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ルヴァフォース・エトランゼ 魔術の国の異邦人

作者:織部
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シーホーク騒乱 3

「……おい、ありゃあなんだ?」

 詰め所にいた港湾職員たちは外の光景に目を丸くした。板金鎧の集団が列を作って行進しているのだ。

「パレードがあるなんて聞いてないぞ」
「いったいどこの国の兵隊だ、ありゃ」
「どこってそりゃあ、アルザーノかレザリアだろ」
「あんな時代遅れの鎧着た兵士なんているかよ」
「じゃあなんだ、仮装行列か」
「ん? お、おいっ」

 鎧の兵士が振るった鉄拳によって通行人のひとりの頭が熟れたトマトのように叩き潰される姿を目撃し、口々に意見していた職員たちは凍りついた。

「な……」

 道行く人々に襲いかかる鎧たち。彼らは武器を持っていないが、重装鎧の籠手はそれ自体が金属製の鈍器に等しい。
 次々に撲殺していく。

「け、警備官だ。警備官を呼べ!」

 助けを求めようと外へ出た職員の顔面がザクロのように弾ける。板金鎧の兵士が詰め所の中にいる職員らを肉の塊にするのに三分もかからなかった。





 網の上に乗せたアワビとサザエが泡を吹いて焼けていくのを秋芳が至福の表情で見つめている。
 
「ありがたい、ありがたい。こんな上等な海の幸が安値で手に入るんだから港町は最高だ」
「なにやら香ばしい匂いがすると思ったら、こんな場所で朝餉かね」

 こんな場所。ナーブレス邸の庭の片隅で浜焼きをしている秋芳にマスターソンが声をかける。

「これはマスターソンさん、おはようございます」
「きみはこの前もただの魚の塩焼きを美味しそうに食べていたね。フライでもムニエルでも、ナーブレス家に仕える使用人ならもっと手の込んだ料理を味わえるはずだが、よほど粗食が好きなのかね」
「とんでもない、日本人にとってはこれがごちそうなんです」
「日本人というのはずいぶん粗食なんだねぇ。――ん?」

 買い出しに出ていたミーアが大慌てで帰ってくるなり、正門である大きな鉄柵の扉と、その横の通用門にもあわただしく施錠している。

「いったいなにごとかね。戸締りするには早すぎないかい」
「鎧を着た集団が街で暴れてるんです! 警備官の人たちが早く安全な場所へ避難するようにって、だから――」
「……その鎧を着た集団というのは、ああいう連中のことかい」
「え?」

 マスターソンが指さす先、施錠したばかりの鉄柵扉の前を板金鎧の一団が通り過ぎていく。
 そのうちの何人かが足を止め、鉄柵に突進してきた。

「あ、あああっ、そうです! あの人たちです! あの人たちが街で大暴れしていて――」

 耳をつんざく金属音にミーアの声がかき消される。
 鉄柵扉を強引に突破した板金鎧たちが殺到してくる。

「招かれざる客には、お引き取り願いましょう」

 狼藉者たちの前に立ちふさがったマスターソンが腕を一閃すると、板金鎧の肘関節部分に短剣が突き刺さっていた。

(介者剣法か! やるな、このじいさん。だがこの甲冑野郎ども、人ではない!)

 介者剣法とは鎧兜を身につけた重装備の剣法、もしくは重装備の敵に対する剣法のことを差す。
 腰を落として重心を低くして構え、自分の鎧の防御力を最大限に利用しつつ相手の鎧のすき間や下半身を狙って突いたり足を薙ぎ払うなどの攻撃をするものだ。
 どんなに硬い鎧を身に着けていても肘や膝、首筋といった関節部分は守れないし、重い鎧を身に着けた状態で転倒すれば容易に立ち上がれない。
 リアリティを軽視していたり、作り手の想像力が乏しい映像作品などではたまに鎧を着こんだ相手に剣で正面から斬りつけ、その一撃で相手が倒されるシーンが出てくるが、鎧を着ている限りそんなに簡単に倒されたりはしない。
 そんな鎧ならいっそ着ないほうが身軽なだけ有利である。

