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東京レイヴンズ 今昔夜話

作者:織部
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エイリアンVS陰陽師 宇宙人がなんぼのもんじゃい! 4

「それじゃあいっちょうCheck it outしようか、ダンディー天馬。Just Do It!」
「オゥケィ、セクシー冬児。我が命に代えても!」

 呪術喫茶『BARメイガス・レスト』で燃料を補給したセクシー冬児とダンディー天馬は井伊場葬儀社の入ったビルを見上げ、印を組み呪を唱えた。

「オン・ビロバクシャ・ノウギャ・ヂハタエイ・ソワカ」

 浄天眼。すなわちこの世のすべてを見通す千里眼を持つという広目天の真言。
 肉体にそなわった視覚とは異なる目、見鬼の力を増大させる効果を発揮し、ビル全体を視る。
 呪術による結界や罠の類は見つからなかった。
 この呪術。座学で学んだものではあるが、今の冬児と天馬にはそれなりに高度なこの術を使うことは本来ならばできない。
 複雑な術式を組む技術力も使用する呪力も足りないからだ。
 しかし謎のマズターの作った謎のカクテルによる謎のアルコール効果によって謎の覚醒状態になったふたりには、それを行使できる謎の領域にまで高められていたのだ。
 古代中国では、酒に酔うことで精神が自由に開放され、より高度な理性と鋭敏な感性を獲得できると信じられていた。李白、杜甫、白楽天――。いにしえの中国の詩人達の多くもこれを強く信じていて、酒を手放すことは無かったという。
 中国だけではない、エドガー・アラン・ポーやアーネスト・ミラー・ヘミングウェイ、稲垣足穂などなど……。
 創作家と呼ばれる者たちは酒の恩恵を受けてきた。
 呪術者もまた無から有を生じさせる、一種の創作家といえなくもない。
 セクシー冬児とダンディー天馬。ふたりの呪術者は今、酒神の加護を受けていた。

「……生命反応は二体のみ、さっき入った黒服のみのようだ」
「ふたりだけなら万が一見つかっても対処できそうだね、ステルスしちゃう?」
「ステルスしちゃう?」
「「Yes I do! Just Do It! 我が命に代えても!」」

 隠形し、侵入を試みる。
 扉が開かない。施錠されていた。

「どうする、Destroy or Destroy?」

 拳を上げて気を練り上げる。
 セクシー冬児の腕全体を炎が燃えるように気がゆらめいていた。今なら鉄製の防火扉でもぶち抜けられそうだ。

「ノォウ、COOLにいこうぜ、マイ・フレンド」

 ダンディー天馬が呪を唱えて刀印を切ると、扉のロックが解除された。

「テクニシャ~ン」
「COOL! COOL! COOL!」

 正面扉から堂々と井伊場葬儀社内へ侵入をはたす。
 ひと部屋ひと部屋調べてまわるが、いずれも空き部屋同然で椅子や机といった調度品すら置かれていない。

「拍子抜けだぜ、培養液に浸かったエイリアンの幼体だの檻に閉じ込められた奇怪な実験動物とか想像してたんだが」
「HAHAHA! それは宇宙人じゃなくてアメリカ軍の秘密基地で見られる光景だよ」

 ひどい偏見である。

「お、ここは……」

 立ち並ぶデスクと、その上に置かれたPC。英文雑じりの数式のようなものが書かれたホワイトボード。ゴミ箱の中にはコンビニ袋と大量のストロベリー・アイスのカップが捨てられている。
 殺風景だったほかの部屋とは異なり生活感があって通常のオフィスを思わせる空間だ。
 PCのひとつを起動させ、内部データを閲覧しようとしたのだが、意味不明な英字と数字の羅列ばかりだった。

「これは……、なにかの暗号か?」
「ふふん、なら解読するまでさ」
「ほぅ、ダンディー天馬に暗号解読のスキルがあるとは知らなかったぜ」
「ふっ、陰陽塾のアラン・マシスン・チューリングと呼ばれた僕に解けない暗号など存在しない。……これは暗号の中でも一番ポピュラーな文字飛ばし系だね。本来の文字のふたつかみっつ前後の文字を使うんだ。たとえば『冬児(とうじ)』を表すときは、五十音表の『と』のふたつ前は『つ』、『う』のふたつ前は『あ』、『じ』のふたつ前は『ご』。なので『つあご』になる。これがふたつ後の場合は『におぜ』だ。……この場合、英字はローマ字そのもので数字が飛ばす順番を表していると見たね」
「理屈はわかったが全部照らし合わせて解読しているヒマなんてないぜ。いつあの黒服どもが来るかわからん」
「一瞬で解く! 頭脳を覚醒させ、人間コンピュータと化すことのできる、この術を使って! 我が命に代えても!」
「おお! その術とは、まさか……」
「そのまさかさ――オン・アラハシャノウ――オン・アラハシャノウ――オン・アラハシャノウ――」

 二火指蓮葉。すなわち文殊剣印を結び、物事のあり方を正しく見極め、判断する智慧を司る文殊師利菩薩の真言を唱える。
 真言をひとこと口にするたびに頭脳が冴えわたり、視野が広がる。
 ちなみに同じ智慧を司る仏に虚空蔵菩薩が存在するが、こちらは学問や知識、記憶などの〝智慧〟を司っている。真言宗の開祖・弘法大師空海は虚空蔵菩薩の真言を一〇〇万遍唱える虚空蔵求聞持法をおこなったことで有名だ。この行を完遂させることができれば無限の記憶力がつくといわれている。
 文殊真言を七回唱えた天馬は手元が見えないほどの速度でキーボードを操作し、暗号を解読した。

