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Darkness spirits Online

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第5話 電脳世界のマリオネット

 遠い昔、王国のとある貴族のもとへ、二人の若者がやってきました。

 恐ろしい魔獣に襲われているから、助けてほしいと頼まれていたからです。

 二人は紅く煌めく剣と、蒼く輝く剣を持つ、凄腕の剣士でした。

 彼らは貴族の屋敷を襲う魔獣に勇敢に立ち向かい、辛く苦しい戦いの果てに、ようやく魔獣を打ち倒すことができました。

 若者達は二本の剣のうち、一本に魔獣を封じ込めました。
 再び魔獣が暴れ出し、人々を苦しめぬように。

 そして残る一本を、魔獣を討つ最後の希望として残し。二人は、いずこかへと旅立ちました。

 その二本の剣を貴族は大切に預かり、それらを家宝としました。そして、二度と魔獣が目覚めぬよう、魔法で封印したのです。

 それ以来、その貴族は魔法の力を使い果たしたため、魔法が使えなくなってしまいました。

 しかし、彼は満足でした。

 こうしていれば、悪い魔獣から人々を守れると、信じていたからです。

 そして、彼は勇敢な若者達のことを、自らの血筋にちなんだ名で、子孫達に語りつづけました。

 「イリアルダの勇者達」の伝説を。

 ◇

「なぜ! なぜなのだ! どうして騎士団の救援が出せない!」

 きらびやかな甲冑に身を包んだ若い男の騎士が、城の門番との口論を繰り返していた。
 短く切り揃えられた黒髪と、強い意志を感じさせる瞳が特徴の美男子である彼は、険しい表情で強く訴える。

 その後ろでは、彼と同じ鎧に身を包んだ、意思の強そうな瞳で門番を射抜く少女がいる。

 栗色のセミロングと、澄み渡った水色の眼差しを持つ彼女もまた、声を張り上げる若い騎士と同意見らしい。

 みずみずしい肌と、あどけなく愛らしい顔立ちからは想像もつかない気迫を放っている。

「そうです! 貴族令嬢が賊に誘拐されたんですよ!? なのに騎士団が動かないなんておかしすぎます! 救援を要請する手紙は送ったのに、返事はないし!」
「貴族令嬢とはいえ、しょせんは没落貴族。それしきのことに構っているヒマはないのだ」
「ふざけるな! ユリアヌ様を見捨てるというのか!」

 ベムーラ島に屋敷を構えるイリアルダ家は、王国の勢力争いに敗れた、いわゆる没落貴族である。
 没落貴族の令嬢がさらわれたからといって、おいそれと腰を上げるわけにはいかないということだろう。
 門番は騎士の鎧を纏う者達を一瞥し、鼻で笑う。

「そんなにその令嬢を救いたいのなら、仕えている貴様らでなんとかするんだな」

 そしてフン、と鼻で笑うと、

「ベムーラ島の薄汚れた庶民同然の没落貴族の相手などしている時間はない」

 そんな言い草で一蹴してしまった。

「よ、汚れているだと!? 失敬な! 抜けッ!」

 あまりの物言いに耐え兼ねたのか、若い騎士は腰にした剣に手を伸ばす。
 その動きを見ていた門番はため息交じりに、少し離れた所で警備の仕事をしていた同僚を呼ぶ。

「おい、くせ者だ!」

 その声に反応した彼の同僚は水を得た魚のように活発に動き出し、

「ぐっ――!?」

 仲間達を集めたかと思うと、あっという間に若い騎士を槍で取り囲んでしまった。

「ひ、卑怯な!」
「騎士団長ならわかってくださるはずです、会って話をさせてください!」

 大勢に槍を向けられて動けなくなった彼に代わり、少女の方が声を上げる。
 しかし、門番は全く意に介さない様子で彼女を見下ろす。

「何度も言わせるな。騎士団長殿に貴様らと関わっていられる(いとま)はない。手紙とやらを読むヒマもな」
「そんな――まさか、握り潰したというのですか!?」
「握り潰すとは人聞きの悪い。政治的にも軍事的にもマイナスにしかならない、切り捨てなければならない、些細なことだと上が判断したのだ」
「貴様ッ! なんという下劣な――ッ!」

