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国木田花丸と幼馴染

作者:ゆいろう
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がんばルビィ!



 水泳大会まであと一週間と少しとなった今日。俺個人のそんな事情とは関係なく、朝の教室はいつも通りの賑わいを見せていた。

 おはようと言われればおはようと返し、そこからそれぞれ昨日のドラマのことなど、他愛のない話で盛り上がる。そんないつもの教室の風景がそこにはあった。


「マルは昨日のドラマ見たか?」

「ずら。まさかあの人が犯人だったとは思わなかったずら」

「そうだよな、俺もびっくりしたわ」


 国木田花丸――俺の幼馴染も昨日のドラマを見ていたようで、話題を振ってみると感想が返ってきた。

 マルとは席が隣同士。俺たちは互いに椅子に座りながら、それぞれ少しずつ椅子を寄せ合ってそんな何気ない、いつもの日常を送っていた。


「あ、ルビィちゃん! おはようずら!」

「マルちゃん! おはよう!」


 たった今登校した黒澤が教室にやって来た。マルに挨拶をされると、嬉しそうに黒澤も挨拶を返す。この二人の仲の良さは見ていて微笑ましい。


「おはよう、黒澤」

「ピギィ!?」

「ずら?」


 俺が挨拶をすると黒澤は全身が凍りついたように動かなくなった。修学旅行前ならそれも普通の反応だったのだけれど、ここ最近、黒澤がこういった反応を見せることは少なかった。少なくとも、以前より仲良くなれているという自負が俺にはある。


「黒澤?」

「ピギィ!?」


 再度呼びかけてみるも、反応は同じだった。俺、黒澤に何か悪いことでもしたのかな。思い返してみるが、そのようなことに全く心当たりがない。


「おーい、黒澤さーん」

「ピギィイイイイイイ!!」

「あ、おい!」

「ルビィちゃん、逃げちゃったずら」


 黒澤に逃げられた。ここ最近は本当にいい感じに仲良くなってきたと思っていただけに、そのショックは大きい。俺は肩を大きく落として項垂れる。


「ハ ル く ん」

「ん?」


 マルがひどく怪訝な視線を俺に向けていた。なんだよ。


「ハルくん、ルビィちゃんに何したずら」

「何って……別に、何もしてないけど」

「ほんとずら?」

「本当だって! 黒澤がどうして俺を避けるのか、俺が知りたいぐらいだよ」


 黒澤がどうして俺を避けているのか、その理由が全くもってわからない。気がつかないうちに、なにか気にさわるようなことでも言ってしまったのだろうか。それだったら尚更、黒澤に話を聞いてみないとわからない。だけど避けられているのでは、話のしようがない。


「どうしたもんか……」


 俺は誰に聞こえるでもなく、ひとり呟いたのだった。






 黒澤が俺を避けていた答えは、放課後になって分かることになった。それは、学校生活において自然災害のように発生するもので。台風や地震なんかより、もっとタチの悪いものだった。






「んーっ! 授業終わったずらー!」

「うへぇ……全然わからなくて死にそう」


 放課後。授業が終わったあとの俺とマルの様子は対照的だった。マルが晴れ晴れとした表情を浮かべている一方で、俺はというと授業が全く理解できずに疲れ切っていた。

 授業中のマルは楽しそうに先生の話に耳を傾け、ノートをとっている。それが俺には理解できない。勉強が楽しいなんて、マルみたいに頭の良いやつはみんな言うんだ。


「ハルくんも普段から勉強していれば、ちゃんとわかるようになるずら」

「できる気がしないんですが……」

「できるずら!」


 やればできると言ってマルに励まされるが、逆に惨めになってくるのでやめてほしい。精一杯やった結果がこれなのだから。


「そうだ! ハルくん、このあとマルの部屋で勉強会ずら!」

「えぇー、なんで家でも勉強しなくちゃいけないんだよ。まぁいいけど」

「ずら! じゃあハルくん、早く帰るずら!」

「おう」


 鞄に教科書やらノートやらを詰め込んでいく。すると、視界の端に黒澤の姿が映った。クラスメイトの女子と何やら話している様子で、二人は一言二言交わしたのちに、教室から出ていった。

