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魔法少女リリカルなのは ~黒衣の魔導剣士~ Another

作者:月神
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第8話 「懐かしき重み」

 フェイト達と予想外のタイミングで出くわしたものの、あれからすぐに顔を合わせるようなことにはならなかった。
 ジュエルシードの関わる事件は起きているのだろうが、魔法戦が行われる規模のものは起きていない。前の世界では早い段階でなのはとフェイトがぶつかったように思えたが、この世界ではまだ先のようである。
 とはいえ……今日にでもなのは達がぶつかる事件が起きてもおかしくはないんだよな。
 そう分かってはいても今日は休日。
 平日ならば学校なので夕方近くまで学生としての義務で拘束されてしまうが、今日は自由だ。家の中で待機しているのもいいのだが……家には状況的に迂闊に外に出ることが出来ない子供が居る。
 漫画とかを読んでる間は大人しいんだが……読むのがなくなるとすぐに絡んでくるからな。
 まあリニスさんは買出しや掃除とかやってるし、邪魔するわけにはいかないと分かっているから俺に絡んでくるんだろうが。
 色んな絡んでくるタイプとの経験はあるが、アリシアはそれとはまた少し違うから疲れるんだよな。あいつらの相手も疲れてたけど。
 そういうこともあって俺は今図書館に来ている。
 アリシアに絡まれないようにするため、というのは否定しないが、外に居た方が何かあったときすぐに動けるのも理由だ。

「……単純に俺の気分転換でもあるが」

 中身が中身だけに最近まで読んでいたのは機械に関するものが大半。アリシアに勧められて漫画を読んだりもするが、精神年齢の高さ故なのか本来の性なのか小説の類も読みたくなってしまう。また趣味を増やすために何か参考にしてみたいという気持ちもあった。
 俺は昔から機械弄りやお菓子作りを趣味としてやっていたわけだが、ここ最近それ以外にも趣味を作ってもいいと思ったのだ。
 事が起きなければ自由な時間はそれなりにあるし、今後のことばかり考えていても同じ流れで進んでいないのだから考え過ぎても気疲れしてしまう。何か没頭できるものを作るのは悪くない。

「まあ……」

 それ以外にも理由はあるのだが。
 それはこの世界のあいつ……八神はやてと顔を合わせることだ。
 細かな部分は変わっても大きな流れまでおそらく変わらない。そうなればこの世界のはやては間違いなく闇の書事件に関わることになる。
 前の世界では俺は事件が起きる前からはやてと知り合いだったが、この世界ではまだ繋がりがない。
 闇の書事件での目的ははやてを無事に生存させ、また少しでもあいつやあいつの騎士達から悲しみを減らすこと。
 そのためには今の段階で多少なりとも繋がりを作っておく必要がある。繋がりがない状態で主のために動き出した騎士達と戦場で出会えば協力関係になることは不可能に等しいのだから。

「……気が進まない部分のあるんだが」

 単純にこの世界のはやてと友人になりたいという気持ちはある。
 だが今やっていることは今後起きるであろう事件で立ち回りするために土台作り。打算で彼女に会おうとしているのは否定できないだけに心苦しい気持ちを捨てきれない。
 まあ……そもそも前の世界のような関係になれるとは限らないんだが。
 俺の知っているあいつらとこの世界のあいつらは違う。姿や声は同じでも同じ存在というわけじゃない。ここでは流れる時間が違うんだ。そうなれば体験することも違ってくる。だから本質は同じでも俺の知るあいつらとは間違いなく違う部分が出てくるだろう。
 俺は自分の意思でこの世界に来ること選んだ。
 そして……自分の良いようにあいつらの人生に影響を与えようとしている。それは結局善意であっても俺の自己的な考えで偽善なのかもしれない。
 なら俺は……この世界のあいつらと親しくなるべきじゃないのかもしれない。
 親しくなればなるほど、きっと俺はこの世界のあいつらに前の世界のあいつらを重ねて見てしまう。想いが強まれば強まるほど、やろうとしていることを躊躇してしまうかもしれない。なら距離を保って自分がやること決めたことを為す方がいいのではないか……

