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太陽は、いつか―――

作者:biwanosin
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外伝・もっとも穢れ無き物語

前に語ったのは、一つの歴史だ。正史ではなく、口が裂けても素晴らしい物語とは言えない、一つの物語。二人のシリーズ、それにサブタイトルを付けるのであれば、『最も美しい物語』だ。一人の人間と一人の英霊。幸せを知らず、愛を知らずに生きた二人が出会い、人に向ける愛を知り、人から向けられる愛を知り、そして他の全てを置いてけぼりにしてでも幸せをつかんだ二人。全てを得るのではなくただ一つを手に入れたからこそ、それは美しい物語なのだ。

さて、ではこれから語る物語は何だというのか。

それは、ifのifの物語だ。
それは、決して正しくはない物語だ。
それは、二人の獣の物語だ。
そしてそれは、愛に狂わない物語だ。

だからこそ、サブタイトルを付けるのであれば、そう……

『最も穢れ無き物語』だ。



 =☆=



大好きだといって、彼女は死んでいった。
目の前で、心臓を貫かれた。

戦いの果てに死んだのではない。不意を打たれ卑怯な手で殺されたのではない。ただ、俺を生き残らせるために彼女が死んだ。

俺が力不足だから、彼女が死んでしまった。
俺が何もできないから、彼女の命で生き残ることになった。
俺には何の価値もないのに、彼女の未来を対価としてしまった。

死んだ、死んだ、死んだ、死んだ。死んでしまった。殺されてしまった。
なぜそうなった。ああだから、俺が力不足だったからだ。俺が力不足だったから、目の前にいるランサーへ対抗する手段がなかったから、逃げ切る手段がなかったから、だからこうなってしまった。

力が欲しい。力をよこせ。代償に俺の全てをくれてやってもいい。俺の全てを消し飛ばしてもいい。ああそうだ、だったらいっそ、虚数魔術を。心の闇を。自分すら滅ぼしうるくらい開放して、うち滅ぼしにかかれば、可能性があるのではないか……こんな世界に価値はないのだからなんでもしてやると、そう考えたとき。内側から声が聞こえた。

『そうだ、人類に価値はない。終わりの定まった生命に意味は無く、そのような生涯は意味がない』

その言葉に、俺は心からの同意を示した。
だってこの命にオワリが定まっていなければ、彼女が対価となることもなかったのだから。



 =☆=



「何だってんだ、これは……ッ!」

ランサーは目の前に現れたそれに、そんな言葉を紡ぐことしかできない。当然だろう。一つの神話を駆け抜けた彼ですら見たことのないような存在が目の前にいるのだから。

それを言い現わすのなら、肉の柱である。目玉が大量にくっついている肉の柱。ただそれだけであれば、彼が恐れることはなかった。クランの猛犬、クー・フーリン。彼の持つ武勇は、それほどのものである。
しかしそんな彼も正体不明のそれから躊躇うことなく距離を置く。少なくとも一人で相対したのなら負けるのは間違いないと、その結果マスターも死ぬと分かっていたがために、戦士としての彼はそれを良しとしなかった。

「七十二柱の魔神が一柱。序列七十。セーレ。宝を発掘し、届け征く者。されど汝へ与えるものはない。ただ絶望し、ただ奪われ、ただ死にゆくがよい……!」

瞬間、柱中の目が見開かれる。何が来るのかはわからない。だが間違いなく何かをしようとしている。そうとわかった時にはもう駆けだしている。マスターを抱え上げその俊足をもって駆ける。
あれを放置すれば、間違いなく今を生きる者たちへ多大なる被害が及ぶ。だがしかし、自分が一人で挑んだとしても変わらない。ならば少しでも勝率を増やすために、マスターを避難させる。しかる後に他のサーヴァントと協力体制を敷き、そしてあれを―――

「焼却式 セーレ」

されど、魔神は容赦なく。その背へ焔を放つ。



 ☆



「無事ですか、ランサー」
「ああ、生きてるぜマスター。無事とは……ちょっと言いづらいな」

躊躇うことなく放たれた暗黒のナニカ。ランサーはそれに染められていく空間を器用に避け、その俊足を持って逃げ切った。しかし代償が何もなかったわけではなく、そのまま戦線へ復帰するのは難しいだろう。