 若い騎士は怒りに任せて剣を引き抜こうとするが、喉元まで伸びてきた槍の切っ先がそれを許さなかった。

「く……ううッ! 卑怯者どもが……!」
「ユリアヌ様、お許しください……」

 これ以上迂闊に動けば、本当にこの場で粛清されかねない――それほどの殺気がその槍から放たれていた。

「話は終わりだ。お引き取り願おう」

 その一言を受けて、若い男と少女の騎士達、テイガート・デュネイオンとネクサリー・ニーチェスの二人は、やむなく踵を返したのだった。

 ◇

「そうか……騎士団の救援は、無理だったのか」

 助けを得られなかったばかりか、くせ者扱いされて槍まで向けられた自分達の無力さを痛感し、絶望的な表情で俯いていた二人の眼前で、一人の男性が呟く。

 かつての名門・イリアルダ家の当主であるマクセル・バルド・イリアルダは、苦悶の表情で部下達を見遣った。
 「恰幅のいい体格」と、「禿げ上がった頭皮」が特徴の彼が呟く言葉は、重々しい現実をあるがままに表していた。

 彼が座る玉座の前に、二人の騎士がひざまづく。

「申し訳ありません! 私達がもっと強く申し出ていればきっと……!」
「いや、私の手紙が握り潰されてしまう時点で、騎士団の力に頼ることはもはや絶望的であろう。だが、テイガートもネクサリーも、よくやってくれた」
「そ、そんな! 私達、頑張っても全然お役に立てなくて……」

 少女である以上に騎士でもあるネクサリーは、どうしようもなく申し訳なさそうな顔で、自分達の主を見上げる。

「でもあなた、このままじゃユリアヌは……」

 マクセルの隣に腰掛けている「茶色がかったポニーテール」の優雅な女性、コスモア・クレア・イリアルダは、心配そうな表情で夫である彼を見詰めた。

 茶色の長髪と優美な純白のドレスが、彼女の持つ高貴さを浮き彫りにしている。
 端正な顔立ちと白く透き通った肌、スレンダーな体つきに感じられる若々しさからは、年頃の娘の母親とは想像もつかないだろう。

「うむ、わかっておる。テイガートよ、頼みがある」

 主に名前で呼ばれて、若い騎士はハッとして顔を上げる。

「は、はい! なんなりとお申しつけ下さい!」

 自分に出来ることならなんだって、という徹底忠誠を示すテイガートの反応を前に、マクセルは意を決したように頷く。

 そして、真剣な眼差しを臣下に向け、口を開いた。

「これからネクサリーと貧民街『スフィメラの町』まで行って、腕の立つ用心棒を雇ってきてほしい。経済的にも苦境な我が家だが、一人くらいならなんとか大丈夫なはずだ」

 その言い付けに、テイガートは驚きのあまり、瞳を大きく見開いた。

「なんですって!」
「貧民街の用心棒を雇うなんて歴史ある貴族のすることではない、というのだろう? だが、我がイリアルダ家はどのみち没落貴族だ。今さらなにをためらうことがある」
「し、しかし!」
「貴族が、それもかつては優れた魔法を以って王国に仕えてきた、由緒正しきイリアルダ家が、そんな……!」

