ってきた花陽に思わず小さくなる絵里。ものすごい顔をしている花陽の後ろにいるにこは、得意気な表情で話し始める。

「そうよ花陽。ここがあの―――」
「高校野球最強と言われた第80代東日本学園の二大エース、綺羅光と佐藤孔明が練習したグラウンドよ」
「ちょっと!!それはにこの・・・セリフ・・・」

自分の話したかった内容を言われて激昂するにこ。しかし、その声の主を見て彼女は固まった。

「UTXの・・・」
「綺羅ツバサ・・・」

そこにはUTX学園のクラブジャージに身を包んだ綺羅ツバサがいた。彼女は笑顔を見せると、彼女たちの元に歩み寄る。

「決勝進出おめでとう、高坂さん」
「あ・・・ありがとうございます」
「わずか数ヵ月でここまで勝ち上がるなんて、みんな相当センスがあるんじゃないの?」
「それは剛さんのおかげです。剛さんが私たちに野球を1から教えてくれたからここまでうまくなれたんです」

選手たちの才能を見抜き適正なポジションへと配置、さらには能力を活かしたプレースタイルを教えてくれた監督。そのことを話すと、ツバサの表情から一転して笑顔が消える。

「本当に好きなのね、天王寺さんが」
「はい!!もちろんです」
「はっきり言うけど、私はあいつが大嫌いよ」

鋭い目付きでμ'sの一同を睨み付ける。その気迫に背筋が凍り、皆動くことができない。

「あいつが野球を続けていることも、光が野球をしていることも、それを見て野球をやる人も、あなたたちみたいにあんな奴から野球を教えられている人も大嫌い。特に高坂さん、あなたが一番憎いわ」
「え・・・それはどうして・・・」
「1番でキャッチャー・・・さらにはキャプテン。天王寺さんは完全にあなたを自身の後継者として見ている。私はあいつが嫌い。つまりあいつのお気に入りも嫌いなのよ」

目が血走っている女子野球界の雄の姿に体が強張っている。そんな中穂乃果は、なんとか震える体を押さえつつ抱えていた疑問を投げ掛ける。

「なんでツバサさんは、剛さんや光さんが嫌いなんですか」

予選の時からずっと抱いていた。実の兄でありプロ野球でも指折りの投手である綺羅光のことを快く思っていない妹。さらにはそんな彼とバッテリーを組んでいた自分たちの恩師まで嫌ってるのが、どうしても解せなかった。

「・・・私はね、孔明さんが好きなの。彼のピッチングもバッティングも、その姿が何よりも好きで野球を始めた。光は小学生から野球をしてたけど、高校への進路で揉めてしばらく口も利いたことがなかったわ。それまで勉強もロクにしないで野球ばかりしてる兄を見てたから私は無意識に野球を避けてた。でも、偶然見た孔明さんのプレーに感動した・・・だから彼と同じようになりたくて野球を始めて・・・ずっとその姿を追い続けてた・・・
でもね、彼は肩を壊して野球ができなくなったの」
「知ってます。甲子園での連投が祟ったって・・・」
「それは誰から聞いたの?」
「ビデオとか・・・ニュースとかで・・・」

当時の東日本学園の試合のビデオはほとんど見た彼女たちは孔明のケガの原因もわかっていた。メディアもそう言っていたし、まず間違いないだろうと。
それを聞いたツバサは思わず失笑する。まるで大海を知らない井の中の蛙を見るような目で彼女は話を再開する。

「世間ではそう言われているけど、本当は違うわ。矢澤さんと小泉さんは知ってるわよね?天王寺さんがキャッチャーを務められなくなった時期があるって」
「え!?そうなの!?」
「うん。二年生の夏の甲子園の後、U-18の世界大会に選ばれたの。でも、そこで剛さんは人生初の挫折を味わった」
「それが原因でしばらくキャッチャーでの精彩を欠いてしまいポジションから外れたことがあるの。その時にキャッチャーに選ばれたのが世界大会で天王寺さん、山堂学園の斎藤さんの不調でピッチャーから急遽選ばれた孔明さんなのよ」

