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キコ族の少女

作者:SANO
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第16話「油断大敵、時既に遅し」

Q.ユイ=ハザマ選手をご存知ですか?

観客A「えっと、蹴り一つで勝ちを取り続けている選手だろ?」
観客B「知ってるさ、最近はあの子のお陰で稼がせてもらっているからな」
観客C「あっ! フードで顔を隠している女の子でしょ!?」
観客D「“蹴りのユイ”のことだろ? いつもフードで身体隠してる不思議ちゃん」
観客E「ああ~、耳の長い小動物をいつも連れてる女の子か」
観客F?「ハァハァ。ユイたん可愛いよ、ユイたん……ゥッ」
観客?「♥」










ゾゾゾッ


「……っ!?」


 何の前触れもなく氷を押し付けられたかのような悪寒が全身を駆け巡り、反射的に身体を抱きしめて周囲へと視線を向けて原因を探った。
 しかし、部屋の中には日向ぼっこをしているテトが居るだけで誰の姿も気配もない。


「……最近、悪寒を感じることが多くなったのは気のせいかな?」


 天空闘技場についてから、二週間になろうとしている。
 俺はヒソカ戦を除いた全ての試合に蹴り一つで勝利し、現在190階クラスに到達していた。
 所持金も、ほぼ文無しから9桁台まで増えている。

 前世では一生見ることは無かった金額を初めて見たときは、皆が俺の金を狙っているのではないかという被害妄想に襲われて、通帳を一日中持ち歩いていたりしたのは良い思い出だ。


『……ユイ? どうかした?』
「あ、ううん。なんでもないよマチ」


 物思いに耽りそうになった時に携帯から聞こえてくるマチの心配そうな声がして、慌てて現実へ意識を戻すと自然に笑みを零しながら答えた。
 流星街を出てから2,3日に一度という割合で、俺はマチへ定時報告……と言う名の長電話をしている。

 旅団の連絡役でもある彼女へ現状を伝えるという建前を作って置きつつ、前世と比べて内容の濃い一日を毎日送っているので、誰かに話したくて仕方ないのが本音だったり……。
 だから俺が一方的に話して、時折マチが相槌を打つというスタイルになってしまっているが、マチも楽しそうに聞いている(と思いたい)ので現状では変えようとは思っていない。

 そして現状の報告を何度も脱線しつつ終えた俺は、直ぐに電話を切るのもツマラナイとパッと思いついた質問をして話を続けることにした。


「そういえば、最近ノブナガはどうしてる?」
『ノブナガ?……そうだね。ユイが居なくて毎日泣いてるよ』
「…………は?」
『てめぇ、マチ!嘘をユイに教えてんじゃねぇよ!!』


 予想外の答えに思わず固まってしまっている間に、電話の向こう側から突然ノブナガの怒声が聞こえたかと思うと、ドタバタと慌しい音が聞こえてくる。
 こちらから声を掛けても聞こえないだろうし、騒ぎが終わるのを苦笑いしながら待っていると、誰かが電話を取ったかのような雑音の後に予想外の声が聞こえてきた。


『久しぶりだな、ユイ』
「フランクリン!?」
 

 俺の好きなりょ(以下略)の声に、思わずベットに座っていた身体が弾んだ。
 約半年ぶりの声は、いつもと変わらなくて懐かしさで顔が綻ぶ。


『悪いな、お前の見送りにいけなくて』
「ううん、大丈夫だよ。それよりも珍しいね、皆が集まってるなんて」


 先ほどの騒ぎから“凝”を耳にして聞き耳をたてていたのだが、ノブナガの怒声の合間に微かに知っている声が聞こえてくる。


『ああ、ちょっかいかけてくる奴等に挨拶しに行くところだからな』
「そうなんだ。気をつけてね? 無駄な心配かもしれないけど……」


 挨拶が何の隠語なのかを知りつつも無事を願う言葉を掛けるが、一人でそこらのマフィアなら潰せるほどの実力を持った皆が怪我やそれ以上の事になるなんて微塵も思っていない。
 俺の言葉から、そんな内心を汲み取ったのだろうフランクリンは軽く笑い声を上げた。


