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星雲特警ヘイデリオン

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第7話 戦いと鮮血

 天を衝くように聳え立つ巨大な樹木。それらが幾つも立ち並ぶ、深い森の中で――太嚨は、2人の星雲特警と対峙していた。

 金髪を切り揃えた色白の美男子。褐色の肌を持つ、スキンヘッドの屈強な大男。彼らは太嚨の前で黒いマントを脱ぎ捨て――メタリックブルーとエメラルドの片胸当てを露わにする。
 それに対応するように、太嚨もボロ布のマントを投げ捨てた。メタリックレッドの片胸当てが、僅かに差し込む陽射しに照らされ、眩い輝きを放つ。

「……やはり答えは変わらんか、ヘイデリオン。優しくも、頑固な男だ」
「あなた方にシンシアを渡すわけにはいきません。……絶対に、ここで止めてみせる」

 かつての隊長――メイセルドを前にしても、太嚨は一歩も引くことなく抗戦の意を告げる。そんな教え子の姿に眉を顰めたユアルクは、意を決したように声を張り上げた。

「……ならば我々も星雲特警の責務を果たすのみ。お前を倒してでも進ませて貰うぞ、ヘイデリオン!」
「……!」

 やがて、彼らの叫び――「装星」のコールが重なり合い。この森に閃く三つの輝きが、彼らの全身を外骨格で覆い尽くしてしまう。
 エメラルドの鎧を纏う、メイセルド。メタリックブルーの甲冑を身に付けた、ユアルク。そしてメタリックレッドの装甲に身を包む、ヘイデリオンこと太嚨。
 彼ら3人は、互いの怒号を合図に光刃剣を引き抜き、一気に激突していく。かつて師弟であり、親子であった彼らは、こうすることでしか互いに折り合いを付けることが出来なくなっていた。

 激しい気勢と共に、メイセルドの紫色の光刃が閃き――それと同時に、ユアルクの翡翠色の光刃が唸りを上げる。
 その二つの斬撃に挟まれた太嚨は、咄嗟に腰のホルスターから光線銃を引き抜き――銃口下部から伸びる光刃短剣(レーザーダガー)で、ユアルクの剣を受け止めた。そして、より強力なメイセルドの一撃を、蒼く輝く光刃剣で防御する。
 そこから体勢を立て直すべく、太嚨はメイセルドに蹴りを放つのだが――その一手は読まれていた。膝でミドルキックを防がれた太嚨は、逆に軸脚を払われ転倒してしまう。

 次の瞬間、2人は一気に光刃剣を振り下ろすのだが――仰向けのまま光刃剣と光刃短剣で、太嚨は彼らの追撃を凌いでしまう。そこから股を開くようにV字に放った蹴りが、双方の顔面に直撃したのは、その直後だった。
 彼らがよろけた隙に首の力で跳ね起きた太嚨は、光線銃の連射で2人を牽制しながら、距離を取る。そんな彼を追うように、2人も光刃剣で光弾を切り払いながら距離を詰めていった。

 幹から枝へ。枝から枝へ。高所を跳び回る太嚨を狙い、2人は同時に光線銃を連射する。だが、太嚨はその全てを巧みにかわし、地の利を活かして彼らを撹乱していた。
 しかし、その目的が自分達を掻き回すことにあると看破した2人は――互いに頷き合うと、同時に銃口を一点に集中させる。次に彼らが撃ち抜いたのは、太嚨が着地する予定だった枝。

 足場を奪われた太嚨は、そのまま墜落していき――彼を追撃すべく、2人も飛び降りていく。
 だが、それこそが太嚨の狙いであった。他の樹木から垂れている蔓を手に取った太嚨は、そこから弧を描くように身を振って宙を滑り――空中にいる2人に、斬撃を浴びせる。
 直前で気づいたメイセルドは辛くも防御に成功したが、反応が遅れたユアルクはまともに斬撃を浴び、墜落してしまった。メイセルドは反撃に出るべく、すれ違いざまに太嚨の背後に光線銃を撃ち込む。

