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東京レイヴンズ 異符録 俺の京子がメインヒロイン!

作者:織部
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万聖節前夜祭 1

「対物理用の摩利支天呪法か。本来なら呪術にしか効果を発揮しない回避の術を、術式を組み替えて応用を利かすとは……。うん、実に見事な手腕だった。さすがは京子だ、俺のメインヒロインだ」

 秋芳はあいかわらず独り言を漏らしつつ、簀子縁に寝そべった桃矢の全身に指を這わせていた。
 桃矢は午前中から夕方までずっと稽古していたので、上は頭頂の神庭穴から下は足裏の湧泉穴まで、疲労回復に効果のある点穴を施してやっているのだ。

「!?」

 恍惚の表情を浮かべて秋芳の指技を受ける桃矢だったが、急に身震いすると怯えたような面差しになった。

「……あのう、秋芳先生」
「なんだ」
「なんだか、ものすごい邪悪な視線を感じるんですけど……」

 桃矢の言う視線の主とは誰あろう陰陽塾男子寮の寮母、富士野真子だろう。
 今日、桃矢が来てからひんぱんに、こちらにむけ邪な眼差しを投射してきているのは秋芳も感知している。

「気にするな。あれは男子寮に巣くう鬼だ」
「お、鬼ですか!?」
「そう、腐った鬼だ。だが実害はないから、安心しろ」
「は、は、はい……」
「秋芳~、餅乾(クッキー)ができたよ~」

 笑狸が盆の上に大量の焼き菓子を盛って来た。

「おう、では食べるか」

 男子寮の庭はかなり空いている。なので秋芳は寮母である富士野眞子に了承を得たうえで薬草。ハーブの類を植えて育て、それらを入れた菓子や茶をこしらえ、たしなんでいた。
 オリーブ、オレガノ、キャラウェイ、クミン、シナモン、バーベナ、バジル、ミント……。
 それら薬草のふくまれた焼き菓子は滋味に富み、運動後の小腹を満たすにはちょうど良いあんばいだ。桃矢は出された甘味をじゅうぶんに堪能し、満ち足りた気分で帰路についた。
 かなり長いこと、腐った視線を肌に感じながら……。





「はい、お水」
「あ、ありがとう京子」
「どういたしまして、龍鳳院宮寺さん」
「いやはや、さっきは恥ずかしいところを見せてしまったね」
 東京エターナルランド内にあるいくつかの休憩所。通りに面したそこのベンチに光輝を休ませているところだ。

「足を滑らせて転倒さえしなければ、あのような破落戸の一人や二人。柔道初段、チェス四段、オセロ五段、合わせて十段のツワモノであるぼくの華麗な格闘術で黙らせてやったものを……」
「でも、相手は六人で銃も持っていましたよ」
「なに、銃弾なんてあたらなければどうということはないのさ。フェンシングでつちかったぼくの反射神経をもってすれば、射線上から避けるのは造作もない」
「そうですか」
「そうだとも。もし次に同じことがあったら――」

 あんな暗闇で乱闘して、あたしにあたったらどうするのよ? そうは思ったが口には出さない京子だった。
 その六人の破落戸だが、ことを表沙汰にするのはエターナルランドにとって良くないだろうと、龍鳳院宮寺のSPを通じて呪捜部に引き渡しされることにした。
 そう、警察ではなく呪捜部だ。彼らの一人は呪術を行使した。それも禁呪指定されている呪詛を使った。重い罰が下されることだろう。
 だれかに恨まれ、狙われる心あたりはありますか? などという野暮な質疑応答はしない。大企業の御曹司ともなれば、なにもしなくてもやっかまれるだろうし、身代金目あての誘拐だってある。
 京子はなにげなく周囲を見まわした。
 ハロウィンの仮装をしているゲストに混ざって、アヒルやネズミをモチーフにしたエターナルランドのキャラクターたちの着ぐるみ姿も目立つ。

(こうしてあらためて見ると、なんていうか、むこうの人のセンスって特殊よね)

 動物の擬人化、あるいは逆に人間の擬動物化はエターナルランドに代表されるアメリカ文化の気持ちの悪い一面だ。動物に服を着せて後肢だけで立たせて喜ぶという心理は理解できない。キャラクターとしてデフォルメされてはいるが、それもセンスが良いとはいえない。人間と動物、双方の醜悪なカリカチュアのようだ。