「もう……ちょい」

 運が良いのか悪いのか……何でこのタイミングで彼女を見つけてしまうのだろう。
 視線の先に居るのは必死に手を伸ばして本を取ろうしている車イスの少女。短く切り揃えられた茶髪には髪飾りがあり……その姿は俺のよく知る昔の彼女と瓜二つだ。
 あぁ……この世界に来てようやく気付いた。
 昔からあいつらは俺にとって大切な人という枠の中に居ると思っていた。だが自分で思っていた以上にあいつらは俺にとって大切な存在だったんだ。だからこんなにも切なくて悲しくて……距離を保とうと思うことに葛藤を覚えるんだろう。

「あと少し……お、取れ――ぁ」

 本が取れたことで気が緩んだのか、上体を必死に伸ばしていたはやてはバランスを崩してしまう。それによって車イスも傾いてしまい、このままでは彼女は床に打ち付けられてしまうだろう。
 そう思った俺は気が付けばはやての元に駆け寄っていた。大人の身体のままこの世界に来ていたならば、もしくは魔法を使える状況だったならばはやてが投げ出されるよりも前に助けることが出来ただろう。だがフェイト達がすでにこの世界に来ている以上、下手に魔法を使えば今後支障が出る確率が高くなる。
 そのため、俺は空中に投げ出されたはやてを助けることにした。
 前の世界のはやてと視界に映るはやての体格に差はないように思える。だが俺の体格も今はそのはやてと同じくらい。つまり……魔法を使っていない状態では華麗に助けるのは不可能と言える。昔の習慣で鍛えてはいるが、さすがに同年代を軽々と持ち上げるほど鍛えてはいない。世間からの目もあるし……

「ぐへっ……!? ……あれ? 痛みはあるけど思ってたほどやあらへん」
「あのさ……そういう感想言えるなら先に礼を言うべきだと思うんだけど?」

 普通ならば俺を下敷きにしている状態なのだからさっさと退けと言いたいところだ。だが相手は車イスに乗っている。そんな相手にさっさと退けと言えない。
 ただ……この頃のはやての体重は何となく知っているが、それでも重いと思うのは俺の中の感覚がまだ大人のままだからなのか、それともこっちのはやての体重に問題があるのだろうか。まあそんなことよりも考えるべきなことがあるんだけど。
 何故ならはやてはこっちを見た状態で何度も瞬きしている。
 つまりそれは現状を必死に理解しようとしているということだ。俺の知るはやてと根っこの部分が変わってないなら意外と乙女な面というか、少女チックな部分もあるのでこのあと狼狽えそうである。

「まさか男の子を押し倒す日が来るとは……私も大人になったものやな」

 前言撤回。このはやては俺の知っているはやてとは少し違うようだ。
 俺の知るはやてでも初対面の頃は割とまともな反応をしていた。だが今目の前にいるはやては平然とこっちを顔を覗き込んだまま今の言葉を発している。
 もしかすると状況が理解出来てなくて独り言を言っただけかもしれないが、少なくともこれだけは言えるだろう。この世界のはやても関わると面倒臭そうな一面がありそうだと。

「車イスに乗ってたから退けとは言わないけど……少なくとも退こうとする意志は見せるべきじゃないの? もしくは謝罪するとか」
「それもそうや。助けてくれてありがとう、そしてごめんなさい。ただ……今の流れやとそっちこそ大丈夫? の一言くらいあってもええんやない?」
「君がまともな反応してたならそう言ってたよ……ちょっと失礼」
「え、あっ、ちょっ!?」

