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アナクロニズム

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第一章

               アナクロニズム
 工藤君康の仕事は普通のサラリーマンだった、だから武器だの行進だのとは全く無縁であった。それどころか格闘技や武道とも無縁であった。
 しかし定年になってからだ、彼は急にだった。
 旧日本軍の軍服を通販で買った、帽子もブーツも勲章も階級章もだ。そのうえで妻の郁恵にこんなことを言った。
「俺はやるぞ」
「軍人さんになるの?」
「そうだ、そうなる」
「何でまた急に」
「啓示を受けたんだ」
 神のそれをというのだ。
「この前仕事帰りに家まで歩いていたらな」
「スーパーの帰りね」
 定年してからも働いていて今は家の近所のスーパーでナイトマネージャーの仕事をしていて勤勉に働いているのだ、妻はコンビニでパートをしている。二人共定年の年齢であるが背筋も歯も足もしっかりとしている。
「その時になの」
「ああ、急にだ」
「軍人さんになれって言われたの」
「そうだ」
「それでなのね」
「服も何でも買った」
 見れば旧帝国陸軍の将校の服だ、それも日露戦争の頃のものでまるで乃木大将が着る様なものである。
「それでだ」
「まさかと思うけれど」
「ああ、日課の散歩だが」
 健康の為にしているそれはというと。
「これからはな」913
「軍服着て歩くの」
「そうする」
「また変な啓示ね」
「そうだな、しかしわしはな」
「その啓示に従うのね」
「とりあえずやってみる、これを着て街を歩く」
 こう妻に言ってだ、工藤は実際に軍服を着て街を歩きだした。するとまず街の子供達がこんなことを言った。
「あれ自衛隊?」
「ちょっと制服違うよ」
「あれ昔の軍隊らしいよ」
「昔の兵隊さんの服なんだ」
 彼の軍服を見て言うのだった。
「何か凄く昔のね、お祖父ちゃんが言ってたよ」
「昔って戦争の時?」
「ロシアと戦争した時の服みたいだよ」
「ふうん、そんな昔なんだ」
「そんな昔の服なんだ」
 こう話してだ、工藤に注目しだした。そして。
 若者達もだ、工藤を見て話をした。
「また凄い爺さんだな」
「おいおい、日露戦争の時の軍服じゃねえか」
「日露戦争ってまた渋いな」
「乃木大将って感じ?」
「あっ、あの人も着てた軍服ね」
「大戦中のじゃなくて」
 明らかにあの頃のカーキ色の詰襟ではなかった。
「その時代か」
「またいいの選んできた?」
「大戦中じゃなくて」
「日露戦争か」
「雪の進軍とか抜刀隊メドレーとか」
「その時代かあ」
 まずは懐かしさの様なものを言ってだ、次第にだった。若者達も子供達もこうしたことを言い出した。
「恰好いいよな」
「あのお爺さん背筋しっかりしてるしね」
 工藤の姿勢の良さもポイントになっていた。
「軍服恰好いいじゃない」
「日露戦争の日本軍の軍服も」
「自衛隊の制服もいいけれど」
「また違った格好良さがあって」
「きりっとしててね」
「まさに武人って感じ」
「乃木大将ってああだったんだろうな」
 こうしたことを言い出してだ、若者達だけでなくだ。
 中年や工藤と同じ老人達もだ、こんなことを話しだした。
「俺達も着てみるか?」
「あの人見てたら恰好いいしな」
「軍服なら変えるしな、通販で」
「自衛隊の服もそうだけれどな」
「普段ださい感じの俺達でもな」
「恰好よくなれるかもな、軍服着たら」
 こう考えていって実際にだった。彼等のうちの何人かは実際に軍服を着てみた。それも工藤の日露戦争の時の日本陸軍将校のものだけでなく。 
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