 板金鎧は一瞬だけ動きを止めたが、負傷した様子もなく腕を振るう。

「ぬぬっ」
「いかん、マスターソンさん。そいつらはリビングアーマーだ。中に人はいない」
 
 リビングアーマー。
 魔力によって動く生きた鎧。精霊や幽霊といった霊的存在が憑依して動くアンデッド・モンスターの場合もあるが、今回は魔術によって人工的に作られたゴーレムタイプだと、秋芳の見鬼は見抜いた。

「なんと、どうりで手応えがないわけだ」

 どんな堅固な鎧を身につけていても、生身の人間ならつなぎ目狙いの刺突攻撃が有効だ。しかし相手が生身を持たない生きた鎧とあってはダガーでは効果が薄い。
 一定以上の損傷を与えてやっと動きを止める生きた鎧相手にどう立ち向かうか――。

「ミーア、アキヨシ。ふたりは早くお嬢様のところへ!」
「は、はい!」
「いや、この数を相手にひとりでは骨が折れることだろう。俺にも多少の心得はある、加勢しよう」
 
 秋芳は近くにあった薪割り用の斧をマスターソンに手渡すと、自身は素手でリビングアーマーの一団に立ち向った。
 大振りな攻撃をかわしつつ踏み込んで掌打を放つ。
 足の踏み込み、腰の回転、肩のひねりによって生じた力。そこへさらに全体重をくわえて一点に集中された一撃はリビングアーマーの厚い鉄板を穿ち、吹き飛ばす。
 さらに打ちかかって来る二体のうち一体の腕を両手でつつみ、軽くひねると、耳障りな金属音を立てて本来ならば曲がらない方向に腕がひしゃげた。人ならば関節が破壊された痛みに悶絶しているところだろう。
 そのまま体を揺らすと、いかなる力の作用なのか、リビングアーマーが右に左にと激しく振り回される。
 等身大のモーニングスターと化した鎧で周りにいる鎧兵どもをなぎ倒す。

「おお、それらの技は魔闘術(ブラック・アーツ)というやつかね!?」

 魔闘術。
 拳や脚に魔術を乗せ、打撃の瞬間、相手の体内で直接その魔力を爆発させる魔術師ならではの近接戦闘術。魔力操作の技術がなければ使えず遠距離攻撃という魔術の利点を捨てることになるが、接近戦では絶大な威力を誇る。

「いや、ただの発勁と擒拿だ。そんな技は知らない」

 武術はもっとも実践的な呪術魔術のひとつ。そのような考えのもと、秋芳は幼い頃から鍛錬を重ねてきたのだ。
 これが獣型のモンスターであったならまた話は変わってくるが、襲撃者が四肢を持った人型モンスターである以上、対人用の武術は大いに効果を発揮した。

「なんであれこのマスターソンも、まだまだ若い者に負けてはおられませんな!」

 転倒して起き上がろうとしている鎧にむかって容赦なく手斧を叩き込み、破壊していく。
 六体いたリビングアーマーはやがて動きを止め、ただの半壊した鎧と化した。

(……呪術が使えないせいか、妙に冴えるな)

 身体的、霊的欠損というものは、呪術者にとってむしろ『強み』となることがある。
 東北地方には「いたこ」と呼ばれる巫女が死者の霊魂を呼び寄せて意思の疎通をする、口寄せという儀式が存在する。
 この儀式をおこなう巫女たちは強い霊力を持つことで知られており、同時に盲目や弱視といった視覚障害者でもある。
 こうした例をもとに目が見えないからこそ見鬼の才が磨かれる、霊視能力が増すという説は古くから呪術関係者らの間にある。
 つまり霊力、呪力が身体的なハンディキャップの補完作用として強化されるという見方で、ほかにも隻眼、隻腕、隻脚など。身体的、ひいては霊的欠損による逆説的な霊力の強化は、古いタイプの呪術師たちの間に語り継がれてきた。
 呪術が不自由だからこそ武術が冴える。