「解けた! これが謎のすべてだ!」

『さっきから下の隅々まで石鹸だらけでは想像できません。残念な条項にずばぬけた善人は増加し、私たちは輪になってわくわくする惑星をわめくのですが、爆発している美少年の文面は弁償しても暴落します。外国には銀河系より愚劣な下痢気味が強奪され、パイプがぴしゃっとプレスされてペーパーがポルノになるのです。赤い胃袋が裏返って永遠に落ちてゆき、前払いの未納料金は村はずれから明日にもらわれてくるのでありましょう。だんだん時間より頭痛がしてきてデビューは同僚です。火事が気絶しているなら空中で結婚して攻撃しましょう。なんだそんなことは逃げ回っている盗みには姉さんから呪っているのです。さんざん疾走してスケジュールは整頓しなくては粗末でしょう。やりきれない郵便は夜中です。来年は両親を類義語の霊で狼藉しましょう。鼻から飛行機が吹っ飛んで屁が放火します。パン焼け空にへなへな鳥が飛んでゆく。天が知る、血走る、ヒトデ汁。この亀降って痔がたまる良き日に鶏ガラもよろしく我らの祭りが悪を負かすのだ。ギターで歯を磨きナメクジの足で逆立ちせよ。さすればウンモ星も腹から涙を流す。敷地内でヘソを舐めた者は死ぬまで尻をくすぐられる運命なのだ、お花畑でおやつになるがいい。悔いるがいい、げじげじ踊りを見た後は耳も腐る五目並べで猫いらずを味わうのだ。耳から手を突っ込んで鼻毛をむしり尽くされる。サイコロに調子に乗って犬のもエマニエルだ。』

「ウボァーッ!? なんじゃあこりゃあーっ」

 意味不明である。

「しっ、声がデカいぞダンディー天馬。やつらに気づかれる」
「ぼ、僕の暗号解読は完璧だったはずだ……。なのになぜこんなことに……」
「……! やつらが来る。とっととずらかるぞ」
「くっ、せっかく潜入したのになんの収穫もなしで帰るだなんて」
「いいや、そうでもないぜ」
「え?」
「おまえが解読している間にちょいと室内を物色してな、コンピュータでハックされる心配のない情報源を入手した」
「それはなに?」
「紙とペンだ」
 
 セクシー冬児の手にした書類には「特殊空間の構造研究に関する中間報告」と書かれていた。





 井伊場葬儀者をあとにしたセクシー冬児とダンディー天馬は歩きながら書類に目を通す。
 そこにはMIBたちの陰謀のあらましが書かれていた。
 江戸時代。現在の中津川学園のあったあたりは大きな沼があった。そこには川姫という妖怪の隠れ里があり、彼女たちは平和に暮らしていた。
 隠れ里への門を開くには汚れを知らない若い娘が沼の縁に立って鈴を鳴らす儀式が必要だった。
 周囲の開発が進むにつれ川姫たちは人間との接触を避けるようになり、隠れ里に引きこもって暮らしはじめるようになる。明治の世になると沼地は埋め立てられ、造成され、中津川学園が建てられた。
 しかし隠れ里への門はいまだ健在であり、その門は中津川学園のプールのある場所にある。その秘密を嗅ぎつけたMIBは学園に通う女子生徒を精神操作して夜中にプールの縁で鈴を鳴らせ、隠れ里への門を開かせた。
 空飛ぶ円盤に乗って隠れ里を急襲し、川姫たちを制圧。占領に成功した後、この隠れ里の特殊な空間構造を解明する調査をしている。
 それが解明されればMIB専用の隠れ里を創り出すことが可能となり、地球侵略の大きな足がかりとなる。
 数日に一度、女子生徒をあやつって鈴を鳴らしてはプールの底の門を開かせ、ステルスモードの円盤で隠れ里へ出入りしていた。学園の用務員や宿直の教師は精神操作されているため、だれも気がつく者はいなかったのだが、一週間前の金曜日にトラブルが生じた。学園の天文部員たちが校舎の屋上で天体観測をしていて、円盤がプールに飛び込むのを目撃され、さらに写真まで撮られてしまった。
 MIBはすぐに部員たちに接触し、精神操作によって写真のデータを消去させる一方、記憶操作で円盤を見た記憶も消した。
 だがただひとり、二年四組の笹岡真唯だけは精神操作も記憶操作もうけつけなかった。
 なぜか? 身柄を確保し、検査をする必要があるが隠れ里での研究に人員を割いており、しばらくは泳がせておくべきか――。

 だいたいそのようなことが記述されていた。

「俺たちの住んでいる国でコソコソと陰謀をめぐらせやがって、不逞野郎だ。ムカつくぜ」
「青い海と緑の山々、僕たちの素敵な宇宙船地球号を得体の知れないエイリアンなんかに渡すわけにはいかない。早急に対処しないと」

 まず春虎に、続いて鈴鹿に連絡していったん合流することにした。





「……つけられてるな」
「つけられてるね」

 ビルを出てしばらく歩くうちに背後から一定の距離をたもちながら追尾してくる者がいると、強化された感覚が隠形している気配を捉らえた。
 やがてさらにひとり、ふたり、さんにん……。と、尾行者の数は増えていく。

「むかし見たコントで似たようなのがあったな……。しかし街中でどうこうしようってつもりはないみたいだし、こっちもそれはできないが、いい加減うざいぜ。撒くか?」

「いや……、こういうのはどうかな」

ふたことみこと耳打ちをする。

「ほう、できるのか」
「できる、我が命に代えても!」
「ならそうしよう、それなら派手に暴れても無問題だ」

 道を進む、道をまがる、道を進む、道をまがる、進む、まがる、進む、まがる、進む、まがる――。
 そして、止まる。その瞬間、あたりの霊相が一変した。 
 街の景観は変わらない。しかしそれまで通行していた人々の姿が一瞬で消え失せ、風もやみ、静寂の帳が下りる。まるで静止画のようだ。
 異界である。
 セクシー冬児とダンディー天馬は街中を九字の型、四縦五横に歩を進めることにより異層異界へ通じる門を開け放ち、その場を異界化させたのだ。
 九字の呪法というのはもともと神山に入る前に修行者が唱える呪文であり、神山に入って登るということは幾重もの異層を越えて異界に達しようとすること。九字の呪は悪鬼悪霊を祓う呪でもあるが、同時に異層異界への扉を開く呪でもある。
 帝式の禹歩は術者自身が霊脈、霊的空間に身を潜ませる術だが、これは集団を霊的空間へと送る超高等呪術だ。尾行していたMIBたちは冬児たちと同じ四縦五横を踏むことにより、抵抗する間もなくまんまと異界へと連れ込まれたのだ。
 本来ならば三年生の授業でも教えられないこの呪術、天馬はなぜ知っていたのか、身近に練達者でもいて、その者にでも教授されていたのであろうか……。

