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Darkness spirits Online

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第15話 男達の罪

 ――飛香炫という少年は、独りだった。

 幼くして父を失い、兄弟もいなかった彼は、大人しい性格も影響してか友人も作れない日々を送っていた。
 そんな彼の孤独を癒していたのが、ゲームだった。

 誰も隣にいない毎日でも、遊んでくれる親も兄弟もいない日々でも。
 自分に「楽しい」という感情を与えてくれるゲームだけが、その当時の彼にとっては拠り所だったのだ。彼は周囲と打ち解けられず、孤立を深めれば深めるほど、仮想空間にのめり込んで行った。

 それから数年。中学生となった彼は得意なゲームを通じて、ほんの僅かではあるが――友人を得るようになり始めていた。
 成績も優秀であり、ゲームも上手いということが、友人作りのステータスとして機能していたのである。自分を認めてくれる友を得た彼は、かつてない喜びを噛み締めていた。

 それゆえに、友人に自慢したいという自己顕示欲を抱いた彼は。
 海外留学を名目に、プロゲーマーの舞台に立つことを目指すようになった。

 ――やっと出来た友達が、離れていかないように。もっと、自分を好きになってもらえるように。
 それは、自信のなさや寂しさの裏返しだったのかも知れない。

 普通ならば、どこかで挫折して現実を味わい、夢から醒めるものだろう。
 だが、なまじ天才肌な彼は醒めない夢を見続けるかの如く――海外留学を決めてアメリカへと渡り、初参加したゲーム大会で優勝をもぎ取ってしまった。

 ――そして。

 その頃のホームステイ先のパーネル家で、彼は――ソフィア・パーネルという少女と出逢う。

 同い年でありながら、病弱であるという理由から学校に通えず、友達もできない。満足に外に出ることさえ叶わず、好きな花々を遠目に眺めるばかり。
 いつの日か、自分の足で外を歩き、花が咲き乱れる並木道を歩きたい――そう願いながら彼女は、寝たきりの毎日を送っていた。
 両親もおらず、親戚の養父母からは疎まれ、唯一の味方である兄も、警察の仕事が多忙を極めほとんど家に帰らない。

 そんな彼女に、幼き日の己を重ねて同情したのか。炫は彼女に、「Happy Hope Online」――「ハピホプ」を紹介した。
 一面に咲き誇る花畑。ポップな世界観に彩られた幻想世界。そこならば、彼女の願いに近づけるかも知れない……と。

 そんな彼の考えが、功を奏し。
 彼女は見たことのない異世界と、自分の足で歩ける感覚を知り、感動を覚えていた。
 VRMMOだからこそできる、自分の体を自在に動かせるという喜びを知るソフィア。そんな彼女の横顔を見遣り、炫も確かな充足を感じていた。

 そうして、「ハピホプ」を通じて二人の仲が深まってから、半年。
 同情から始まった彼らの関係は、いつしか「恋」という感情を伴うようになっていた。

 ゲームの大会で得た賞金で、炫はソフィアが見たいと言っていた花をプレゼントし。ソフィアはそんな彼に、VR世界で口付けを落とす。
 ――現実世界で実行するには恥ずかしいという理由だったのだが、それでも炫には満ち足りた幸せとなっていた。

 炫個人の自己顕示欲から始まったプロゲーマーとしての一面は、ソフィアとの繋がりをより深いものに変えていくようになり――炫が求めた「自信」へと、昇華され始めていたのだ。

 自分なら、どんなゲームでも優勝できる。自分なら、ソフィアのそばで彼女の笑顔を守ることができる。
 この当時、彼は心から、そう信じていた。

 ――だが、二年前。
 炫が最も得意とするVRMMOの最新作「Darkness spirits Online」の大会で、事件は起きた。

 圧倒的なプレイヤースキルを駆使して、いつものように優勝をさらった炫だったが――彼に倒された参加者がPTSDを発症し、狂乱の果てに表彰式で彼に襲い掛かるという事態が発生したのだ。
 自分に死ぬほどの痛みを味合わせた少年が、自分が立つはずだった場所に居座っている――という事実への憎悪が、彼を凶行へと駆り立てたのである。