(なんでかしら? コンちゃんみたいなのはかわいいのに)

 それにくらべたら日本生まれの動物キャラクターたちのなんとkawaiiことだろう。目からビームを出す猫娘を見よ、黄色い電気ネズミを見よ、青い猫型ロボットを見よ。みんなみんなかわいい。萌えるではないか。
 動物どころか器物にまで魂が宿り、人も自然の一部。ある意味ですべて平等の存在と考えるアニミズム文化の民族と、そうでない民族との想像力の差異がキャラクターデザインに現れているのかもしれない。
 人間の繁栄のために動物や植物を利用することは神から与えられた正当な権利であり、動植物にとっては人間の役に立つことが神から与えられた役目。
 などという考えのもと、生き物を殺して食べるさい、その生き物にではなく神様に感謝して食事をする人種の考えることはわからない。
 戦勝国であるアメリカは日本の呪術を徹底的に研究し、その技術を我がものにしようとしたらしいが、結局彼らの中に〝日本の陰陽師のような〟甲種呪術をあつかえる者は出てこなかったそうだ。
 呪術を使えるかどうかの才能には、魂の奥底に流れる思想や宗教観のちがいも関与していたりもするのだろうか……。
 などということをボンヤリと考え、隣にいる龍鳳院宮寺の話も馬耳東風だった京子だったが、周囲の気配の変化に気づいて、ふとわれに返る。
 首筋のあたりがちくちくする。悪意や害意といった負の想念が周りの群衆の中からこちらにむけて放たれている。
 京子の霊感がそう告げていた。

「龍鳳院宮寺さん、また狙われてますよ」
「な、なんだって!?」
「SPの人たちを呼んで、今日はもうお開きにしたら……」
「シンデレラ・マジックは始まったばかりだというのに、それはないよ京子。今度こそぼくの華麗な技で悪漢どもを追い払ってみせるから、安心していたまえ」
「はぁ、そうですか」

 片手がフックのような義手になったつけ髭の海賊や、ハロウィンらしく巨大なカボチャ頭をつけた者、ピエロの扮装をしたりスクリームマスクをかぶった連中が二人のいるベンチの周りを囲んで輪を作っている。

「来ましたよ、こいつらです」
「う、うむ。京子、君はさがっていてくれたまえ」

 さがれと言われてもさがる場所はない。不穏な空気をただよわせた仮装集団は、いよいよその包囲の輪をちぢめてくる。

「龍鳳院宮寺光輝とそのボディガードだな。先ほどは仲間が世話になったようだ、ちょいと用があるからついて来てもらおうか」
「君たちの相手をしているヒマはない。とっとと帰りたまえ! さもないと柔道初段、ゴセロ四段、木工ボンド道五段。合せて十段のツワモノであるぼくの拳が振るわれることになるぞ!」
「そうかいそうかい。だが、ここには数えきれないほどの入園客がいるんだぜ。なんの罪もない老若男女を巻き込んだりしたら、おたくらの良心は痛まないのかい?」
「ぐぬぬ、卑怯な……」
「さぁ、とっととついて来い」
「と、とりあえず彼らについて行こうか、京子? 無関係の人たちを巻き込むのはよくないよね? ね? ね?」
「ははは、そう思うのが普通だろうよ。さぁ、とっとと一緒に――」
「あいにくとぜんぜん、これっぽっちも思わないわね」
「なに?」
「きょきょきょ、キョっ、京子っ!?」
「巻き込むのはあなたたちであってあたしたちじゃないわ。暴虐で卑劣で恥知らずなのはあなたたちであって、断じてあたしたちじゃない。何千何万人が巻き込まれようが、それはすべてあなたたちの責任であってあたしたちの知ったことじゃないわ。さ、龍鳳院宮寺さん、行きましょう。あたしチュロスが食べたくなっちゃった」

 言い終えると輪の中央を突っ切って歩み始める京子。
 もちろんこれは心優しい京子の本心などではない。ここで狼狽するそぶりを見せれば、それが効果的とわかり逆に無関係の人々が巻き込まれる可能性が高くなる。
 だからこそバッサリと切り捨てるような、ブラフをかましたのだ。

