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東京レイヴンズ 今昔夜話

作者:織部
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エイリアンVS陰陽師 宇宙人がなんぼのもんじゃい! 2

 うだるような暑さの中、学生服に身をつつんだ少年少女があぜ道を歩く。

「あちー」
「だりー」
「ヤバーい」

 不平不満の声はしかし、いやがらせのように鳴き響く周囲の蝉の声にかき消された。

「補習とかありえなーい」

 成績不振者である彼ら彼女らは哀れにも夏休みの一部を返上して、こうして中津川学園へとむかっているのだ。

「もうさー、留年でもよくなーい?」
「いやー、それはさすがにヤバいっしょ」
「ヤバーい」
「ヤバーい」

 そのようなやり取りをしつつ、黒板塀に囲まれた大きな屋敷のそばに通りかかった。地元でも有名な旧家である笹岡家のお屋敷だ。
 近くに雑木林がある。そこも笹岡家の土地になるのだが、近隣の者、特に中津川学園の生徒たちは遠慮せずに中を通る。そのほうが学園への近道になるからだ。
 炎天下の中を歩くより、木陰のある雑木林を抜けるほうが涼しいし、早い。だれもがごく自然に林にむかって歩を進めると思っていたのだが、今日にかぎってはそうしなかった。
 なんとなく、そちらには行きたくなかったからだ。

「あちー」
「だりー」
「ヤバーい」

 汗だくの生徒たちは雑木林から遠ざかってゆく。
 彼ら彼女らのだれひとりとして、なぜいつもの通り道を選ばずにあえて真夏の太陽の下を進むことにしたのか、疑問に思う者はいなかった。
 
 
 


 雲ひとつない青い空、おだやかな青い海、蟹が歩く白い砂浜、ハイビスカスの花にココヤシの木。どこからともなく流れてくるハワイアンミュージックと潮騒の音が心地よいハーモニーを奏でている。
 プラチナブロンドを長いツインテールにした少女がデッキチェアに寝そべり、チョコバナナアイスを舐めていた。
 大連寺鈴鹿である。
 場にふさわしく、黒と白を基調にしたフリルスカートつきのゴスっぽいビキニ姿だ。

「いやー、やっぱ夏は海よね」
「…………」
「山より海よ、海。山はきらい。だって虫が多いから」
「…………」
「…………」
「……ねぇ、鈴鹿ちゃん」
「……なに」
「もうやめにしない、これ。落ち着かないわ」
「チッ、なによ、ノリが悪いわね」

 鈴鹿が手を振ると南国のビーチだった周りの景色が一変し、ケヤキやクヌギの木に囲まれた雑木林の一画となった。
 笹岡真唯の護衛組になった京子と鈴鹿だが、真唯と直接会うことは避けた。昨夜のことがショックで寝込んでいるそうなので、あまり刺激をあたえないよう考慮したのだ。
 しかしなにもせずに見守る行為に早々に飽きてしまった鈴鹿は林の中に人払いの結界を張り、幻術で南国のビーチを再現して退屈をまぎらわせていたのだ。ご丁寧に虫除けの呪まで使って。

「まだ一時間も経ってないのよ、飽きるのが早すぎない」
「べつに四六時中神経とがらせる必要ないし、あたしの式神なら異常にすぐ気づくから」

 笹岡邸の上空をカラスに似たサイズの、しかしあきらかに鳥とは異なるシルエットのなにかが音もなく飛んでいる。紙飛行機だ。
 おなじ場所をおなじ高度でずっと旋回しているそれは鈴鹿の打った検知式であり、視覚情報のみならず霊気も探知できるうえ、軽い穏形がかかっている。
 式からの情報は鈴鹿自身に直接送られるだけでなく、聖書を模した呪具にも送られ、見開いたページにリアルタイムで映像を映し出していた。

「あやしい円盤だのUMAだのが飛んできたらすぐにわかるから。……あー、やっぱ山より海よね、海」
「海、行きたい?」
「べつにー」
「そうねぇ、行きたいわよね」
「いや、あたしはべつに行きたくないし」
「もう時期的にギリギリだけど、あそこなら……」
「だからべつに行きたくないしっ」
「もし海に行けるとして、さっきみたいな水着にするの?」
「んー、まぁね。あれオキニだし。そう言うそっちはやっぱ紐?」
「紐!?」
「紐よ、紐。モーヒーよ、紐みたいなエロ水着でちちおんなの面目躍如とか狙ってんだろ、あざといんだよ、この化け乳女っ」
「着るわけないじゃない、そんなの。……夏目ちゃんは青か白の清楚系のが似合うわよね、やっぱり」
「スク水でいいんじゃん」
「あたしたちの齢でスクール水着を海で着てたら変態よ」
「マジ!?」
「あ、海水浴といえば――」