 駆け付けた警備員により事なきは得たものの……「DSO」の特性であるリアリティ・ペインシステムの影響は、この一件を通じてより広く知れ渡ることとなった。

 ――しかし。アーヴィングコーポレーション渾身の大作として発売された「DSO」は、すでに多くのユーザーを得ていた。このゲームの恐ろしさを世に訴えるには、遅過ぎたのである。
 表彰式の一件以来、それ以前から散見されていた、リアリティ・ペインシステムによるPTSD発症とそれを原因とする犯罪が表面化。
 「DSO」との関連を指摘された殺人事件の件数は数百に上り、「DSO」はほどなくして発売中止となった。全てのソフトはアーヴィングコーポレーションにより回収され、この悪魔のソフトはゲーム市場から抹消された。

 だが、それで「DSO」の犠牲となった人々が蘇るわけではない。
 その頃にはすでに――炫は、失ってはならない者を、失っていた。

 ソフィアの誕生日。表彰式で発狂し、炫を襲った参加者は……彼の住所を調べ、パーネル家へ押し入ったのである。
 そしてその日、何も知らない炫が、最愛の恋人へのプレゼントを手に帰ってきた時――ようやく。

 彼は自分の過ちを知るに至り、長い夢から醒めたのだった。

 自分がやっていたゲームのせいで。
 彼は、かけがえのない恋人も、その家族までも。全てを一度に、失ったのである。

 ――その後。

 炫はプロゲーマーを引退し、ソフィアとの思い出が詰まった「ハピホプ」のアカウントも削除。「DSO」を返品し、生徒の保護という理由から、日本へと引き返すことになった。
 彼女達への弔いを、最後にして。

 だが。

 パーネル家の葬儀に参列していた者達の中に、「兄」の姿はなかった。
 ソフィアを天上へ導く為、彼女と顔馴染みだった神父がイエスに祈りを捧げ、十字を切る一方。彼女が最期まで、自分の味方であると炫に語って聞かせていた「兄」は。妹の葬儀にさえ、姿を見せなかったのである。

 ――その事実に胸を痛めながら、日本へ帰ってきた彼は。
 留学前とは別人のように暗くなり、プロゲーマーを志望していた頃から一転し、ゲームの話題に口を閉ざすようになっていた。

 留学先で起きた事件はクラスにも知れ渡っており――無邪気な好奇心に由来する質問攻めにも遭ったのだが。その全てに答えられず、沈黙を続けていくうちに……やがて友人達は、炫のもとから離れていった。
 暗くなった少年にいつまでも構うより、明るい友人と付き合う方が気が晴れるからだ。

 そうして炫は、昔のように孤立していく……はずだった。

 しかし。二人だけ、炫から離れなかった少年達がいた。
 鶴岡信太と、真木俊史である。

 悪名高い変態オタクとして、当時から白い目で見られていた彼らだったが――炫にとって彼らは、最後に残された光だったのだ。
 そんな彼らと過ごすうちに、彼の心は少しずつではあるが、本来の自分を取り戻し始めていた。

 しかし、VRMMOに復帰するには、まだ傷は深い。かといって、自分と深く関わってきたゲームから完全に離れることもできなかった。
 この時代においてはレトロと呼ばれる、前時代のTVゲームに手を出すようになったのは、その頃である。

 VRMMOのような臨場感には程遠いが……夢は夢であるとわかり、本当の世界を見失わない、絶妙な距離感があった。
 ゲームは、夢は、いつだって楽しくなくてはならない。それは、悲しいものであってはならない。
 そう信じる彼にとっては、夢と分かり切った明晰夢こそ、心地よい世界なのだろう。夢と現実が曖昧となり、本当の血が流れる幻想世界を味わった、彼にとっては。

 ――以来、彼はTVゲームを嗜みつつ、信太や俊史とつるむようになり。二年の歳月を経て、ようやく前を向き始めていた。
 「ハピホプ」への復帰こそ出来ていないが……友人達に付き合う形で「Love Heart Online」を始め、VRにも再び触れるようになった。

 その傍らで。かつてソフィアがそうしていたように、花を愛でる日々を送りながら。

 だが。

 今になって。

 追い縋る十字架のように――最期まで姿を見せなかった「兄」。アレクサンダー・パーネルが、炫の前に現れたのだった。

 彼らの運命を引き裂いた、この「DSO」の世界で……。

 ◇

「……っ」

 ――アレクサンダー・パーネル。
 確かに彼はそう名乗り、炫のこともソフィアのことも知っていた。間違いない。
 彼が、ソフィアの兄。仕事が多忙と言い家を空け続け、葬儀にすら来なかった……。

(……この、人が……!)

