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うぬぼれ竜士 ~地球防衛軍英雄譚~

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第6話 うぬぼれも才能

 ――その時。

「えっ……!?」
「なっ……!?」

 フィリダとアーマンドが、同時に目を剥く。次いで――眼前の光景に、暫し呆気に取られていた。

 轟く爆炎。噴き上がる炎。吹き飛ぶ巨大甲殻虫。
 そして――酸からアーマンドを庇う、巨大な影。

 それら全ての事象が、矢継ぎ早に起きたのだから。

「な、なんっ……!」

 巨大な影――ギガンテスに向かい、「何で」と言おうとしたアーマンドの口を、2度目の轟音が黙らせる。
 だが、相打ちを狙うかのように浴びせられた酸により、ギガンテスの武器である砲身が溶解されてしまった。巨大な鉄の筒が、力なくだらりと垂れ下がる。

(来てくれたのね……アスカ隊員っ!)

 フィリダが顔を綻ばせた次の瞬間、激しい爆発で巨大甲殻虫の身体がバラバラに弾け飛び――包囲網に、「穴」が生まれた。
 あそこからなら――抜けられる。

「――遅くなりました、マルスレイ隊員! エイリング隊員とSDL2部隊を脱出させてください!」
「お……お前!」

 そう思った矢先、ギガンテスの上部ハッチから男の影が乗り出してくる。それは、逃げたとばかり思っていた「うぬぼれ銃士」――リュウジ・アスカだった。
 普段通りの苦笑いを浮かべ、彼はハッチからアーマンドを見下ろしている。

「ま、まさかそいつを取りにいくために……!? それに、なんで俺のファミリーネームを……!」
「この遮蔽物の少ない場所で戦うことになれば、攻撃に転じれず回避に専念せざるを得なくなると判断しまして。それに、あなた方は隊員各自の判断に任せた場合、SDL2に頼る傾向があると資料にありましたから」
「……!」

 ロンドンのあらゆる地域の地理を把握し、各隊員のデータを隅々まで掌握する。それら全てを、着隊前からこなしていたというのだ。極東支部で、インベーダーの群れと戦いながら。

(しかも、さっきの一連の流れ……。こいつ、狙いが狂う瓦礫の上を走行しながら、巨大生物共を正確に砲撃していた。余波が俺達に及ばない、ギリギリのところまで一カ所に引きつけて。……どんな狙い方してんだ、こいつは)
「マルスレイ隊員はこちらへ! ギガンテスの操縦は出来ますか?」
「訓練生崩れでも、ビークル専門のエアレイドの端くれだ。それくらいわけはねぇ。……だが、どうする気だ? 砲身は溶かされちまったんだぞ!」
「心配いりません。操縦さえして頂ければ、手の打ちようはあります」
「……」

 操縦士を代わるように促す彼に、アーマンドは訝しげな視線を送る。一体何をするつもりなのか、見当がつかないのだ。
 ――だが、彼の提案が自分達の不利益になるものではない……という確信ならある。このような無茶をしてまで、自分達を助けに来ているのだから。
 なら……賭けるしかないか。短い間の中で、若きエアレイドはそう決断する。

「……お前ら、こいつが開いた穴から抜けろ! フィリダはさっさとチャージを済ませなッ!」
「お、おうっ!」
「……!」

 アーマンドの呼びかけに反応し、彼の仲間達は矢継ぎ早に砲撃の焼け跡から包囲網を脱出していく。その後を追うように、巨大生物の群れは進路を変えた。

「反撃に転じます。エイリング隊員が戻るまでに、勢いを取り戻しましょう!」
「反撃!? 無茶言ってんじゃねぇ、あいつらはまだゾロゾロいやがるんだぞ! 大砲もへし折れて、フィリダも回復してねぇ今の状態で、どう戦おうってんだ! 普通、兎にも角にも戦域から離脱するところだろ今はッ!」

 ハッチに入り込んだアーマンドは、まくし立てるようにリュウジを説得しようとする。だが、リュウジ自身は彼の言葉に耳を貸す気配を見せず、ギガンテスの側面に手を伸ばしていた。

「おい、聞いてんのか! これ以上深追いしたって無駄死にするだけ――ッ!?」

 それを見たアーマンドは、さらに強く怒鳴ろうとしたが――リュウジの真剣な横顔に、思わず口を噤んでしまう。どこか凛々しさすら感じさせるその面持ちは、見る者を黙らせる気迫を湛えていた。
 だが、彼が口を閉ざした理由はそれだけではない。リュウジがギガンテスの側面から取り出したモノに、目を奪われたからだ。