「武と魔、魔法戦士でも目指してみるか」

 壊れた門のむこうから次々と現れるリビングアーマーの集団を前に、秋芳はそうひとりごちた。





 いつもより遅い朝食を食べ終えてお茶を飲んでいたウェンディは外から聞こえてくる喧騒に眉をしかめる。
 閑静な雲地区にはおよそ似つかわしくない、ひどく荒々しく暴力的な響きの騒音。
それが徐々に大きくなり、近づいてくる。
 いや、騒音などではない。
 物の壊れる音にまざって人の悲鳴や怒号まで聞こえてくる。
 
「お嬢様、敵襲です~!」
「なんですって!? 簡潔、簡略、可及的すみやかに説明なさい!」
「かくかくしかじか、ホニャララホニャララで――」
「かくかくしかじか、ホニャララホニャララじゃわかりませんわ!」
「ある事柄の説明を省略した際に具体的内容の代用としてもちいられる文章表現ですってば!」

 などと戯れている場合ではない。説明を聞いたウェンディは部屋着を脱いで学院の制服に着替えた。
 ウェンディがふだん着用している制服やローブは身体まわりの気温・湿度調整魔術である黒魔【エア・コンデショニング】が永続付与されており、見た目よりも夏は涼しくて冬は暖かい。同様にわずかではあるが防御力を上昇させる白魔【プロテクション】も付与されている、とても便利な代物だ。

「みなをロビーに集めなさい。緊急事態ですわ!」





 所属不明の兵隊たちが街中で暴れている。彼らは雲地区にも押し寄せ、家々を荒らしてまわっている――。

「全員お集まりでして?」

 学院の制服に着替え、腰に小剣を佩いだウェンディがロビーに姿を見せると、集められた使用人たちのあいだにただよっていた不安と緊張がいくらかやわらいだ。

「無頼の徒がわが屋敷に乱入して狼藉を働こうとしていますわ。今からこの身の程知らずの賊徒どもを蹴散らしに行きますので、われはと思う者は名乗り出なさいまし」
「とりあえず屋敷に入ってきた連中はたおしたぞ」
「早ッ!」

 秋芳とマスターソンがボロボロになった鎧をかついで入ってきた。

「リビングアーマーだ。二〇体ほど片づけた」
「まぁ、これがあの……」

 ウェンディも動く鎧のモンスターについては知っていた。

「こうして見ると、ただの鎧にしか見えませんわね」
「所属を示す刻印や徽章のたぐいは見つからない。こいつを使役している魔術師はどこかの国の軍人というわけではないようだ。少なくとも正規兵ではない」

 魔術は軍事技術であり、魔術師は軍属になる例が多い。そして国に仕えている魔術師は特に魔導士と呼ばれる。この世界に来てまだ日の浅い秋芳だが、そのくらいのことは学んでいた。

「まぁ、詮索するのは官憲に任せるとして。このままだと危険なので避難するか籠城するか決めてくれ」
「なんですって!?」
「もし他国からの攻撃だった場合、すぐに脱出しないと門を封鎖されて街から出られなくなってしまう。公爵家の人間として身柄を拘束されるといろいろやっかいだろう」
「…………」
「シーホークに攻め入る国なぞ、レザリアくらいなものでしょう。しかし先の大戦中ならいざ知らず、無差別に民間人を襲撃するような真似をするとは考えられませんな。……聖キャロル修道会あたりのテロならともかく」

 隣国であるレザリア王国との統治正当性をめぐる国際緊張は近年高まるいっぽうだ。マスターソンの言葉に出た聖キャロル修道会などという過激派集団が台頭し、保安局も神経をとがらせている。

「遠くから発砲音が聞こえてきました。銃士隊が鎮圧に乗り出しているからには制圧されるのは時間の問題でしょう、それよりも下手に動き回ると流れ弾に当たる恐れがあります。騒ぎが治まるまで屋敷にて静観なさっていてください。このマスターソンがいる限り賊徒どもの侵入はゆるしません」
「…………」