 結局あやしい円盤だのUMAだのの類が姿を見せることはなかった。
 そのため京子と鈴鹿は行く予定もない海の話題に終始し、不審な黒服の男が運転する黒い乗用車が笹岡邸の前をなんども往復していたことに、すぐに気がつくことはなかった。





『昭和●●年、関東ローム層から出土した石器の発見によって●●の地にも今から約二万年以前の無土器時代に狩猟と漁業を主とした民がいた事実が認められました。
奈良・平安時代になると海岸線が後退し、米づくりのための新田開発がおこなわれ――。
江戸時代になると徳川氏の支配下となり、はじめて検地が行われました。その後、さかんに開墾され農村地帯として繁栄を――』

「へぇ、けっこう歴史のあるとこなんだな。このあたりって」

 中津川学園、エントランスホールには郷土の歴史を語るパネルや物が展示されていて、ちょっとした資料館のような装いになっていた。

「お、この古い地図すげー!」

 春虎が興奮気味に食いついたのは縄文時代の東京周辺を描いた古地図だ。
まるでフィヨルドのように入江が入り組んでいて、 深い部分まで海水が入り込んでいる。陰陽塾のある渋谷や陰陽庁のある秋葉原は海の底だ。

「縄文時代以降、関東の海岸線は後退しましたが、江戸時代に開拓されるまで、かなり湿地や干潟が広がっていたんですよ」
「ほー」
「縄文海進とか、学校で習いませんでしたか? 春虎は普通の高校に通ってましたよね」
「……記憶にない」
「えー、絶対に地理で習っているはずですよ」
「だとしても忘れちまってるよ。ジョーモンカイシンとか、小難しいコトバ。こういうふうにイラストや写真つきで教えてくれれば覚えたのに」
「たしかに、絵があるとインパクトありますよね。――あ、春虎これ見て、これ!」
 
『かつて深い森と広い沼が存在していたこの土地には川姫と呼ばれる川などの水辺に現れる、河童の仲間のような女の妖怪の伝説がある。ある日、人間の男に恋をした川姫は美しい村娘に化けて男の嫁になり、三人の子どもが生まれた。しかし川姫は里にいる家族や友人たちとの暮らしが忘れ切れず、長女が一〇歳になった日に沼の底に帰っていった。川姫の里の長は娘の行為に激しく怒り、地上の世界にもどることを禁じた。それ以来、村に川姫たちは姿を見せなくなった。雨の日に沼の縁に立つと、沼の底から子ども恋しさに泣く川姫の子守唄が聞こえてくるという――』

「なんだか、日本むかし話みたいな話だな」
「ええ、せつないですよね……」
「おれだったら里にまで乗り込んで、嫁さん取り戻すぜ」
「頼もしいです、春虎!」
「でもこういうのって、ええと、隠れ里。とか言うんだよな」
「そうです、たんに広範囲にわたって結界が張られている場所ならまだいいんですけど、フェーズ5相当の霊的災害に酷似した空間でしたら探知も侵入も極めて困難でしょうね」

 フェーズ4まで進行した霊災がさらにその進行を深めた場合。霊災の連鎖が極限に達した、さらのその後。霊災の根本である霊気の偏向が、もはや〝偏り〟ではなくなると、局地的、局部的にその歪んだ均衡がもはや歪みではなくなり、それが正しい姿となり、ついには世界に受け入れられるようになる。
 その存在が天地万物に充溢する霊気のひとつの型として〝在る〟ようになる。
 進行した霊災が世界に受け入れられ遍在化する――。
 という考えで、天国や地獄。魔界や黄泉といった想像上の異界もまた、霊災が極まったさいの形の一つではないかという説がある。
 世界各地に伝わる隠れ里や桃源郷伝説などはこれで説明がつく。
 神隠しなどは『異界』という名の霊災に巻き込まれたくちだ。
 呪術によって世界の一部を一時的に異界化することは可能であり、結界に閉ざされた状態の空間もまた一種の異界といえる。