 はやての身体に片腕を回した俺は上半身ともう片方の腕を使って上体を起こす。
 何やらはやてが恥ずかしそうな声を上げたが、そこは我慢してもらいたい。こっちとしても起き上がらないことには何もできないのだから。

「あ、あんた……急に何するねん!? 女の子の身体に気安く触れたらダメって教わっとるやろ!」
「先に一言断りは入れただろ。まあ触れたことは謝るけど……ごめん」

 素直に謝るとはやては顔を赤くしたままごにょごにょと何か言い始めた。表情や雰囲気から察するに恥ずかしそうではあるが、こちらへの怒りは収まったように思える。
 さっきは少し違うとも思ったが、そこまで変わらないかもな。
 むしろ……俺の知るはやてよりもまともかもしれない。まあ八神はやてという人間は自分のペースでなら何でもできるけど、予想外のことになると打たれ弱いイメージがあるのでそれだけのことかもしれないが。
 そんなことを考えながら俺は倒れていた車イスを起こす。誰かが駆け付けるかとも思ったが、他の場所でも本を大量に落とす人でも居たのか人が来る気配はない。
 
「えっと……何で私に近づいてくるんかな?」
「乗せるのを手伝うからだけど?」

 おそらく目の前に居るはやても俺の知る彼女と同様に大抵のことは自分ひとりで出来るのだろう。故に手伝おうとしても断るだろう。
 とはいえ、もしも人が来たしまうと俺は足の不自由な少女を助けようともしない奴に見えるはずだ。俺にかつての世界の記憶がなければ、そう見られても構わないと思ったかもしれない。
 だが現実は、身体に引っ張られている部分はあるとはいえ精神は大人。子供が困っているのに助けないという選択はしたくない。

「ちょっ、だから気安く女の子に触れるんは……!」
「はいはい、それは分かってるから今はちゃんとつかまってくれ」

 そうじゃないと余計に重い。
 昔の俺だったなら確実そう言っていただろう。そして、きっとはやてにそんなことを女の子に言ったらダメだと叱られたはずだ。
 でも今の俺は違う。
 そんな風に言おうとした。だけど言えなかった。
 だって今感じている重みは、この子とは違うあの子のことを思い出すものだったから。仮に事件が始まる少し前ではなく、数年前からこの世界に来ていたなら反射的に涙を流していたかもしれない。それほどまでに今の俺には懐かしくも切ない重みだったのだ。

「そ、その……ずいぶん慣れてるんやな」
「何が?」
「何がって……普通の子は車イスとか乗ってないやろ」

 そう言うはやての口調は素っ気ない。
 同年代の男子に慣れていないように思えるので照れ隠しかもしれないが、純粋に普通とは違う自分に負い目などを感じているからなのかもしれない。
 世界の辿る大きな流れは変わらない。
 ならばこのはやても闇の……壊れてしまった夜天の書の影響で後天的に車イス生活を始めたのだろう。そこは変わらないと推測できる。
 だが俺の知るはやては人前では決して弱い自分を見せようとはしない子だった。でも目の前に居るはやては俺の知るはやてではない。
 その証拠に……今見えているはやての顔は、見覚えがあるように思えてどこか違って見える。

「誰だって怪我したり、病気になれば車イスを使う。俺からすれば君は普通の女の子だよ」

 車イスにはやてを乗せながら思っていることは素直に口にすると、はやての顔に再び赤みが差した。
 その姿は俺の記憶に残るすっかり大人になってしまった彼女とは違い、素直に可愛いと思える。彼女にもこのような時期があったように思えるが、どうしてあのように育ってしまったのか。
 まあ……人の性格は環境に作用されるわけだが。
 故にこの子も俺の知る彼女のようになる可能性はある。だがこの可愛さを残したまま大人になる可能性もある。それは誰にも分からない。
 そもそも、その結果を知るためには長い時間が必要になる。その中でも大きな出来事が間近にふたつもある状況なのだからまずは目先のことに集中しなければ。ただ……これだけは言っておきたい。

