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ルヴァフォース・エトランゼ 魔術の国の異邦人

作者:織部
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魔術の国の異邦人 1

 
前書き
 原作小説『ロクでなし魔術講師と禁忌教典』10巻は今月17日。今週の金曜日に発売。
 いつもの富士見ファンタジア文庫の発売日とは異なるので注意です。 

 
 魔術と科学が共に発展した世界、ルヴァフォース。
 魔導大国であるアルザーノ帝国の南部、ヨクシャー地方の都市フェジテ。
 この街にあるアルザーノ帝国魔術学院は、この世界で最先端の魔術を学べる最高峰の学び舎。
 およそ四〇〇年の歴史を有するこの学院は魔術の道を志す全ての者の憧れであり、学院の講師や学生たちも自身がその学徒であることに誇りを抱いている。
 この由緒正しき学院に突如として赴任して来た非常勤講師、グレン=レーダス。彼ひとりを除いて。





 華やかな紋様が描かれた絨毯、壁には銀の燭台、よく磨かれた樫の椅子や机など、高価で華やかな調度品の数々が置かれている。
 そんな、いかにも上流階級の人の住まいと思われる屋敷に少女の怒号が響く。

「あのロクでなし講師! もう我慢の限界ですわッ!」

 ツインテールを振り乱し、ウェンディ=ナーブレスが怒りもあらわに分厚い本を机に叩きつけるように置いた。

「ひゃあッ!」

 そのあまりの剣幕にお付きのメイドが小さな悲鳴をあげて首をすくめる。

「授業初日から遅刻、自習。すぐに居眠り。やっとまともに教壇に立ったと思ったら教科書を黒板に釘打ちして『勝手に見ろ』ですって!? 書物をあのようにあつかうだなんて、魔術師の風上にも置けませんわ。非常識にも程がありますっ! システィーナもシスティーナですわよ。せっかく辞表を書かせる好機でしたのに『本当に講師を辞めたいなら意味がない』ですって。理解に苦しみますわ」
「…………」

 かわいらしい丸眼鏡が良く似合う、ウェンディお付きのメイド。ミーアは亀のように首をすくめたまま怒りの荒らしが静まるのを黙って待った。下手に口を出してとばっちりを受けてはたまらない。
 最近講師になったグレン=レーダスについての悪評はミーアの耳にも入っている。というかウェンディの口から散々聞かされている。
 教科書の内容を黒板に丸写しして居眠り。やがてチョークで書き写すのも面倒になって、教科書をちぎって黒板に貼りつける。果てはそれすらもおっくうになったのか、黒板に教科書を釘で直接打ちつけるという暴挙に出たところでクラスのまとめ役であるフィーベル家の令嬢システィーナに決闘を申し込まれた。
 結果はグレンの惨敗、システィーナの圧勝であったのだが、退職するという言質を取らなかったのでグレンはいまだやる気のない、のんべんだらりとした授業を続けている。

「わたくしがおなじ方法で辞めさせることもできますけど……」

 クラスのリーダー的存在であるシスティーナが不承不承とはいえ結果を受け入れている以上、これ以上騒ぎ立てるのは気が引けた。勝敗の見えている決闘なぞ白けるだけだし、なによりも二番煎じというのがウェンディには気に入らない。

「いっそのこと、暗殺!」
「お、お嬢様。それだけはいけません!」
「冗談ですわ。でもリアルキルとはいかないまでも、社会的に死ぬような目に遭ってどこか遠い塀の中にでも引きこもってくれないものかしら。たとえば――ハッ! あのとき更衣室で仕留めておけば……、わたくしとしたことが、しくじりましたわ」
 
 このロクでなし講師。仕事初日に男子と女子の更衣室を間違えて入るという、最近帝都で流行りの青少年向け小説にありがちなラッキースケベ的なイベントを再現したらしい。

「そう、更衣室……」

 ふいになにかを思いついたかのような表情を浮かべたウェンディは、かしこまっているミーアの後ろにまわった。

「え? お、お嬢様? なにを……ひゃんっ」

 背後からいきなり胸を鷲掴みにされて、おもわず嬌声が漏れる。

「今日、更衣室で女子のみんなでハグハグし合ったんですけど、女の子の身体って癒されますわ~。はぁ~ん、こうすると溜飲が下がる気がしますわ」
「はにゃん! はひっ、ひゃんっ! や、やっ! やめて、やめてください、あっ、だめ! お、お嬢様っ、そこは、そこは、ダメ……」
「うふふ、ミーアのここって柔らかくて暖かくて、まるで猫さんをモフモフしているみたいですわ」