 そう思えば思うほど、二年間の中で記憶の隅に追いやっていた感情が、込み上げてくる。
 どうして彼女のそばにいてあげられなかったのか。どうして彼女を独りにしていたのか。そんなに、大切な仕事だったとでもいうのか。
 ――そんな恨み言ばかりが、衝き上げて来てしまう。だが、炫は決してそれを口にはしなかった。ただ己の感情を押し殺し、唇を噛み締めるばかり。
 震える拳と口元だけが、彼の感情を物語っていた。

 炫自身も、わかっている。ソフィアばかりか、養父母までも死に追いやった自分に、そんなことを言える資格がないことは。むしろ、罰せられるべきは自分なのだろう。
 ――そう思えば、自分たちを助けに来たFBI捜査官だという彼が、あれほど殺気を露わにして襲いかかってきたことにも合点が行く。あの老紳士を欺く演技にしては、真に迫り過ぎていた。

「……君の言いたいことはわかる。ソフィアが言っていた通り、嘘をつくのが下手な人間だな、君は」
「……!」
「とにかく、『甲冑勇者』であるという理由から自衛能力があると本部に見なされ、ログアウトを先送りにされた君には……今のうちに全てを話す必要があるだろう。何もわからないままでは、『奴』の襲撃に備えることもできまい」
「……あの老紳士のこと、なのか?」
「あぁ、そうだ」

 表情を読んだのか。アレクサンダーはスゥッと目を細めて、そう呟く。
 リアリティ・ペインシステムを持つ「DSO」の存在をニュースで知ったソフィアは当時、そんな危ないゲームをしていないか炫に尋ね――「バリバリやってる」と顔に出ていた彼に詰め寄ったことがあった。
 そんなことまで、彼は聞き及んでいたらしい。ソフィアと彼は、ごく稀に電話で話せる機会がある程度だったらしいが……。

「この世界に潜入し、NPCを演じて奴の目を欺き、この世界を構築しているデータを解析してFBI本部に転送。あとは本部がデータをもとにこの世界をハックし、被害者達をこの世界から解放する。……それが、私の任務だ」
「……あなた達は、この事態を予見していたのか!?」
「ある程度は、な。具体的に掴めていたわけではないが、『奴』の行動原理から推測して……君達が乗り合わせていた車両に張っていた」
「……!」

 アレクサンダーはそんな炫の思案をよそに、この一連の事態の真相を語り始める。外部の人間――FBIが、この事態が起きる可能性をキャッチしていた事実に、炫は瞠目した。

「奴の名は――アドルフ・ギルフォード。元『DSO』開発主任であり、リアリティ・ペインシステムの考案者でもある男だ。そして、この一件の首謀者でもある」
「……!」
「二年前、奴は『DSO』発禁の直後に行方を眩まし、自分に心酔する部下達を連れて国外に逃亡していた。私はその行方を追う任務についていてな。……奴は別件で、『他のVRゲームをハッキングしてリアリティ・ペインシステムを仕込む』というサイバーテロに関わっていた。犯罪者となった奴を追うのが、我々の当初(・・)の目的だったのだが……」
「……当初?」

 この一連の事件の首謀者であるという、老紳士――もとい、アドルフ・ギルフォード。その実態を知るアレクサンダーの言葉を、炫は緊迫した面持ちで聴き続ける。

「奴の眼をかいくぐり、NPCを演じながらこの世界のデータを解析している最中に……外部との交信に成功してな。先刻、現実世界の状況を知ることができた」
「……?」
「アドルフ・ギルフォード。奴は三日前に部下達共々――遺体で発見された。全員ヘブンダイバーを被っており、遺体には電磁パルスで脳髄を焼き切られた痕跡があったそうだ」
「な……!」
「奴は……奴らは最早、この世にいる『人間』ではない。自ら生身を捨て、電脳空間の意識の中でのみ生きる、データ上だけの存在となっている」
「そんなことが……!」
「奴らはそういう連中だということだ。……我々はもちろん、君達にとっても理解しがたい相手だろう」