「ま、待て!」

 狼狽したふうのカボチャ頭の声が響く。

「ここにいる一万人近い人がどうなってもいいのか?」
「ご自分にお聞きなさいよ。あたしが答えてあげる筋合いはないわ」

 言い放ってから京子は短剣に毒を塗る魔女のような笑みを浮かべた。

「もっともここで迷惑行為におよぼうとしたら、その前にあんたたちを再起不能にしてやるけどね。なにをしようと勝手だけど、責任だけはとってもらうわ」

 言葉使いこそ普通だが、京子の声には『こわい』気が込められていた。

(いいか、京子。相手を脅すのに大声をあげたり物騒な言葉を使う必要なんてないんだ。無遠慮になるだけでいい。無遠慮ってのは相手に気を使わない話し方のことで、相手のことを本当に考えなくなると自然に殺し合い同然の威圧が声にこもる。それだけでじゅうぶん恫喝になるんだ)

 乙種呪術のやり取りについて秋芳と話していた時にそのように言われたのを思い出し、それを実行してみたのだ。
 効果はあった。カボチャ頭はたじろぎ、光輝は身震いして小声で『まあーああぁ』とうなる。
 相手に責任転嫁しようとする破落戸の愚劣な詭弁は京子の剛毅さによってあっけなく粉砕されてしまった。他人の悪辣さや卑劣さを自分の罪として背負いこむ必要なぞないのだ。悪党の犯した罪は悪党自身がつぐなうべきである。

「くそっ、後悔するなよ。ケガ人が出た後で悔やんでも遅いぞ」

 気圧されたカボチャ男のかわりにピエロが前に進み出た。手には黒い棒が握られている。サップ。あるいはブラックジャックと呼ばれる、革袋の中に砂を詰めた殴打用の凶器だ。
 
「なんだなんだ、新しいアトラクションかショーか?」
「それにしちゃ洗練されてないな」
「でもすごい迫力。本当に殴ってるみたい!」

 群衆の間からそんな声が上がり、やがてそれは驚きの歓声へと変わった。
 京子が二体の護法式を召喚したからだ。
 白桜に投げ飛ばされてカボチャ頭が空を飛び、物見高い観衆たちの頭上を飛び越えて十メートルほど離れたゴミ箱に頭から突っ込む。
 続いてピエロも黒楓に投げ飛ばされ、盛大な水しぶきをあげて噴水の中に落とされる。

「――オン・バヤベイ ・ソワカ!」

 風天の力で巻き起こったつむじ風に巻かれた海賊は回転木馬の屋根まで飛ばさた。

「まあーああぁ、まあああーあぁ!?」

 呪術混じりの乱闘を目のあたりにした光輝がショックで白目をむいて倒れる。
 白桜の太刀にナイフを叩き落とされ、黒楓の薙刀に足を払われたスクリームマスクは派手に転倒した。

「おさわがせしました。今宵シンデレラの魔法が解けるまで、どうぞみなさん、お楽しみください」

 京子は群衆にむかってスカートのすそをつまみ上げて、うやうやしくも優雅な一礼をすると、白桜と黒楓にスクリームマスクと光輝をかつがせ、その場を颯爽と後にした。
 一日約七万人のゲストがおとずれ、一度に最大で十万人までは入場できるといわれるエターナルランドだが、現在のゲストは龍鳳院宮寺グループの関係者七千人しかいない。キャストを合わせても一万人程度だろう。
 人影のない場所もそこかしこに出てくる。大通りを離れた雑木林じみた緑の中、スクリームマスクを地面に放り投げた。
 まだ余力があったようで、受け身をとってはね起き、ふところから呪符を取り出したのだが、すかさず白桜の手刀が一閃。腕はいやな音をたてて外側に九十度の角度で折れ曲がった。
 スクリームマスクはたまらずうめき声をあげて、うずくまる。黒楓の手がマスクにのびた。
 マスクの下にあったのは貧相な中年男の顔だった。汗をうかべ、苦痛にあえいでいる。