『お前も、大丈夫だと思うが無理はするなよ。見た目“だけは”良いんだからな』
「何言ってるの。見た目“だけは”じゃなくて“も”だよ」
『……フッ』
「あっ!今、笑ったでしょ!?」
『さぁな?』
「ううん、絶対に笑ったよ!」


 軽いジョークを含ませた話を笑いながら言葉を交わしていると『代わって』とマチの声が聞こえて、しばらくすると何事もなかったかのような彼女声が聞こえた。


『急に離れて悪かったね』
「えと、お疲れ様?」


 騒ぎの切欠が切欠なために、なんと声を掛けいいのか分からないから、当たり障りのない労いの言葉をかけるだけに留めておく。

 そして次回の電話する日時を決めた後、別れの言葉を告げて俺は携帯の“切”ボタンを押した。
 すると、電話が終わるのを待っていたのか、テトは電話を切るのとほぼ同時に俺の肩に飛び乗ってきて顔を摺り寄せてくる。


「もう、この愛い奴めっ…………さて、負けに行きますか」


 テトの頭を軽く撫でてから立ち上がり、近くにかけてあった着慣れたコートを身に纏う。
 今の時点でも莫大と言って良いほどの所持金だが、返金分やキコ族調査による出費を考えると後一桁ほど多いほうが良いだろう。
 とはいっても、180~190の階を数回往復すれば直ぐに溜まる額だから、そこまで大変なことではない。


「問題があるとすれば、どうやって負けることかな?」


 そんな事を思いながら、俺はテトを肩に乗せたまま部屋を出て行った。











 100階を越えると、選手の数が一気に減る。
 理由は単純、ここまで上がれる人間が少ないからだ。
 上ってこようとしても余程の実力ではないと、原作でキルアが言っていたような燻っている連中に蹴落とされてしまう。
 そして、そういう輩は対戦相手とギリギリまで接触しないようにするか、事前工作の為に接触してるかの二極に分かれること多い。
 そのため、控え室に行くと誰もいなかったり、腹に黒いモノを抱えた対戦相手が一人という状況がずっと続いていた……まあ、どちらであっても試合結果に代わりがないのは言うまでもない。
 今回は、こちらを待ち受けているのか人の気配を感じ取りつつも、何気ない動作で控え室に入ると俺の対戦相手がベンチに座っていた。

 俺が入室するのに併せて立ち上がった相手は、微笑みを浮かべつつ自己紹介とともに握手を求めてきた。


「対戦相手のカストロだ。よろしく」
「……えと、ユイです」


 入った瞬間に気付いていたが、原作キャラの登場だ。
 だが残念(?)なことに、モブであることや、旅団関係で既に耐性が付いたために驚いたり興奮せずに握手へ応じつつ挨拶を返す。
 逆に、相手が俺のような子供(それも外見年齢一桁の少女)であっても、対等な相手として闘志を燃え上がらせているカストロが新鮮で、少し呆気に取られてしまう。

 俺が闘技場で相手にしてきたヒソカ以外の相手は、俺が勝ち続けているというのに“子供”や“女”という理由だけで侮って“蹴り一発”を食らい退場するという哀れな末路を描いていただけに、一人の対戦相手として相対するカストロに対して多少なりとも好感を持ちつつ興味が沸いた。


「……私を、子供扱いしないんですか?」
「当然だろう? 君のこれまでの戦いぶりを見れば子供だと侮った瞬間に、痛い目に遭うからね」
「私が今まで相手にした人は、子供だと侮っていましたよ?」
「それは、彼らが弱いからさ」


 おお~っ、久しぶりに正常(?)な思考の持ち主に会えた。

 今までの相手のような奴等に負けるのは癪だなぁと思っていたので、良い意味で予想を裏切ってくれた対戦相手に笑みが自然と漏れた。





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 カストロは目の前で、自分の言葉に歳相応の笑みを浮かべて喜んでいる彼女を見ていると、今までの戦歴が嘘なのではないかと思えて仕方なかった。
 おそらくだが、彼女の言う侮った者達の中には戦歴等から警戒をしていた者もいただろう。
 だが……