「おまえさんらに人間の言葉が理解できると仮定したうえで問うが、善良な市民をつけまわすのはなんのためだ。寄付や募金ならこちらがしてもらいたいくらいだぜ」

 後ろを振り向き、尾行者たちにこわい笑みを浮かべるセクシー冬児。

「…………」

 後をつけていた六人ほどの黒服、MIBが無言で懐に手を入れる。
 鈴鹿の言っていた光線銃とやらを取り出すのかと身構えるが、出てきたのは銃ではなかった。
 チューペット(駄菓子屋でよく売ってるポキッと折れてチューチュー吸うアイス)を思わせる、細長いカプセル状の物を出すと、それを地面に投げる。
 そこから白い煙とともになにかがむくりと起き上がる。
 緑色の皮膚に獣毛をはやし、鋭い鉤爪と牙。頭頂部から背中にかけてトゲ状の突起がある。
 背丈は大人ほどで、尻尾こそ見当たらないが直立したトカゲ人間とでも形容すべき怪生物。その数三〇体。
 無人の街中に奇怪な生物がひしめきあふれる。

「GI、GIGIGI、KISYAAAAッ!」

 ホオズキのように赤く光る大きな目を瞠り、セクシー冬児とダンディー天馬にむけ威嚇の声を張り上げた。

「おー、カプセル怪獣だか栽培マンみたいだな。それがおまえらの〝式神〟ってか」
「……チュパカブラ。おもに南米で目撃される吸血性の未確認動物に特徴が一致するね。宇宙人の作った生物や、宇宙人そのものという説があるけど、どうやら目の前のこいつらに関しては宇宙人の作った生物みたいだ」
「ここは俺に活躍させてくれ。さっきからダンディー天馬ばかり活躍しているからな」
 ダンディー天馬を制してひしめく異形の群れに歩を進めるセクシー冬児。

「GISYAAAッ!」

 半円の形に包囲を狭めたチュパカブラの一体が咆哮とともに鉤爪を振るう。
 とっさにしゃがみこむセクシー冬児。
 大勢が至近距離でひしめきあう状態で目標にしゃがまれると、蹴飛ばすこともできない。いきおいあまった何人かのチュパカブラ同士がたがいにぶつかり、おたがい非難の叫びをあげている。
 セクシー冬児はしゃがんだまま近くの一人の股間を打って、下がらせたすき間から出て、後ろにまわりこむ。
 輪の中心にいたはずセクシーの冬児の姿を見失い、さらにぶつかり合うチュパカブラたち。
 囲みを突破したセクシー冬児はこちらに背を向けながらうろたえている一人にあたりをつけ、蹴り飛ばす。
 右往左往している群れの中に、さらに一人が巻き込まれ、ビリヤードみたいにぶつかり合って、何人かはたがいに自滅していく。
 そのまま逃げだすセクシー冬児を、体勢をととのえたチュパカブラたちが追いかけてくる。
 ふたたび囲まれてしまう。が、またもしゃがみこむセクシー冬児。
 押し合いへし合うチュパカブラたちの囲みを同じ要領で突破し、同じような人間ビリヤード戦法で相手の数を減らしていく。
 これをなんどかくり返すうちに立って動けるチュパカブラたちの姿がどんどん少なくなっていく。
 三〇が二〇になり二〇が一五になり、やがていなくなるという寸法だ。

「どら」

 気合とともに通りに置いてあった自転車をぶん投げた。フリスビーのようにくるくると飛んでいき、四体ほどまとめて倒す。
 そして動けるチュパカブラはいなくなった。

「自転車ってのは投げるのに都合の良い形をしてるよなぁ」

 圧倒的な数を誇る組織的な暴力に対処するため、ストリートで培ったセクシー冬児のケンカ殺法だ。
 輪になって向かってくる集団でもばらして逃げていくと追いかけてきたところで一人ずつになるので危なくない。手に触る物があればそれを投げてぶつける。
 道場とちがい街中には様々な物が散乱している。逃げては投げ、投げては逃げる。
 とにかく相手を輪から直線の状態にしてしまうのが肝だ。
 チュパカブラたちは決して弱くはなかった。獣並の反射神経に鋭い牙と爪を持ち合わせている。だが今回それを存分に発揮することができなかった。数の多さがかえって仇となったのだ、集団戦闘の訓練を受けていない者が群れて戦えばこうなる。むしろ一対一の戦闘を三〇回繰り返していたほうがまだ勝機があったかもしれない。
 実戦においては必ずしも数の多さが優位に働くわけではない。

「さぁ、おまえらの兵隊はのしてやったぜ。まだなにかあるのかい」

 光線銃を構えるMIBたち。だがあきらかに動揺していて、銃を持つ手は震え、射線がさだまらない。
 周章狼狽して撃った六条の光線はセクシー冬児を大きくはずれ、地面や壁に焦げ跡をつけた。
 だがそのうちのひとつがダンディー天馬にむかう。
 あわてることなく身体をおどらせて避けると、そのまま足踏みをして奇妙なステップを踏んだ。

「僕に喧嘩を売るとは、いい度胸だね」

 禹歩だ。だが術の効果は天馬自身ではなくMIBたちに現れた。彼らの足元のアスファルトが煮立ったかのように泡立ち、ずぼり、と身体が地面に沈む。
 有無を言わさぬ強制転移。いずこへと飛ばされたのかは目的地を設定していなかったダンディー天馬自身にもわからない。運が悪ければ〝いしのなかにいる〟だ。
 もっとも笹岡邸で見せたようにMIBには壁抜け、物質透過の能力があるようなので、それで絶命するとは限らないが。

「――ッ!?」

 ひとりを残して霊脈の底へと突き落とされてしまった。

「捕虜はひとりいれば充分。数ばかり多くても監視がめんどうなだけだからね」
「ひゅ~♪ 容赦ねえなぁ、ダンディー天馬」
「さぁて、それじゃあこいつから色々と聞きだすとするか。おい、まずはツラを拝ませな。俺はグラサン野郎を見てるとムカついてくるんだ」

 腰から下を霊気の渦に捕らえられ、身動きのできないMIBからサングラスをもぎ取った。

「んなッ! 石橋首相!?」

 それはTVや新聞などで見知った顔であった。先日の厭戦番組にも出演して、意味不明の日本語を披露していた元首相の顔がそこにあったのだ。史上最低の内閣と呼ばれ、アメリカからはLoopyとまで酷評され、その奇妙奇天烈頓珍漢な言動から宇宙人と揶揄されている石橋友夫だ。