 その光景に、俺は妙な胸騒ぎを覚えた。


「……悪いマル。先生に呼ばれてたんだった、先に帰っててくれ」

「成績が悪すぎて、とうとう先生からお叱りされるずら?」


 マルよ、なぜそんなに嬉しそうな目をしている。


「まぁ、そんなところ」

「わかったずら。マルは先に帰ってるから、終わったら家に来てね」

「了解。じゃあまたな」

「ハルくん、ファイトずら!」


 グッと拳を握りしめて激励され、マルは教室から去っていった。

 それから数分の時間を教室で潰したあと、俺は教室から出ていくのであった。




***




 話がある。そう言われた私は抵抗する術もなく、クラスメイトの女子の後を付いていくしかできなかった。私なんかと違ってクラスの中心にいる女の子、名前は確かサヤカちゃんだったと思う。

 黙ってサヤカちゃんの後ろを歩いていくと、だんだんと人気(ひとけ)がなくなっていく。そしてたどり着いた場所は、影になってジメジメとした校舎裏だった。

 サヤカちゃんが立ち止まって、私も立ち止まる。サヤカちゃんの話の内容は、大体の想像がついている。ここ数日、彼女は私に対して執拗にそのことを言ってきたからだ。

 サヤカちゃんが私に向き直る。その表情は、どこか怒っているようだった。


「アンタさぁ……ハルと喋るのやめてくんない?」

「……る、ルビィは……」


 上手く言葉が出てこない。よく知らない人と二人きり、緊張する。それに加えて、サヤカちゃんのあからさまに苛立ちの募った態度が、私に言葉を遮断しているようだった。


「アタシさぁ、ハルのこと好きなの」

「えっ……?」

「ハルはね、アンタみたいな根暗が気安く話しかけていい人じゃないの。わかってる?」

「で、でも、ルビィ……」

「……なに?」

「ピギィ!? な、なんでもないです……」


 怖い。私はその感情だけに支配された。だから、それ以上なにかを言うことはできなかった。

 でも、榎本くんはとても話しやすい人だ。こんな私を変な目で見ずに、真摯に向き合ってくれる優しい人。お姉ちゃん以外で初めてμ’sの話ができる男の子。

 私の初めての、男の子の友達。


「ハルと喋らないでって昨日も言ったよね? なのにアンタ、今日もハルに話しかけてどういうつもりよ」

「あ、あれは、榎本くんの方から……」

「そんなわけないでしょ!」

「ピギィ!?」


 サヤカちゃんが突如大声をあげた。私はそれにびっくりして、変な声が出てしまう。


「ハルがアンタみたいな奴に話しかけるわけないじゃない! 妄想も大概にしなさいよ! それともなに、アンタとハルは友達だとでも言いたいわけ!?」


 妄想、なのだろうか。榎本くんと仲良くなれたというのは私の妄想で、榎本くんと友達だというのは私の思い込みなのだろうか。

 いや、そんなことはない。

 たとえ私の思い違いだったとしても。


「ルビィと、榎本くんは……友達、です」

「……あっそ」


 素っ気なく言うサヤカちゃん。その反応に私は根拠のない安堵を覚え、ホッと胸を撫で下ろした。

 だけどその安堵は、サヤカちゃんの次の言葉で一瞬にして去っていった。




「ハルはアンタのこと、ウザいって言ってたけど」




「う、そ……」


 ドサリと何かが地面に落ちる音がした。膝が痛い、視線がさっきより低くなっている。気がつけば私は膝から崩れ落ちていた。


「ホントよ。だからアンタ、もうハルと友達でいるの辞めて。ハルも迷惑してるのよ」

「……」

「だからもう、ハルにつきまとうのは辞めて。いい?」


 なにも考えられない。榎本くんが私のこと、そんな風に思っていたなんて……。



「わか、りまし――――」



 刹那。私の言葉を遮るように、背後から声がした。今年になってよく聞くようになった、聞いていると胸が温かくなるような男の子の声。




「お前ら、なにしてんの……?」




 榎本くんの、声。




***




 黒澤を見つけようと学校中を探しまわった。そしてようやく黒澤を見つけたのは、人気のない校舎裏。薄暗くてジメジメしたそこには黒澤の他にもう一人、クラスメイトの女子――サヤカがいた。