「隠れ里といえば『今昔物語』にこんな話があるね――」

 今は昔、大峰を通る僧、酒泉郷に行きたる語――。
 大峰山を歩いていた僧が道に迷い、いままで見たことのない深山幽谷を進むうちに人郷へ出た。道を訊こうと民家を探していると郷の中に水が滾々と湧き出る泉を見つける。石を敷き詰めた立派な泉で、馥郁たる香りがただよってくる。手ですくって飲んでみると、なんとそれは酒であった。
 あまりの旨さにさらに酒を飲んでいると。
()はいかなる人の(こら)れるぞ」
 と声がする。気がつくと僧の周りに郷の者たちが立っていた。
 道に迷ったことを告げると、郷の者のひとりが前に出てきて僧の手をとり大きな家へと連れて行く。
 その家の主人らしき人が出て僧を見てなにやら指示を出すと、また手を引かれて家の裏に連れて行かれた。
 剣呑な気配を察した僧が殺すつもりかと問うと、はいと言う。
他所から人が来た時は、帰ってこの郷のことを他言させないよう、殺すことにしているというのだ。
 仰天した僧は必死になって助命嘆願したところ、僧侶を殺すのはやはり抵抗があると言って、帰る道筋を教えて僧を逃がした。
 しかしこの僧、かなり口が軽かったようで、無事にもどってからこのことを会う人合う人に吹聴してしまう。
 すると若い者たちが一〇人ほど集まり、その酒泉の郷へ連れて行くよう僧にせまった。
 最初は拒否していた僧であったが、「我らはいずれも腕に覚えあり、たやすく殺されはせぬ」と、刀や弓を手にした若者たちの迫力に負け、かの地へと案内してしまう。
 しかし大峰山へ向かった一行はそのまま二度と帰ってくることはなかった――。

「だけどその話だけじゃあ異界化した隠れ里なのか、呪術による結界で閉ざしてある場所なのか、判別できないよな」
「そうだね、一般人からしてみたらどっちもおなじだろうし。……ううん、実際両者は結界の強度に差があるってだけで似たようなものだと言えるね」

 春虎と呪術について語り合えるのがうれしい。
 ほんの一年前までは呪術はおろか一般教養の科目でも劣等生ぶりを発揮していたのに、今ではごく普通に呪術関連の話ができる。
 ある時などは授業中に居眠りをした罰として、講師の大友から水行符をもとに作成された蛙の式神を取りつかされ、水難に遭ったものだが、わずか一年でよくここまで成長したものだ。
 さらにうれしいことといえば――。

「ファイトー、ファイトー」

 運動部によるものだろう、校庭から聞こえるかけ声。理科室からただよう、すえたような薬品臭。白い雲を映す校舎の窓に錆びの浮いた階段――。
 夏休み中のため校内は閑散としているが、こうして歩いていると学校独特の喧騒が聞こえてくるような気がする。

(なんだか、普通の学校に通う、普通の生徒になったみたい)

 陰陽道の名門土御門家に生まれ、『跡取りたる者、他家に対しては、男子として振る舞うべし』というしきたりに従い、中学に入学してから公の場では男装している。そのことを見破られないためにクラスメイトとの交流を避けていた。
 いまでこそ春虎や冬児たちをはじめ、他の塾生たちとも普通に接しているが、人を遠ざける壁を作っていたのは陰陽塾に入ってからも同様であった。
 春虎といっしょにこうして〝学校〟の中を歩いていると、まるで自分が呪術にも霊災にも縁もゆかりもない、ごく普通の高校生になったかのようだ。
 幼い頃から呪術の英才教育を受け、そちらの世界にどっぷり浸かった夏目ではあるが、一般的な若者の生活にまったく、全然、微塵も興味がないというわけでもない。
 あこがれ、とまではいかないまでも一度は経験してみたい未知の世界だった。
 そんな世界に、いま、春虎とふたりでいる。
 それが、なんともうれしい。

(……春虎は剣道部のエースで私はマネージャー、冬児はやっぱり不良キャラだよね)

 がらにもなくそんな妄想をしてしまう。
 水を叩く音と歓声が聞こえてきた。

「おー、さすがに気持ち良さそうだな」

 廊下の窓から地上を見下ろすと、水泳部と思われる集団がプールで飛沫をあげている。

「……プールからUFOが飛び立った、て言ってましたよね」
「ああ、実際にUFO相手に追いかけっこしてなければ信じられないよな」
「彼らが去ったあとで調べてみる必要がありますね」
「プールかぁ、しばらく入ってないなぁ。あ、でも水着がないや」
「水着!? は、は、は、は春虎っ、なにを言ってるんです!」
「え? だって水着じゃないと潜って調べられないだろ」
「それは、まぁ、そうかもしれませんが……」
「そこらのコンビニで売ってないかな、スクール水着とかならあるだろ」
「この歳でスク水だなんて変態ですっ!」
「そ、そうなのか!?」
「……は、春虎はどんな水着が好きですか?」
「泳げればなんでもいいかな」
「そうじゃなくて! わ、わたしに似合う水着って、どういうのだと思うか聞いてるんです!」
「え? あ、う~ん。なんか、ピンクでフリフリとかついてる、かわいいお嬢様系?」
「なるほど……」