「こ、こいつ。マジで宇宙人だったのか!」
「……そういえば、この人。いつだったか環境問題についてのイベントで『地球から見れば、人間がいなくなるのが一番優しい』とか発言してたよね」
「ふんっ、そうして人類に取って代わって地球をかすめ盗ろうって魂胆か、この侵略者の手先め。おい、おまえたちがなにをたくらんでいるのか、一から十まですべて吐いてもらうぞ」
「…………」

 厳しい尋問をはじめようとした、その時。絶好調だったセクシー冬児とダンディー天馬の身に変調が生じた――。

「「き、きもち悪うゥゥゥ……」」

 真っ青になった冬児と天馬は地面に突っ伏して口から大量のゲボ。すなわちゲロを盛大に吐瀉する。
 心地の良い酔いが終焉を迎え、チートタイムが終わったのだ。
 ディオニソスは去り、アセトアルデヒドがやって来た。
 地獄のはじまりだ。

「ウボァーッ! お、オエーッ! ゲェーッ! お、おおうおぉぅえっ! うえっ! ヴぉおおごおおおぇえええッ! ぼふぉきゃおぇッ! うげぇェェェッッッ!! ごばぁーっ、ゲホッゲホッ……ごばぁ……おぅぇっおえぇ……ごばぁ……げほごほ……ブォッエェェエェェ……ベチャチャチャ……」

 霊相の異変に気づいた春虎と夏目が駆けつけると、そこには瀕死のマーライオンと化した級友の姿があった。

「うあぁぁぁッ!? エンガチョー!」

 冬児と天馬。悪酔い&重度の二日酔いにより再起不能(リタイア)
 なおエンガチョという言葉の「エン」は穢や縁を表し、「チョ」は擬音語のチョンが省略されたもので、「穢をチョン切る」という意味の込められた不浄のものを防ぐための言葉、ないし仕草であり、日本に古くからある民俗風習だ。これもまた一種の呪といえよう。





「阿!」

 鈴鹿の手が転法輪印から施無畏印を結び、衆生の恐れや不安を取り除く効果を持つ梵語を唱えると、真唯の心から恐怖と混乱が消え去り、平静を取り戻した。

「どう、落ち着いた?」
「は、はい……」
「えっと、じゃあ少し聞きたいことがあるんだけど――」

 屋久杉の欄間。床の間には桜の一枚板。
 本物の藺草が使われた畳から匂う香りはどこか郷愁を誘う。笹岡邸の中は歴史を感じさせる空気に満ちていた。
 天体観測中に空飛ぶ円盤を目撃したこと、自分以外の部員がその記憶を失っていること、謎の黒服たちにつけ狙われていること。
 諸々の出来事を説明した。

「ふぅん、口封じするつもりにしちゃずいぶんと悠長で平和的よね。それにしてもなんであんたには記憶消去や精神操作が効かなかったんだろ。見たところ呪術者ってわけでもなさそうなのに」

 霊力を練り上げ呪力をあやつる呪術者にとって精神修養は基本中の基本であり、そう簡単には意識を捜査されないように日頃から鍛練している。
 そうでなければ甲種言霊をはじめとする操作系の術が存在する世界で生き残れない。
 逆に言うと呪術に耐性のない一般人はおどろくほど簡単に心をあやつられてしまう。

「はい、うちは古い家系ですけど呪術とかそういう血筋じゃないです」

 ふと、京子の目が床の間の掛け軸に止まった。
 長い髪をした着物姿の女性が描かれていた。一見すると美人画のようだが、はだけた着物からあらわになった手足の先が鱗におおわれている。人ではない。

「…………」

 妙に気になる。

「あ、それですか。なんでもうちの、笹岡家の先祖は川姫という妖怪なんだって、昔おばあちゃんが話をしてました」
「川姫……」
「ご存知、ですよね?」
「当然。あたしらをだれだと思ってるの、陰陽塾の生徒よ。そんくらい知ってる」

 水棲の人型動的霊災はおおむねタイプ・ギルマンに分類される。河童や水虎、濡れ女や人魚などがそうだ。川姫もこれらの仲間で、おもに四国や九州の川や沼といった水辺に現れる女の妖怪だと伝承にはある。

「今から二〇〇年も昔の江戸時代のことなんだけど、川姫のひとりが人に化けて地上の世界を見物に来たことがあって、ほんの数日だけ歩き回るはずだったのに、その川姫は人間の男に恋をしてしまって里に戻れなくなったの。なんでかっていうと、川姫の里への入り口を開くには汚れを知らない若い娘が池の縁で鈴を鳴らさなければいけなくて、男と結ばれた川姫は鈴を鳴らせなくなってしまったのよ。でも、その川姫は故郷のことをどうしても忘れることができなかった。だから男との間にできた娘が一〇歳になったときに、池に連れて行って、自分の代わりに鈴を鳴らさせ、川姫の里へ帰って行ったそうよ」
「ふぅん、つまりあんた。笹岡真唯は川姫の子孫てわけね。……ねぇ、京子。これってばあれじゃない、先祖返りってやつ」

 霊的存在の因子が一族の血肉や魂に脈々と受け継がれ、子孫が不思議な力を持つというケースはまれに存在する。真唯にはまだ川姫としての性質は発現していないようだが、霊的抵抗力は常人のそれにくらべて高いのかもしれない。
 鈴鹿のケイタイが振動し、天馬からの着信を告げる。

「もしも~し、…………あんた酔ってる? ヤバいもんでも食べた? ……いや、マジであんたのそのテンション、ヤバくない? あ~、わかったわかった。とにかく一度合流ね」

 中津川学園のプールに川姫の里への門があり、よそ者が良からぬくわだてをしている。
そうとわかればあとは川姫の里に乗り込んでイーバだかグレイだかMIBだかの野望を粉砕するだけだ。
 ただ問題は――。