 ウェンディがなすべきことを考えている間にも剣戟や銃声といった剣呑な響きの音が聞こえてくる。ナーブレス邸に入り込んだリビングアーマーたちは秋芳とマスターソンの手で撃退したが、雲地区ではまだ戦闘がおこなわれているようだ。

「……この騒ぎはすぐ近く、トーランド卿のお屋敷からですわね」
「はい。しかし男爵様はいくさ上手として名を馳せたお方で、家中の方々も腕利きぞろい。屋敷も外敵に備えた造りですのでそう易々と賊徒どもに後れはとらないでしょう」
「……アキンド邸からも騒ぎが聞こえますわ」
「アキンド様は日頃から大量の傭兵を召し抱えておりますので、こちらも簡単には破れますまい」

 雲地区に居を構える貴族や豪商の多くは私兵を擁している。金に糸目をつけずに雇い入れた彼らの実力は高く、個々の戦闘力なら並の警備官を上回る者もめずらしくない。

「他の家の方々も似たようなものです。他家のことよりも今はご自身の心配をなさってください」
「なるほど、たしかに雲地区のみなさまには身を守る手段がありますわね。けれどもそれ以外の人たちはどうですの? 先ほどミーアから聞いた話ですと、潮風地区はひどいありさまだったとか……。ついきのう楽しくお買い物に興じた街が賊徒に荒らされているだなんて、義憤に耐えかねますわ。わたくしには魔術の力があります、動く鎧ごときに後れをとるつもりはなくてよ。わたくしたちのシーホークは、わたくしたち自身の手で守るべきですわ」

 ウェンディはみずから出向いて暴れまわるリビングアーマーたちを退治しようと言っているのだ。

「ここがお嬢の、ナーブレス領なら『高貴なる者の義務』を果たすべきかも知れないが、そうでないのだからあえて危険を冒す必要はないだろう。警備官たちに任せておけ。君子危うきに近寄らず、だ」
「義を見てせざるは勇なきなり! とも言いますわ」
「勇気と蛮勇はちがう。相手の目的も規模も不明なのに、敵前に身をさらすのは無謀だ」
「危険を自ら引き受けるのは無謀でなく勇気! そして勝機が見えても危険を恐れるのは慎重でなく臆病でしてよ!」
「おお、よくぞおっしゃってくれました。それでこそナーブレス家のご息女!」

 ナーブレス公爵家はアルザーノ帝国建国以来、帝国王家に忠誠を誓う古参の大貴族の筆頭格だ。奉神戦争の影響で困窮した貴族たちの多くは領地を奉還し、領地貴族から宮廷貴族へ、領主から代官へと鞍替えしたなか、卓越した領地経営手腕を発揮して財政難を克服し、自身の領土を守り切ったという矜持が存在する。
 肥沃な土地から生産される良質の葡萄に支えられたワイン基幹産業に金融業を営み。さらに利益を生み、富み栄えていることを口さがない者は運が良いだの商人貴族だのと揶揄するが、その土地を戦火から守り抜いたのは商才などではなく、武威である。
 ゆえにナーブレス家の者は尚武の気風を貴ぶ。

「このマスターソンもお供つかまつりますぞ。先の奉神戦争では槍働きひとつで騎士の位をたまわり、槍のマッさんと呼ばれたこの武勇。いまだ錆びついてはいないことをお見せします!」
「いいえ、マスターソン。あなたにはこの邸の守りを任せますわ。わたくしがいない間の留守をあずかることこそ、あなたの役目でしてよ。――アキヨシ、同行なさい」

 ウェンディは腰に佩た小剣を手にとって秋芳の前に差し出した。

「カモ・アキヨシ。あなたをウェンディ=ナーブレスの剣に任命します。わたくしの剣となり、わたくしの代わりに敵を打ちなさい」

 ここまで言われてことわるわけにはいかない。

「……受けたまわった」

 ウェンディから手渡された剣は見た目よりも軽かった。軽量化をはじめ、いくつかの魔術が作用している魔道具だと、秋芳の見鬼は視た。
 だがその剣にこめられたウェンディの想いはけっして軽くはなかった。 
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