 よかった、変な趣味じゃなくて。
 つかの間の高校生活もどきを満喫する、春虎と夏目であった。





「――一九六一年にヒル夫妻が宇宙人に誘拐された事件があったけど、宇宙人に誘拐されての人体実験、エイリアン・アブダクションはアメリカで頻繁におこなわれているんだよ。テンプル大学のジェイコブズ博士らが調査した結果、なんと三七〇万人以上ものアメリカ人が宇宙人によって誘拐されていることがわかったんだ! さらに近年ではマサチューセッツ工科大学でアブダクション研究会議が開催されたり、ハーバード大学のジョン・マック博士が『異星人によるアブダクション誘拐は真実』と発表したり、正統なアカデミズムの世界でもアブダクションは認められてきてるんだ!」
「……三七〇万人の生体実験つうと、人間ひとり一時間で実験を終えたとして、ざっくり四〇〇年以上もかかる計算になるよな。宇宙人どんだけいるんだよ、日本の霊災発生より多くね?」
「ところでUFOはナチス・ドイツの秘密兵器だっていう説もあって、ナチスの連中は宇宙人と――」

 冬児と天馬はこうして喫茶店で一日を終えた。



 翌日。



 肌にからみつく熱気、身を焦がす日差し。うだるような暑さの中、学生服に身をつつんだ少年少女があぜ道を歩く。

「あちー」
「だりー」
「ヤバーい」

 不平不満の声はしかし、いやがらせのように鳴き響く周囲の蝉の声にかき消された。

「きのう今日と続けて補習とかありえなーい」

 成績不振者である彼ら彼女らは今日もまた夏休みの一部を返上して、中津川学園へとむかっている。自業自得とはいえ哀れであった。

「もうさー、マジで留年でもよくなーい?」
「いやー、それはさすがにヤバいっしょ」
「ヤバーい」
「ヤバーい」
「あ、ヤバーいといえば……」
「んー?」
「ほら、二年四組の笹岡真唯」
「あー、あの」

 少年少女らの目線が田園の中心にまします大きな屋敷、笹岡邸へとむけられる。

「お屋敷の子でしょ、それがなに?」
「なんかー、夜、学校でヤバい連中に襲われたところを、チョー美少女な陰陽師に助けられたらしいよ」
「なにそれヤバーい」
「ヤバーい」

 真唯は先日の夕方頃になると少し回復し、自分の体験を級友たちに話した。
 LINEというやつはすごいもので、いにしえより生きる某呪術師がスマートフォンを見て『われらの術が廃れるのも道理』と達観したのもうなずける。
 高校生の情報網はあなどれない。
 あの夜に中津川学園で起きたできごとは、生徒の多くが知ることになった。





 中津川学園内で探りを入れていた春虎と夏目の耳に喧騒が飛び込んできた。
 人々のざわめきは部室棟の一室から聞こえてくる。見れば天文部の部室だ。

「そういえば、笹岡さんも天文部でしたよね」
「ああ、きのうは誰もいなかったけど、今日は活動してるのかな」

 ふたりは隠形を解かないまま部室へと近づく。隠形といっても物理的に透明になっているわけでも気配を断つ種の隠形ではなく、周囲に溶け込むタイプのものだ。

「ヤバーい、ヤバーい」「ガッコーでKGBに拉致られそうになったってマジ?」「ヤバーい」「え、KGBじゃなくてモサドでしょ」「ヤバーい」「おれはFSM(空飛ぶスパゲッティ・モンスター教)原理主義者に襲われたって聞いたぞ」「なにそれヤバーい」「マジヤバーい」

 どうも奇天烈な方向にうわさが広がっているらしい。
 生徒たちの質問攻めにあう渦中の人物。おそらく笹岡真唯戸と思われる少女が惑い迷う様子が見てとれた。

「笹岡さんはこのところ精神が不安定なの、そっとしておいてあげて」
非日常的なできごとに興奮してひとりの女子に群がる生徒たち。
それをやんわりと、しかし毅然とした態度で制し、退室させる、もうひとりの女子。
「……ありがとう、聖子ちゃん」
「いいって、いいって、気にしない気にしない!」