「ううう……、気持ち悪い……、頭痛い……」
「悪ぃな春虎。天馬だけじゃなくて俺まで酒に飲まれちまうとは……ウェッぷ」

 冬児、天馬の二名は戦線離脱。貴重な戦力がふたりも欠けてしまった。

「眼鏡はともかく肉弾戦担当の冬児が抜けたのは心もとないけど、あいつらたいして強くないし、まぁ、なんとかなるでしょ」
「それならおれに任せろ。男はおれだけだからな」
「あぶないよ春虎、ここは京子ちゃんの護法に前衛に出てもらおう」
「うん、まあ白桜と黒楓に最前線に立ってもらうのが基本として、いざって時の盾役は引き受けるぜ」
「また剣道の防具でも身につけて戦うつもりなの?」
「あれよりももっと良い物があるぜ」
「良い物?」
「そう、良い物。……実はさ、例の開かずの間。あれ、入れたんだ」
「そんな! あれだけ強固で複雑な封印をどうやって……」
「それがさぁ、特になにもしてないのに入れたんだよ。で中に呪具がいっぱいあって、マジ宝の山だったぜ」
「ちょっとちょっと土御門のおふたりさん、なに自分らだけで通じる話してんのよ。封印だの開かずの間だの、なによそれ」
「ああ、実はすげぇ強力な封印のされた部屋が男子寮にあるんだけど、それに入れたんだよ」





 陰陽塾男子寮。
 春虎や冬児など実家が遠方の生徒が住んでいる、レンガ造りのレトロな外観の建物。ひとり部屋で共同浴場や食堂などの設備がそろっているこの寮には、いつの頃からか開かずの間と呼ばれる部屋があった。
 通常の施錠のほかにも侵入者を阻む二重三重の結界が張られており、塾生レベルの技術ではとうてい入室できない一室。卒業生のだれかが使っていた部屋で、うっかり術を解除し忘れたままになっていると思われる。
 しかしつい最近のこと、近くを通り掛かった春虎がなんとなく思い立ち、ドアノブに手を触れたらあっさりと開いて中に入れたのだ。

「でもよ、なんでか知らないけどおれしか入れないんだよ。冬児やほかのやつらは弾かれちゃうんだ」
「……ねぇ、春虎。その部屋に案内してくれる」

 なにか思うところがあるのか、急に面持ちを変えた京子が妙に真剣な声を出す。

「え? でも男子寮だし……」
「気になるの、お願い」
「う~ん、まぁどうせ装備を取りに行くんだし、わかったよ。でも京子も中には入れないと思うぜ、たぶん」



 陰陽塾男子寮、件の開かずの間。

「うわっ、たしかにこれは強力だわ」

 扉を視るなり鈴鹿が施された結界の妙技に舌を巻く。

「夏目っちの部屋も無駄に強い封印がされてたけど、これはそれ以上かも。……なにこれ、六道迷符印まで仕込まれてんじゃん。発動してないけどこんなのあったらよっぽど注意深く視ないとわからないわよ」

 研究員としてリサーチ能力に秀でた鈴鹿が手印を組み、呪文を唱え、部屋の呪的防御を解析していく。

「……これ、解呪するのに相当時間がかかるわね。しかも込められている術式が自動的に変わるから時間をかけすぎると最初からやり直しってことになるからチョー厄介。強引に突破しようにも堅すぎて無理だわ。堅いといえばこれ、物理的にも強化されてるし」

 呪術によって強化された物質は通常では考えられないほどの強度をもつ。木の扉を鉄扉並に頑丈にするのはまだ序の口。薄紙一枚でバズーカ砲を防ぐどころか、物理的な打撃そのものを効かなくすることも可能だ。

「だろ。でもなぜか知らないけどおれには反応しないんだぜ、それ」

 証拠をしめそうと得意気にドアノブに手をのばした春虎を制し、ドアの前に京子が立った。

「京子?」
「……あたし、これの解きかた知ってる」

 手を扉にそっと近づけ印を結び、呪を唱える。

「――南無巴伽巴跌、他列羅伽、哈拉幾比西、修打呀、撥打呀巴、伽巴跌、他娘打嗡、比打呀心修、打呀、阿三摩三摩、三満打巴巴――」

 朱唇から透き通った声が紡ぎ出され、よどみのない正しい手順で次々と封印を解除。そして最後のコマンド・ワードを口にする。
 他のだれにも聞き取れぬような小声で。

「スターチス」

 音もなく扉が開いた。

「おおっ」
「ちょ、なにあんた。なんで知ってるのさ」

 京子を先頭に部屋に入った一同は中にあふれる雑多な品々に目を瞠る。
 遮光器土偶に武者鎧、カレー鍋やファラオの胸像、ダーツボード、戦隊ポスター、ボトルシップ、茶釜――。
 それら多種多様な品々のほとんどは強力な霊力呪力が込められた呪具であった。

「す、すごいじゃないですか春虎」

 土御門家に秘蔵されている呪具の数々とくらべても遜色ない逸品がそろっていた。

「あ、これは桃弓ですね。それにこれは木刀だけど護身剣の一種かな、柄に『阿修羅』って刻んであります。こっちは『風林火山』て」

 桃弓とは魔を退ける桃の霊木を素材に呪力を練り込んだ弓で、矢を必要とせず弦を鳴らすだけで魔性のものに効果を発揮する。護身剣は使用者の霊気を刀身で収斂させ切っ先から噴出することで威力を高めた霊剣だ。
 かつて鈴鹿のおこなおうとした、とある儀式を阻む際に春虎と夏目が使用したことがあるが、その時の物より数段ランクが上のようだ。

「パレンケの仮面に三角縁神獣鏡、水晶ドクロ、栄光の手、八卦紫寿仙衣……。この部屋の持ち主ってトレジャーハンターでもしてるんじゃないの? よくもまぁこんなレア物ばかりかき集めたもんね。これ全部売ればひと財産どころの話じゃないわよ。……あ、これ、もーらい」
 
 サイの角を触媒にした貴重な仙薬である犀角丸をごっそり拝借する鈴鹿。

「あっ、ダメですよ鈴鹿。先輩? の物を勝手にもらっちゃ」
 
 そう言う夏目も謎の皮で装丁された奇怪な書物の魔力に魅了され、思わずふところに入れようとする誘惑に駆られていたところだ。

「まぁ、こんな感じのお宝の山なわけよ。……あれ? 京子?」

 口に手をあて、感極まった表情の京子。その頬を涙が濡らす。

「知ってる……。あたし、この部屋を知っている。でも、知らない。思い出せないの、この部屋の持ち主を!」

 うずくまり、泣き崩れる。
 
「京子……」
「京子さん……」
「うしちち女……」

 京子は今年に入ってから妙にふさぎがちになることが多かった、もっとストレートに言えば情緒不安定だった。
 春虎をはじめとする周囲も気にしなかったわけではない。しかし感情の波が激しくなるというのは呪術者の卵にとってはよくあることなのだ。
 呪力の源は霊力。体内に滞在していて通常は眠っている霊的な力だ。その力を作動させる身心の準備のないうちに酷使すると、人を正常に動かす回路を焼き切ったりしてその人間を使いものにならなくしてしまう。
 呪術(この道)の実践者にはまままるアクシデントで、ここまで酷くはならないにせよ精神的に不安定になるのはめずらしくはない。