 現実的な背景を鑑みて、可能な限りの手を尽くそうとするマクセルに、二人は反対の意を示す。
 そしてそれを押し潰すように、彼らの主は語気を強めた。

「これは命令だ。テイガート、そしてネクサリーよ。騎士団に代わる勇敢な仲間を引き連れ、必ず娘を賊から救い出してくれ。騎士団が動かない今、お前達だけが頼りなのだ」

 身体と心の芯から絞り出されたような、切実な訴えだった。
 厳しいことはわかっている。貴族としてのプライドを自ら投げ出すことになるのもわかっている。

 それでも、どうしても、娘を救いたい。
 ――貴族諸々抜きにして、一人の父として。

 その重さを肌から感じ取ったテイガートは目を見張ると反発を止め、片膝をついて騎士としての誓いを立てる。

「……わかりました。このテイガート・デュネイオン、命を賭してユリアヌ・リデル・イリアルダ様を救出してご覧にいれます」
「わ、私、ネクサリー・ニーチェスも、最善をつ、尽くします!」

 少々噛みつつ、ネクサリーも彼に続いて決意を表明した。

「二人とも……ありがとう。お前達こそ、真の騎士だ」
「ええ、私達が証人になるわ」

 若き騎士達の誠意に、貴族夫妻はありのままの気持ちを言葉に、二人を称えるのだった。

 ◇

 ――イリアルダ邸の中で交わされる、君主と騎士の絆。プレイヤーが知り得ない舞台裏では、このような一幕が繰り広げられていたのである。

 プレイヤーの目が届かないようなNPCの一挙一動に至るまで、「生きた人間」の如く一人一人の人格を作り込む。
 それが、「DSO」の持つ圧倒的クオリティの由縁であり。それほどのリアリティを追求したからこそ、現実と混同するプレイヤーが続出するに至ったのである。

「……」

 ――そんな、常軌を逸する「作り込み」から生まれたキャラクター同士のやり取りを。一人の青年が、遠くの林に紛れて見つめていた。

 艶やかなブラウンの髪をオールバックにしている彼は、白く透き通った肌を持っている。日本人ばかりが「キャスティング」されている中で、明らかな白人である彼の存在は、この世界で異彩を放っていた。
 林の中に身を潜める彼は、剣呑な面持ちでNPC同士の対話を見守っている。その蒼い瞳が電脳世界のマリオネットを、貫くように見つめていた。

 窓の向こうで、さも本当の人間であるかのように振る舞っているNPC達。彼らの自然な挙動を、その青年は目を細めて監視していたのである。

(……本来の「DSO」なら、微かに生身の人間(プレイヤー)とは違う不自然さがあるものだが……今の彼らの挙動には、もうそれすらも窺えない。より完全で、限りなく人間に近しいNPCとなっている。それも……「生身の人間」を洗脳し、各キャラクターの「キャスト」に割り当てていることに起因しているのか)

 テイガート。ネクサリー。そのような「人格」を与えられている彼らは、日本の高校生の顔を持っている。
 生きた人間に生きた人間を演じさせることで、より完全な「キャラクター」を創出しているのだ。AIだけでは、ここまで精巧に人間に近しいキャラクターは作れない。

(私がこの世界に「ボスキャラ」としてキャスティングされて、もう二日になる。……外部の「解析班」はすでに手を打っているはずだ、私も急がねばならん)

 林の中に身を隠す彼は、踵を返すと視線を手元に落とし――その手に握られた「あるもの」を凝視する。

 紫紺の塗装に固められた「それ」は、両端から二つのグリップが伸びており……さながら、ゲームのコントローラのような形状だった。

(「奴」が私に気づくのも、時間の問題だろう。その前にこの世界の解析を終え、データを「解析班」まで送らねば……この世界に巻き込まれた民間人が全て、「奴」のオモチャにされてしまう)

 唇を噛みしめる青年は「それ」を懐に仕舞うと、足早に歩き出していく。彼の胸中に渦巻く焦りが、その足取りに現れているようだった。

(全ては、この世界の「プレイヤー」が左右することになるだろう。飛香炫、君はどう動く……?)

 やがて彼は、焦燥の色を滲ませる瞳で空を仰ぎ。まだ見ぬ勇者へと、思いを馳せる。

(……ソフィア……)

 ――そして。彼もまた、ある少女の名を胸の内で呟くのだった。
 
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