 星雲特警のエース「蒼海将軍」に痛打を浴びせたことによる、一瞬の隙。そこを突かれた太嚨は咄嗟に振り向き、銃口下部の光刃短剣で防御するが……その弾みで自分の銃を弾かれてしまった。
 そこから反撃に出るべく、瞬時に頭部にあるトサカ状の刃――頭部光刃(レーザースラッガー)に蒼い光熱を纏わせ、一気に投げつけたのだが……それもメイセルドの剣閃により、弾かれてしまう。

 難なく着地したメイセルドの肩を借り、なんとか立ち上がったユアルクは再び光刃剣を構え――体勢を立て直した太嚨も光刃剣を振るいながら、跳ね返された頭部光刃をキャッチする。

「シュテルオンッ!」
「……シュテルオン!」

 間髪入れず、太嚨は愛機を呼び出し――メイセルドもそれに対抗し、エメラルドのジェット機を飛来させる。2人は各々の乗機に乗り込むと、弾かれたように森の上へと急上昇した。

「変形! 歩兵形態ッ!」

 矢継ぎ早に、太嚨は自機をジェット機から人型に変形させる。眩く発光する蒼い両眼が、メイセルド機を捉えた。

『――覚えておくのだな。性能だけで埋められるほど、私とお前の経験差は浅くないと!』

 だが、自在な角度から放てる光線砲の掃射を――エメラルドのジェット機は、難なくかわしていく。僅かな隙間を縫うように飛ぶ、反撃の一閃がヘイデリオン機の肩を掠めたのは、その直後だった。

「あぐッ!」
『その最新型を使いこなせぬうちは、私を潰すことなどできんぞ!』
「ならッ――今から使いこなします!」

 手痛い反撃を浴びたヘイデリオン機の傍らを、メイセルド機が通り過ぎる――瞬間。太嚨は急加速を掛け、一気にエメラルドのジェット機へ肉薄した。

「ぐっ――がぁはッ!」
「なっ!? あいつ、なんて無茶を!」

 その捨て身の行動に、地上から戦局を見ていたユアルクが声を上げる。
 刹那、凄まじい圧力がコクピット内に掛かり、少年は仮面の中で鮮血を吐き出した。対Gスーツを兼ねているコスモアーマーがなければ、間違いなく即死している加速だ。

 そして、血と痛みを代償に得た速さを以て――光線砲を捨てたヘイデリオン機の右腕が、メイセルド機の翼を掴む。

『ぬッ……!』
「捕まえましたよ、教官ッ!」
『……やってくれるな、タロウッ!』

 だが、ヘイデリオン機の左腕が鉄拳を振り下ろすよりも速く。片翼を掴まれたことでバランスが乱れたことを利用し、メイセルドは錐揉み飛行を始めた。
 ヘイデリオン機の重量を活かして回転数を上げ、彼を振り落とすためだ。

『ぬぅ、ぐッ……おおぉおッ!』
「だ、あぁ……あぁああッ!」

 だが、太嚨は懸命に食い下がる。メイセルド機にしがみつく彼を引き剥がそうと、老兵は更に回転を加速させるが――彼は、落ちない。
 やがて、ヘイデリオン機の重量に引き摺り下ろされるように。メイセルド機の高度が、徐々に下がっていく。――森に衝突する、直前であった。

『うごッ……おぉおッ!』
「が、あぁあぁッ!」

 そして。森を彩る木々を、抉るように――ヘイデリオン機が、大木に激突した。
 衝撃で引き剥がされた赤い巨兵は、大木もろとも無数の木々をなぎ倒しながら、地表を滑っていく。機体を構成するパーツを、方々に撒き散らしながら。