「ごめんね、みんな。しばらくひとりにさせて。ここにいさせて。明日には平気になっているから……」

 京子を部屋に残すのは忍びなかったのだが、本人がどうしてもと言うのでしばらくひとりにすることにした。即行で決着をつけて帰ればいいだけだ。
 冬児と天馬に続いて京子まで欠き、人数的に厳しくなったのは辛いが、それを補う強力な装備品がある。

「ガンガンいこうぜ!」

 土御門春虎。
 武器・阿修羅(比叡山の霊木から削り出された、清冽な気の込められた木刀)
 防具・義秀甲(鎌倉時代の武将で鮫を素手で捕まえたり閻魔大王を屈服させた朝比奈三郎義秀の具足……の模造品。筋力などの身体能力を高める)
 装飾1・北斗符(身につければ死を免れるといわれる霊符。致命傷を受けたさい身代わりになってくれる)
 装飾2・大山猫石(すべてを見通すボイオティアの大山猫リンクスの眼といわれる石。相手の動きを見極める力が備わることで必殺率が上昇)

「無敵のパーティ出発です!」

 土御門夏目
 武器・丹塗りの弓(三輪山の大物主神が姿を変えたものといわれる朱に塗られた弓……の模造品。雷光の矢を発する)
 防具・紫寿仙衣(兵を禁じる術のかけられた衣。武器による攻撃を避けやすくなる)
 装飾1・五雷牌(五雷号令、総召萬霊と刻まれた札。木気と金気による攻撃を半減)
 装飾2・紅蝠(幸福を意味する紅蝙蝠のお守り。中国語で紅は大、蝠は福と同じ発音。持っていると良いことが起こるかも?)

「こんなに盛らなくてもあいつらたいして強くないし楽勝だと思うけど」

 大蓮寺鈴鹿
 武器・葛玄扇(左慈の弟子で水に関係する呪術を得意とした葛玄の扇)
 防具・紅綬仙衣(呪を禁じる術のかけられた衣。呪術による対する抵抗を高める)
 装飾1・ソロモンの指輪(六芒星が刻まれたソロモン王が魔神を使役するために使った魔法の指輪……の模造品。式神を使役するさいの霊力消費が半分になる)
 装飾2・雨夜眼鏡(目の守り神である雨夜尊の霊力を宿した眼鏡。視力を大幅に増やし、暗視や遮光の効果も持つ)

 などなどなどなど…………。





「……そ、それじゃあさ夏目」
「はい?」
「鈴を鳴らすの、いいかな?」
「あ、そうですね。わかりました」
「へ~、夏目っちはまだ処女なんだ」
「うぼぉあーッ!? な、な、なんですか急に鈴鹿さんっ」
「べつにー、もしやっててもあたしが鳴らしてあげるから安心して」
「やってません! 私と春虎はそんな破廉恥でふしだらな関係なんかじゃありませんっ」
「……なんでこんな恥ずかしい設定にしたんだか……」

 すでに日も落ちた。三人は中津川学園へとむかう。





チリーン――チリーン――チリーン――。

 肌にまとわりつく夏のじめつく夜気の中を涼やかな清音が響く。
 プールの縁に立って夏目が鈴を鳴らしているのだ。すると、プールの水面に淡く光る大きな円が浮かび上がる。隠れ里へ通じる門だ。
 門に飛び込み、潜っていくと、やがて底のほうにぼんやりと光が見えてきたので、それにむかって泳ぎ続ける。
 すると唐突に水面に浮上していた。
 緑にかこまれ、清らかな水を湛えた綺麗な池。
 プールの水面が異界の池の水面へとつながっていたのだ。

「……すげぇ、本当に着ちまった」
「空気が澄んでいて美味しい。古き良き日本の田舎って感じです」
「フィトンチッドはいいけど田舎はきらいよ、虫が多いから」

 里はすでにエイリアンに占領されている。闇雲に歩き廻るようなことは避けて式神による偵察を開始した。
 周囲は森に囲まれ、田畑が見える。地上の世界と同じく夜だが暗くはなく、霧のようなぼんやりとしたもので天井が覆われ、ほのかに光っている。
 十数件の小さな小屋が軒を連ねているのを発見した。小さな村のようだ、ここが川姫たちの村なのだろうが、彼女らの姿は見えない。
 そのむこうの空き地に漆黒の大型円盤が着陸している。その前には各種の測定器や電子機器がならべられ、六人の異様な生物――大きな頭部に大きな黒い目、灰色の肌をした細い四肢の人間。俗に言うグレイタイプの宇宙人――がなにか作業をしていた。おそらくこのグレイこそMIBたちの正体だろう。
 さらに周囲を探ってみたが、ある程度森を進むと天井同様に白い霧が広がり、柔らかい壁のように行く手を遮る。そこから先へは進めない。
 隠れ里全体の広さはそれほどでもないようだ。
 グレイたちに気づかれないよう慎重に穏形し、足音を忍ばせて円盤へ接近。村を通過しようとした三人の耳に一軒の家からかすかなうめき声が聞こえてきた。
 中に入ってみると時代劇に出てくるくノ一のような裾の短い着物姿の女性たちが縛られ、無造作に転がされている。あらわになった手足は緑色をしていて、水掻きまであった。人ではない、川姫だ。

「おい、だいじょうぶか?」
「お、お願い……、水を、水をちょうだい……」
 
 鈴鹿が手にした葛玄扇をかざすと水芸さながら清冽な水がほとばしる。

「ああ、生き返るわ……。ありがとう、他の娘にも飲ませてあげて」

 渇きに苦しみ水をねだる川姫たちに潤いを与えていく。
 精気を取り戻した川姫たちは感謝の言葉を口にし、事の次第を説明した。

「――丸くて大きな壺のような皿のようなものが池の中から突然現れて襲いかかってきたの。赤い光を浴びせかけてきて、わたしたちの身体を乾かしていったわ」
「やつらは隠れ里の秘密を知りたいらしくて、しきりに探りを入れているわ。どうも自分らもおなじような隠れ里を持ちたいみたいね」
「あなたたち、見た目は若いけどただ人じゃないわね。その不思議な術、ずいぶん昔に役行者や唐帰りの密教僧が使っていたのとそっくりよ。ひょっとして神仙様?」
「お願いします、高僧様か神仙様かは存じませんが、どうかみな様の神通力で狼藉者を成敗してください」