 あの老紳士は。すでに死人であり、この世には生きていない。
 その事実に愕然とする炫の眼を、アレクサンダーは静かに見据えている。

「……今の君達の体のことも話しておこうか。君達のクラスを含む第2車両。そこに乗り合わせていた乗員乗客85名は現在、東京の天坂(あまさか)総合病院で昏睡状態にある。ヘブンダイバーを被せられた状態でな」
「それは……」
「そう。ギルフォードと、その部下達の仕業だ。奴らは電磁パルスで自殺する前、君達が乗り合わせるタイミングで車内の空調機に催眠ガスを仕込み――君達全員を眠らせ、ヘブンダイバーを仕掛けた」
「……それでオレ達はみんな、あの世界に……でも、どうしてそんなことを……?」
「RPGの演出、だな」
「演出……?」

 どうやら現実世界の自分達は全員、東京の病院で眠らされているようだ。やはりあの時、自分達はヘブンダイバーを被せられていたらしい。

「……まずは、判明している奴の情報から話そう。奴が作ったリアリティ・ペインシステムは元々、ゲーム開発のためのものではなかった」
「え……?」
「奴はアーヴィングコーポレーションに入る以前は……海兵隊に所属する研究員だったのだ」
「海兵隊!?」

 アレクサンダーの言葉に、炫は瞠目し――この世界に導かれた日に、老紳士から聞かされた言葉を思い返していた。

『ご武運を、お祈りしていますよ。――あなたに、「名誉」と「勇気」……そして「献身」の精神があると信じて』
(……!)

 確かに。あれは、海兵隊がモットーとする三つの言葉だった。やはりギルフォードは、海兵隊と繋がりを持っていたのだ。

「当時海兵隊では、最前線に向かう主力部隊の育成を目的とする、VR訓練の導入を検討していた。限りなく現実に近い仮想世界での、殺し合いをな」
「まさか、リアリティ・ペインシステムはそこで……!?」
「その通り。だが……あまりにリアル過ぎる(・・・)奴のVRシステムにより、仮想と現実の境界を見失い殺人事件に発展する事案が頻発してな。結局、奴はほどなくして軍部を追放された」
「……!」

 ギルフォードのゲーム開発は、軍事研究に端を発するものだというのか。そう視線で問い掛ける炫に、アレクサンダーは無言で頷く。

「そのVR訓練の過程の一つに……互いに仮面(マスク)で顔を隠し合い、近接格闘を死ぬ(・・)まで続行するというものがあった。『殺害する対象の顔が見えるか否かによる、PTSD発症率の変動』を実験(・・)する目的でな」
「……仮面?」
「そう。痛みのある世界で殺し合いを強いるだけでなく――より実戦に近しい状況下で、訓練兵達を実験動物(モルモット)として扱う。……そんな狂った研究の一環だ」
「仮面で顔を見えなくして、より殺しやすい状況を模索する実験……まさか、それが……?」
「ああ。奴がこの世界に新要素として実装した『甲冑勇者』は、その実験過程を源流としたプログラムだ。『DSO』というファンタジー世界に合わせてアレンジされた、殺人実験の副産物。それが、この世界における『宝剣』の正体だ」
「……あのギルフォードという人にとって、オレ達が囚われていた『DSO』の世界は……ファンタジーゲームの皮を被った殺人実験場だったということなのか?」
「そうだ。仮面の概念をこの世界に流用したのも、よりスムーズに『プレイヤー』である君が、『ボスキャラ』であるオーヴェルを殺せるようにするため。私達が持っているグランタロトとベリアンタイトの仮面は、殺し合いを誘発するための舞台装置ということだ」

 ――基本的なゲームシステムだけでなく。炫にとっては単なる装備品でしかなかった『甲冑勇者』の力までもが、軍事研究から生まれた代物だった。
 その事実に触れて炫はようやく、自分が行使していた力の恐ろしさを知り――脳裏を過る恐怖を殺すように、拳を震わせた。

