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赤き巨星のタイタノア

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第5話 救世の秘術

 ――その頃。威流は地球から遠く離れたこの星で、平和を司るという巫女と対面していた。

 この惑星は地球に近しい文明を持ちながらも、地球と比べて「人類」そのものの数が著しく少ないため、乱開発や環境破壊がほとんど起きなかった。そのため、森や湖のような自然に溢れる景色が地平線の彼方まで続いている。

 ――その惑星の平和を司る巫女にして、神官達を束ねる長であるルクレイテと対面し、威流は毅然とした表情を浮かべていた。

「聴きたいことは山ほどある……と、仰しゃっている顔ですね」
「心を読んだ……ってわけじゃないのか」
「救世主たる貴方に、こう申し上げるのは心苦しいことではありますが……あなたの心は、読むまでもありませんから」
「……悪かったな、顔に出やすくて」
「その裏表のない真っ直ぐさは、美徳ですわ。遅くなりましたが……ようこそ、この惑星へ」

 何処と無く訝しげに見遣る威流に対し、ルクレイテはそんな彼の胸中を見透かした上で、快く迎え入れる姿勢を見せる。そんな彼女が発した言葉に反応し、威流は眉をピクリと動かした。

「さて……ではまず、私達のことをお話ししましょう。私達は……そう、貴方達から見れば『宇宙人』に当たる人類です」
「宇宙人……ね」
「……驚かれないのですね。私達はこの星に不時着された貴方を前に、大騒ぎだったというのに」
「宇宙怪獣、なんてものがウチの星にも来てるんだ。今さら宇宙人が居たって何も驚かないさ」
「ふふっ……それもそうですね」

 地球人の理解を超えているはずの、自分達という存在を目の当たりにしても、恐れる気持ちを全く見せない威流。そんな彼の貌を見つめ、ルクレイテは穏やかな微笑を送っていた。

「……さっきの人達も君も、オレのことを『救世主』って呼んでたな。よその星の人達から、そう呼ばれるようなことをした覚えがないんだが」
「本当に、そうですか?」
「なに……?」
「宇宙怪獣の群れから、貴方が救ったのは――地球人類だけ(・・)だと、本当にお思いですか?」
「……!」

 ――やがて。ルクレイテは威流の眼を見据えて、穏やかな口調で語り始める。この惑星の歴史、そして威流を「救世主」と崇める……その理由を。

「2年前……この星は、あの怪獣軍団の侵略を受けました。我々も軍を率いて立ち向かいましたが……敗走を繰り返し、戦える男性のほとんどが戦死しました」
「……だからみんな、女性ばかりだったのか。戦争のせいで戦いができる男が少ないってのは、地球でも一緒だな」
「えぇ……。そして、残った我々も奴らの餌食になろうとしていた……その時でした。怪獣軍団はある日突然、侵略先を変えたのです」
「……!」
「この星の有用な資源を食い荒らした奴らは、より潤沢な資源に溢れる地球を見つけた。……それにより怪獣軍団はこの星を去り、次に地球を目指したのです」
「……」
「戦う力を失い、もはや座して死を待つだけとなった我々より……多くの命と自然に溢れた地球の方が、奴らの目を引いたのでしょう。結果として我々は命拾いしましたが……代わりに、今度は貴方達地球人が、奴らの脅威に晒されてしまった」

 ルクレイテは悲痛な面持ちで目を伏せると、踵を返して背を向ける。自分達には合わせる顔も、償う術もないのだと――語るように。
 自分達が負けたばかりに、大勢の地球人が犠牲になったと己を責める彼女。その背中を、威流は神妙に見つめていた。

「そんな私達にとって……怪獣達を撃滅し、この星からも地球からも奴らを追い払ってしまわれた貴方という存在は、まさに救世主だったのです。我々は貴方を天の使徒と崇め……奉りました」
「……それでここの人達はみんな、オレを慕っていたのか。だが宇宙怪獣を退治して来れたのは、オレだけの力じゃない。オレ達地球人の戦いを知ってるのなら、君にもわかっているはずだ」
「確かに、地球の軍勢――『地球守備軍』の戦士は、貴方1人ではありません。ですがその中で、先陣を切り我々の仇を討って下さったのは、紛れもなく貴方でした。それに、守備軍の中においても、貴方は英雄だった……違いますか?」