 口々に懇願し、助けを訴える川姫たち。

「なんだか旅の勇者様にでもなった気分だな。でも頼りにされるってのは悪い気分じゃないぜ」
「……春虎、少し鼻の下が伸びていませんか?」
「ちょ、そんなことないって!」
「伸びるのが鼻の下ならまだマシなんじゃない。エロい恰好に目が眩んで変なとこ伸ばしたら、チンコもいじゃうから」
「チンコとか言ってるし!」

たしかに川姫たちの装いは薄着で裾も短く扇情的であった。さらに水気を得た彼女たちの肌はみな一様にしっとりと濡れて妖しい光沢を放っている。

「と、とにかく今はグレイどもだ。とっととやっつけちゃおうぜ。――え~と、川姫」

 着陸している円盤まで村の端から一〇メートル。円盤と村との間には遮蔽物がなく、いかに隠形しようとさすがにそこまで進めば気づかれる。

「隠形を維持しつつ遠くから狙撃して安全かつ確実に――」
「先制あるのみ! やつらうまい具合にかたまってるし、散らかってない今がチャンスよ。やつらには壁抜け、物質透過の能力があるから地面にでも隠れられたらめんどくさいし、あたしと夏目っちが攻撃呪術ぶっ放すから、それと同時に春虎が突っ込んで。あとは夏目っちが守り、あたしが攻め、春虎が白兵戦てのが基本で」
「よしきた、そっちのほうがわかりやすくて良いや」
「……そうですね、円盤に篭城される可能性もありますし、速攻で決めましょう」

 攻撃をしかけたり術を使おうとした瞬間に穏形は解ける。だが最初の主導権は確実にこちらのものだ。初撃でしとめる。
 難知如陰(知りがたきこと陰の如く)、動如雷霆(動くこと雷霆の如し)――。
 ぎりぎりまで距離を縮め、一気呵成に攻撃。夏目と鈴鹿の手から無数の呪符が放たれ、春虎が駆ける。

「――ッ!?」
 
 突如として出現した春虎たちに茫然自失、続いて周章狼狽。完全に機先を制されたグレイたちに情け容赦なく猛攻がくわえられた。

「吹けよ風、呼べよ嵐!」
「来たれ雷、奔れ稲妻!」

 風は木気か金気のいずれかに属する。夏目の放った金行符が強風を生じさせた。ただの風ではない、同時に投げた水行符から水流がほとばしり激流と化した。
 金生水。金気は水気を生む。金行符の呪力で増幅された水流は瀑布となって暴れ狂う。そこへさらに鈴鹿の放った木行符から生じた風が上乗せされた。
 水生木。水気は木気を生む。木気の風はたちまち雷と化した。

「「青白き閃光となりて駆け巡れ、符呪演舞・春雷の舞!」」

 陰陽術の基本思想である陰陽五行説において雷の雷気は木火土金水のうち木気に属する。雷の呪術は制御のむずかしさもさることながら、それ以上に呪力の消費が大きく並の呪術者が安易にもちいるのは困難だ。だが夏目と鈴鹿はふたりで分割して術を行使することにより負担を軽減したのだ。

 グレイたちにとってはまさに青天の霹靂。雷霆が渦を巻き、轟音と衝撃によって六体のグレイは電子機器ともども吹き飛ばされて消し炭と化した。
 余談だが「青天の霹靂」という言葉は陸游という南宋の詩人の詩句が語源になっているので、同時代やそれ以前の日本人。源平合戦の武士や平安貴族が口にするのは時代考証的に誤りである。
 
「――て、俺の出番は!?」
「なによ、楽ができたんだから良いじゃない」

 あまりにもあっけない幕切れに拍子抜けする春虎たちの眼前で、着陸していた円盤が銀色に光り出すと、ゆっくりと浮かび上がった。


「「「あ……」」」

 外にいるグレイたちに気をとられて円盤の中を視なかったわけではない。内部からは生命反応は感じられなかったはずだ。

「あー、そうか。機甲式なら動いてないとわからないか……」
「へ? 機甲式?」
「あぶない春虎!」

 突出していた春虎に上空から赤い光線が照射された。

「どうわッ!?」

 義秀甲によって反射神経が強化されているおかげでかろうじて避けられたが、前髪が数本犠牲となり、嫌な臭いに顔をしかめる。

「良かったじゃん、望み通りまだ戦えるわよ!」
「おう、やってやるぜ!」

 しかしいかんせん相手は空を飛んでいる。せっかくの地の利を捨てて、わざわざ剣戟の射程に飛び込んで来てはくれなかった。

 ZAAAAAP!

「バン・ウン・タラク・キリク・ アク!」
「清涼なる冷水よ、疾く集いて障壁となれ、急々如律令(オーダー)!」 

 再度はなられる光線を夏目の結界と鈴鹿の生み出した水の壁で防ぐ。
 円盤は一定の距離をたもちつつ空からの熱戦攻撃を繰り返してきた。隠れ里自体の天井がそう高くないため、高度一〇メートルより高く飛ぶことができない。接近戦こそ無理だが呪術戦の間合いだ。
 夏目の丹塗りの弓がその霊験を現し、雷光の矢が放たれる。三輪山の大物主は蛇神であり、雷雨を呼ぶ水神や雷神としての性格を持った神だ。
 この呪具、先ほど鈴鹿と見せた合体呪術には劣るが自前の霊力を消費せずに呪的効果を発揮できるのが利点だ。
 夏目が攻める一方で鈴鹿は葛玄扇をもちいて水の壁を維持。当初の予定と異なり攻守の役割が逆になったが、水剋火。熱線。火気による攻撃には水の呪具を持つ鈴鹿が有効なので自然とそうなった。
 Dによる陰陽塾襲撃や祓魔局目黒支局でのシェイバ戦といった修羅場をくぐり抜けた春虎たちだ、臨機応変に動けるように練れていた。