 胸といわず、お腹や腰。お尻や太ももまで愛撫する。

(ああ、お嬢様の高貴なお胸が……)

 後ろからのしかかるようにピッタリと密着して体重をあずけているため、背中にふたつのふくらみの感触を感じる。それがなんとも心地良い。むしろこちらが大きな猫にじゃれつかれているようだ。
 従順なメイド少女は踏み込んではいけない禁断の領域へと導かれようとするおのれの意識を必死にこらえる。

「ふふふ、わたくしテレサさんみたいなボン! キュッ! ボン! よりもミーアのようなプルン! プルッ! プルプルン! のほうが好きでしてよ。うふ、うふふふ、にょほほほほほ!」
「ああ、お嬢様! 『にょほほほ』は、『にょほほほ』だけはいけません!」
「……あら?」

 いまにも押し倒そうとしていたウェンディの視界に、机の上、ついさっき怒りにまかせて叩きつけた書物のタイトルが映る。召喚魔法について書かれた魔導書だ。

「ニヤリ、ですわ」
「お、お嬢様。いまなにか良くないことを思いつきましたよね? ですよね? やめてください」
「うふふ、アルザーノ帝国魔術学院では魔術的な事件や事故は日常茶飯事。だれかの召喚した野良悪魔に襲われて怖い思いをすることだって多々ありますわ。嗚呼、不幸!」
「あ、悪魔!? お嬢様、それはダメです! 悪魔の召喚だなんて危険すぎます!」

 悪魔。
 人類の深層意識下で広く認知されている多くの概念、人の持つ様々な感情が具現化した存在。人の意識の向こう側にある『ここではない、どこでもない場所(ネバー・ランド)』のひとつ『魔界』に住むとされる。

「おだまりなさい。それよりもミーア、これからわたくしの言う物をそろえて地下室に運んでちょうだい。……安心なさい、呼び出すのは一番低級のものにしておきますわ。【ショック・ボルト】の一節詠唱もできないおバカさん相手には、その程度でじゅうぶんですわ」
「ううう……」

 お嬢様の命令には逆らえない。ミーアは観念してウェンディの言葉に従った。





 ワイン製造で財を成したナーブレス公爵家のフェジテ邸は広大だ。
 民家の敷地並の広さのある地下室の床に召喚用の魔方陣を描いたウェンディはミーアの用意した供物を確認し終えると、剣を手にして呪文を唱えた。

「アタル・バタル・ノーテ・ヨラム・アセイ・セメタイ・プレガス・ペネメ・フルオラ・ヘアン・アラルナ・アビラ・アエルナ・アイラ。五の目、天宮、双魚の四角。われ汝に乞い願う。天と地とすべての物を創りたまいし大いなる救世主の名において、汝がわれを煩わせず傷つけず即刻あらわれ、わが命令に応えんことを。アギオス並びにイスキロス、エジェルアセルの名において、われここに乞い願う。エロヒムよ、エサイムよ、わが呼び声を聞け」

 特定の、名のある悪魔を召喚・使役するような魔術ではなく、汎用の召喚呪文だ。それももっとも低レベルな、翼の生えた猫や大ヒキガエルといった悪魔のなかでも最下層に位置する雑多な存在を召喚するよう術式を調整してある。
 たとえ制御に失敗して魔方陣の外へ出られたとしても、アルザーノ帝国魔術学院2学年次2組でも一二を争う実力者である自分なら対処できる。
 ウェンディはそう信じていた。

「エロイムエッサイム、エロイムエッサイム、エロイムエッサイム!」

 魔方陣内の空間が異音を立てて歪み、なにものかが現れる。

(え、人間? 男の人……?)

 硫黄の臭いとともに醜い怪物が現れると思い込んでいたウェンディの前に出現したのはひとりの青年だった。
 東方の武闘僧のように剃りあげた頭、身にまとった黒衣の士官服のような服はどこか鴉を思わせる。
年齢はウェンディとおなじか、少し年上に見えた。

(ううん、見た目に惑わされたりなんて、しませんことよ!)

 悪魔が召喚者を油断させるよう、美男美女の姿を装って顕現する。そのような話はよく聞く。

「悪魔よ、まずわたしを傷つけないと誓いなさい!」
「……ヘソ」
「なんですって?」
「その服、ヘソが丸見えなんだが……」
「お、おヘソは関係ありませんわっ!」

 思わず両手でガード。

「いや、隠すくらいならそんな服着るなよ……」

それが、ウェンディ=ナーブレスと賀茂秋芳との最初のやり取りであった。 
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