「おとなしくしなさい。あんたたちは何者なの? 目的はなに?」

 京子はごく普通に問いかけた。

「さぁ、なんだろうな?」

 この期におよんでハードボイルドふうに決めようと、そんな科白を言おうとした中年男だったが、口から出たのはちがう言葉だった。
 おのれの意志とは裏腹にペラペラと自分たちの氏素性と目的を自白し出す。
 自分たちは普段から呪術を使って犯罪行為をおこなっており、普段は個々に活動しているのだが、今回は龍鳳院宮寺光輝という大企業の要人を身代金目的に誘拐するという大仕事だったので徒党を組んだこと。集まったメンバーの中には、民間の拝み屋もいれば陰陽塾をドロップアウトした類の連中もいること。などなど……。
 中年男は驚愕に目を見開き、口を閉ざそうとするも、それもできない。見えない無数の糸に全身を絡み取られたように自由が利かなくっている。
 甲種言霊。
 帝式に分類される呪術で、相手の精神に呪を注入する、強制力のある言葉のことだ。
 甲種言霊には『侵入』の意思が帯びた強烈な呪力が練り込まれており、このような呪の込められた音声を聞かされた側は瞬間的に本能で『防御』しようとする。
 それと意識せずとも霊気が防壁を築こうと働くのだ。
 こうした反応は日常的に呪術をあつかう陰陽師には特に顕著で、甲種言霊を成功させるには、この防壁を突破する必要があった。
 甲種言霊をあつかえる術者はめったにいないが、逆にこれを防御することは呪術師ならばさしてむずかしくはない。
 甲種言霊を実践するには相手の防御を強引にねじ伏せることのできる強力な呪力を瞬間的に発揮し、なるべく相手の意表を突く。心の隙を狙う必要があるのだ。
 京子はいっさいのからめ手をもちいることなく、純然たる呪力で男の精神を屈服させた。

「……わかった。もういいわ、眠りなさい」

 中年男の全身から力が抜け落ち、昏倒した。
 どうやらもう仲間はいないようだ。これでようやく落ち着けるはずなのだが――。





 二度にわたる誘拐未遂。および対人呪術戦を目のあたりにしたことは、生来より繊細な性質である龍鳳院宮寺光輝には耐えられなかったようで、SPに守られて帰宅することとなった。

「呪術ってのは、恐ろしいものだね……」

 蒼白な顔をしてそうつぶやいた光輝もまた見鬼の才を持ち、陰陽二種の資格を持った陰陽師のはずなのだが、いよいよもって財力にものを言わせて獲得した感はいなめない。
 昔の剣術道場には実力のある者を認めて段位を授ける以外にも、たとえ技量がなくても貴人や主筋など道場主より上の位の人に出す義理許し、裕福な商人が金銭で段位を買う金許しという習慣があったそうだが、こんにちの呪術界にそのような悪習があってはならないことだ。京子はこんど父や祖母にそのことを問い質そうと心に決めた。
 遠くから人々の歓声が聞こえる。
 メインストリートでは。電球や光ファイバーや発光ダイオーなどをもちいて装飾したフロートに乗ったゲストたちが踊りやパフォーマンスをおこないながら進む、Eパレードが催され、大いに盛り上がっていることだろう。
 VIPである龍鳳院宮寺光輝は早々に引き揚げたが、だからといって借り切りをレンタルするわけにはいかない。残された龍鳳院宮寺グループの関係者たちは役得とばかりに夢の国のハロウィンパーティを楽しんでいた。
 いま京子がいるのは北欧の森をテーマに造られた緑にあふれた庭園で、ライトアップされた樹々が幻想的な光景を作っていた。

「そこにいるんでしょ、秋芳君。出てきなさいよ」

 きれいに剪定され、ブロッコリーのようになったイチイの木にむかって京子が声をかけた。
 数拍の間があって、木の上の空間が陽炎のようにゆらいだかと思ったら、そこに一つの風船が浮かんでいた。アヒルをモチーフにしたエターナルランドのキャラの顔がイラストされている。ドレインダックだ。
 名前の由来は大の酒好きで、いつも飲んでいるか吐いているからdrainだそうだ。およそ子どもむきではないキャラクターである。