「ハル!? なんでここに……って、これは違うの!」

「なにが違うって言うんだ」

「そ、それは……」


 状況は見るからに明らかだった。地面に膝をついて下を向く黒澤。その奥で必死に取り繕うサヤカ。誰がどう見たってこれは……。


「え、榎本くん」


 俺を呼ぶ黒澤の声。それは今にも消えてきまいそうなほど小さく、そして震えていた。


「ルビィのこと、ウザいって思ってるの……?」

「……サヤカがそう言ったのか?」

「ルビィといると、迷惑……?」


 答えになっていない。黒澤はちゃんと会話ができる女の子だ。それがこんな状態ってことは、よほど切羽詰まっているのだろう。


「そんなことない」

「ルビィと榎本くんは、友達じゃないの……?」

「は? なに言ってんの黒澤」


 黒澤の物言いに、苛立ちが募ってくる。だけどきっと全部、サヤカに吹き込まれたのだろう。黒澤の様子を見れば一目瞭然だ。


「俺はもう、黒澤とは友達だと思ってるんだけど」

「えっ……?」


 黒澤はそこで振り向いた。瞳からは涙が溢れでていて、せっかくの可愛い顔が台無しだ。


「そうだ、マルが今日三人で一緒に勉強しようって言ってたぞ。俺はサヤカと少し話があるから、黒澤は先にマルの家に行ってくれ」

「えっ、う、うん、わかった」


 そう言うと黒澤は立ち上がって、俺の横を通り過ぎてその場から立ち去っていった。


「さて……」


 前に歩みを進めていく。一歩一歩地面を強く踏みしめるように歩いていき、俺はサヤカの目の前で立ち止まった。

 サヤカは、バツが悪そうに俺から視線を逸らしている。


「サヤカ、黒澤になにしてた」

「……」

「黙ってないで答えろ!」


 今の俺は最高に気分が悪い。黒澤からの質問を聞けば、サヤカが黒澤になにをしていたのか、おおよその検討がつくからだ。


「……じゃない」

「聞こえない」


 俯いているサヤカの身体がプルプルと震えだす。そして、堰を切ったようにサヤカは言葉をまくしたてた。


「仕方ないじゃない! アタシだってもっとハルと仲良くしたいのにアイツが邪魔するんだから! ねぇハル、あんな奴とじゃなくてアタシとも仲良くしてよ! もっと話しかけてよ! なんでアタシじゃなくてあんな根暗な奴なの!」

「サヤカ……」

「アタシ、ハルのこと――好きなのよ!」


 サヤカからの告白。その気持ちに俺は気がついていた。去年同じクラスだったときもよく話しかけてくれたし、修学旅行の班決めのときも真っ先に俺に声をかけてきた。


「……サヤカの気持ちは嬉しい。ありがとう」

「ハル……! じゃあ――」



「だけど、俺の友達に影でコソコソと悪いことをするサヤカは、俺は嫌いだ」



 黒澤を校舎裏まで連れてきて、ちょっかいを出すような女の子のことを、好きになれるはずがない。

 俺の答えを聞いて、サヤカは先ほどよりも深く下を向いた。その身体が震えているのは怒りだろうか、それとも悲しみだろうか。いずれにせよ、サヤカに気の利いた言葉をかけるつもりはない。


「……でよ」

「サヤカ……?」

「なんでアタシじゃなくて、あんな根暗女がいいのよ! ハルなんか……ハルなんか……!」

「お、おいサヤカ!」


 サヤカは近くに置かれていた花の鉢植えを手に持った。これは危険だと思ったのも束の間、サヤカはそれを俺に向かって振りかぶった。


「やめろサヤカ! 危ないから!」


 咄嗟にサヤカの腕を掴んで、鉢植えが振り下ろされるのを防ぐ。だけど掴まれたことにより、サヤカは激しく暴れ出した。


「うるさい! ハルに嫌われたんだから、こうするしかないじゃない!」

「他にもあるだろ! とにかく鉢植えを離せ!」

「嫌よ! ハルの方こそ話して! きゃっ!」

「危ないサヤカ!」


 サヤカが足を滑らせてバランスを崩した。そのまま頭から地面に倒れそうになる。俺は咄嗟にサヤカと身体の位置を入れ替えた。その勢いで、今度は俺が頭から地面に落ちていく。