「そんなギルフォードが、軍部を追われた後に足を運んだのが……当時から話題を集めていたVRMMO。奴は己の研究を正当化するため、ゲーム開発という分野にリアリティ・ペインシステムを投入したのだ」
「軍事目的のシステムをゲームに……?」
「優れた技術を生む『戦争』に端を発する文化こそ、最も美しい。……それが、奴の言い分らしい。奴は自分のグラフィック技術やAI技術を売り込み、アーヴィングコーポレーションに入社した。そして……『DSO』を作った」

 嘲るように呟くアレクサンダーの口元は、微かに震えているようだった。だが、それは少なくとも恐れという感情によるものではない。
 ――あるのは、怒り。この悲劇と、愛する家族を奪った元凶への憎しみが、その眼に滲み出ているようだった。それを懸命に隠すかのように、口調だけは平静を保ち続けている。

「だが結局は、君も私も……よく知る通り。奴がリベンジを目指して開発した『DSO』は、海兵隊時代のVR訓練と同じ道を辿った。ゲーム開発からも追われた奴は行方を眩まし――最期に、この自爆テロを仕掛けてきた」
「自爆、テロ……?」

 ギルフォードが己の生身を捨てて臨んだ自爆テロ。その途方も無い破滅願望に、炫は言い知れぬ不気味さを覚え顔を顰める。

「奴は……自分が創り上げた世界への拘りが特に強い傾向があり、それを周囲に認めさせようとする言動が絶えなかった。行く先々でそれを否定され自棄になった奴はついに、最期(・・)の手段に出た、ということだ」
「まさか、それが今回の……!?」
「そう。奴は第2車両の乗客乗員を催眠ガスで眠らせ、彼らをNPCとして洗脳し……かつて自分が創り上げた『DSO』を舞台にした『物語(ストーリー)』を演出しようとしたのだ。戦いから最も遠い、平穏で暴力を知らない少年少女が――剣を取り、生きるために戦う……文字通り、命懸け(・・・)の物語をな」
「命懸けって……まさか」
「そのまさかだ。奴は君達に被せたヘブンダイバーに、特殊なプログラムを組んでいたらしい。――この世界にいるアバターが死亡した場合、その主の脳髄を電磁パルスで焼き切るという、デスゲームの仕掛けをな」
「……!」

 ――もしや、とは思い続けていた。やはり、この世界は現実の死と直結したデスゲームだったのだ。
 もしあの日、ダイナグとノアラグンの役を与えられていた信太と俊史を助けていなければ、どうなっていたのか。今となっては、想像したくもない。

「アバターが死亡してから、1分。そのタイムラグを経て、電磁パルスが我々の脳を殺す。――そうした本当の『死』と隣り合わせの世界が織り成す幻想の英雄譚(ファンタジー)を、死にゆく自分の(まなこ)に刻む。それが、ギルフォードの目的だったのだ」
「……そうか。やっぱり……オレ達は皆……」

 自分達はギルフォードの破滅願望に付き合わされる形で、人間一人ひとりにキャラクターを演じさせる「劇」をやらされていた――ということになる。
 プレイヤーが一歩間違えるたび、役割を演じているだけの人を本当に死なせてしまう、狂気の世界で。

 そんな事実が常に纏わりついていたことを今になって知り、炫は肩を震わせた。

「……さっき、『戦いから最も遠い』って言ったけど……それで、オレ達が?」
「ああ。だが奴は、物語の姫君――そう、『ユリアヌ』の役だけは最初から決めていたようだ」
「……!?」

「そうだ……伊犂江優璃。彼女だけは、最初から奴の『キャスティング』に入っていたのだ」

「なっ……!?」

 その時。アレクサンダーの口から飛び出た言葉に、炫はさらに衝撃を受ける。ギルフォードが炫達五野高の生徒を狙った原因は、優璃だというのだ。

「伊犂江さんが……!? じゃあ、オレ達は……!」
「君達は、言ってしまうなら『その他』でしかなかったのだろうな。伊犂江優璃を『キャスティング』の中心に据えつつ、『物語』が成り立つ程度の人数が集まるタイミング……それが、一週間前のあの日だった」

 林間学校で集まった五野高の生徒達が、新幹線に乗るタイミング。かなりの人数が密閉空間に集まり、伊犂江優璃もその中に含まれている場としては、確かに最適だったかも知れない。
 優璃を狙いの中心としつつ、RPGの全NPC役を一挙に集められる場としては。

(オレ達と違って、伊犂江さんだけは最初から「配役」が固定されていた……。だから彼女だけ「本来の人柄」と「キャラクターの性格」が噛み合っていなかったのか……!)