「……いつから気づいてた?」

 風船に描かれたドレインダックが口を開く。その声はたしかに秋芳のものだ。

「今朝からあるかなしかの妙な気配は感じてたけど、確信が持てたのはブティックで着替えた時ね。あの時にかすかな気配が完全に消えたの。ううん、『消えた』んじゃなくて外に『出て行った』わ。それで逆にだれかがいる。『視てた』
て確信したわけ」
「なるほど、鋭いなぁ。でもどうして俺だと?」
「あなたくらいしか思いつかなかったからよ。今日という日にこっそり後をつけてまわる、隠形の達人だなんてね。……でも感心したわ、あたしが着替える時にそのままのぞこうとしないで、ちゃんと外に出るだなんて。紳士的ね」
「あたりまえだ、恋人の着替えをこっそりのぞき見して喜ぶような趣味はない!」
「あたしのこと、やっぱり気になってたのよね? 気にしてないようなそぶりなんかして~、もう、素直じゃないんだからぁ~。ツンデレ?」
「いやツンデレとか、そういう属性ないから、いたって普通。ノーマルだからね、俺は」
「平然としているようで、やっぱりあたしのことが気になってたのよね?」
「…………」
「もしあたしがあいつに惹かれるようなそぶりを見せたら、お見合いをめちゃめちゃにしようとか考えてたんでしょ?」
「……まさか、分別ある大の大人が、この賀茂秋芳がそんな無体な真似をするわけがないだろう」
「もしあたしがあいつに惚れちゃったりしたら、怒る? 悲しい? 泣いちゃう? 呪っちゃう?」

 魔女のコスプレをしていているせいだろうか、京子は意地の悪い質問を連発した。ふだんは秋芳に翻弄される側なので、これはこれで気持ち良い。

「……君がだれかを好きになったら、俺は鬼になるかもな」
「あなたならさぞかしすごい鬼になっちゃうでしょうね。十二神将がいっぺんにかかっても修祓できないほどに強力な鬼に」
「そういうことだ。世の中の平和は君の双乳……、じゃなくて双肩にかかっていると言ってもいい。世のため人のため。なにより俺のために俺を見捨てないでくれ」
「それならあなただって同じよ。もし浮気したり他の人を好きになったりしたら、あたしは蛇になってあなたに巻きついて焼き殺しちゃうんだからっ☆」
「清姫かよ……」
「おたがい鬼や大蛇にならないようにしましょ」
「そうだな、霊災を修祓する陰陽師が動的霊災になるなんて、冗談じゃない」
「ところでその姿…」
「うん?」
「簡易式……、じゃないわよね?」
「ああ、色々と手をくわえて穏形と変化能力を向上させた、隠密機能特化型のオリジナル人造式だ」
「秋芳君本人がこっちに来られない?」
「あー、それはちょっと無理かな。禹歩を使うにしても距離がありすぎる。霊脈を乗り継ぎするにしてもちょいと時間がかかりそうだ」
「そう、残念。じゃあせめて式神越しでもいいからデートしましょう」
「ああ、そうしようか」
「でも風船の形じゃ雰囲気が出ないわ。等身大の姿になれないの?」
「今のところなれない。隠密用に作ってあるから、ミニマムサイズがデフォなんだ。……だけどそうだな、魔女っ娘のコスに合わせて……」

 言うと風船の姿はぼやけ、次の瞬間、耳の長い白いフェレットを思わせる小動物の姿に変化した。

「やぁ京子。僕と契約して魔法少女になっ…ムギュッ!?」
 
 顔面をわしづかみされ、言わんとした科白が途中で途絶えた。

「ごめん、秋芳君。あたしその妖獣、大ッ嫌いなの」
「そ、そうか……。ならば――」
 
 再度変化すると、今度はカラスの姿になった。

「どうだ? いかにも魔女の使い魔って感じだろ?」
「レイヴン、ね……。ま、陰陽師らしくもあるし、良いんじゃない。でも足は三本じゃないのね」
「それだと、ちょっとあからさまだしな」
 
 大和葛城を本拠とする賀茂氏は建角身命(たけつのみのみこと)。すなわち八咫烏を祖とする一族とされる。
 そして八咫烏とは足が三本ある霊烏なのだ。




 
 ふたりは木々がアーチ状になった緑の小路をゆっくりと散策する。

「すてきねぇ、森の中なのに、なんだか海の中を歩いているみたい……」
「ウクライナの愛のトンネルみたいだな」

 京子の肩にとまったカラス――秋芳――がそう述べた。

「あ! そういえばそっくり。前に画像で見た愛のトンネルそのものだわ」

 ウクライナの愛のトンネル。
 ウクライナ西部のリウネ州、クレヴァン村にある鉄道の線路上にあり、緑の木々に囲まれたトンネル。その美しい景観からウクライナでも人気の観光スポットになっており、恋人と手をつないでこのトンネルを歩くと、おたがいの願いがかなうという、なんともロマンチックな言い伝えがある。