「見せてください、ランサー。治療します」
「わり、頼む」

肉の柱から視線を逸らさないまま患部を見せ、バゼットはそこへ治療魔術を施す。どれだけ効果があるか分からないが、いざとなれば令呪で回復させるだろう。

「それで、ランサー。あれ(・・)はなんですか?」
「はっきりとはわからねえが、間違いなく世界にとって良くないものだ」
「良くないもの……」
「オレたち英雄が何人も集まって倒すべきもの、って言った方が分かりやすいか」

ケルトの大英雄クー・フーリンをして『何人もの英雄』と言わせるほどのもの。なぜそんなものが現れたのか、全く状況がつかめない。それほどの魔術を継承している家だったのだろうか……

「なあ、そこのお二方。あれが何なのか、知ってるのか?」

と、そろって注意がそれていたところに一人の男が現れた。注意がそれていたこともあり背にマスターをかばうと、その男の方が慌てたように両手を上げる。

「ちょい待った、さすがに今やり合う気はない。あんなのが現れちゃ、聖杯戦争も中断だろう」
「ま、確かにそうなんだがな。こっちはマスターが晒されてるのにそっちはサーヴァントだけ、クラスも不明だ。警戒くらいするだろうさ」
「ふむ、なるほどその通り。しっかしどうしたもんかな……」

両手を上げたままどう説得したものかと考える。目をつむり、しばらく思考した後に。

「クラスはアーチャー、真名はアーラシュ・カマンガーだ。これで足りるか?」
「へぇ、ペルシャの大英雄か。確かに名前としては信用できる」

アーラシュ・カマンガー。アーラシュ・ザ・アーチャー。その身を犠牲として戦争を終わらせた英雄。確かにその名前であれば、この状況を乗り越えようとしていると言われても信用できる。

「信用してもらえたんならよかった。で、あれは何だ?」
「大したことは分かってねえが、アサシンのマスターがああなった」
「アサシンの……ってことは、あれはアサシンの仕込みか?」
「いや、それはないだろう。間違いなくアサシンは殺したし……あの最後でまだあがきを続けるとは思えねえ」

勿論、それはランサーの感覚に過ぎない。人間ではありえない何かが発生していることだけは間違いない以上、信用するのは難しいのだが、それでも。

「まあ、そう言うならそうなんだろうな」

アーチャーはそれを信じた。自らの目で目の前の相手の言うことであれば信用できると判断して、その前提で話を進めていく。

「だとすれば、原因として考えられるのはマスター方か、他のサーヴァントってことになるんだが」
「マスターの方、ね……」
「何か心当たりがあるのか?」
「普通じゃない魔術は使っていた。あれは何なんだ?」

サーヴァントである自分相手でも十分以上の効果を出していたであろうそれのことを思いだし、原因がそこにあるのではないかと自らのマスターへ問う。問われたバゼットは少し考えてから。

「あれは虚数魔術……極めて珍しい魔術属性・虚数によるものです」
『だとすれば、それが原因ということはなさそうですね』

割り込むように、虚空から女性の声が。当然ながらランサー陣営は警戒の色を示した。

『唐突に失礼しました。アーチャーのマスター、フィオレ・フォルヴェッジ・ユグドミレニアです』
「ユグドミレニアの。貴女も聖杯戦争へ参加していたのですね」
『姿も見せない無礼、お許しください』
「いえ、お構いなく。そちらの事情については存じていますので」

お互い最低限の会話だけで良しとし、先ほどの話を再開させる。

「虚数魔術は未だに謎多い魔術属性ですが、あのような変性を起こすものではない……はずです」
「なんだ、自信なさげじゃねえか」
「実際、自信はありませんから。あれはあまりにも特殊すぎる」

そもそも、サーヴァントを十二分に殺しうる魔術というもの自体が特殊であり。観測不能な虚数という属性であり。そういう観点で見れば、おかしな存在への変性もなくはない‥…のかもしれない。そんな意味を含めての曖昧な表現。