 ――どうやらルクレイテは自身の超能力により、地球で起きた戦いや地球人の文明について把握しているらしい。
 彼女は振り返ると、威流の瞳をじっと見つめる。その目を通して、彼の過去を見通すように。

「……確かに、そう言う人もたくさんいる。だけどみんな、オレを買い被ってるだけさ」
「そう思っているのはこの星から見ても、地球から見ても――きっと、貴方だけですわ」
「……仮に、仮にだ。オレが君達にとっての救世主だとしても、その期待に応えることは……できない。オレのコスモビートルはもう……」
「確かに、貴方が搭乗していた機体は大破しています。我々には傷を癒す力はあっても、あのような機械を修理する技術はありません……」

 ルクレイテは自室の窓に歩み寄ると、そこから下を見下ろし――森林の中で眠るコスモビートルの機体に、視線を落とした。赤く塗装された宇宙戦闘機は無惨に両翼をもがれ、原型をとどめぬほどにひしゃげている。
 意識が混濁している状態で不時着を敢行し、乗機にこれほどのダメージを受けても、一命を取り留めたのは奇跡と言っていい。だが、彼女達の技術ではコスモビートルの修理はできない。つまり現状のままでは、威流は地球に帰れないことになる。

「……ですが。我が一族の秘術を持ってすれば、あの大怪獣を打ち倒し――貴方を地球に帰すことも可能なのです」
「な、なに……!?」

 ――しかし。ルクレイテはその現状を打ち破る手段を、すでに考えていた。威流を地球に帰すだけでなく、彼を撃墜したあの「大怪獣」を倒す方法まであると語る彼女の言葉に、威流は思わず目を見張る。

「しかしそれは、貴方のお力添えがなくては決して成り立たない。……貴方自身のためにも、どうか……今一度、我が星に御慈悲を……」
「……」

 それを提示した上で。ルクレイテは改めてこの惑星の民を代表し、威流の助力を求めて頭を垂れる。
 そんな彼女の姿勢を前に、威流は――怪獣軍団に敗れた先にあった「IF」を垣間見るのだった。

(怪獣軍団に荒らされた星……か。もしかしたら地球も、ここみたいにされていたのかも知れないんだよな)

 やがて。彼は何も言わず、ただ静かに己の手を差し出した。友好と協力の証として、握手を求めるように。
 そんな威流が示した「意思」に、ルクレイテは感極まった表情を浮かべ、白くか細い手で、威流の逞しい手を取る。
 そして――数多の怪獣を撃ち倒し、地球と母星の危機を救った英雄に、直に触れた彼女は。今ある感触を身体の芯まで染み込ませようと、その手を擦り付けていた。

「……」
「……ありがとうございます。救世主たる貴方に、このような無理を強いてしまうのは心苦しい限りですが……あの大怪獣を倒さねば、さらに犠牲者が増えてしまいます。それは我々だけでなく、貴方にとっても……望ましくないことであるはず」
「……どの道、他にアテはないんだ。同じ苦しみを味わわされた者同士、仲良く反撃に出るとしよう」
「……この星の民を代表して。深く、感謝致します」

 ルクレイテは名残惜しげに手を離すと、凛々しい面持ちで威流と顔を突き合わせる。戦に敗れた罪を告げた上で、最大の当事者である彼からの赦しを得たことで。彼女はようやく、威流と真正面から向き合うに至ったのだ。

「それで……その秘術ってのは一体なんなんだ? オレは何をしたら……」
「難しいことではありません。ただ、会って頂きたいのです」
「誰と?」

 そんな彼女の変化に、微笑を浮かべつつ。威流はルクレイテが話していた「秘術」について問いかける。それに深く頷く彼女は、神妙な面持ちになると――

「我が父――主神タイタノアです」

 ――その「秘術」の実態を、口にするのだった。
 
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