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シークレットガーデン~小さな箱庭~

作者:猫丸
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-ムラクモを探す

数刻後。時刻は夜中。みんなが寝静まった丑三つ時。

「……眠れない」

昼間に死体の話を聞いたせいだろうか? 目が冴えて全く眠れない。寝室を出て隣の部屋のドアを少しだけ開けて中を見てみるとスヤスヤと気持ちよさそうに寝ているシレーナの姿。
どうやら眠れないのは自分だけのようだ。

「少し夜風でもあたってこようかな…」

寝ているシレーナを起こさないように静かにドアを閉め直し部屋を出てみると

「…あれ? あのこにいるのは………ランファ? こんな時間に何処へ行くんだろう」

真夜中の廊下を何処かへ向かって歩くランファの後ろ姿が見えた。
明かりは点いているが従業員の姿も他の客の姿もない。ランファとルシア以外ここには誰もいない。

「あれ? 外で待機してるって言ってたムラクモさんもいないや。どうしたんだろう」

この時ルシアの頭の中には二つの選択肢があった。



ムラクモを探す-



「ムラクモさんを探してみようかな」

色々思考を巡らせた結果、ルシアが導き出した答えはムラクモを探す事。
我が家のじゃじゃ馬姫ならたぶん何処に行っても一人でやっていけるだろう、だが囚われのお姫様が如くか弱く可憐なムラクモをこんな夜更けに独りにしておくのは色々な意味で危険だ。

と、判断した故の結果。
若干ムラクモ贔屓しているように感じられるがそれは仕方のない事。ルシアは彼女に淡い恋心のようなものを抱きつつあるからだ。

「でも探すにしても何処に行けば……」

あてもなく広い宿の中を彷徨い歩く不審者。
ランプの灯りもあまりなく、あるのは外から差し込む月の光くらい。いやそれでも手前を見るくらいには十分な明かりだ。
キョロキョロと辺りを見回す不審者はついに

「あっいた!」

目的の人物を発見した。

客室のあるエリアから階段を何段か降りた先、エントランスにある大きな窓ガラスの前に立ち、夜空に煌々と輝きを放つ月を眺め涙を流すかぐや姫――に見間違える程に絵となっているムラクモを見つけた。

「……ムラクモさん?」

ルシアとしては、ぽんっと軽く彼女の肩を叩いたつもりだったのだが

「へ……?」

振り返りルシアと目が合うと

「ひゃあああああ!!?」

大きな声を上げムラクモはその場に尻餅をついた。

「ご、ごめんなさいっ。そんな驚くとは思わなくてっ!」

謝罪し腰が抜けて立ち上がれないムラクモにそっと手を差し出し立ち上がる手伝いをする。
恥しいのだろう、ルシアもムラクモも互いに目をそらし頬を赤く染め顔を合わせそうとしない。

暫く重い沈黙が流れる。

「こちらこそ」

ぼそっと口を開いたのはムラクモ。

「僕の方こそ」

ぼそっと申し訳なさそうに言うとムラクモは顔を上げ空に輝く月を眺め

「今日は本当に月が綺麗ですね」

と言われルシアも顔を上げ月を眺める。

「わ……本当だ」

今宵の月は満月。
最も月が美しく見えると言える満月の晩。
二人で仲良く美しくすぎる月に見惚れていると

「ルシアさまは知っていますか?」

何に対しての問いなのか分からなかったルシアはきょとんとした表情で首を傾げる。
それを答えだと受け取ったムラクモは

「月には闇を浄化する不思議な力あると言われていて、特に満月にはより特別な力があると言われているそうですよ?」
「そうなんですか」

へぇーと頷く。
旅を始めると村で暮らしていたらしない知識ばかりで驚きの連続だ。

「確かに月を見ていると心がポカポカするようで温かい気持ちになりますね」
「そうですね。心が洗われて綺麗になっているんでしょうね」

他愛のない話をして微笑み合うルシアとムラクモ。
傍からこの二人を見ればお似合いの恋人同士にしか見えないだろう。本当に今の二人は楽しそうなのだ。

それを妨げるのは

「…………」

無言でムラクモを見つめる視線。宿の従業員たちの心の無い軽蔑の視線だ。
はあと重たいため息を零すムラクモにルシアはどうしたんですか、と訊ねてみると

「ルシアさまは知らないのですね」

寂しげな瞳で、諦めたような口調でムラクモは答えた。

「世界最強戦争を知っていますか?」

分からない。聞いた事の無い言葉にルシアは困った表情で首を傾げる事しか出来なかった。
それを見てムラクモはもう一度大きなため息をついた後

「知らないことは恥ではありませんよ。これから知っていけば良いんですから」

と、世界最強戦争について優しく丁寧に教えてくれた。

「まず世界最強戦争とは、私達ドラゴンネレイドと壊楽族(カイラクゾク)の間で起きた戦争のことです」
「えっ!? ムラクモさんは僕と同じヒュムノスじゃないんですか!?」