「クラスにひとりくらい居そうな女の子だよ」
「ひとつええか? 何でちゃんとまとまってたんに言い直したん? 私の感覚が間違ってないならさっきとは別の意味が込められてそうなんやけど」

 だって普通という言葉が一般的という意味で使われてるなら、君の言動を考えると少しずれてるように思えるから。普通の人は初対面の人間に乗った状態でボケたりしないでしょ。
 そのように言いたくもあったが無言を貫くことにした。
 今日の目的はこの世界のはやてと面識を持つこと。嫌われるのも困るが親しくなりすぎるのも困る。
 親しくなっていた方が後々楽なことも出てくるかもしれない。が、現状でもこの世界には俺の知らない流れが存在している。先日のフェイトの一件が良い証拠だ。
 それだけに……下手に関わり過ぎると彼女の身に俺の知らない不幸が降りかかるかもしれない。
 ただでさえ、ジュエルシードを巡る事件が終われば、彼女を中心に事件が起きるのだ。避けられない不幸があるのだから余計な不幸が降りかからないようにしなければ。
 

「まあ……ええけど。……そういえば、名前何て言うんや?」
「普通名前を聞くなら先に名乗らない?」
「それはそうやな。私は八神はやて言います。えっと、その……素直に言うのが少し癪な部分もあるけど、助けてありがとう。でもあんまり女の子に触れたらあかんで。私みたいに心が広くないとすぐ痴漢やセクハラやって騒がれるんやから」

 素直に礼だけで終わらないあたりが実に八神はやてらしい。これを聞いて理解できるのは、俺と同じような境遇の人間か全てを観察出来ている存在くらいだろうが。

「次はそっちの番や」
「たまたま図書館で顔を合わせた相手の名前なんて知らなくてもいいと思うんだけど」
「自分を助けてくれた相手の名前くらいは知りたいと思ってもええやろ。私は恩を仇で返すような真似は嫌いなんや。それに……また顔を合わせるかもしれんやろ?」

 それは聞く人によって解釈が異なる問いかけだ。
 普通にまた会うかもしれないと聞いている。そう判断する者も居るだろう。
 だが八神はやてという人間の本質……歩む流れを知っているものならば、また会いたいと言っているようにも思えるのだ。
 守護騎士が目覚めるまでこの子はひとりなのだから。

「まあいいけど。俺は夜月翔」
「ショウくんか。頻繁に顔を合わせるか分からんけど、とりあえずよろしく」

 にこりと笑いながら手を差し出すはやてに俺は少し戸惑ってしまう。
 知っている者は知っていると思うが、俺は最初から下の名前で呼ぶタイプではない。相手が下の名前で呼ぶことを望むならばそうするが、基本的には苗字で呼ぶ。すっかり精神も大人になっているだけにその傾向が強い。
 故に子供の素直さに思うところがあったのだ。まあ……笑みを浮かべている彼女に対して色々と沸き上がる想いもあったのだが。
 とはいえ、ここで手を払い除ける理由もない。
 なので俺ははやての手を握り返しながら返事をした。手を握る際に一瞬彼女の手が動いた気がするが、気にすることではないだろう。この頃はまだ初心な面が表に出やすいのだから。

「じゃあ俺は本を探しに行くから。取りにくい本は素直に人に取ってもらいないなよ」
「さすがに何度も転んだら周りの人にも迷惑やしな。そのときはそうする。ええ本が見つかることを祈っとるで。私がおすすめなのを紹介してもええけど」
「それはまた今度にするよ。どんな本があるのか一通り見ときたいし」

 それを最後に俺はこの場から歩き出す。
 はやてからすればもう少し話したかったかもしれないが、何も起きなければしばらくは図書館の中に居るのだ。また顔を合わせるかもしれない。なら一度に話す必要もないだろう。
 先のことまで考えれば、これから何度顔を合わせることになるか分からないのだから。


 
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