 顔を含めた全身をフードとコートの中に隠してはいるものの、全体的に線が細くて華奢だというのが動きから分かる。
 対話をするために顔を上げた際に見えた顔も、前髪が目――特に右目の大部分が隠れているために、肌の白さと相まって儚いイメージを相手に与えてしまう。
 そんなお姫様を守るために、彼女の肩に乗っているキツネのような小動物がこちらを険しい表情で睨んでいるも、それが儚さに拍車をかけてしまっていることに小さな騎士《ナイト》は気付いていないのだろう。

 確かに外見だけを見ると、このような場所には似つかない容姿だろう。
 だが、彼女はヒソカと言う奇術師との対戦を除いて、全ての試合を蹴り一発だけで勝ち続けている。

 対戦相手は弱い者ばかりだったとはいえ、100階まで辿り付ける程度の実力を持った者たちを瞬殺する少女。
 その隠された実力を見てみたいと思う武人としての感情がある反面、見る前に勝たなくてはという恐怖に似た感情がカストロの心中で渦巻いていた。





--------------------





「お互いベストを尽くして、悔いのない試合をしよう」
「はい」


 爛々と闘志を燃やしと、さわやかな笑顔を置いて片方の出場ゲートへ移動するために背を向けて歩いていくカストロに、俺は「ベストを尽くして負けますよ」と意地悪な台詞を小声で零す。
 そして、武道家などに見られる強者を求めるような視線から解放されたたために「はふぅ」と小さく肺に溜まった空気を吐き出した。

 ヒソカが多少なりとも期待していた人物だ。
 天狗になって言わせて貰えれば、修行次第で以前の仕事で殺った変態ロリコン野郎と良い勝負が出来るぐらいになるだろう。

 自分で、その芽を摘んでしまうのが少し残念だけどね。
 まあ、俺には関係のないことだし。それよりも、どうやって上手く負けるか考えるとしましょうか。

 そう思っていた俺の思惑は、この試合で大きく狂うことになってしまった。





 それは、一瞬の出来事であった。
 開始と同時に“何とか拳法(名前を忘れた)”の構えから接近してくるカストロに、それなりの構えで迎え撃つ俺。

 本気の攻撃であろう殺意に似た意思が宿ったカストロの拳が腹に向けて放たれ、それに対して俺は体を傾けることで紙一重で避けようとした。

 だが、ここでカストロに対して少なからず油断していた俺に思わぬ事態を飛び込んでくる。
 
 まっすぐに放たれていた拳が、急に腕全体の薙ぎ払い攻撃に変わったのだ。
 反応するのに一瞬ほど遅れてしまったがために、回避の手段がなくなり防御をしようかと腕を動かそうとした時、ある考えが閃いた。


 いや、このまま攻撃を受けてKOされたフリをすればいいじゃん!


 念での防御をしていない状態で攻撃を受けると痛いからと、威力を殺すためにバックステップしようと下半身に力をかけて、衝撃に備える。
 そう、衝撃に“だけ”備えたのだ。


ふにゅっ


「ひゃんっ!?」
「!?」


 衝撃を抑えるために、上半身を後ろへ反らしたの災いした。
 ……えと、その……カストロの手が俺の……その、なんだ……俺のむ、胸を鷲掴みしたのだ。

 身体が成長期に入っている現在、敏感になってしまっている“そこ”を刺激されて反射的に喉から声が漏れてしまい、カストロも予想外の結果だったのか鷲掴みしたままの状態で固る。
 そして時が止まったかのようなに動きを止まった俺達だが、あろうことか感触を確かめるかのように揉まれた事で、俺の時間が急速に動き出した。


「~~~~っ」
「はっ!?いや、その、すまなー――ぶはっ!?」
『決まったーっ! またしてもユイ選手、蹴り一発で勝利を手にしました!!』 
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