「……大丈夫です。心配することはありません」
「おまっ、それ……!」

 それは、リュウジが車体に備え付けていた――ゴリアス-1。陸戦兵が携行できる火器の一つであり、強力な火力を持つロケットランチャーである。近くには、予備のAS-18も搭載されていた。
 ゴリアス-1は相当な筋力と射撃精度が要求される武器であり、歴戦の兵士が殆ど戦死し、経験の浅い若手が中心となっている今のロンドン基地では使わない者の方が多い装備だ。
 ――そう。リュウジは、ギガンテスの砲身が機能しなくなる事態までも想定していたのだ。不慣れな緊急出動で、アーマンド達が基地で騒然となっていた中で。

(こいつ……俺達より遥かに、実戦慣れしてやがる!)
「私が砲台代わりになります。マルスレイ隊員は、このまま巨大生物の群れを追ってください。背後から奇襲をかけます」
「……あんたからすりゃ今更かも知れんがよ。当てられるのか? 走行中のギガンテスの上から、ああも激しく動いてる巨大生物共にゴリアスを当てようなんて、正気の沙汰じゃないぜ。下手すりゃ、撃つ前に振り落とされかねないってのに」
「お気遣いありがとうございます。私なら多少は慣れてますから、心配いりません。操縦の方、よろしくお願いしますね!」

 その言葉を受けたリュウジは――出会った頃のような笑みを浮かべ、穏やかな表情のまま頷いてみせた。
 不安なことなど何もない、と言わんばかりの――日常と変わりないその面持ちに、アーマンドは観念したようにため息をつく。

「……ったく。どっからその自信が沸くんだ、って言いたいところなんだがな……」

 そして諦めたような表情で運転席に戻り――ギガンテスを起動させた。けたたましいエンジン音を上げて猛進する蒼い戦車が、黒い暴威の群れを追う。

「な、何を考えてるのよ、アスカ隊員!」

 酸を凌ぐ盾となっていた建物の影から、戦況を見守っていたフィリダは――砲台を破壊されたまま動き出したギガンテスを見遣り、驚愕する。
 1人の陸戦兵が、走行中のギガンテスの上でゴリアスを構えていたのだから――当然だろう。常識で考えれば間違いなく発射の反動で振り落とされるし、足場も敵も動き回っている状況で当てられるはずがない。
 いくら彼が、前大戦から戦い続けている歴戦の猛者だとしても、無謀であるとしか思えない。自惚れ(・・・)ているにも、程が有る。

 ――彼が、寸分狂わぬ精度で巨大生物を砲撃して見せるまで、フィリダはそう思い続けていた。

「そん、な」

 アーマンドはSDL2を狙う巨大生物を追跡するため、最短ルートである瓦礫の上を走行している。下手をすると車体が転倒しかねない危険な経路だが、運転技術に秀でた彼の手腕により事なきを得ている。
 だが、それでも不安定に車体が揺れていることには変わりない。その上に乗ろうものなら、確実に振り落とされてしまうはず。

 ――はずなのに。極東から来た男は、砲身があった部分を両足で挟んで体を固定し、ゴリアスを撃ち続けていた。
 決して撃ち漏らすことなく、巨大生物を次々と仕留めながら。

(す……すごい。すご、過ぎる)

 あの激しく揺れる車上にいながら、両足の力だけで上体とゴリアスを支え、射撃の反動にも耐えている。しかも、あれほど不安定な場所から撃っているのに、1匹も外していない。
 どう考えても。誰から見ても。人間業ではない。サイボーグか何かではないのか、とすら疑ってしまうほどの展開が、少女の前で繰り広げられていたのだ。

(でも、彼は……間違いなく人間よ。サイボーグに、あんな顔は……出来ない)

 だが、フィリダは彼が人外であると見做し、拒絶するようなことはしなかった。
 戦うためだけに存在している機械のような男に、無垢な子供が寄り付くはずがない。朗らかな笑顔で、触れ合うことなどできない。
 リュウジ・アスカは、紛れもなく血の通った人間である。人としての彼と、戦士としての彼の両方を知るフィリダは、そう断じていた。

(――そうか。そうだったんだ)

 そして……彼女の行動を縛り続けていた緊急チャージの時間が、ようやく終わる。
 刹那。彼女は弾かれるように飛び上がり、ギガンテスを追った。

(彼は、自惚れてなんかいない。きっと、今も昔も。自分に出来るやり方で、皆を守るために戦っているだけなんだわ)