「……よく、やってくれたな」

 一方、衝突の影響で片翼をもがれたメイセルド機も、姿勢制御を失い限界を迎えていた。乗機の「死」を悟った老兵は、相棒に別れを告げ――颯爽と飛び降りる。

「隊長ッ!」

 そして。遥か上空から、エメラルドの外骨格を纏うメイセルドが現れ――ユアルクの前に着地した瞬間。彼が乗っていたジェット機は遥か彼方に墜落し、爆散してしまった。

「……」

 ――やがて。彼と同様に乗機を破壊された太嚨も、メイセルドとユアルクの前に駆けつけてくる。鬼気迫る表情を紅い仮面に隠し、蒼く煌めく光刃剣を構えながら。

「……どうやらまだ、終われぬようだな」
「えぇ……終われません」

 紅き闘士、ヘイデリオン。蒼海将軍、ユアルク。翡翠の老兵、メイセルド。
 互いに一歩も譲らぬ、彼ら師弟の戦いは――さらに苛烈になろうとしていた。

 ◇

 剣と剣が交わる衝突音。光弾が飛び交う銃撃音。翼で風を切る音と、木々をなぎ倒す轟音。そして、体の芯にまで及ぶほどの地鳴り。その戦いの余波は、遠く離れているはずの「家」にまで響き渡っていた。
 太嚨達の戦いの激しさを肌で感じ、コロルとケイは震えながらシンシアに寄り添っている。そんな子供達の肩を抱く少女も、悲痛な表情で太嚨の帰りを待ち続けていた。

 ――否。もう、彼女には分かっていたのだ。帰りを待つ意味など、ないのだと。

(……例えあの人達を追い払えたとしても……ここを見つけられてしまったら、私達は……もう……)

 太嚨もシンシアも、すでに星雲特警――ひいては星雲連邦警察に発見されてしまっている身である。
 仮に太嚨がユアルクとメイセルドを倒せたとしても、必ず他の星雲特警がここに駆けつけて来るだろう。そうなればやがて、数多の戦士達がこの星に押し寄せて来ることになる。シンシアの首を取るために。
 それでも太嚨は、シンシアを守るために徹底抗戦に踏み切るだろう。恐らくは、コロルやケイも。彼らと1年間、共に暮らしてきたことで……それは痛いほどに理解していた。

 ――だからこそ、見えてしまうのだ。この先の未来にはもう、破滅しかないのだと。

 例えシルディアス星人の「帝王」を倒した勇者であろうと、太嚨は所詮1人。星雲連邦警察を相手にして、自分達を守りながら戦い抜けるはずがない。
 必ずいつか、力尽きてしまう。滅ぶべき血族を守るために。あんなにも優しく、愛おしい青年が。

 ――自分が滅ぶことよりも。今となってはそれこそが、シンシアにとっては堪え難い結末となっていた。
 だが、自分が生贄になると訴えたところで、太嚨がそんな選択を受け入れるはずもない。彼は何が何でも、自分を守るために骨の一本になるまで戦う道を選んでしまう。そんな男だからこそ、1年前にあんな行動に出たのだ。

 このままでは自分はもちろん、太嚨も子供達も助からない。だが、自分を差し出そうとしても彼は、それを阻んでしまうだろう。
 誰も助からず、最後は1人残らず絶え果ててしまう。その結末は、自分達が見つかってしまった昨日の時点で、確定していたのだ。

 太嚨も恐らくは、すでにそのことを察している。その上で自分達を気遣い、敢えて強気に振舞っていたのだ。
 ――メイセルドとユアルク。その強さも恐ろしさも、深く知っているというのに。

 だが、そうやって取り繕うことさえも、今となっては難しい。初めから破滅が決まっていた幸せを、1年も続けていられたのは、最早奇跡と言っていい。

(……でも、それでも……私、は……)

 ――だが。全てが先延ばしの繰り返しから生まれた、欺瞞と知りながら。
 シンシアはそれでも、僅か一欠片でも希望を紡ぐために……ある決断を下そうとしていた。

 それは人として生きることを求められた自分には、絶対に許されない悪業。積み上げてきた幸せを全て、水泡に帰す所業。
 それでも、もう彼女には。これしか、残されていなかったのである。

 ――太嚨だけが助かり、その後には何も残らない。そんな、彼が何としても避けようとしていた未来を、実現するしか。

「……コロル、ケイ」
「え?」
「なぁに?」

 突如、落ち着き払った声色に変わった。そんなシンシアの変化を不思議に思い、コロルとケイは思わず顔を上げる。
 ――その時すでに、彼女の貌は。子供達が今まで見たことのない、形相となっていた。

「この戦いが終わったら……みんなで一緒に、流れて行こうね。誰かに嫌われたり、追われたりしない……幸せな世界に」

 優しげなその呟きに反して。シンシアの眼は、「理性」を欠いた狂気に包まれていた。まるで、太嚨が戦ってきたシルディアス星人の凶戦士のように。

 そして。

 彼ら4人の幸せが詰まった家に、血飛沫が降り掛かる。 
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