エースとして夏の甲子園を沸かせた孔明はその打力を買われて世界大会では捕手としても活躍をしたらしい。チームに戻った後も、なかなか剛が復調せず彼は投手と捕手の二刀流をやっていたらしい。その経緯を2人が知っていたことに満足したツバサは先程の話の続きを始める。

「ただでさえ投手として酷使されていたにも関わらず普段とは投げ方も変わってくる捕手まで務めさせられて彼の肩と肘にはどんどん疲労が蓄積していったわ。そして選抜の決勝でそれが爆発した。その後孔明さんは春季大会も選手権の予選もマウンドには上がれなかった。甲子園でも光を中心に投げ抜き孔明さんはこのまま投げることなく高校野球を終えると思ってたわ。でもその方がよかった。彼は肩さえ治ればプロ野球も投手としてでも、打者としてでも指名される逸材だと言われてた。けど・・・」

そのから先のことは彼女たちも知っている。夏の選手権大会決勝戦、東日本学園をアクシデントが襲った。
準決勝の引き分け再試合、さらには雨での日程変更により彼らは甲子園史上唯一となる5連戦を強いられた。

3回戦の最終戦、準々決勝、ここで本来はこの年から導入された休日が入る予定だったが、ここまでに雨での順延で大会のこれ以上の遅延が行えず休日は消滅。さらにはその後の準決勝で東日本学園は選手起用が失敗し格下相手にまさかの苦戦で引き分け再試合。翌日はキャプテンを務めていた剛がロングリリーフを行いなんとか勝利を納めた。
だがここまでほとんどのイニングを投げることになった綺羅光の疲労はピークに達しており、決勝戦の初回で大乱調してしまった。絶望的な点差、光以外の投手の不調で監督は誰をマウンドに上げればいいのか決められずにいた。

「そこで志願登板をしたのが孔明さんなのよ。まだ万全じゃない肩肘でマウンドに登った。当然皆心配していたけど、彼はその不安を消し去る好投を見せた。久々の登板で変化球は全く精度がなかった上に代名詞のスプリットは肘が怖くて天王寺さんもサインを出せなかった。でも彼はストレートとツーシームだけで0に抑え続けた。打撃でも甲子園タイ記録となる8打点。でもその間にもどんどん彼の肩肘の爆弾は爆発に近付いていった。そして勝利を間近にしたところで限界を迎えた。3点差を引っくり返される満塁ホームランを浴びてマウンドを降りることになったわ。最後はなんとか天王寺さんがサヨナラホームランを放って勝ったけど、孔明さんはその後再起不能と言われプロ野球志願届けも出せず、高校も特別措置で早々に単位を取らせてもらって学校からいなくなってしまった。
彼はただ最強と言われるチームのために戦い続けた。でも、天王寺さんも光も結局は彼に頼ることばかりで苦しい役を担わせいいところだけを持っていった。それなのにあいつらは今でもノウノウと野球を続けている。私だったら仲間をあんな目に合わせておいて、野球を続けることなんかできないわ」

自然と溢れ出た涙を拭うツバサ。彼女が兄や剛を嫌う理由・・・それは彼女が必死に戦った稀代のエース、孔明を慕う強い想いから来ていることだと知った穂乃果たちは、何も言い返すことができない。

「きっと孔明さんもあんな奴等に会いたくなくて学校からいなくなったのよ。だから私も絶対あいつらは許さない。明後日の決勝戦で必ず孔明さんの仇を討つわ。あなたたちを倒してね」
「そんなこと・・・」

あまりの気迫に反撃もできず押し黙っているμ'sの面々。しばしの沈黙で重い空気が流れていると、彼女たちの話している近くにある階段から男性の声が聞こえる。

「仇ってのは、死んだ人間のために取るもんだぜ、ツバサ」
「誰よ、あん・・・た・・・」

馴れ馴れしい口調に話しかける男性に怒声を上げようとしたツバサ。だが、その青年の姿を見て彼女は口を開けてあんぐりとし、にこと花陽は目を輝かせていた。

「残念だが、()はまだ死んでいないぞ」

階段から立ち上がり降りてきたのは東日本学園を頂点に導いた絶対的エース、佐藤孔明だった。


 
 

 
後書き
いかがだったでしょうか。
ツバサが剛や光を嫌う理由を出してみました。
次から決勝戦が始まるかな?と思います。 
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