 天文部の部室には彼女たちを入れて八人。残りの六人は男子だった。

「笹岡さんは今日はもう休んだほうがいいんじゃないかな。岩井さん、家まで送ってあげて」
「平気です!」
「そうかい?」
「はい。……それよりも、あれはやっぱり夢なんかじゃなかったです!」
「あれ?」
「そうです、だって一昨日の夜にまたやつらに襲われたんですよ!」
「…………」
「空飛ぶ円盤だって見ました。あの時みたいにプールから飛び立ってたんです! やっぱりあそこにはなにか……」
「…………」
「部長?」
「笹岡さん、やっぱり今日は休んだほうがいいね」
「部長!? ねぇ、聖子だって土曜の夜にまた見たでしょ!」
「真唯、あなた疲れているのよ」
「――ッ!」

 奇しくもそれは宇宙人熱に高揚した天馬が大友から言われたことと同じフレーズであったが、あたえた衝撃はもっと大きかった。

「なんで、みんな……」

 青ざめた顔でその場を走り去る真唯。

「笹岡さん、やっぱり心配だね。夢と現実の区別がつかなくなっているよ。少し落ち着いたら様子を見てくれないかい」
「はい、部長」

 しばらく笹岡真唯を気遣う会話を交わしたのち、夜の天体観測や秋の文化祭の出しもの。シリウスやカノープスがどうのといった天文部らしい話題に移ったので春虎と夏目はその場をあとにした。





「おどろいた。一昨日より前に空飛ぶ円盤を目撃してたんだな、あの子。つうか天文部の人ら」
「うん、でも笹岡さん以外はどうもそのことを憶えていないようだね」
「あまりのショックで記憶喪失になったとか。まてよ、記憶喪失? まさかメン・イン・ブラックとか……」

 黒づくめの男が手にした、ペンのような形の道具から記憶を消去するフラッシュが焚かれる。映画で見たワンシーンが春虎の脳裏に浮かんだ。
 あれと同じようなことを、黒服どもがしたのでは。

「ありえるね、一昨日の夜は笹岡さんの記憶も消そうとしてたのかも」
「あとやっぱりプールからUFOが出現してるみたいなんだよなぁ」
「昨日あれだけ探したけどおかしい所はなかったですよ」

 さすがに夏目は遠慮したものの、暑さに辟易した春虎はパンツ一丁でプールの中を探し回ったのだ。

「秘密の合言葉とかあるんじゃないか?」
「合言葉かどうかわかりませんが、異なる層の存在と接触したり、異層そのものへの門を開くのに特定の所作や言葉をもちいることはありますね」

 土御門の秘儀『泰山府君祭』など、まさにそれにあたる。
 陰陽道の主神にして冥府の主、人間の生死を司る存在に働きかけるのだ。
 長く複雑な祭文や供物を必要とする儀式以外にも「手前の個室から奥の個室まで同じように呼びかけることを三回ずつ行うと三番目の個室で花子さんからの返事が返ってくる」などの都市伝説も、そのような呪術の類といえる。

「以前にもやつらを目撃したって話、笹岡さんに直接聞いてみないか?」
「かなりショックを受けていましたし、見ず知らずのぼくらが聞いても教えてくれるかどうか……。下手をしたら黒服の仲間かと思われて警戒されてしまう可能性もあります」
「そうか……。まぁ、実際おれらも〝黒服〟だしなぁ」

 春虎たちは陰陽塾の制服を着ている。狩衣という平安時代の貴族たちが普段着にしていた服に似た、変わったデザインの制服で、男子が烏羽色で女子が純白。すでにしきたりのことは公然となった夏目も、今までの習慣で男子の制服を着ていた。

「でもこそこそ嗅ぎ回るのは性に合わないぜ」
「ぼくたちは陰陽師です、あなたは今こまっていますね。ずばり宇宙人に悩まされているでしょう。とか切り出してみる?」
「……あやしいよな」
「あやしいよね」
「う~ん」
「あ、でも」
「でも?」
「笹岡さんの危機を救った大連寺さんがいれば話がスムーズに進むかもしれませんよ、なんといっても命の恩人なんですし、信用してくれるはずです」
「う~ん、あいつってこういう時にはあんまり前面に出たがらない気がするけど、そうしてみるか」
「そうしましょう」
「そうしよう」

 そういうことになった。 
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