 バイザーに隠された彼女の眼差しが――ゴリアスを撃ち続けるリュウジに注がれる。その瞳は……微かに、熱を帯びているようだった。

(だけど、彼のやり方は人から見れば非常識極まりなくて……理解出来る人なんて、殆どいなかった。「伝説の男」の真似をしようとしてる、無謀な人としか思われなかった。だから――「うぬぼれ銃士」と言われ続けてきたんだ)

 強張り続けていた少女の頬が、僅かに緩む。――ようやく、はっきりしたからだ。

(彼はきっと――私達新兵を、平和が来るまで守るために……!)

 自分達のために、今この瞬間も戦い続けている彼は、絶対に腰抜けなどではないのだと。

(でも……それなら。彼ほどの人が届かない「伝説の男」は、一体なんだというの……?)

 「伝説の男」を真似しているようでも、実績は遠く及ばない。それが「うぬぼれ銃士」という名の所以であると、コリーンから聞いたことがあった。
 ならば、「伝説の男」は……どれほど人間離れしているというのか。その超人を投入してなお、インベーダーを相手に苦戦を強いられている極東支部は、どれほどの激戦区だというのか。

 リュウジ達がいる世界と、このロンドンとの差を――彼の戦いぶりから、フィリダは垣間見ていた。

(もしかしたら……あの人なら……)

 その強さと、子供達を惹きつけていた優しさ。それを思い返した彼女はふと、あることを考えた。
 自分の蛮勇に同期を巻き込み、疫病神の汚名を背負った自分を、救ってくれるような――自分を「独り」から解き放ってくれる人。
 許されないと知りつつ、それでも心の奥底で求め続けた、理想の男性。

(……ダメよ、ダメ! 何を考えてるのよフィリダ・エイリング! あなたは、そんな人を望める身分じゃないでしょう!?)

 その願望を自分の「弱さ」と見做し、フィリダは雑念を振り払うべく己を責め立てる。それでもしつこく脳裏にまとわりつく甘い考えを捨てるため、彼女はバーニアを急加速し、リュウジ達の元へ向かった。

「……待たせたわ! フィリダ・エイリング、合流します!」

 今は余計なことなど考えず、この戦いに集中しなくてはならない。自分達を助けてくれた彼に、報いるために。
 ギガンテスの真横に、抵抗飛行で並んだフィリダとリュウジが、視線を交わす。

「――お待ちしておりました、エイリング隊員! ゴリアスの火力では、直撃でも仕留めきれない可能性があります。息がある巨大生物を、確実に排除してください!」
「了解ッ!」

 空中にいるまま敬礼を送ると、彼女は一際高く上昇し――巨大生物に向かい、急降下を仕掛ける。そして、レイピアの赤い輝きが――黒い影を切り裂いて行った。
 今までの借りを返す、と言わんばかりの攻勢に、アーマンドは軽く口笛を吹く。

「ヒューッ! やっぱペイルウイングは違うねぇ! こりゃ1分も経たねえ内に、あんたのスコア抜かれちまうんじゃねぇか? 先生!」
「それならいいんですけどね。ただ、ペイルウイングはその機動性と攻撃力の引き換えに、耐久力の面で陸戦兵やエアレイドに大きく劣ります。私達にも言えることですが、巨大生物の真正面に立つ事態は極力避けねばなりません」
「ま、あのペラペラのアーマーじゃ酸は凌げないわな」
「彼女が深追いして包囲されてしまう前に、私達も敵の数を減らさなくてはならないでしょう。SDL2の方々には、もう少しだけ鬼ごっこに協力して頂きます」
「おーおー、俺の仲間をいいように使ってくれるねぇ。そこまでしといて仲間を死なせたりしたら、承知しねぇぞ?」
「心配いりませんよ。そのために、私が来たのですから」
「……へ、言うね」

 聴く者を安心させる穏やかな声色で、リュウジは優しげにアーマンドを諭す。そんな彼に悪態をつきつつも、アーマンドのため息には安堵の色が滲んでいた。
 感じ始めているのだ。この男の言葉なら、信じられるかも知れないと。

(……妙だな。やけに攻撃的に動いているように見える。そんなに血の気が多いタイプには見えなかったが……)