「くっ、このままではジリ貧です」

 それなりに威力があるはずの雷光の矢だが、円盤に決定的な損傷をあたえられない。

「……あの円盤、金属性だから雷はいまいちかも」

 雨夜眼鏡上述したように雷は木行に属する。金剋木、相剋される相手には分が悪い。

「なぁ、機甲式とか金属性とか、宇宙人にも陰陽五行思想てあてはまるのか?」
「はァ? なにあんた、まだその設定引きずって宇宙人ごっこしてるわけ、ずいぶん余裕じゃん」
「設定? ごっこ?」
「……まさか、やつらが本物の宇宙人だってマジで信じてたわけ?」
「ち、ちがうのか!?」
「ちうわ! タイプ・レジェンドの動的霊災、宇宙人ぽいのは見た目だけ!」

 タイプ・レジェンド。太古から伝わる神話や伝説に登場する神魔の類ではなく、スレンダーマンやビッグフッドといった都市伝説に登場する怪異に類似した動的霊災をこう呼ぶ。

「霊的存在だからあんな慣性の法則ガン無視した飛びかたができるの、普通の飛行機じゃあんな動き無理っしょ」

 減速過程なしの急停止や急発進、鋭角的な急旋回……。たしかにこのような物理法則を無視した動きは現実にはありえない。通常の物理法則を無視した芸当ができるのは霊的存在なればこそ、陰陽師たちもまた同様に質量保存の法則を無視して火や水を生み出せる。

「「え、ええ~!?」」
「ちゃんとラグってたじゃん、よく視ろよ。つうかなに夏目っちまでおどろいてんの? まさかW土御門で信じてたとか、ありえない。ダメなほうの土御門が伝染ってんじゃん」
「せっかく本物の異星人だと思ってたのに、ガキの頃から憧れてた空飛ぶ円盤だったのに……。くっ、おれたちの純粋な思いを踏みにじりやがって、ゆるさねぇ! 夏目!」
「は、はい!」
「北斗を召喚して乗せてくれ。直接ぶった切る! 鈴鹿、援護をたのむ。少しの間でいいからやつの動きと熱線を止められるか?」
「……OK、やってみる」
「わかりました。出でよ北斗!」

 黄金の光が炸裂し、燦々と輝く金色の竜が召喚される。主の意向を酌んでか、空飛ぶ円盤に対してやる気満々の様子でいまにも突進しそうだ。

「式神生成! 急々如律令(オーダー)!」

 掲げた聖書から光が放たれ、突風を受けたかのようにページがめくれ上がり千切れ飛んで宙を乱舞する。もはや説明の必要もないだろう、禽獣を象った鈴鹿特製の式神群だ。
 だがその数はいつもにも増している。数十体どころか一〇〇を軽く越した式神を作成・行使できるのは式神使役の霊力消費を半分にできるソロモンの指輪(模造品)による恩恵があればこそ。

「喰いつけ!」

 巨像に群がる蟻のごとく殺到する式神を熱線で迎え撃つ円盤。こちらへの攻撃がゆるんだ一瞬の隙に北斗を駆け、距離を詰めた。

「コン! 火を!」
「ははっ! 闇を祓う宇迦之御魂の神気よ、燃える花となり、我が主を照らせ!」

 次の瞬間、掲げた木刀阿修羅の刀身に狐火が宿り、赤光が陽炎のように揺らめく。 
 さらに――。

「ノウマク・サラバ・タタギャテイビャク・サラバ・ボッケイビャク・サラバタ・タラタ・センダ・マカロシャダ・ケン・ギャキギャキ・サラバ・ビギナン・ウンタラタ・カンマン!」

 金剛手最勝根本大陀羅尼。
 コンの狐火に春虎自身の火界咒も重ね合わした。
 木生火。主従の生み出した炎が阿修羅の木気を糧にさらに勢いを増す。
 猛る、猛る、猛る、猛る猛る猛る、猛猛猛猛猛猛――。
 
「倶利伽羅竜王剣!」

 かつてシェイバを退けたときの比ではない。
摂氏二〇〇〇度を超える炎の柱と化した木刀阿修羅が円盤を飲み込み、消滅させた。


 水浴びをして完全に元気を取り戻した川姫たちの口から次々と感謝の言葉が投げかけられる。

「ありがとうございます、神仙様」
「いやいやいや」
「神仙様がたは命の恩人、なんとお礼を申し上げればよいか言葉もありません」
「いやいやいやいや」
「あいにくとお礼の品になるような物はごさいませんので、せめてそちらの殿方の子を産ませてもらいます」
「いやいやい――て、ウボァーっ!? なんじゃそりゃあっ!!」

 古代から近代まで、子孫を残すことは現代人の想像以上に重要なことだった。そのため男性に対するお礼として子どもを作ってあげる。という考えが昔にはあった。(ほんとかよ?)
 現代人の倫理観では理解できないが、川姫たちは大真面目である。

「なんじゃその設定! い、いや。いいから。そういうのいいから」
「わたしども川姫が子を生すには里長のゆるしが必要ですが、窮地を助けてくれた大恩に報いるため五〇人総出で孕んでもよいとのゆるしが……」
「マジいいって!」

 夏目と鈴鹿からの視線が痛い。
 鈴鹿からは冷笑まじりの試すような視線が、夏目はこわいほど無表情でこちらを凝視してくる。

「お礼とかいいから。……それよりもおまえらの中に二〇〇年くらい前に人間界に行って子どもを産んだ人はいないか?」

 いた。笹岡真唯の先祖である川姫はいまも健在であった。
 地上に残してきた子どものことを心配している彼女に子孫が元気で暮らしていることを教えたところ、とても安堵した。
 じゅうぶんに時も経ったことだし、隠れ里に引きこもるのをやめてふたたび人界と接触してはという意見が出始めた矢先のエイリアン侵略であったが、そのエイリアンを退治したのも外界からのまれ人であった。
 これをひとつの契機に彼女たちは里を解放するという。
 江戸の昔とは異なり現代は人と妖が共存する時代である。ただ、それはあくまで陰陽庁の、人間主導の共存共栄であり、どのような結果になるのかはまたべつのお話――。
 春虎への夜伽とはべつに歓迎の宴をと引き止める川姫たちであったが、春虎は辞退し冬児や天馬。京子ら仲間たちのまつ地上へと帰還した。
 大友や塾長に川姫たちのことを説明し、良いように取り計らってもらうつもりである。大友や塾長に川姫たちのことを説明し、良いように取り計らってもらうつもりだ。ひょっとしたら人外の友が増えることになるかも知れない――。 
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