 ――その真相を耳にして、炫の表情もより険しくなっていく。もし優璃がこの事実を知れば、心根の優しい彼女は、自分が騒動の中心にされていたことに責任を感じてしまうだろう。
 彼女が真相を知ることなく生還できることを、祈るしかない。

「……でも、なんで伊犂江さんが……!?」
「2年前。伊犂江グループは、奴に『DSO』の開発費を提供していた。奴のアイデアや才能から、金になると踏んだのだろうな。……だが日本版の発売を視野に入れた矢先、殺人事件を誘発した『DSO』は発禁となり、伊犂江グループはあのゲームに関与していたことが公にならないよう、計画を白紙にした。悪魔の研究の片棒を担いでいながら、それを隠蔽したのだ」
「そんな……!」
「それゆえ。ギルフォードは自分を見放した伊犂江グループへの復讐として、令嬢である伊犂江優璃を『姫君』の役に据えようと考えていたようだ」
「ユリアヌの役を伊犂江さんに与えることが……あのギルフォードという男にとっての、復讐……?」
「復讐、というよりは当てつけに近いがな。……奴は自ら命を断ち、データ上の存在となりこの世界で生きながらえているようだが……催眠ガスを仕掛け、君達にヘブンダイバーを被せた実行犯である部下達のアバターは発見できなかった。恐らく、奴に騙されアバターすら与えられぬまま殺害されたのだろう」
「自分の部下まで……!?」

 どうやら、ギルフォードは自分が追求する「演出」のためならば、自分についてきた同胞すら容易く切り捨ててしまえるらしい。
 そんな話を聞かされた炫は、あの老紳士の笑みに隠された狂気に、尋常ならざる戦慄を覚えるのだった。

「だが、そんなふざけた演劇も終わりだ。私が『オーヴェル』を演じながら解析した『DSO』のデータは、全て外部に送信され――あちら側からのハッキングによる強制ログアウトに成功した」
「それであの光が……じゃあやっぱり、みんなはもう?」
「ああ、そこは安心していい。君以外の民間人は全員ログアウトに成功したと、先程連絡が入った」
「……そうか……」

 少なくとも、優璃や信太達の無事は確定したようだ。現実世界のギルフォード達がすでに死亡しているなら、再び狙われることもない。
 炫はその情報を耳にして、僅かな間だけ胸を撫で下ろし――即座に剣呑な面持ちを取り戻すと、アレクサンダーと視線を交わす。
 自分達が生きてこの世界から抜け出さなくては、優璃達の無事を自分の眼で確かめることさえ叶わないのだから。

「ギルフォードに洗脳されている彼らを後回しにすれば、『物語』を崩壊させられたことで逆上したギルフォードに、なす術なく殺害される可能性がある。確実に彼らを救い出すには、奴の洗脳下にない我々二人を後回しにせざるを得なかったのだ」
「……自衛能力がどうの、って聞いたけど。やはりあなたが言うように、ギルフォードがこのエリアまで襲ってくる可能性があると?」
「十分にあり得る話だ。外部からのハッキングにより、ゲームマスターとしての奴は大幅に弱体化しているが……この世界が奴の箱庭であることには違いない。今に我々を見つけて、道連れにしようとするだろう」
「彼と同じ、死人に……?」

 もし、ここまで来てギルフォードに殺害されるようなことになれば……自分達は脳髄を焼かれ現実で死亡してしまう。ギルフォードと違い、電脳空間で生きられるようなアバターも貰えないだろう。
 ――彼に倒されれば、現実世界でも仮想世界でも死ぬ。その事実が、炫の両肩にのしかかっていた。