「知ってるか? ウクライナの結婚式では新婦の履いていた靴に酒杯を入れて、それを新郎が飲み干すという儀式があるらしい」
「へぇ、どんな意味があるの?」
「昔の兵隊たちの間で好きな女性の靴に酒を入れて飲むのが流行った時期があり、それがもとになっているとされる。ことさら宗教的、呪術的な意味はないが、強いて言うならフェティシズムが源にあるのかな。呪物崇拝と性的倒錯が同じ言葉で表されるというのはおもしろい」
「ふ~ん、でもそれって不衛生よねぇ」
「俺は京子の履いた靴に注がれた酒なら、喜んで美味しく飲み干すことができるぞ」
「変態みたいなこと言わないでよ」
「俺にはあの坊ちゃんみたく美辞麗句で飾りつけた巧言令色を吐き出すことはできないんでね、こういう言い方でしか愛を表現できないのさ」
「あっ、まぁ~だ彼のこと意識してるぅ」
「…………」
「そんなに心配しなくても、あなたのことはあたしがだれよりも一番好きよ」
京子はそう言って肩にいる秋芳の嘴の下を指の背中で優しくなでた。
「お……、これは、なんとも心地が良いな」

 思わずゴロゴロゴロ……、と喉が鳴る。

「なぁに、その音? 今のあなたはカラスでしょ。猫さんじゃないんだから」
「猫にもなれるから、こういう機能もついてるんだよ。気持ちが良くてつい鳴っちまった」
「猫にも? なって、なって!」
「いいとも」

 要望にお応えして黒猫の姿へと変わる。

「きゃー、本物みたい。とりあえず猫さんモフモフ、モフモフ……」
「うみゃみゃ、ナァーゴォ……」

 それからウサギ、リス、カエル、狐、狸、川獺、タツノオトシゴ、ラッコ、ゴマフアザラシ、ファラベラなどなど……。京子からのリクエストに応じ、様々な変化をしたあと、最初のカラスの姿にもどった。

「――このように生物の姿だけでも大量のパターンが組み込まれている。穏形に関してはさっきの通りだ。たとえ素人が操作してもそれなりに穏形できるから、呪捜部にでも持って行ったら高値で売れるだろうな」
「つくづく便利よねぇ呪術って」
「ああ、便利だ。こんな便利な代物、霊災修祓だけに使えだなんてもったいないよな」

 陰陽法によって様々な制約が敷かれており、例外は多々あるが、基本的に霊災の修祓でのみ呪術は使用してもよいとされている。もっともこれに不満をおぼえる陰陽師は多い。そのため現在の陰陽庁は陰陽法の改正。規制緩和を強く進めている。
 その急先鋒が京子の父である倉橋源司その人だった。

「あなたも陰陽法の改革に賛成派なのよね」
「現行法の改正にはね、今の呪術を縛る法律はあまりにも窮屈だ。ただ改正にともなって陰陽庁の権威までもが拡大してしまうのは防ぎたい」

 呪術師の中には自分の特殊な才に溺れ、選民思想に取り憑かれる者も少なくない。官に属する陰陽師には特にそういった気質の者が多いように思える。
 秋芳は彼らの増長を懸念しているのだ。

「呪術の社会的な地位を向上させる方法は、やっぱりその便利さや面白さを人々にアピールする。てのが良いと思うんだよな。たとえば東京エターナルランドならぬ東京レイヴンズランドとか作って――」

 祓魔官は漆黒の装束を身にまとうことから、闇鴉(レイヴン)の異名でも呼ばれている。

「――呪術を使ったアトラクションとか、かわいい式神のマスコットキャラとか用意するんだ。ジェットコースターの代わりに竜に乗り、木馬ではなく雪風で空を駆ける。本物の百鬼夜行がいるお化け屋敷なんてスリル満点だろう。呪具をもちいれば一般人でも呪術の真似事ができるから、呪術の体験コーナーなんてのも面白そうだ」