「だとすれば、現状それはないと考えて進めるのが正解かな?」
「だろうな。はっきりわからないものをいつまでも相手にし続ける意味は薄い」

分からないのであれば、分からないまま相手にするしかない。戦乱を生きた二人の英霊は躊躇いなくそう結論付け、戦士としての顔をもつバゼットと魔術師であるフィオレもそれに従った。

「とすれば他のサーヴァントによる介入だが、アーチャー。そっちで関わりのある陣営はどこだ?」
「ライダーとバーサーカーだ」
「その中に今回のことに関わっていそうなのは?」
「バーサーカーはもう脱落した。ライダーは間違いなくこういうことをするタイプじゃない。そっちはどうだ?」
「アサシンの他にはセイバーとやり合ったが、そのまま倒した。もう脱落してる」
「となるとキャスターだが……」

実際問題として、キャスターであればありえるのだ。名前の通り魔術師のクラス、その中でも神代の魔術師であればそれくらいのことをやってのけたとしても、その技量に驚くにとどまる。

「我々の調べではキャスターの工房は発見できず、痕跡も見つかりませんでしたがそちらはどうでしたか?」
『こちらも同様です。もちろん、それだけ優秀な魔術師であるという可能性もありますが』
「優秀な魔術師のサーヴァントがあれだけのものを作れるんなら、わざわざアサシンのマスターを使う必要もねえだろ」
「他の一般人をじゃんじゃん使って作る、って方針でもないらしいしな」

それがキャスターの玄界であるという可能性もあるが、これだけのことが出来るキャスターのやる戦法としては地味に思える。それ以上にやはり、人間を必要とするという点が違和感満載だ。

「なんにせよ、あれを何とかする必要があるわけなんだが……」
『では、共闘という形でも?』
「こちらはそれでも構いません。そうでなくともあんなものがいる状況で続けるわけにはいかないでしょう」
『では、そのように。アーチャーもそれでいいですね』
「ま、あれを放っておくわけにはいかねえしな」

ランサーの意見は聞かなかったのだけれど、それでいいのだろうか。いいのかもしれない。なんだかんだこういった事態を放っておけるタチではないし、そうでなかったとしても主の命なら実行できてしまう性格をしているのだから。

「しっかし、そうなるとどうしたもんかな……大英雄レベルのサーヴァントとはいえたった二騎で勝てるのか、あれ?」
「普通にやれば難しいだろうが……策はないではない」

実際、もう既に作戦を一つ考えていたのだから。
その作戦が実行可能かどうか、それを確認するためにお互いの性能確認が始まった。



 =☆=



ソレはすぐにでも街の蹂躙を始めるかに思われたが、思いのほか何もしないでいた。その場から動くこともなく、無数にある目でひたすらに何かを探している。
ふと考えればどうしてそうなっているのか不思議な光景だが、少し考えれば当然のことなのかもしれない。確かに彼は、世界に絶望してこうなった。だが、元々世界に対して冷め切っていたわけでもなければ、その考えを長い間聞いてきたわけでもない。ただ突発的に絶望し、変状しただけ。故にこそこれまで自分が過ごしてきた街への思い入れも、平和に今を生きる人々への思いやりも、無意識下に残っていた。

では、なぜ先ほどは躊躇うことなく攻撃を放ったのか。その答えは単純、ランサーがいたからだ。ランサーが憎く、ランサーを殺したい。その願いだけは、何よりも優先される。仮にクラスを当てはめるとしたら狂戦士。狂化のランクは例外種のEx。

と、そんな性質を持っているのだが。それは全てではなくともおおよそ見抜かれている。変状後の口上、そこからランサーへのただならぬ恨みは明確だったのだから。だとすれば……彼が実行する作戦は、決まっている。

「これは聖杯戦争だ。故に謝罪はしない、いくぞセーレ―――」

その俊足でもって柱の意識の外側から、一瞬で射程圏内へ。
柱の現れた場所は狙って蹴落とした、人気のない空き地。多少周囲への被害が心配だが、これを放置することに比べれば許容範囲だと判断。圧倒的強敵に向けて、初撃から全力を撃ち放つ―――!