「……そうさせないために、私がこうして残っているのだ。『甲冑勇者』であるとはいえ、一介の民間人でしかない君を、元の世界へ送り届けるためにな」
「……その割には、本気で殺しに掛かってるようにも見えたけど」
「君を殺そうとする『オーヴェル』を演じ切らねば、ギルフォードを欺き時間を稼ぐことはできなかった。早々に勘付かれては、強制ログアウトを仕掛ける前に乗員乗客を皆殺しにされる危険もあったからな」

 そこまで言葉を続けて。アレクサンダーは、炫から一度視線を外すと――自嘲の笑みを浮かべた。

「……と、言い切れれば……君の言い分を否定できたのだろうが……」
「……」
「認めざるを、得ないだろう。多くの人命が懸かっているこの状況下で……私情を挟んでいたことを」

 やがて口を開いたアレクサンダーは、炫と顔を向けあいながらも目線は合わせられず、罪悪感に滲む瞳を揺らしていた。

「怨んださ……君を。ソフィアの隣にいながら……私よりも近しいところにいながら、君は妹を守ってくれなかった。そんな君が『プレイヤー』だったのは、ある意味では僥倖だったのかも知れない」
「でも、あなたは……!」
「……そうとも。わかっている。ギルフォードを追う任務に没頭し、気づけば……何よりも護らねばならない家族を、喪っていた。己の罪と向き合うことを恐れるあまり、任務に逃げ葬儀にも来なかった……」

 やはり、ソフィアを独りにしていた頃の彼は、当時からギルフォードを追っていたらしい。二年前の真実に辿り着き、炫は怒りとも悲しみとも付かない表情でアレクサンダーを見つめていた。
 ――確かに彼は、信太と俊史を炫と戦うよう仕向け、優璃や利佐子、大雅に危害を加えようとした。だが、その胸中は察するに余りある。

「……君も私も、許しがたい罪を背負って今日まで生きてきた。だが……私達が互いを裁き合うなど、あの子は決して望まないだろう。……故に私の復讐は、君に敗れたあの瞬間に、終わったのだ」
「アレクサンダー……さん」
「もし君が、自分が生き延びるためだけに他者を斬り捨てるような男だったなら。私も、心置き無く戦えていたかも知れんな」

 すると。炫を見つめるアレクサンダーの眼が――今までとは打って変わり、優しげな色を帯びる。

「だが……君は違った。君は、そんな男ではなかった。痛みを伴うゲームのリスクを知りながら、それでも誰一人としてNPCを死なせないために戦い――強制ログアウトの成功まで、不殺(ノーキル)を貫き全員の生還へと繋げてみせた」
「……」
「我々FBIにとっての誤算は、奴の『キャスティング』に介入できなかったことだ。本来ならば私が『プレイヤー』となり、FBI解析班がハッキングしてくるまで時間を稼ぐつもりだったのだが……」
「……そういえば、なんであなたはギルフォードの洗脳下に置かれなかったんだ? いくらFBI捜査官だからって……」

 炫の問い掛けに対し、アレクサンダーは自分の頭を指先で小突いて応えて見せた。

「……私はゲームに参加させられても奴の洗脳下に置かれないよう、予め脳髄に特殊な対電脳チップを埋め込んでいる。奴が過去に起こしたサイバーテロからデータを取り、それを元に開発したものだ」
「ヘブンダイバーを被せられても、脳への影響を抑えられる……ということなのか? そんなものが作られていたなんて……」
「ああ。だが、あくまで試作品でしかなく……奴から『キャスティング』の権限を奪うには至らなかった。洗脳を回避するという最低限の部分でしか性能を発揮できず、ここでNPCのふりをしながら、隙を見計らって地道に解析を進めるしかなくなってしまったんだ」

 どうやら、アレクサンダーはこの世界から乗員乗客を救出するまで、ずっと裏で動き続けていたらしい。

「こうなってしまった以上、ゲームの進行は奴に『プレイヤー』として選定されていた君に託すしか無い。……我々はこの時点で、数人の死者が出ることを覚悟せねばならなかった。この世界がデスゲームであることさえ知らない、一介の高校生である君が、全てのNPCを死なせずにゲームを進めてくれるとは思っていなかったからだ」
「……ギルフォードも、オレが『DSO』の元プレイヤーだとは想定していなかったからな」
「そう。奴がたまたま、『DSO』の元トッププレイヤーである君を主役に選んでいなければ……今頃、天坂総合病院から多くの死者が出ていたところだ。そういう意味では、君は真のヒーローと言っていい」
「……オレは、ただ何も知らずにシナリオを進めていたに過ぎないよ」
「そうだろうな。だが、そんな君のおかげで多くの人々は無事に解放された。……そんな君に私怨混じりの剣を向けた私こそ、許されざる者なのかも知れんな」

