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マニュアル

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第一章

           マニュアル
 ルチアーノ=デル=マッテウッツィはイタリア人にしては珍しいまでの真面目な性格だと言われている。イタリア陸軍士官学校を極めて優秀な成績で卒業し将来も期待されている。
 それでだ、彼は自信に満ちて軍務にも入ったが。
 下士官や兵士達はその彼を見てだ、ひそひそと話をした。
「大丈夫か、新任の少尉」
「あんなのでな」
「一番まずいだろ」
「将校としてな」
「何か大事な時に下にいたくないな」
「どうにもな」
「直属の部下だとな」
 若しそうならというのだ。
「怖いな」
「ああ、実戦の時は」
「ああしたタイプが一番危険だ」
「全滅するかもな」
 こんな話をしていた、こうした話は本人の前では話されないが耳には入る。それでだ。
 マッテウッツィは何故自分が下士官や兵士達に評判が悪いのか考えた、それで士官学校の先輩で同じ部隊に所属しているエンリコ=レオンカヴァロ少尉に相談に乗ってもらった。士官学校の一年上でいつもよくしてもらったのだ。 
 食事中にだ、彼は問うた。
「私の部下からの評判ですが」
「ああ、悪いな」
 即座にだ、レオンカヴァロはマッテウッツィに答えた。面長で色白の眼鏡をかけて黒髪を七三に分けた彼の銀行員の様な顔を見つつ。レオンカヴァロは大きな目に縮れた黒髪に先が割れた顎を持つ大男だ。
「どうも」
「はい、それは何故か」
「俺にはわかる」
 レオンカヴァロは赤ワインを飲みつつ答えた。
「どうして御前が部下から評判が悪いかな」
「そうなのですか」
「ああ、よくな」
「ですが私は」
 マッテウッツィは戸惑った顔で先輩に返した。
「これまでです」
「士官学校ではだな」
「それまでの学生生活でも家庭でも」
「評判はよかったな」
「自分で言うのも何ですが成績も素行も」
 そのどちらもというのだ。
「特にです」
「悪いと言われたことはないな」
「勉学にも励み行いもです」
「品行方正にだな」
「するようにしてきれ」
「ああ、確かに御前は成績優秀でだ」
 レオンカヴァロもそれは事実だと言う。
「品行方正だ、人間としても悪くはない」
「そうですね」
「ああ、しかしな」
「それでもですか」
「それだけなんだよ」
「それだけ?」
「ああ、それだけなんだよ」
 マッテウッツィのその如何にも真面目そうな顔を見て言うのだった。
「完全にな」
「それだけだと」
「ああ、そこから出ていないんだよ」
「出ていないとは」
「言った通りだ、御前は出ていないんだよ」
「何を出ていないのか」
 マッテウッツィは首を傾げさせるばかりだった。
「あの、私は」
「わからないか」
「はい」  
 その通りだと答えた。
「どうにも」
「そうだな、しかしな」
「それでもですか」
「俺は言った」
 確かにというのだ。 
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