突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルグ)!」

放たれたるは対軍宝具、全力に全魔力、魔槍の呪いを最大限発揮した投擲。命中させるなどというチマチマしたことは考えず、その威力を持ってもろとも吹き飛ばす、大伸宣言(グングニル)をも上回る圧倒的な暴力。
的は一つであるために分裂する必要もなく、赤槍はその柱を削る。その威力、その光景は見るものすべてにランサーの勝利を確信させるが……本人は、そんなこと考えもせずに走り出す。槍は勝手に戻ってくるという信用と今の一撃では倒しきれないという確信が、躊躇うことなく一時撤退を選ばせた。
他にも英霊がいれば、このまま玉砕覚悟で削りにかかる選択もあった。だが、今は一騎でも失われたら敗北が確定する。可能な限り確実なヒットアンドアウェイ。それがこの状況を乗り切る最低条件である。
しかし、当然のこととして。標的が現れたのなら照準を定めないはずもなく。柱はその目を輝かせて―――無数の矢によって撃ち抜かれる。
弓矢作成スキル。それによって空中に作り出された無数の矢が、意識のそれた瞬間に降り注ぐ。ヒットアンドアウェイを実行するのに必要なのは攻撃担当が確実に逃げ切ること。その為の手段として、アーチャーの矢でもって視界を封じる。

もちろん、この相手が普通の魔神柱であったのならこの程度の策で乗り越えることはできない。ほかの魔神柱であったのなら魔神としての意識を持ち、生きてきたがゆえにその戦い方も身についている。では今回はどうだったか。
答えは単純、完全なイレギュラーであった。突発的に起きた事態、それが相手に同意させるに足るだけのものであったために、突発的に行われたこと。まだその体での戦い方も知らず、対処のしかたも知らず、能力すらあやふやだ。使えることなんて焼却式と虚数魔術を交えた単純な攻撃のみ。本当に、いい的だ。

されど、ただやられ続けるわけではなく。英霊の本気の一撃で持っても倒しきれない怪物は、その体を大きくえぐられながら防ぐ手段を実行した。

『ランサー、待ちなさい!』
「っと、これは……」

その手段とは単純なもの。虚数魔術による虚数空間を盾になるよう広げただけ。たったそれだけのことながら、維持できたのなら最強の盾が完成する。
さて、英霊諸君。攻撃手段は奪われた。これより先、如何様にするのかといえば……

「アーチャー!いける(・・・)か!?」
「十分だ!」
「よし、ならタイミングは任せた!」

そんなもの、決まっている。壮絶な生前を駆け抜けたその力を持って、全力で打ち破るのみ!

『令呪をすべてあずけます、ランサー!』
「手向けとして受け取れ―――突き穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルグ)!」

三画の令呪でもって保護された呪槍は、虚ろの盾へ向けて放たれる。そのまま呑まれるはずの一撃はしかし、令呪による魔力でもって保護され、入らない段階で耐え続ける。
では、この後どうなるのか。少なくともセーレはこれで盾を動かせなくなった。動かすこともできず、薄くすることもできない。この盾に全魔力を注ぎ込んで槍を飲み込まなくては、致命的な一撃をくらいかねない。理性のない獣は、直感をもってそれを理解する。無数の矢が降り注ぐ可能性はあったが、槍に比べれば危険度は圧倒的に少ない。
そんな判断、まったくもって正しくはないのだが。

「陽のいと聖なる主よ」

セーレはこの場にある最大の威力をランサーの槍であると判断した。その程度の破壊力、鼻で笑われる。

「あらゆる叡智、尊厳、力を与えたもう輝きの主よ」

セーレはこの場における最大の脅威をランサーの宝具であると判断した。そのレベルの脅威など、その献身と比べたらたいしたことはない。

「我が心を、我が考えを、我が成しうることをご照覧あれ」

その英霊は、戦争を終わらせた英雄だ。文字通り大地を割り、国境を生み出した英霊だ。その献身は死して英霊となった後に伝承にそぐわぬ一撃として昇華された。

「さあ、月と星を作りしものよ。我が行い、我が最期、我が成しうる聖なる献身(スプンタ・アールマティ)を見よ」

その段階になって、さすがのセーレも正しく脅威を認識した。目の前に迫る槍を受けることなど、その一撃を受けることに比べればたいしたことではない。離脱を図り……天を駆ける船より放たれた黄金の輝きに撃ち抜かれた。聖なる献身を前に逃げ出すことなど、許されなかった。