 再び自虐的な笑みを浮かべる彼は、「オーヴェル」の鎧を纏う自分の手を一瞥する。この手が罪を犯したのだと、己に言い聞かせるかのように。

「……ふふ。真に怨むべき相手は誰か、わかっていたはずなのにな。……私は任務中でありながら、筋違いな私怨で君と向き合っていた……」
「でも……! でも、アレクサンダーさん! オレは、あの家の……おじさんも、おばさんも……ソフィアも!」

 そんな彼に。炫も、自分の罪を懺悔するかのように訴える。しかし、アレクサンダーは最後までそれを聞き入れようとはしなかった。

「知っているさ。あの養父母らに代わり、ソフィアのそばにいてくれていたことは。唯一の味方だったはずの私に代わり、あの子を慰めてくれていたことは……」
「アレクサンダーさん……」
「炫君。私は……君を、君を許したい。君は、私を許してくれるか?」

 もはや、アレクサンダーの眼に炫への憎しみはなく。今度はむしろ、炫に許しを乞うているようだった。
 そんな彼に対する答えなど――今もソフィアを想っている炫には、分かりきっている。

(アレクサンダーさん……ソフィア……)

 一歩一歩踏み出していき、やがて立ち止まり。炫は、アレクサンダーが自分に向けたものと同じような――優しげな眼差しを向けた。

「アレクサンダーさん。オレは、あなたを――」

 そして、互いに罪を背負いあった二人が、前に進めていけるように。
 炫は己の手を、静かに差し出していた。その手を握るべく、アレクサンダーも導かれるがままに手を伸ばした――

「……ッ!」
「どうやら……懺悔の暇すら、この世界の主は与えてくれないらしい」

 ――が。

 天を衝くような殺気の奔流を感じ取り――振り返った瞬間。

 世界が凍りついたかのような、戦慄が生まれた。

 アレクサンダーのジョークに触れる暇もなく。炫の頬を冷や汗が伝い、その眼に怒りと恐れが混じり合う。
 一方。顔にこそ出さないが……アレクサンダーも、これから始まる「最期の死闘」に形容し難いほどの焦りを感じていた。

「やってくれましたね……FBIの犬どもが」

 ――そんな二人の、逃げ遅れた(・・・・・)「異物」を前に。アドルフ・ギルフォードはさらに衝き上がるような殺気を放つ。
 低くくぐもった彼の声は、小さな呟きでありながら……このインターフェース・エリアに、大きく響き渡っていた。
 
 

 
後書き
・紅殻勇者グランタロト
 殺人実験用電子外骨格「甲冑勇者(アーマードブレイブ)」第3号。正式名称「Type(タイプ)-Family(ファミリー)」。変身者は飛香炫。
 上半身を固めている大型プロテクターと額に伸びる角が特徴であり、真紅の両手剣「グランヘンダー」を主武装とする。
 大技は、右脚に赤い電光を纏い飛び蹴りを放つ「イグニッションドライブ」。
 なお、この個体を含む全ての「甲冑勇者」は、海兵隊時代のギルフォードがVR訓練の一環として行っていた、「殺害対象の顔が見える場合と見えない場合の、PTSD発症率の変動」の研究で使われていたプログラムを源流としている。

・蒼甲勇者ベリアンタイト
 殺人実験用電子外骨格「甲冑勇者」第6号。正式名称「Type(タイプ)-Cube(キューブ)」。変身者はアレクサンダー・パーネル。
 バランスの取れた体系であり、最も安定した性能を持っている。紫紺の直剣「ベリアンセイバー」が主武装。
 大技は、青白く輝く鎌鼬を放つ「イグニッションスラッシュ」。
 これら「甲冑勇者」は全て、VR訓練の研究における「殺害対象の顔を隠す」プログラムを、ファンタジーゲームのアイテムとしてアレンジしたものである。 
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