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目の前で

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第一章

               目の前で
 根室寿はこの日は朝からむっとした顔で妹の千佳を見て言っていた。
「何でなんだ」
「何でっていつものことじゃない」
 妹もむっとした顔で兄に返す、家族で朝食を食べつつ向かい合って言い合っている。
「阪神は」
「いつもじゃない、たまたまだ」
「たまたまって毎年じゃない」
「違う、何で春に九点差逆転してな」
「今は十ゲーム以上開いてね」
「広島マジック一か」
「今年もよ」
 ここで兄に満面の笑みを浮かべて言う妹だった。
「カープ優勝よ」
「もう確実だな」
「最後の最後までわからないって思ってたけれどね」
「春はか」
「ここまで来たわね」
「よかったなって言っておくな、ただな」
「今日はっていうのね」
「優勝なんてさせないからな」
 寿は妹に必死の顔で告げた。
「こっちにだって意地があるからな」
「阪神にもっていうのね」
「目の前、しかも甲子園での優勝なんてな」
「そう言って結構甲子園で相手に優勝されてるじゃない」
 千佳は朝御飯のおかずの目玉焼きを箸で切ってそれを口の中に入れて御飯と一緒に食べてから兄に返した。
「阪神は」
「それをそこで言うか?」
「言うわよ、ロッテとかね」
「ああ、あのシリーズか」
「何でや阪神関係ないやろの」
「あんなものは忘れた」
 勿論そんな筈はないがこう返すのだった。
「どうでもいい」
「そこでそう言うの」
「僕は過去は振り返らない」
 トラウマがあまりにも多いからだ、ただし実は忘れていないどころか忘れられないのだ。生まれていない頃の話も。
「だからいい」
「そうなのね」
「そうだ、そして今日はな」
「優勝阻止するっていうのね」
「胴上げは巨人に見せろ」
「次の巨人戦何時なのよ」
「知るか、とにかく今日はな」
 甲子園ではというのだ。
「優勝させないからな」
「そう、けれどね」
「それでもっていうんだな」
「こっちは早く優勝したいから」
 千佳は納豆を御飯にかける兄に返した。
「だからよ」
「今日は勝つつもりか」
「カープは全試合勝ちに行く主義だから」
「そうか、じゃあ容赦しないからな」
「こっちもね」
 二人で睨み合う、視線と視線がぶつかり合い火花が散る。そうして二人は午後にそれぞれ昼食を食べるとだ。
 寿は家を出る時にだ、わざわざ妹の前に来て指差して言い切った。
「今日は猛虎の意地を見せてやる」
「ああ、そうなの」
「そしてクライマックスで叩き潰してやる」
「そこで三位のチームに負けないでね」
「嫌な予言だな」
「だって阪神いつもだから」 
 クライマックスであっさり負けるというのだ。
「こっちも待ってるけれどね」
「それはツンデレか?」
「事実よ、勝った方の相手をするだけよ」
 マジック一の余裕から返す妹だった、見れば兄も妹も既にそれぞれのチームのグッズで全身を武装している。
「というか何で私が阪神にデレるのよ」
「デレろ」
「誰がよ、さっさと甲子園行きなさい」
「ああ、今からな」 
 こうした言い合いをしてだった、兄は自転車で甲子園まで行った、神戸の長田区から全速力でだ。その兄を見送ってだ。 
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