 一方。フィリダの怒涛の攻勢に、リュウジは心のどこかで違和感を覚えていた。

「……ん? おい、1匹建物の隙間に逃げたぜ!」

 ――それから、僅か数分後。ほとんどの巨大生物を撃滅し、周囲の安全確認を始めようとした、矢先のことだった。

 邸宅が密集して立ち並ぶ高級住宅街に、巨大甲殻虫が逃げ込んで行く瞬間を、走行中にアーマンドが目撃したのだ。その報告を受け、近くにいたフィリダが真っ先に動き出す。

「何ですって!? 了解、直ちに排除に向かうわ!」
「待ってください、エイリング隊員! 先程、レイピアを連続使用したばかりでしょう!? エネルギーの回復を待って――!」

 戦闘中でも彼女の行動を正確に把握していたリュウジは、このまま行かせるべきではないと制止する。だが、彼女はそれよりも早く住宅街の中へと向かってしまった。

(私が……私が1番、誰よりも……強くなければならない。誰よりも、頑張らなきゃいけないのよ。彼に、アスカ隊員に甘えて、自分の責任を押し付けるなんて、絶対に許されない! だから……私がやらなきゃっ!)

 ――その責任感ゆえの焦りが、彼女の注意力を削いでいたせいか。

「なっ……!?」

 出会い頭に角から飛び出してきた巨大甲殻虫が、フィリダを頭上から食らいつこうと猛襲する。それに彼女が声を上げるよりも早く、黒い牙が彼女――の後ろにあった壁を抉り取った。
 間一髪、本能で回避した彼女は、素早くレイピアの銃口を敵方へ向ける――が。再び、彼女の行動を縛る現象が発生してしまった。

「……あ……!」

 引き金を引いても、赤い閃光が出ない。その事態を目にして、ようやく彼女は緊急チャージの警告音に気づくのだった。

「くッ……!」
「やべぇぞ! あんな狭いところじゃ盾にも……!」

 その状況を前に、アーマンドとリュウジは揃って眉を顰めた。フィリダと巨大甲殻虫がいるのは住宅街の隙間。ギガンテスでは入れないし、ゴリアスで砲撃すれば建物の破片で確実にフィリダを巻き込む。
 だが、このままでは――確実にフィリダは喰い殺されてしまうだろう。近くにギガンテスを停めて小銃を出している頃には、彼女は肉塊になっている。

「マルスレイ隊員、このまま突っ込んでください!」
「なんだって!? 無茶も大概にしやがれっ! そんなことしたら建物につっかえて、あんたが反動で確実に吹っ飛ぶぞ!」
「構いません、早く!」

 この事態までは想定していなかったのか、リュウジの声は切迫しているようだった。その声色から状況の重さを改めて察し、アーマンドは歯を食いしばる。

「ちっ……どうなっても知らねぇぞ!」

 そして、アクセルを全力で踏み込み――最大戦速で、フィリダのもとへ突進していく。

「これで死んだら――訴えてやるぅぅうぅッ!」

 青い鉄塊はただ真っ直ぐに突き進み――やがて、建物と建物の両角に激しく衝突した。

 辺りに轟音が響き渡り、アーマンドの視界をエアバッグが埋め尽くす。同時に、リュウジの身体がその反動で前方に吹き飛ばされ――建物の隙間へと転がって行く。

「――諦めない。オレは、絶対に君を諦めないぞッ!」

 その手にはすでに小銃――AS-18が握られていた。ギガンテスに備え付けられた、予備の1丁を持ち出していたのだ。

「……ッ!」
「きゃっ……!?」

 そして、逃げ場のないフィリダにとどめの牙が向かう瞬間。跳ね飛ばされた勢いのまま飛び込んできたリュウジが、彼女の体を抱きしめ――そのまま転倒した。巨大甲殻虫の牙は、予期せぬ来客により空を切る。

 ――刹那。

 フィリダを腕の中に抱き、激しく転がりながら――リュウジは背中を壁にぶつけ、勢いを殺すと。AS-18の銃口を瞬時に構え、少女の体を胸に抱き寄せたまま、発砲する。

 狙いは――巨大甲殻虫の口の中。

 自身を喰らおうと開かれた口に、大量の銃弾を叩き込むリュウジは、敵が血飛沫を上げて動かなくなる瞬間まで――攻撃の手を緩めることはなかった。

「……」
『巨大生物の全滅を確認! 各員、武器装備を点検し、帰投せよ!』

 やがて。レーダーから全てのインベーダーが消滅した時。ロンドン基地から、作戦終了の通達が来た。

 ――そして。

『なんですって……そんな……!』
『どうした!?』
『極東支部から、連絡がありました……! 皇帝都市が、陥落したと……!』
『本当か!?』
『はい……! 終わったんです、戦争が……!』