戦争どうのこうのよりもまずはムラクモがヒュムノスではなかったことに驚愕した。
ヒュムノスは一般的な種族で最も多く存在している。
ドラゴンネレイドという種族は戦争屋などと呼ばれ血の気の多い危険な人達だと幼い頃大人に教えてもらった記憶がある。
まさかムラクモはそんな野蛮な種族だったとは……。

「……ドラゴンネレイドの事は知っているのですね」

ぷくっと頬を膨らませて不貞腐るムラクモ。ちょっと可愛いと一瞬思い……もしたがそれは決して口に出せない。

「ちなみに壊楽族と言うのは何かを破壊することで快楽を得るといわれる変人種族です」
「へ……変人?」

戦争をやっていたほどだ。やはりあまり壊楽族のことを良く思ってはいないようだ。

「武術に特化し闘いのプロフェッショナル壊楽族。
 武術にも魔術にも通じているドラゴンネレイド。

 きっかけは些細なものでした――ある酒場で壊楽族の王とドラゴンネレイドの王、戦ったらどちらが強いのかと賭け事が始まったのです。
 他種族たちのただの娯楽の筈でした。なのにいつしか気づけばそれは王と民を巻き込む大戦争へと発展してゆきそして……」

ここで一度ムラクモは言葉を区切った。顔を俯せ唾を飲みこみ

「無益に流れた多くの血――それを憂いた王達は今から百年前、和解の為の会を開きました。そこで」

また言葉を区切る。

「あの言いづらい事でしたら無理しなくても……」
「ありがとうございます。でも大丈夫です。ルシアさまもいずれは知る事とになるでしょうから」

ムラクモは話の続きを語り始めた。ルシアの顔をしっかりと見つめて。

「そこで――ドラゴンネレイドの王は壊楽族の王の首を刎ねたのです」

なんでっと声を出すルシアを無視してムラクモは苦しそうに語り続ける。

「騙し討ちにあい王を奪われ、侵略してきたドラゴンネレイドの兵達に国を追われた壊楽族達は逃げるように南へ下りそこへ新たな新天地、壊楽族だけの王国を建国しました」
「……まさか」
「そうです。その王国こそが此処、海の国なんです」

なにも言葉が出て来なかった。なにか言いたいと悶々とした気持ちはあるのにそれが言葉して口から出て来なかった。

侵略して来たドラゴンネレイドたちは北の大地に仮面の国を建国した。
逃げた壊楽族は南の大陸に自分達だけの楽園海の国を建国した。

だからなのかドラゴンネレイドであるムラクモが軽蔑の目で見られ陰口を囁かれているのは。
ただドラゴンネレイドとして生まれて来たばかりに、こんな酷い仕打ちを受けなければならないのか。

全てを語り終えたムラクモはまた静かに満月を眺めている。その瞳にはキラリと輝く雫があった。

「ごめんなさい。ルシアさまにまで嫌な思いをさせてしまって」

ルシアの方を向かずに独り言のように呟くムラクモにルシアも俯せた顔を上げないまま

「そんなことないです」

まるで自分に言い聞かせるかのように呟いた。

二人の間に流れる重たい沈黙。そして蔑すむ瞳と耳障りな声。
せっかくの月夜が台無しだ。

「どうか私の事はお気にせずお休みください。明日はきっと大忙しでしょうから」

ね、と、ルシアの方を見つめ優しく微笑む。
リムジンの中から街を見るだけ大興奮だったランファ。おそらく明日辺りにでも街に冒険出かけようなどと言い出しそうな勢いだった事を心配して言ってくれているのだろう。

大きな子供みたいなランファと一緒にいるにはそれ相応の体力が必要となる。確かに今日はもう寝た方がいいのかもしれない。……でも。

「……どうか今は独りにしてください」

ぼそりと呟いたムラクモにこれ以上かける言葉が見つからなかった。
今のルシアにはどうすることもできない。どうしてあげることもできない。
できるのは

「……おやすみなさい」

ぐっと堪え

「おやすみなさいませ。ルシアさま」

雫で濡れたムラクモに見送られ自室に戻るだけだ。








-宿での選択肢-終 
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