 雪風とは土御門家に代々仕える白馬の式神のことだ。その蹄は大地ではなく天を駆ける。陰陽師で知らない者はいない。

「たしかに楽しそうね。あ、そうだ!」
「うん?」
「あのね、お祖母様って昔からクリスマスが大好きで、毎年陰陽塾でクリスマス・パーティーするんだけど、けっこう気合の入ったクリスマス・カラーを演出するのよ。簡易式でサンタさんやトナカイを作って空を飛ばしたり、水行符で雪を降らせてホワイトクリスマスを演出したりとか」
「ほほう! それは楽しそうだ」
「今年は塾舎を開放して、外部の人たちも招いてみるよう提案してみる。呪術でこんな面白いことができますよ。てアピールになると思うわ」
「それは良い考えだ。それにしてもクリスマス・パーティーか……」
「あ、やっぱり賀茂家じゃそういうのなかった?」
「なかったな。今日のハロウィンなんかもそうだが、欧米伝来のイベントは総じてスルーだった。俺がクリスマスに触れたのは大人になってからだ。笑狸と二人でターキーやブッシュ・ド・ノエルを食べ、『素晴らしき哉、人生!』を観て、プレゼント交換したものだ……」
「それ、なんだか仲睦まじくて幸せなのか、さびしいのか微妙なところね……」
「だが今の案を聞いて今年のクリスマスが待ち遠しくなった。あと二ヶ月か……」
「二ヶ月くらいくらいあっという間よ。その前に今夜のハロウィンを楽しみましょう」
「そうするか。じゃあ俺たちもパレードでも――」

 その時、激しい振動が起きた。
 一瞬地震かと思った二人だが、すぐに揺れているのが大地ではないと察した。
 地震ではない、大気が揺れている。
 否、大気でもない。霊気が、霊脈が震えているのだ。
 目の前の空間に亀裂が走る。地震で地面に亀裂が乗じるように、空気以外はなにもないであろう広がりに、ヒビができたのだ。
 そこから異質な気が流れてくる。秋芳と京子は幾度となくこのような気に接してきた。瘴気だ。

「霊災!?」

 揺れがおさまる。それと同時に、ヒビが割れた。
 ぽっかりと空いた黒い穴。むこうにあるはずの路地は、そこからは見えない。穴のむこうに見えるのは夜よりも暗い、濃密な闇だ。

『Trick or Treat!』

 ハロウィン定番の科白が闇の中から聞こえてくる。

『Trick or Treat!』
『Trick or Treat!』
『Trick or Treat!』

 闇の穴から奇妙なものたちが踊り出る。
 最初に現れたのはランタンを手にした光る衣装姿のカボチャ頭。続いて箒を手に持ち黒いローブをまとった老女、夜会服にマントを羽織った紳士、毛むくじゃらの獣人、首からボルトを突き出したツギハギだらけの大男、全身に包帯を巻いたミイラ、道化師、半魚人、腐った死体、牛ほどの大きさの黒い犬、チェーンソーを持ったホッケーマスクの巨漢、鉄の爪をはめた赤緑の横縞セーター男、黒装束のニンジャ、トマホークを持ったネイティブ・アメリカンの木像、案山子男、顔全体が口になっているバレリーナ、血まみれのウェディングドレスを着た新婦、燃え盛るフライパンや三つ又の槍を手にした悪魔、豚の顔をした小男、二メートル以上はある真っ赤なトマト――。
 ハロウィンにありがちな衣装をしているもの、なにかの映画に出てきたようなもの、それ以外のなにかなもの、だがいずれも人ではない。
 実体化した霊的存在であることが見鬼でわかった。
 そのようなものたちが黒い穴から次から次へと現れ、列を組んで行進しだしたのだ。

『Trick or Treat!』

 お菓子をくれなきゃ、いたずらするぞ!
 異形の群れたちは手足を振り上げ、踊るような足どりで進みながら、口々にその言葉を発する。

「なんなのよ、こいつら……」

 さしもの京子も異様な集団に圧倒され、たじろぐ。

「ううむ、これはなんというか……、百鬼夜行そのものだな」

 秋芳の声にも驚愕の色は隠せない。
 万聖節前夜。
 ハロウィンの始まりだった。
 
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