「この渾身の一射を放ちし後に――――――我が強靭の五体、即座に砕け散る(・・・・)であろう!」
『令呪を持って、我がサーヴァントへ命じます。宝具を開放してください』

さあ、戦争を終わらせた英雄よ。献身の英雄よ。その身を代償に世界を守りたまえ。

「―――――流星一条(ステラ)ァァァァァァァァァァ!!」

弓兵の五体は砕け散る。たった一度きりの壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)。献身の一矢は、魔神柱を滅ぼした。



 =☆=



かくして、二騎の大英雄によって和也(セーレ)は滅ぼされた。移動をしなかったために被害はせいぜい空き地周辺がすべてクレーターになった程度。
しかし、魔神柱はその程度では滅びない。セーレは王の玉座へと向かった。
魔術王によって築かれた神殿。かの王の魔術回路を基盤として作られた小宇宙、固有結界「時間神殿ソロモン」。
未だ彼の中から人類への絶望は失われておらず、滅ぼさなければならないと考えている。故にその場にて待機し、万が一にもこの場へたどり着くものがいたのなら、全力で持って滅ぼそう。今の人類(かつての自分)に意味はなく、終わりあるイノチに価値はない。一度壊して、そのエネルギーを持って再構成する総体の考えには大いに賛同している。

さあ、来るがいい人類よ。挑むがいい、この絶望へ。人類の終末を、彼女への手向けとしよう。



 =☆=



さて、彼らは、気づいてるのかな?
そう考えている時点で、まだ人間の心が残っている、ということに。

っと、君。いたのかい?前のハッピーエンドでは満足しないで次の話を聞きに来たのか。
もしかすると、後日譚を見たくて来たのだろうか?だとしたらここまで残念でしたと言う他ない。怒るのなら私ではなく、このような運命を紡いだ何者かへ向けてほしい。私はあくまでも渡された物語を読み、場合によっては伝えるだけの存在だからね。決定権はないんだ。

ところで質問なのだけれど、まだこの続きを聞きたいかい?絶望に染まり、獣へと墜ちた少年のお話を、まだ聞きたい?
……そうか、ここで頷く物好きがいるとは、正直予想外だった。ならば仕方ない、この先の未来を語ろうじゃないか。ただ一つだけ、正史の終局特異点を知らない人は、必ずそちらへたどり着いてからにしてほしい。なにせそれはもう知っている者として、蛇足は省いていくのだから。

まずはざっくりとしたあらすじを。当然のことながら少年の行いは歴史へ何の影響も及ぼさなかった。正しい歴史の通り七つの特異点は修正され、玉座への道が開かれた。当然、彼であったものもそこに参加している。

第八の拠点・廃棄孔。アンドロマリウスを主軸としてムルムル、グレモリー、オセ、アミー、ベリアル、デカラビア、ダンタリオンと共に人類最後の希望へ絶望を叩きつけにかかった。七つの特異点で築いた絆は、すでに使いつくしている。これ以上の援軍は望むべくもなく、彼ら二人で挑んだところでこの場を乗り越えることはできず、万が一が起こったとしてもその先に勝ち目はない……はずだった。

始まりに現れたのは、復讐者だった。高笑いとともに現れ、それをきっかけにさらなる英霊が現れる。
竜の魔女が嗤い、聖職者のなりそこないは義を持って、戦乙女は戦士の下へ。
(いかづち)は地を蹂躙し、変なのは存在理由とは別に剣を振るい、極女将はその手綱を握る。
大うつけの筒は火を噴いて、人斬りの口は血を吹いて、忍びは辛らつに言葉を吐く。

幼子ですら駆け付けた。気ままに人を喰らう鬼ですら駆け付けた。守護者もどきサーヴァントもどきですら駆け付けた。
人類に絶望した彼ではこれは不可能だっただろう。諦めず人類に希望を持った少年だったからこそ、英雄も反英雄も英雄ですらないものですらも、駆け付けた。どれだけの覚悟があったとしても、そんな集団に勝てるはずがない。