 通信の向こう側では。イギリス支部に響き渡る歓声が轟いていた。――ようやく、掴み取ったのだ。
 数多の命を贄にして。人々の、平和を。

 それをはっきり聞き取っていたリュウジは――故郷の方角を見やる。その遙か向こうでは――皇帝の最期を告げる輝きが、天を衝いていた。

「あ、あ……! わ、わた、し……っ!」
「……」

 その通信で、我に返ったのか。フィリダはリュウジの胸の中で、自分の行動にようやく気がつき――耐え難い罪悪感に打ちのめされたように、涙を目元に滲ませる。

 同期を危険に晒すことになったことへの償いのためにも、皆を守らなければならなかったはずの自分が。その同期に守られたばかりか、同期の責めから庇うこともできなかった隊員までも追い込んでしまった。

(ああ……なんて、ことなの……ッ! 私は、なんてッ……!)

 エリートとして。あるいは、諸悪の根源として。誰よりも強く、誰よりも優秀でなければならない自分が、一番足手まといになっていた。
 その重圧に、彼女の心が――押しつぶされてようとしている。

 ――それに、気づいたからか。

「ぁ……」

 リュウジの掌が、優しく労わるように。フィリダの白い頬を撫でた。緊張を解きほぐすその温もりに触れ、少女の唇から甘い息が漏れる。

「……いいんですよ。あなたは、それでいいんです。そうやって、誰かを思いやれるなら。もう、次は大丈夫」

 次いで、諭すような口調で、リュウジはフィリダの耳元に囁く。まるで、口説き落とすかのように。
 そんな彼の腕の中で、少女は言われるがままに心を委ねそうになる――が。自分の行為が生んだ結果を思い出し、踏みとどまる。

「で、も……次、なんて……」

 自分が、一番強くなくてはならない。気丈でいなければならない。その強迫観念が、彼女を突き動かし――リュウジの優しさを突き放そうとする。
 だが。リュウジの力は女性の腕力で脱出できるようなものではなかった。華奢に見えて、強靭に引き締まっている彼の腕からは逃げられず、フィリダは悪あがきをするように身じろぎする。

 ここで甘えてしまったら、自分は自分に負けてしまう。彼に全てを委ね、押し付けてしまう。自分だけが、楽になろうとしてしまう。
 その意固地な良心が、彼女の理性を首の皮一枚で繋ぎとめていた。

 ――しかし。

「次なら、あります。その次を作るために――私が来たのですから」
「……!」
「ありがとうございます。今まで、よく一人で頑張ってくださいましたね。これからは及ばずながら――私も助太刀致します」
「……ぅ、ぁ」
「ですから、これからは――この平和な時代の中で。共に戦って行きましょう。もうあなたは、一人ではないのですから」

 心の奥底で、望んでいながら。そんなことを望む資格はないと、理性で封じ続けていた言葉が。彼の口から、彼の腕の中で語られた時。

 最後の一線として張り詰めていた少女の糸は――切れてしまった。

「ぁ……ぅ、あ……ぁあぁああぁああぁあんッ!」

 貴族の子女として。英国の名士として。EDFのエリートとして。
 17年の人生をかけて積み上げてきたプライドが、瓦礫のように崩れて行き。

 子供のように。ただの、か弱い乙女のように。彼女は、リュウジの胸の中で泣き叫ぶ。ただひたすらに、その温もりに甘えながら。

 そんな彼女にリュウジは何も言わず、ただ静かに。震える肩を優しく抱き寄せ、慈しむように彼女を見守っていた。

 ――そして。

「やれやれ……正面に立ったらいけないんじゃなかったのかよ。自分ならいいってか? 筋金入りの自惚れ野郎だぜ、全く」
「なーおい、いいのかアーマンド。実は結構気にしてたんだろ、エイリングのこと」
「け、バカ言ってんじゃねえ。誰があんな疫病神」
「の割りには、さっきはえらく優しくしてたよなー」
「なー」
「だあぁああうるせぇ! てめぇら黙らねえといい加減にシメ上げ――わぷっ!」

 エアバッグに圧迫された格好のまま、戻ってきた仲間達にからかわれていたアーマンドは――顔を赤くして喚き散らしながら、本人に知られることのないように、少女の背を見つめていた。
 
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