 ゴツンと鈍い音がした。



「痛っ……!」



 頭を地面に強く打ちつけて、ジンジンと痛みが広がっていく。


「ハル……ハル! 大丈夫? ごめんねアタシのせいで……」

「大丈夫……痛っ」

「ハル、ごめん……ハル……っ!」


 サヤカの瞳から涙が堰を切ったように溢れ出す。これで自分のしたことが間違っていたと思ってくれるのなら、それに越したことはない。


「おい、そこでなにをしている!」


 突如、校舎裏に野太い声が響いた。見ると、ガタイのいい男の体育教師が険しい表情で俺たちを見ていた。


「榎本、頭を打ったのか!? まずいな、すぐに保健室に行くぞ!」

「大丈夫ですって、そんな大げさな」

「つべこべ言わず来い!」

「はい」


 体育教師の有無を言わせぬ剣幕に、俺はそう言うしかなかった。ガタイがいいから怖いんだよな、この先生。


「あのっ! アタシも行きます!」

「うむ、わかった」


 こうして俺たちは保健室へ行くことになった。



***



 保健室で軽く手当を受け終わると、その様子を見守っていたサヤカが、俺に一言謝って帰っていこうとした。


「黒澤にもちゃんと謝れよ」


 サヤカの背中にそう言うと、サヤカは俺に背中を向けたまま小さく首を縦に振り、保健室から去っていった。


「榎本くん。怪我は少し腫れてるぐらいだけど、一応親御さんに連絡入れておくわね」

「あ、はい」

「それじゃあ、私は少し席を外すから。あ、まだ帰っちゃダメよ?」

「わかってます」


 まだ若い養護教諭の女性は、ニッコリと柔和な笑みを浮かべてそう言うと席を外した。

 頭の打った場所を手でさすってみるが、なんの問題もない。少しチクリと痛む程度で、大した怪我ではなさそうだ。


 ――コンコン。


 保健室のドアがノックされる。先生に用事だろうか。そう思いながらドアを見ていると、ドアは小さく、申し訳なさそうに少しだけ開かれた。


「し、失礼します……」


 中に入ってきたその人物は――。


「黒澤!? お前、マルの家に行けっていっただろ!」

「ピギィ!?」

「あ、ごめん……」


 つい大声を出して黒澤を怖がらせてしまった。一言謝ると、黒澤はおずおずと俺に近づいてきた。


「あ、あの……ルビィ、あれからずっと見てて……それで、榎本くんが倒れたから、近くにいた先生呼んで……」


 ……そっか。あのとき、どうして先生が校舎裏に来たのかと疑問に思ったが、黒澤が助けを呼んでくれたのか。


「そっか……ありがとな、黒澤」

「うん……」


 会話が続かない。だけど、この沈黙も嫌いじゃない。黒澤は会話が苦手な女の子だから、それを受け入れた上で話を聞いてあげたいと思わせる。黒澤にはそんな不思議な魅力がある。


「あ、あのっ! ルビィねっ!」


 黒澤が突如、決意したように話し始めた。俺は一生懸命に伝えようと努力する彼女の言葉を、黙って最後まで聞き届ける。


「榎本くんが友達だって言ってくれて嬉しかった! でも、今のままじゃ、また榎本くんに迷惑かけるかもしれないから……だからねっ!」


 黒澤は、満面の笑みを浮かべて。


「ルビィ、もっとちゃんとできるように頑張る! ちゃんとお話しできるように頑張って、ずっと榎本くんと友達でいられるように頑張る! だから、だから……!」




 ――これからもルビィと、友達でいてください。




「こちらこそ。こんな俺でよければ、これからも友達でいてくれると嬉しい」



 黒澤とはこれまでも、そしてこれからもずっと友達でいたい。だから俺は――。




「頑張れ、《《ルビィ》》!」




 黒澤ではなく、これからはルビィと呼ぶことにした。






「うんっ! がんばルビィ!」





  
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