かくして、廃棄孔は閉鎖した。これはその後の、ゲーティアすら倒れた後の、蛇足である。



=☆=



敗北した。ゲーティアは敗れ、同じ存在である俺達もこのまま敗北するのだろう。結局オワリのあるイノチに価値はないという考えは正しくなかったと言われたようで、本当に何も言えなくなる。価値がないんだったら、あの時の……

(あれ、なんだったっけ)

思い出せなかった。始まりの出来事を。ああ何故だ、何故こうなったのか、何故この道を選んだのか、何故今へたどり着いたのか、

「何故、このような結末へ至ったのだ……」
「あら、分からないの?」

ふとした呟きは、一騎の英霊に拾われた。そちらを見ると、踊り子がいる。踊り子の英霊、真名は確か……マタ・ハリ、だったか。
マタ・ハリ。マルガレータ……マルガ。その名前を聞くと、何か覚えがあるような、そんな違和感を抱く。

「分からないというより、忘れてしまったのかしら?」
「忘れた……何か、知っているのか、英霊」
「ええ、知っているわ。だって私、貴方と共に過ごしたんですもの」

共に過ごした。それは人間として生きていたころのことだろうか。だが魔神へ至るものが英霊と共に過ごすなど、あるはずがない。そんな状況に至って見抜かれることなく、生きていられるなど……元々、そんな予定ではなかった?

「最初は分からなかった。でも、その瞳には見覚えがあった。どうしてそうなってしまったのか分かるから、なおさら辛いのだけれど……思い出して、カズヤ」

カズヤ、和也。呼ばれた名で、摩耗していた記憶がよみがえる。蘇ったがゆえに、今見られている状況がとてつもなく恥ずかしい。

「ああ、そっか……そうだった、んだな」
「ええ、そうだったのよ。たぶん、原因は私……ごめんなさいね」
「いいんだ、これは俺が悪かったんだから」

対話をしているからか、他の英霊はこちらへ攻撃してこない。だとしても、ここからどうしろと言うのか。

「ねえ、カズヤ。よかったら、色々と話しを聞かせて?」
「話し、かぁ……あんまり面白みがないかもだけど、それでもいい?」
「ええ、構わないわ。貴方と共に過ごす時間は、何でもないものこそ幸せよ」
「そっか。じゃあ……」

恥ずかしいと思っていたのに、合わせる顔がないとすら思っていたのに、語っているうちにそんなことどうでもよくなった。

統括局ゲーティアへ報告。俺はゲーティアであることを放棄し、そのまま離脱させてもらう。戦う理由を失った。

マタ・ハリと共に、この宙域を離脱する。唐突に行ったからか周りの誰もが見逃し、そのまま離脱に成功する。
そのまま肉の柱であることも放棄して、ゲーティアを模した体となる。ゲーティアの2Pカラーと言ったところか。

「さて、まずはどこを目指そうか。どうせ話すなら、しっかり腰を据えて話したい」
「それもそうね。……じゃあ、どこかの時代を目指しましょうか。そこで聖杯を作りましょう?」
「今の俺なら作れると思うけど、どうして?」
「特異点を作るため、かしら?一緒に話したいからこうして離脱してしまったけど……貴方はもう、生きていてはいけない存在だもの」

言われてみればその通りだ。なら確かに、特異点を作ってカルデアの人々に滅ぼしてもらうのが一番だろう。

「どうせ特異点を作るなら、しっかりと試練を作りましょう。貴方が学んだこと、感じたこと、これから学んでいくこと。カルデアのマスターがまだ自覚できていない人間の汚さを、教えてあげましょうか」
「マルガって、そういう側面もあったんだね。苦しめる結果になるのに、それでいいの?」
「仕方のない、そして必要なことだもの。彼らはあまりにも綺麗すぎる。人類史が取り戻された今、穢いものを知らないのでは喰い潰されてしまうわ」

穢いもの、かぁ。だったらマタ・ハリの生前にちなんで、愛憎の汚い特異点となるのだろうか。

「さあ、行きましょう。地獄の果てまで付き合うわ、カズヤ」
「ありがとう、行こうか。地獄の果てを作り出そう、マルガ」

二匹の獣は、人類史を救った英雄に倒されるため、試練となる。
欲からなるのではない。執念からなるのではない。願望からなるのでもない。自身が死ぬべきであるのならそれを生かそうと、そんな意志から。
 
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